【第一章完結】嫌われ者行進曲

田 電々

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第一章『嫌われ者の少年と翼の少女』

7.人の数だけの思い

――夕刻、ザバール村民家『隠された地下室』

 ランタンの灯りだけが辺りを照らす、仄暗い一室。ひやりと冷たい空気が、湿気と共に身体にまとわりつく。しかし、それに気づかないほど、目の前の暖かな光景は、胸の奥をじーんと温めてくれた。

 その姿に涙がこぼれそうになる。――あぁ、このために僕はここまで歩いてきたんだ、と胸の奥が熱くなった。そして、幸せが十分に心を満たした後、目に溜めたものを左腕で拭い、目の前にいるもう一人の女性の元に歩み寄った。
 その女性はハルトに気がつくと、スラリと長い指の先で目尻の涙を掬い、髪と同じ金色の瞳を向けた。

「あなたが、クレアさんですね。冒険者のハルトです」
「えぇ、ディートリッヒ商会副会長『クレア・ディートリッヒ』です。助けに来てくださり、ありがとうございます」

 彼女の金色の瞳が、ランタンの灯に反射してきらめく。

「はい。でも、その件が少し複雑なので、あとで話をさせてください。僕がここに来た本来の目的は――」

 ハルトは、無くした時間を埋めるように抱き合うアンと母親を見つめて微笑んだ。クレアも「なるほど」と、少し寂しそうな笑顔で、二人に視線を送った。

「ママ、あのネ、ワタシ『アン』って、名前ヲ、貰っタノ」
「そう、アン――アン。素敵な名前だわ。言葉も上手になったわね。私の可愛い子、アン……」
「ママ」

 抱き合いながら、アンの母親であるハイハーピィが、ハルトに顔を向けた。

「娘を連れてきてくださり、ありがとうございます。なんとお礼をすればいいか……」
「いえ、頑張ったのはアンです。一人で山を降りて、何日も知らない土地を彷徨い、ボロボロになってもあなたとの再会を諦めなかった。僕は彼女の想いに答えただけなので」
「そうですか……ありがとうございます。それで……」

 母親は娘の痛々しい左翼に触れ、心配そうに見つめた。娘の翼に手を伸ばしたその指先が、小さく震えていた。目尻はわずかに歪み、唇を噛む仕草に、後悔が滲む。

「……僕がアンと出会ったとき、彼女は鳥の魔物に襲われて、餌にされる直前でした。左翼はその魔物に」

 彼女の絶望すら感じる驚きの表情が、ハルトの胸に突き刺さる。もっと早く見つけてあげられていれば、と、唇を噛み締めた。

「ママ、大丈夫ダヨ。シャルが、言ってタノ。チユシ?がイタラ、治せルンダッテ」
「シャル?新しいお友達?」
「ウン。クッキー、焼イテクレた」
「シャルは僕が所属するギルドの受付嬢です」
「そう、良かったわね。……クレア」

 母は救いを求めるように、そっとクレアの顔を見つめた。クレアはそれに応えるように頷くと、近づいてアンの左翼の包帯を解いた。

「……うん、傷は綺麗に塞がってきてる。骨は――バラバラだけど全部あるわね。これなら、少し時間がかかるけど、治せるわ」
「えっ?あなたは……」
「フフッ、私は、彼女と出会ってから、ハーピィについて、かなーり詳しくなった――ただのヒーラーの商人よ」

 彼女のいたずらな笑顔から、その言葉が鼓膜に届いた瞬間、驚きと喜びに頭が追いつかず、考えるより先に口角が上がった。そして、ようやく脳に届いた情報がハルトを歓喜させた。

「やった!よかった!アン!治せるって!っった――」

 喜びで右手のことを忘れてしまい、思い切り動かして激痛が走った。それを見たクレアは少し驚いてから、呆れるようにため息をついた。

「まずは、あなたからね」

 クレアはハルトの腕を触って、また呆れていた。彼女いわく、骨がギリギリ繋がっていた状態で、あと少し無理をすれば折れていたそうだ。
 「どんな無茶をしたの?」と聞かれ、ラプトルの鱗を見せると、ヒールをかけながら買取ると提案してきた。やっぱり彼女は商人だ。

 それから、治った右手でグラを呼び出した。普段は一番に上げる鳴き声を「ワフ」で済ませた察しの良さには、ハルトも関心した。
 そして、ハルト、クレア、ダグラスは、アンを治療する前に、現状の整理と脱出方法の検討を始めた。

「まず、僕がここにきた理由ですが、ハーピィに起こった出来事の調査が名目で、アンを母親の元に連れていくのが目的でした」

 ハルトの話にクレアとダグラスは無言で頷く。

「その調査の過程で、クレアさんの噂を聞いて、商会のケハンさんに会い、事情を聞いてここまで来たんです。お二人とは別に、アメントリに向かった商会員が二人いますよね?その二人については、何か知りませんか?」
「なに?他の二人も行方不明なのか?」

 驚いたように聞き返したダグラスに、ハルトは小さく頷いた。クレアは考え込むように、長い足を組み、俯いて顎を触っている。
 二人はやはり、裏切りに気づいていなかったのだ。
 ハルトは少し緊張しながら、二人に事実を伝えた。

「……実は、その二人は――クレアさんを陥れる作戦に、加担していた可能性があります」
「えっ?!」

 ガバッと顔をあげ、目を丸くしたクレア。額に浮き出た冷や汗が、彼女にどれだけの衝撃を与えたかを物語っている。

「落ち着いて聞いてください。……ノーランド伯爵をご存知ですか?」
「え、えぇ。貴族向けの商品を扱う、ノーランド商会の会長よ。――まさか?!」
「はい。まだ断言はできませんが、二人が伯爵と会っていたのは、事実のようです」
「そんな……」

 愕然とするクレアの肩を、ダグラスがそっと支えた。

「確かに、貴族向けの市場にうちが参入してから、ノーランド商会の売上が下がった話は聞いている。その恨みということか」
「……だとしたら――父は?お父様は?!」

 取り乱したクレアをダグラスが抑え、ハルトは慌てて答えた。

「け、ケハンさんから会長の話は聞いていません。おそらく、ご無事です」

「そう……良かった。でも、安心できる状況じゃないわね。早く戻らないと――一秒でもはやく」

 彼女の目には焦りと不安が入り交じっていた。
 胸が締めつけられるようにざわつき、どうすればいいのかも考えられないまま、何か恐ろしいことが起きるのではという感覚が身体を貫いた。

「……ダグラスさん、脱出する糸口はありますか?」

 その質問に、ダグラスは腕を組んで、目を瞑って思案した。数秒の沈黙が重く感じられる。
 やがて、決意したように目を開くと、ハルトの目を見て答えた。

「あぁ。一つだけある。俺一人では無理だったが、ハルトの協力があれば」

 彼の真っ直ぐな白金色の目を見つめ、ハルトも決意を込めて頷いた。

「――教えてください」

――夜、ザバール村『民家の外』

 地下室を抜けると、夜の冷たい空気が肌を撫で、沈黙の村に静かに星明かりが散らばっていた。地下での緊張と温もりの余韻が、夜の静寂にゆっくりと溶け込んでいく。

 遠くにはまだ、まばらに人の姿が見えた。家や宿に帰る途中だろうか?人々の疲れを映すように、月光が薄らと彼らに影を落としていた。

「……裏にこい」

 短くそう伝えるダグラスについて行き、民家の裏手にくると、家と塀の間に、一人がようやく通れるほどの細い通路があった。奥に見える明るい道まで、真っ直ぐに繋がっている。そこには一切の光がなく、一寸先から真っ黒な闇が支配していた。

「この村は長屋が多くてな。裏に入ると夜はほとんど見えない」
「ここを通るんですね」
「あぁ。躓く場所がないかを確認しながら進もう。俺が先に行くから、後ろをついてきてくれ」
「わかりました」

 ダグラスの大きな背中を見ながら、足元に注意しつつ、左手で塀を伝い、ゆっくり進んでいく。岩を切り出したブロックの感触は、ザラザラとして冷たく、手の温もりを一瞬で奪っていく。

「……夜は結構寒いんですね」
「そうだな。山の上で冷めた空気が風で運ばれる。夏は過ごしやすが、そろそろ寒くなってきたな」
「あの、ダグラスさんは――」
「ダグラスでいい。敬語もいらない」
「あ……その、じゃあ。ダグラスは――商会の会員なんだよね?」
「あぁ、クレアの秘書で、用心棒だ」
「……じゃあ、狙ってるやつらには顔を知られてるんじゃ?クレアさんと親しいことも」

 素朴な疑問だった。なぜ、彼はこの状況で、外で生活できているのか――ダグラスは少しの沈黙の後、静かに答えた。

「確かに、奴らは俺を知っている。クレアと行動してることもな。だが、俺がここにいること自体は、別におかしなことじゃない」
「え、なんで?」
「俺は、ここで何年も暮らしていたからな」
「……と、いうと?」
「俺はいつもの帰省中だ。当たり前に元の家で生活をしている。クレアが姿を表さないから、奴らは俺を疑いながらも、既にクレアがいない可能性も捨てきれない」
「監視は?」
「ハイハーピィ――アンの母親が探知能力を持っていて、常に警戒してくれている。が、今のところは大丈夫だ」

 彼女にそんな能力があるとは思わなかった。いや、ハーピィ達の生態は謎が多い。知らなくても当然だ。

「この村には、どのくらい暮らしてたの?」
「五年だ。クレアが俺を雇うまでな。無愛想で人付き合いを知らなかったから、友人は少ないが、レフ爺には散々世話になったな」

 暗くて顔は見えないが、彼が今笑っているのが声で分かる。昔を思い出しているのだろう。

「レフさん……いい人ですよね。旅の中で、僕を助けてくれた人は何人かいました。モンスターテイマーと分かって、強く当たられることもあったけど、認めてくれた人もいました。でも――」

 長く感じた短い旅、アンと出会ってからの数日を、ハルトは楽しい思い出として呼び起こした。そして、レフの言葉を頭の中で再生し、また暖かい気持ちに包まれる。

「僕のジョブを理解して、生きていていいんだって、救ってくれたのは、レフさんだけです」
「……あぁ、そういう人だ」

 彼にとっても、レフは大切な存在なんだろう。優しい声で呟いたその言葉に、尊敬が込められているのを確かに感じた。

 そう話をしている内に、暗い通路は終わりを迎え、家屋の灯りが窓から漏れ出る、明るい通りに突き当たった。
 その手前で隠れるように止まったダグラスは、ハルトに目配せで「あっちを見ろ」伝えてくる。示す先には、再び暗く細い道が続いていて、この明るい道を超えてそこに入る必要があると分かった。
 ハルトが静かに頷くと、ダグラスも頷き返し、指で来た道を指して「戻れ」と合図された。身体の向きを反転させたハルト達は、暗い闇に再び吸い込まれていった――。

――ザバール村民家『隠された地下室』

 地下室に戻ると、ランタンの柔らかな光が角の影を揺らめかせ、外の夜気の冷たさを少しだけ和らげた。
 ようやく緊張が解けたハルトは目を瞑って、ふぅ、と微かに白い息を吐いて心を落ち着かせる。

 その時、ペタペタと裸足で走る音が近づいてきて、ハルトの前で止まった。

「ハルト、おかエリ」
「うん、ただい――ま……」

 その声に安心感を覚えながら瞼を開くと、目の前に立つ少女の姿を見て、再びの感動と喜びが、胸の奥から湧き上がった。
 ボロボロになり、常に固定されていた左翼が、包帯という白いベールを捨て、鮮やかな空色の羽が整然と並んでいる。

「アン……良かった」

 喉に詰まった感動を押し出すように、その一言を絞り出した。自然と溢れた涙が、頬を伝って冷たい床に落ちていく。今日は泣いてばかりだ。

「ハルト、見テ」

 アンは少し誇らしげに翼を広げて、小さく羽ばたかせて自慢して見せた。ハルトが泣き笑いで頷くと、満足そうに笑顔を見せる。

 奥に座るクレアを見ると、額に汗を光らせながら、こちらに向かって、ニッと歯を見せて笑った。まるで「やったぜ」と言わんばかりの表情が、また目頭を熱くさせる。

「クレアさん、ありがとうございます」
「ううん、この子も頑張ったのよ。骨をずらす痛みに耐えてね」
「……そっか、頑張ったね」
「ン、ママと一緒ニ、頑張ッタ」

 頭を撫でてやると、照れくさそうに頬を赤らめる。本当にようやく、全てが報われたんだ。この光景は、そう実感させた。

「クレア、お疲れ」
「んーーーっ!ありがとう。脱出ルートは決まった?」

 全身で伸びをして、さっぱりとした表情のクレアが、ダグラスに確認を始めた。ハルトも彼女たちの元に歩み寄って、会話に参加する。

「あぁ、ハルトには明日、もう少し確認してもらう必要があるが、大筋は決まった」
「この家の裏から、塀沿いに進むルートです。僕が確認するのは……あの広い通りの見張りの目を、逸らさせる方法だね」
「あぁ。人数は二人。騒げばもっと集まるかもしれないが……いけそうか?」

 彼の問いに自信満々に頷いた。自分の役目を理解したときから、既にやり方は決まっていたのだ。いつも通りだと。

「僕には、頼りになる相棒がいるから。僕らの戦い方は、翻弄と連携。――必ず成功させるよ。ね、グラ」
「ワフ」

 グラの青白い目の光が、決意に少し揺れた。いつも以上に、気合いが入っているのを感じる。

「頼もしいわね。ありがとう。あとは――」

 クレアが見つめる先には、楽しそうに話すアンと母親の姿があった。視線に気づいた母は、アンの手を取り近づいてきてくれた。

「私たちがこれからどうするか、という話?」
「えぇ。あなた達は、このまま霊峰に戻る選択肢もあるんじゃないかと思って」
「エ?」

 その言葉を聞いたアンが、突然悲しい顔をしてハルトを見つめた。ハルトがそれに気づくと、今度は母親の顔を見て、不安な表情になる。

「ママ……ハルト……ワタシ……」
「アン……」

 ハルトが名前を呼んだが、どうすればいいかわからない様子で、俯いてしまった。母と繋ぐ左翼に、グッと力が入る。
 彼女の気持ちに気づいた母は、ゆっくり頭を撫でてから、友人へ言葉を紡いだ。

「……残念だけれど、今霊峰に向かうのは難しいわ。探知した限り、この子を連れて行けるような道には、何人も見張りが立っているみたいなの。私たちも一度、貴方と一緒にこの村を離れるのがよさそう」

 その言葉に嬉しそうな、不安そうな、複雑な表情を見せたアン。だが、今は大人たちの話に耳を傾け、口をつぐんでいる。

「だが、そうなると……アンはハルトがいるからいいとして、あんたの姿は目立つ。どうするか……」

 ダグラスがそう口にしたとき、母は娘の左翼をより一層強く握り返し、何かを決意した表情でハルトの方へ一歩歩み寄った。
 アンと同じ空色の澄んだ目にランタンの火が揺れ、翼を胸に寄せ、深く息を吐く。

「ハルトさん、お願いがあります。……私にも、この子のように――名をくださりませんか?」

 仄暗い地下の時間が止まり、空気は一気に彼女の色に染まった。彼女の決意……名が欲しい。それは――

「僕と……契約してくれるんですか?」
「貴方が受け入れてくださるなら。この窮地を抜ける為に、力を貸してください」
「ハルト、お願イ。ママとワタシを……またタスケテ」

 もちろん迷いはない。二人が気づかれずに脱出するには、アビスに入るのが最善だ。断るつもりはない。ただ、『契約』の重みを誰よりも知っているから――その言葉が嬉しくて、胸が詰まったのだ。

「――はい!必ず、二人をまた霊峰に連れていきます!」
「ありがとうございます」

 この光景を見ていたクレアは、モンスターテイマーという存在の見方がまた一つ変わった。
 友を助ける為、人を助ける為、いや、誰もを助ける為にその力を使おうと輝いているハルト。――あぁ、なんて眩しいのだろう。今の彼が、とても羨ましく思えた。

「……あっ、でも一つだけお願いが…………」
「?……なんでしょうか?」
「あの……せめて、その……胸を……か、隠してください」
「ぷっ!あっはっはっはっ!」
「ちょ、ちょっとクレアさん!笑わないでくださいよ」
「いやーごめんごめん!ちょっとタイミングが……ふっ、ふふふっ」

 顔を赤くしているハルトをみて思う――やっぱり君は、誰よりも人間らしいよ。

――同刻、ザバール村『崖上の空き家』

 すき間風が音を立て、灯りひとつ無い部屋の不気味さを際立たせる。さらに、部屋の中で刃物を研ぐ音が響き、空き家であるはずのここに、人が住み着いていることを知らせた。

 崖の下にある、灯りを点さない民家を注視する彼は、昼間の必然とも呼べる運命を、幸運と呼ぶべきか考えていた。
 心を許したつもりはないが、あの少年の思いに触れたとき、自分の汚れた生き方がみすぼらしく思えたのだ。

「……らしくないな」

 オリバーは首を振って邪念を振り払い、再び刃を磨いた。
 研ぎ澄まされていく刃の音が、胸の奥に残る迷いを削り取っていくようだった。

――ザバール村民家『隠された地下室』

 依然として、ランタンの灯りだけが部屋の中に暖かな光を運んでいる。通気口から入る冷たい風が、差し出したハルトの左手を掠め、凛と立つ強き母の頬に触れた。

「我が名はハルト、汝に名を与え、新たな絆を結ぶ。力に導かれ、この名を心に刻め――『ステラ』」

 言葉に反応するように、彼女の身体が赤く輝く。その身体を闇が取り囲むと、光を喰らうように包み込んだ。
 闇が徐々に薄くなり、ゆっくりと身体に溶け込んでいく。その瞬間、首筋には、娘と同じ赤い紋章が刻まれた。

「……契約完了。あなたの名前は今日から『ステラ』です。よろしくお願いします。ステラさん」
「呼び捨てで構いませんわ、ご主人様。娘と同じように、一人の仲間として、頼ってください」
「ご主人様はやめてください。でも……うん、わかったよ。ステラ」

 新たに仲間となったステラは、クレアから貰った、白いホルターネックの胸布と、ヒラヒラと靡く青いロングスカートを履いて、大人な女性らしさを一層際立たせた。
 クレアは、アンにも欲しいか聞いていたが、シャルから貰ったオフショルダーと短パンを、今は気に入っているらしい。

「ステラ……やっとあなたを名前で呼べるわ。感想は?」
「不思議な感覚よ。まるでハルトさんが、私の中にいるみたいで……この首の印が彼の魔力を、私の奥まで刻んでくれてる」
「ママ、綺麗ダヨ」
「ありがとう、アン」

 ステラはそっと自分の首筋に手を触れ、嬉しそうに微笑んだ。

 それから、ハルト、クレア、ダグラスの三人は、作戦の詳細を夜遅くまで、入念に確認した。
 グラはしばらく隣に座って聞いていたが、気がついたら、丸くなって眠ってしまっていた。
 アンとステラは久しぶりの温もりを感じながら、抱き合って眠りについた。この光景を護るのが――次の僕の使命だ。

――翌日、ザバール村『難所の十字路』

 高い日差しが降り注ぐ通り。まだ肌寒い中、人々で賑わい活気ある光景を、ハルトは薄暗い物陰から見つめていた。
 そこは、脱出ルートがある長屋から、表の通りを挟んだ、向かいの民家近くにある裏路地だった。

 探索してみて分かったが、この裏路地はかなり入り組んでいて、身を隠せる場所はそこそこにある。見張りが巡回しているが、目を盗んで進むことはできそうだった。

 問題の長屋の裏を抜けた先だが、ダグラスの言う通り二人の怪しい人間が立っていた。交差点を注視していることから、地下室がある民家――ダグラスの家が警戒されているのがわかった。脱出にこの道を使うと踏んでいるのだろう。

「でも、この裏路地なら――きっと大丈夫」

 不確かな自信だが、それはハルトの確かな覚悟を、一層強くした。
 アン、ステラ、クレアさん……みんなを助ける為の強い覚悟が、暗く冷たい路地裏で燃えた。

 ふと、振り返り空を見上げた時、ダグラスの家の向かいの崖上に、この村では珍しい、古い木造の小屋があることに気がついた。孤立したその場所、形、何もかもが異質に感じる。

「……気にしすぎかな?いや、でももし――」

 嫌な予感がしたハルトは、フードを深く被り直し、徐々に早くなる鼓動に急かされ、その小屋に向かって歩き始めた――。
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