【第一章完結】嫌われ者行進曲

田 電々

文字の大きさ
10 / 26
第一章『嫌われ者の少年と翼の少女』

10.大切な人のため

――フォルト王国北側、血と雨の戦場『馬車付近』

 雨が滝のように地面を叩きつける。鋭い水音と泥の匂いが混ざる戦場の中で、遠くで響く金属音と振り払われる泥水の衝撃が、胸を押し潰すような緊張感となってハルトの全身に伝わった。

 重厚な剣が大男の巨斧と衝突し、鋼が軋む振動が空気を震わせた。重みのある一撃ごとに、泥が飛び散り、雨音をかき消すほどの衝撃が戦場を支配する。
 しかし、大振りな一撃をぶつけ合うため、お互いに隙を突くことができない。

「まったく、同族相手はやりづらいな。お前もそうだろ?」
「……」
「言葉を知らないか……人間としては俺の勝ちだな」
「……フッ」

 不敵に鼻で笑ったその瞬間、ダグラスの背後から銀閃が迫る。泥に滑る足音は雨の轟音に紛れ、反応が遅れてしまった。

「しまっ――」

『キーン!』

 甲高い鉄の音が背後で響く。目前の斧をいなして体勢を立て直したダグラスが、次に感じたのは斬撃の痛みではなく、小さくも頼れる仲間の温もりだった。

「――はぁ!!」

 ナイフの平地で受け止めた剣を、押し飛ばして間合いを作る。逆手に握りなおしたハルトは、ダグラスに背を預けた。

「おまたせ!」
「助かった。気は済んだか?」
「うん……ごめん!」
「謝るなら、向こうで戦ってる相棒たちにしろ」
「うん!」

 立ち上がる相手を見定める。ナイフに映る自分の口角が少し上がっているのに気づき、持つ手にぐっと力を入れ直し、深く息を吐いてから、鋭い目つきと共に、刃を敵に向けた。

 次の瞬間、切先が雨を裂き、心臓を狙って一直線に迫る。
 ハルトは咄嗟に左腕を沿わせて軌道を逸らし、その勢いを利用して身を翻す。視界が泥と水しぶきで揺れる中、敵の背後へと滑り込んだ。

「――っ!」

 喉元に冷たい刃を押し当て、一気に引き裂く。敵は泥へと崩れ落ち、身体を僅かに痙攣させた。

 息継ぎする間もなく、雨音に紛れて鋭い風切り音が迫る。腰を屈めた瞬間、浮いた髪が刃を掠めた。右側で泥水を跳ねる足が見える。

 ハルトは咄嗟に仰向けへと身を倒し、血と雨に濡れた地面へ手を突いた。その反動で伸ばした右足を水溜まりに滑らせ、敵の足首を払う。倒れ込んだ相手の手から、零れそうな武器を奪い取り、そのまま腹を貫いて地に突き刺した。

「くっ、キツイ!!」

 弱音を吐いて辺りを見回すと、敵の半数は倒れていて、残りはあと十数人ほど。
 雨を散らしながら、優位な空中で戦うステラ、赤い海を踏み、俊敏に敵を翻弄するグラが見える。
 ダグラスは大斧の男に手一杯で動けない。先程やられたソーサラーは、ステラを狙って礫を飛ばしている。
 そして一番奥で、トニーは余裕の笑みを浮かべ、雨に濡れた髪を撫で付けていた。

「くっ……」

 再び怒りが燃えるのを感じ、血と泥に塗れた手を固くする。しかし、アンの声と笑顔が脳裏に浮かび上がり、握られた拳はそっと解かれた。その時――

「ギャウ!!」
「!!グラ!」

 グラの痛々しい声が、激しい雨音を遮り響く。咄嗟に向けた視線の先に、泥に塗れた身体でフラフラと立ち上がる姿が見えた。青白い瞳の下がひび割れていて、周りを完全に囲まれている。

「ぐっ――ハルト!行け!」
「うん!」

 激しく刀身をぶつけながら叫ぶダグラスを残し、ハルトは赤い水しぶきを上げて地を駆けた。そして――敵が気づくより先に、一人の心臓を貫き、敵の輪に入る。

「グラ、ごめん!遅くなった!」
「バウ!!」
「……うん、大丈夫。やるよ!」

 二人の決意が重なった瞬間、グラの左肩に刻まれた紋章が赤く脈打った――。

――血と雨の戦場『敵陣北側』

 上空から戦地を見下ろす。ずぶ濡れの土道に、無造作に横たわる人影。しかし何度も近づけば、大地は真っ赤に染まっていき、それらが死体だとまざまざと分かる。彼の力になると決めた直後、これほどの戦場を飛び回るとは、思っていなかった。

 南側でハルトとグラが戦う姿が見える。あの様子だと、何とか自分を取り戻したようで、安心した。彼らなら、もう心配はいらないだろう。
 娘の傷は、クレアが癒してくれている。だから今は、あの子がもう戦わなくて済むように、私はアイツを止めないなければ。

 見下ろす視線の先には、橙色の光を放つ杖を掲げ、野鳥狩りを楽しむ女がいる。魔法陣から放たれる小石の弾丸は、何度もステラの心臓を狙っていた。

 ――もう、弄ばれるのは沢山。
 翼を大きく広げ、雨を切り裂いて急降下する。風圧と血の匂いが頬を叩き、地面が一気に迫る。掴み上げたのは、こちらを見ていた雑兵のひとり。両脚の鉤爪でそいつの左足を締め上げ、空へと持ち上げた。

 次の瞬間、全身をうねらせて、猛禽のように振り抜く。獲物は女の方へと投げ飛ばされた。
 しかし、女は僅かに口角を歪めただけで、軽やかに身を翻す。飛来した兵士は空を切り、地面に叩きつけられ、泥水を巻き上げて転がり、動かなくなった。

「あら、やるようですね。ただ小石を投げるだけの人間ではない……と」

 ステラはゆっくりと高度をさげ、見下すようにソーサラーの女に近づいた。

「いたいけな小鳥を虐めて楽しいですか?」
「ふーん、鳥の分際で人の言葉話せるんだ。生意気ね」
「貴方がさっき撃ち抜いたあの子も――ね」
「あら、もしかしてママ怒っちゃったぁ?ごめんねぇ?でも……」

 女は再び、豪雨を降らす空に杖を突き上げる。雨雲の隙間が僅かに光り、小さく雷鳴が聞こえる。

「邪魔な鳥を二羽落としたからって、喋ろうが罪悪感なんてないよ?こっちは同族殺してるんだから」

 ふざけた声音。けれど、その眼差しには一片の揺らぎもなく、ただ人を殺すことを楽しむ輝きだけが宿っていた。
 胸の奥で、熱いものがこみ上げる。怒りとも、憎しみともつかないそれを飲み込み、ステラは翼をわずかに広げる。

「――娘と主を傷つけた罪、償ってもらいます」

 雨を裂く風が吹き込み、ふたりの間に張り詰めた気配が走った。
 女は口角をさらに吊り上げ、目の前に魔法陣を召喚した。
 杖が大きく空を振る。――その瞬間、陣に石の礫がいくつも生えて、意志を持ったかのように、ステラに向かって飛び出した。風切り音が耳を裂き、視界いっぱいに影が迫る。

 それでもステラは眉ひとつ動かさない。
 身を反らせ、翼をしならせる。――瞬く間に宙で一回転し、礫の奔流を紙一重でかわしてみせた。

 ふわりと宙に立つように羽ばたいた刹那、雲を這う雷がその姿を照らす。
 闇に浮かび上がった横顔に宿っていたのは、激情ではなく、冷ややかな怒り。女に対する殺意を孕んだ、静かなる憤怒だった。

 背筋を凍らす立ち姿に、雑兵共が息を飲んだ瞬間、風を切る音と共に全身を疾風のごとく動かし、美しい青髪が後方へ流れるほどの勢いで、ステラは女に突撃した。

「――っ」

 直前に鋭利な爪を突き出し、顔をめがけて雨粒を切り裂く。

「あっまーい!」

 しかし女は怯まないどころか、嬉しそうに頬を赤らめた。
 迫る鋭い突撃に、咄嗟に杖を掲げて受け止める。
 固く詰まった音が雨粒を震わせ、濡れて滑る杖ごと力を逸らすと、衝撃は頭上へと弾かれた。

「落ちな」

 次には睨みつけてどす黒い声で脅すと、左右に魔法陣が浮かび上がり、そこから礫の群れが噴き出した。
 無数の石弾が雨をかき消すほどの勢いで襲いかかり、ステラの羽根と身体を無慈悲に叩きつける。

「あっ、くっ――」

 痛みを堪えて上空へ逃げ延びた。あちこちにできた傷や痣に雨水が染みる。

「迂闊でした。連続で撃てたのですね。しかも二重で」
「実力は隠しておかないとね」
「……たしかに。目立つのは得策ではありませんものね」
「何?余裕ってわけ?ムカつく」

 まるで二人と喋っているかのように、喜怒が入れ替わる女。まったく、頭がおかしくなりそうだ。
 だが、ステラの心はまだ折れていなかった。口の端を血で滲ませながら微笑む。その余裕に、女は再び口角を吊り上げ、鋭い視線を向けた。

――血と雨の戦場『馬車付近』

 空模様は遂に雷を帯び、今にも地に落ちんとしている。振り続ける雨が体温を奪い取り、振るう剣を握る感覚も既になくなっていた。
 後ろでアンを治療するクレアを守るため、目の前の大男の重い斬撃を受け流しながら、隙を見つけては斬る。互いに傷を重ね、戦況は拮抗したままだった。

「ふっ――」

 大剣に滑らせるように振り下ろされた刃を受け流し、金属が擦れる音を鳴らす。足元を揺らすほど重い大斧が泥水を跳ねあげたとき、身体を捻らせ剣を振り上げた。
 両腕を狙う一閃。男は咄嗟に武器を手放し、間一髪でその一撃を躱した。

「ちっ」

 ダグラスは進まぬ展開に苛立ち顕にした。
 直後、大男は腰を落とし斧を握りなおす。横へ振り回す大振りの一撃。泥水を跳ね上げ、空気を震わせる重圧が横腹を狙った。

 ダグラスは反射的に頭上にかかる大剣の重みを利用し、後ろへ身体を反らせる。斧は蹴り上げられ、 刃先が彼の腹部の布を掠めた。足先から泥水を散らし、腕を跳ねさせ距離をとる。その水飛沫は戦場の冷たい雨と混ざった。

「お前、まさか幹部か?」
「……」
「……答えるつもりはないか」

 黙ったままだが伝わる。こいつは、この打ち合いを楽しんでいる。上がった口角がそれを語っていた。

「俺には分かる。お前の性分は暗殺者ではない、戦士だ。なぜ暗殺ギルドになんて組み入ったんだ?」
「……」

 その質問の直後、男の笑みは消え、大男は無言のまま、泥を踏みしめて構え直した。肩口に掛かる雨が斧の刃を伝い、黒光りする水滴が地へと滴る。
 その圧に呼応するように、ダグラスも剣を構え直す。僅かな光を零さぬよう、開いた瞳孔に敵の姿を映した。

 次の瞬間、両者の武器が正面から激突した。

「――ッ!」

 火花が雨粒を弾き飛ばし、鉄と鉄とが噛み合う轟音が戦場を震わせる。互いの力が拮抗し、剣と斧の柄が軋みを上げた。
 押し切られるか、押し返すか。膠着を弾き飛ばしたのは、両者の渾身の踏み込みだった。

 再び始まる大振りの勝負。振るうたびに空気が裂け、泥水が乱舞する。

 頬を掠める鋭痛が走り、薄い血が流れ落ちる。

「ぐっ……!」

 顔を歪ませたダグラス。だがその瞬間、痛みを糧とするように踏み込み、剣を振り抜いた。刃は相手の胸板を捉え、赤い筋を刻む。

「!!!」

 大男は口を固く閉ざしたまま、驚きに目を丸くした。武器を握る手に更に力がこもる。
 再び重い一撃が放たれるかという、その瞬間――

「ダグラスッ!」

 クレアの叫びに気づいた瞬間、横腹へ閃く刃。雑兵の一人が雨音に紛れて走り込み、雨に濡れたナイフを構えていた。
 咄嗟に身体を跳ね上げ、躱す。だが――。

「ぐッ……!」

 鋭い痛みが太腿を貫いた。深々と突き刺さる冷たい鉄。視界が白むほどの衝撃に、歯を見せて食いしばる。
 それでも反射的に雑兵を蹴り飛ばし、距離を取った。だが痛みに膝をつき、呼吸が荒くなる。

 ぬかるんだ大地を踏みしめ、大男がゆっくりと近づいてきた。腰に構えられた斧が、次で終わらせるという意思を堂々と突きつける。
 冷たい雨が頬を打ち、血と汗と混ざり合う。

 ――ここまでか。

 死を覚悟したその瞬間。

「フェザーショット!」

 鋭い声が雷鳴を裂いた。羽根の矢が一直線に飛び、雨粒を切り裂いて大男に迫る。

「……!」

 大男はその声に反応し、斧を構えたまま後方へ飛び退いた。矢は泥水を弾き、音をたてて泥濘に刺さる。

 ダグラスの前に、青い翼を羽ばたかせ、小さな影が舞い降りた。アンは濡れた髪から水を滴らせ、全身で彼を庇う。

「ハルトノ、友達ニ、手出しはさせなイ」

 少女の勇敢な姿に見惚れていると、背後から温かな気配が包み込んだ。

「ダグラス、ぐずっ……すぐ治すわ」

 すすり泣くクレアが必死に抱きつき、足の傷に治癒の光を注ぐ。傷口を締め付ける痛みの中で、確かな温もりだけが伝わる。

「完全な治癒はすぐには難しいから、今は傷を塞ぐ。お願い――勝って」

 耳元で囁く声が、じわじわと胸に希望の光を蘇らせた。戦場に、仲間の息遣いが戻ってきたのだ。

「――ありがとう」

 クレアの胸の圧から解放されると、ゆっくり立ち上がり、再び大剣を構える。

「クレア、離れてろ。アン、右の雑魚の相手を頼む」
「わかっタ」
「二人とも、気をつけて」

 ぬかるんだ地面を走る音が遠のいていく。二人はそれぞれ自分の相手に鋭い視線を向けた。
 大男はダグラスに目を合わせ、肩に斧を乗せて腰を落とす。口角は微かに上がっていた。

――血と雨の戦場『敵陣南側』

 ――足が、軽い。

 地を蹴った瞬間、全身が風に変わったように速さを得ていた。
 振り下ろされる剣が、遅い。突き出される槍も、重い。
 兵士たちの一挙手一投足が、水の底であがくように鈍重に見える。

 これが……グラの速さ。

 雷鳴が轟く戦場を駆け抜けながら、ハルトは己の変化を自覚していた。暗闇に光るグラの紋章が、ハルトに力を貸してくれている。獣のごとき脚力と反射神経を宿し、ただ前へ。

 泥にまみれた地を裂くように飛び込むと、槍兵が三人、立ち塞がった。
 同時に突き出された鋭い穂先が、雨粒を割って迫る。

「――ッ」

 ハルトは地を滑るように身を沈め、足を軸に反転する。
 刹那、背後から駆けた影――グラの爪が、槍を握る兵士の喉を裂いた。
 残りの二人が振り返るよりも早く、ハルトは跳ね、回転しながらナイフを振る。
 赤い飛沫が雨と混ざり、瞬きの間に三人が地へ崩れ落ちた。

 短く息を吐けば、グラもそれに応じて身を低くする。視線を右へ走らせれば、獣の瞳がそれを捉え、牙を突き立てる。左の影を睨みつければ、次の瞬間にはハルトのナイフが閃いていた。

 速さを得たからこそ、指示が届く。動きに遅れが生じない。それは意思の共有ではなく、呼吸と視線で繋がった連携。

 ――これなら戦える。

 並び立つ二つの影が、光の速さで雨の戦場を切り裂いていった。

「くそっ、止めろ! こいつらを――!」

 叫ぶ声が聞こえた。残った少数の兵が、一気にハルトたちに押し寄せてくる。
 それでも恐怖はなかった。むしろ心は研ぎ澄まされていくのを感じる。
 奥で余裕がなくなった表情のトニーが見えた。

「グラ――行くぞ!」
「バウ!」

 二つの影が走りだす。泥を跳ね飛ばし、矢のように駆け抜ける。刃と爪が交差し、敵を切り刻むたび、道が拓けていった。

 速さで翻弄し、力で押し返す――だが、決して一方的ではなかった。
 後方に控えていた暗殺者たちが、雨と泥にまみれながら、斜めからナイフや短剣を突き出す。数は少ないが、どの一人も腕利きで、死角を突こうと連携してくる。

 ハルトは刃を振りつつ、泥に滑る足元に神経を集中させる。僅かな隙間で斬撃をかわし、踏み込みを調整する。横合いからの一撃に体勢を崩されそうになり、肩を強く打ちつけながらも踏みとどまる。

 グラが隙を突いて飛び込み、牙で敵を押しのける。踏み込んだ瞬間、泥水が激しく跳ね上がり、視界を覆った。
 だが、ハルトは怯まない。濁流のような雨を切り裂きながら逆手のナイフを振る。目の前で開いたわずかな隙間に、敵陣の奥――アイツへと繋がる道が見えた。

 ……だが、それも一瞬。すぐさま兵が滑り込み、道を塞ぐ。

「――くっ、グラ!」

 ハルトは短く名を呼ぶ。跳躍して後方に退いたハルトの動きに、グラも正確に重なるように着地した。泥と雨を纏った一人と一匹が並び立ち、水飛沫が弧を描く。

 呼吸を整えながら、土砂降りの雨音の奥に耳を澄ませる。

 ――後方。ダグラスのところには二人の兵士。アンが翼を広げて援護に入っている。
 ――左手。ステラは一人でソーサラーを押さえている。さらに下には三人の兵が構えている。
 ――そして自分の目の前に四人。奥に控えるトニーを数えれば、残り十二。

 戦況が頭の中で鮮明に浮かぶ。正念場だ――。

「グラ、まだやれる?」
「ワン!」
「……頼もしいよ。一気にいこう」

 弾ける水の音に、カランという乾いた音が鳴った。直後、トニーの傍に立つ木に雷が落ち轟音を響かせ地を揺らした。

 もうすぐ――届く。
 
 揃ってグッと地面を踏み込み、飛び出した。一番手間の敵が剣先を向けて駆け抜けようとするが、ハルトは身体を泥濘に滑らせ、通り過ぎる間際に脹ら脛を切り裂いた。

 奇声をあげながら泥水に倒れ込んだ音を置き去りにし、次に振り上げられたナイフを転がり避けた。横から飛びついたグラによって押し倒されたのが見え、即座に立ち上がる。
 
 直後、突き出された槍に気づき顔をずらした。瞼の上を僅かに掠め、赤く線が引かれる。
 そのまま数回の突きを回避しながら後退すると、グラが槍の柄を噛み砕いて、木片を辺りに振りまいた。

「ここだ!」

 砕けた柄の先を掴み、力まかせに投げて転ばせる。割れた人の間を一気にすり抜け、奥で怯える卑怯者の目の前に詰め寄った。

「ひぃぃぃぃぃい!!」
「とらえた!」

 左手で腕を掴み、右手の刃が、トニーの首に突き刺さる――はずだった。

『フッ――』
「……え?」

 手応えは、ない。
 そこにいたはずのトニーの姿が、霧のように掻き消える。
 空を裂いた刃先だけが、虚しく雨を散らした。
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。