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第一章『嫌われ者の少年と翼の少女』
10.大切な人のため
――フォルト王国北側、血と雨の戦場『馬車付近』
雨が滝のように地面を叩きつける。鋭い水音と泥の匂いが混ざる戦場の中で、遠くで響く金属音と振り払われる泥水の衝撃が、胸を押し潰すような緊張感となってハルトの全身に伝わった。
重厚な剣が大男の巨斧と衝突し、鋼が軋む振動が空気を震わせた。重みのある一撃ごとに、泥が飛び散り、雨音をかき消すほどの衝撃が戦場を支配する。
しかし、大振りな一撃をぶつけ合うため、お互いに隙を突くことができない。
「まったく、同族相手はやりづらいな。お前もそうだろ?」
「……」
「言葉を知らないか……人間としては俺の勝ちだな」
「……フッ」
不敵に鼻で笑ったその瞬間、ダグラスの背後から銀閃が迫る。泥に滑る足音は雨の轟音に紛れ、反応が遅れてしまった。
「しまっ――」
『キーン!』
甲高い鉄の音が背後で響く。目前の斧をいなして体勢を立て直したダグラスが、次に感じたのは斬撃の痛みではなく、小さくも頼れる仲間の温もりだった。
「――はぁ!!」
ナイフの平地で受け止めた剣を、押し飛ばして間合いを作る。逆手に握りなおしたハルトは、ダグラスに背を預けた。
「おまたせ!」
「助かった。気は済んだか?」
「うん……ごめん!」
「謝るなら、向こうで戦ってる相棒たちにしろ」
「うん!」
立ち上がる相手を見定める。ナイフに映る自分の口角が少し上がっているのに気づき、持つ手にぐっと力を入れ直し、深く息を吐いてから、鋭い目つきと共に、刃を敵に向けた。
次の瞬間、切先が雨を裂き、心臓を狙って一直線に迫る。
ハルトは咄嗟に左腕を沿わせて軌道を逸らし、その勢いを利用して身を翻す。視界が泥と水しぶきで揺れる中、敵の背後へと滑り込んだ。
「――っ!」
喉元に冷たい刃を押し当て、一気に引き裂く。敵は泥へと崩れ落ち、身体を僅かに痙攣させた。
息継ぎする間もなく、雨音に紛れて鋭い風切り音が迫る。腰を屈めた瞬間、浮いた髪が刃を掠めた。右側で泥水を跳ねる足が見える。
ハルトは咄嗟に仰向けへと身を倒し、血と雨に濡れた地面へ手を突いた。その反動で伸ばした右足を水溜まりに滑らせ、敵の足首を払う。倒れ込んだ相手の手から、零れそうな武器を奪い取り、そのまま腹を貫いて地に突き刺した。
「くっ、キツイ!!」
弱音を吐いて辺りを見回すと、敵の半数は倒れていて、残りはあと十数人ほど。
雨を散らしながら、優位な空中で戦うステラ、赤い海を踏み、俊敏に敵を翻弄するグラが見える。
ダグラスは大斧の男に手一杯で動けない。先程やられたソーサラーは、ステラを狙って礫を飛ばしている。
そして一番奥で、トニーは余裕の笑みを浮かべ、雨に濡れた髪を撫で付けていた。
「くっ……」
再び怒りが燃えるのを感じ、血と泥に塗れた手を固くする。しかし、アンの声と笑顔が脳裏に浮かび上がり、握られた拳はそっと解かれた。その時――
「ギャウ!!」
「!!グラ!」
グラの痛々しい声が、激しい雨音を遮り響く。咄嗟に向けた視線の先に、泥に塗れた身体でフラフラと立ち上がる姿が見えた。青白い瞳の下がひび割れていて、周りを完全に囲まれている。
「ぐっ――ハルト!行け!」
「うん!」
激しく刀身をぶつけながら叫ぶダグラスを残し、ハルトは赤い水しぶきを上げて地を駆けた。そして――敵が気づくより先に、一人の心臓を貫き、敵の輪に入る。
「グラ、ごめん!遅くなった!」
「バウ!!」
「……うん、大丈夫。やるよ!」
二人の決意が重なった瞬間、グラの左肩に刻まれた紋章が赤く脈打った――。
――血と雨の戦場『敵陣北側』
上空から戦地を見下ろす。ずぶ濡れの土道に、無造作に横たわる人影。しかし何度も近づけば、大地は真っ赤に染まっていき、それらが死体だとまざまざと分かる。彼の力になると決めた直後、これほどの戦場を飛び回るとは、思っていなかった。
南側でハルトとグラが戦う姿が見える。あの様子だと、何とか自分を取り戻したようで、安心した。彼らなら、もう心配はいらないだろう。
娘の傷は、クレアが癒してくれている。だから今は、あの子がもう戦わなくて済むように、私はアイツを止めないなければ。
見下ろす視線の先には、橙色の光を放つ杖を掲げ、野鳥狩りを楽しむ女がいる。魔法陣から放たれる小石の弾丸は、何度もステラの心臓を狙っていた。
――もう、弄ばれるのは沢山。
翼を大きく広げ、雨を切り裂いて急降下する。風圧と血の匂いが頬を叩き、地面が一気に迫る。掴み上げたのは、こちらを見ていた雑兵のひとり。両脚の鉤爪でそいつの左足を締め上げ、空へと持ち上げた。
次の瞬間、全身をうねらせて、猛禽のように振り抜く。獲物は女の方へと投げ飛ばされた。
しかし、女は僅かに口角を歪めただけで、軽やかに身を翻す。飛来した兵士は空を切り、地面に叩きつけられ、泥水を巻き上げて転がり、動かなくなった。
「あら、やるようですね。ただ小石を投げるだけの人間ではない……と」
ステラはゆっくりと高度をさげ、見下すようにソーサラーの女に近づいた。
「いたいけな小鳥を虐めて楽しいですか?」
「ふーん、鳥の分際で人の言葉話せるんだ。生意気ね」
「貴方がさっき撃ち抜いたあの子も――ね」
「あら、もしかしてママ怒っちゃったぁ?ごめんねぇ?でも……」
女は再び、豪雨を降らす空に杖を突き上げる。雨雲の隙間が僅かに光り、小さく雷鳴が聞こえる。
「邪魔な鳥を二羽落としたからって、喋ろうが罪悪感なんてないよ?こっちは同族殺してるんだから」
ふざけた声音。けれど、その眼差しには一片の揺らぎもなく、ただ人を殺すことを楽しむ輝きだけが宿っていた。
胸の奥で、熱いものがこみ上げる。怒りとも、憎しみともつかないそれを飲み込み、ステラは翼をわずかに広げる。
「――娘と主を傷つけた罪、償ってもらいます」
雨を裂く風が吹き込み、ふたりの間に張り詰めた気配が走った。
女は口角をさらに吊り上げ、目の前に魔法陣を召喚した。
杖が大きく空を振る。――その瞬間、陣に石の礫がいくつも生えて、意志を持ったかのように、ステラに向かって飛び出した。風切り音が耳を裂き、視界いっぱいに影が迫る。
それでもステラは眉ひとつ動かさない。
身を反らせ、翼をしならせる。――瞬く間に宙で一回転し、礫の奔流を紙一重でかわしてみせた。
ふわりと宙に立つように羽ばたいた刹那、雲を這う雷がその姿を照らす。
闇に浮かび上がった横顔に宿っていたのは、激情ではなく、冷ややかな怒り。女に対する殺意を孕んだ、静かなる憤怒だった。
背筋を凍らす立ち姿に、雑兵共が息を飲んだ瞬間、風を切る音と共に全身を疾風のごとく動かし、美しい青髪が後方へ流れるほどの勢いで、ステラは女に突撃した。
「――っ」
直前に鋭利な爪を突き出し、顔をめがけて雨粒を切り裂く。
「あっまーい!」
しかし女は怯まないどころか、嬉しそうに頬を赤らめた。
迫る鋭い突撃に、咄嗟に杖を掲げて受け止める。
固く詰まった音が雨粒を震わせ、濡れて滑る杖ごと力を逸らすと、衝撃は頭上へと弾かれた。
「落ちな」
次には睨みつけてどす黒い声で脅すと、左右に魔法陣が浮かび上がり、そこから礫の群れが噴き出した。
無数の石弾が雨をかき消すほどの勢いで襲いかかり、ステラの羽根と身体を無慈悲に叩きつける。
「あっ、くっ――」
痛みを堪えて上空へ逃げ延びた。あちこちにできた傷や痣に雨水が染みる。
「迂闊でした。連続で撃てたのですね。しかも二重で」
「実力は隠しておかないとね」
「……たしかに。目立つのは得策ではありませんものね」
「何?余裕ってわけ?ムカつく」
まるで二人と喋っているかのように、喜怒が入れ替わる女。まったく、頭がおかしくなりそうだ。
だが、ステラの心はまだ折れていなかった。口の端を血で滲ませながら微笑む。その余裕に、女は再び口角を吊り上げ、鋭い視線を向けた。
――血と雨の戦場『馬車付近』
空模様は遂に雷を帯び、今にも地に落ちんとしている。振り続ける雨が体温を奪い取り、振るう剣を握る感覚も既になくなっていた。
後ろでアンを治療するクレアを守るため、目の前の大男の重い斬撃を受け流しながら、隙を見つけては斬る。互いに傷を重ね、戦況は拮抗したままだった。
「ふっ――」
大剣に滑らせるように振り下ろされた刃を受け流し、金属が擦れる音を鳴らす。足元を揺らすほど重い大斧が泥水を跳ねあげたとき、身体を捻らせ剣を振り上げた。
両腕を狙う一閃。男は咄嗟に武器を手放し、間一髪でその一撃を躱した。
「ちっ」
ダグラスは進まぬ展開に苛立ち顕にした。
直後、大男は腰を落とし斧を握りなおす。横へ振り回す大振りの一撃。泥水を跳ね上げ、空気を震わせる重圧が横腹を狙った。
ダグラスは反射的に頭上にかかる大剣の重みを利用し、後ろへ身体を反らせる。斧は蹴り上げられ、 刃先が彼の腹部の布を掠めた。足先から泥水を散らし、腕を跳ねさせ距離をとる。その水飛沫は戦場の冷たい雨と混ざった。
「お前、まさか幹部か?」
「……」
「……答えるつもりはないか」
黙ったままだが伝わる。こいつは、この打ち合いを楽しんでいる。上がった口角がそれを語っていた。
「俺には分かる。お前の性分は暗殺者ではない、戦士だ。なぜ暗殺ギルドになんて組み入ったんだ?」
「……」
その質問の直後、男の笑みは消え、大男は無言のまま、泥を踏みしめて構え直した。肩口に掛かる雨が斧の刃を伝い、黒光りする水滴が地へと滴る。
その圧に呼応するように、ダグラスも剣を構え直す。僅かな光を零さぬよう、開いた瞳孔に敵の姿を映した。
次の瞬間、両者の武器が正面から激突した。
「――ッ!」
火花が雨粒を弾き飛ばし、鉄と鉄とが噛み合う轟音が戦場を震わせる。互いの力が拮抗し、剣と斧の柄が軋みを上げた。
押し切られるか、押し返すか。膠着を弾き飛ばしたのは、両者の渾身の踏み込みだった。
再び始まる大振りの勝負。振るうたびに空気が裂け、泥水が乱舞する。
頬を掠める鋭痛が走り、薄い血が流れ落ちる。
「ぐっ……!」
顔を歪ませたダグラス。だがその瞬間、痛みを糧とするように踏み込み、剣を振り抜いた。刃は相手の胸板を捉え、赤い筋を刻む。
「!!!」
大男は口を固く閉ざしたまま、驚きに目を丸くした。武器を握る手に更に力がこもる。
再び重い一撃が放たれるかという、その瞬間――
「ダグラスッ!」
クレアの叫びに気づいた瞬間、横腹へ閃く刃。雑兵の一人が雨音に紛れて走り込み、雨に濡れたナイフを構えていた。
咄嗟に身体を跳ね上げ、躱す。だが――。
「ぐッ……!」
鋭い痛みが太腿を貫いた。深々と突き刺さる冷たい鉄。視界が白むほどの衝撃に、歯を見せて食いしばる。
それでも反射的に雑兵を蹴り飛ばし、距離を取った。だが痛みに膝をつき、呼吸が荒くなる。
ぬかるんだ大地を踏みしめ、大男がゆっくりと近づいてきた。腰に構えられた斧が、次で終わらせるという意思を堂々と突きつける。
冷たい雨が頬を打ち、血と汗と混ざり合う。
――ここまでか。
死を覚悟したその瞬間。
「フェザーショット!」
鋭い声が雷鳴を裂いた。羽根の矢が一直線に飛び、雨粒を切り裂いて大男に迫る。
「……!」
大男はその声に反応し、斧を構えたまま後方へ飛び退いた。矢は泥水を弾き、音をたてて泥濘に刺さる。
ダグラスの前に、青い翼を羽ばたかせ、小さな影が舞い降りた。アンは濡れた髪から水を滴らせ、全身で彼を庇う。
「ハルトノ、友達ニ、手出しはさせなイ」
少女の勇敢な姿に見惚れていると、背後から温かな気配が包み込んだ。
「ダグラス、ぐずっ……すぐ治すわ」
すすり泣くクレアが必死に抱きつき、足の傷に治癒の光を注ぐ。傷口を締め付ける痛みの中で、確かな温もりだけが伝わる。
「完全な治癒はすぐには難しいから、今は傷を塞ぐ。お願い――勝って」
耳元で囁く声が、じわじわと胸に希望の光を蘇らせた。戦場に、仲間の息遣いが戻ってきたのだ。
「――ありがとう」
クレアの胸の圧から解放されると、ゆっくり立ち上がり、再び大剣を構える。
「クレア、離れてろ。アン、右の雑魚の相手を頼む」
「わかっタ」
「二人とも、気をつけて」
ぬかるんだ地面を走る音が遠のいていく。二人はそれぞれ自分の相手に鋭い視線を向けた。
大男はダグラスに目を合わせ、肩に斧を乗せて腰を落とす。口角は微かに上がっていた。
――血と雨の戦場『敵陣南側』
――足が、軽い。
地を蹴った瞬間、全身が風に変わったように速さを得ていた。
振り下ろされる剣が、遅い。突き出される槍も、重い。
兵士たちの一挙手一投足が、水の底であがくように鈍重に見える。
これが……グラの速さ。
雷鳴が轟く戦場を駆け抜けながら、ハルトは己の変化を自覚していた。暗闇に光るグラの紋章が、ハルトに力を貸してくれている。獣のごとき脚力と反射神経を宿し、ただ前へ。
泥にまみれた地を裂くように飛び込むと、槍兵が三人、立ち塞がった。
同時に突き出された鋭い穂先が、雨粒を割って迫る。
「――ッ」
ハルトは地を滑るように身を沈め、足を軸に反転する。
刹那、背後から駆けた影――グラの爪が、槍を握る兵士の喉を裂いた。
残りの二人が振り返るよりも早く、ハルトは跳ね、回転しながらナイフを振る。
赤い飛沫が雨と混ざり、瞬きの間に三人が地へ崩れ落ちた。
短く息を吐けば、グラもそれに応じて身を低くする。視線を右へ走らせれば、獣の瞳がそれを捉え、牙を突き立てる。左の影を睨みつければ、次の瞬間にはハルトのナイフが閃いていた。
速さを得たからこそ、指示が届く。動きに遅れが生じない。それは意思の共有ではなく、呼吸と視線で繋がった連携。
――これなら戦える。
並び立つ二つの影が、光の速さで雨の戦場を切り裂いていった。
「くそっ、止めろ! こいつらを――!」
叫ぶ声が聞こえた。残った少数の兵が、一気にハルトたちに押し寄せてくる。
それでも恐怖はなかった。むしろ心は研ぎ澄まされていくのを感じる。
奥で余裕がなくなった表情のトニーが見えた。
「グラ――行くぞ!」
「バウ!」
二つの影が走りだす。泥を跳ね飛ばし、矢のように駆け抜ける。刃と爪が交差し、敵を切り刻むたび、道が拓けていった。
速さで翻弄し、力で押し返す――だが、決して一方的ではなかった。
後方に控えていた暗殺者たちが、雨と泥にまみれながら、斜めからナイフや短剣を突き出す。数は少ないが、どの一人も腕利きで、死角を突こうと連携してくる。
ハルトは刃を振りつつ、泥に滑る足元に神経を集中させる。僅かな隙間で斬撃をかわし、踏み込みを調整する。横合いからの一撃に体勢を崩されそうになり、肩を強く打ちつけながらも踏みとどまる。
グラが隙を突いて飛び込み、牙で敵を押しのける。踏み込んだ瞬間、泥水が激しく跳ね上がり、視界を覆った。
だが、ハルトは怯まない。濁流のような雨を切り裂きながら逆手のナイフを振る。目の前で開いたわずかな隙間に、敵陣の奥――アイツへと繋がる道が見えた。
……だが、それも一瞬。すぐさま兵が滑り込み、道を塞ぐ。
「――くっ、グラ!」
ハルトは短く名を呼ぶ。跳躍して後方に退いたハルトの動きに、グラも正確に重なるように着地した。泥と雨を纏った一人と一匹が並び立ち、水飛沫が弧を描く。
呼吸を整えながら、土砂降りの雨音の奥に耳を澄ませる。
――後方。ダグラスのところには二人の兵士。アンが翼を広げて援護に入っている。
――左手。ステラは一人でソーサラーを押さえている。さらに下には三人の兵が構えている。
――そして自分の目の前に四人。奥に控えるトニーを数えれば、残り十二。
戦況が頭の中で鮮明に浮かぶ。正念場だ――。
「グラ、まだやれる?」
「ワン!」
「……頼もしいよ。一気にいこう」
弾ける水の音に、カランという乾いた音が鳴った。直後、トニーの傍に立つ木に雷が落ち轟音を響かせ地を揺らした。
もうすぐ――届く。
揃ってグッと地面を踏み込み、飛び出した。一番手間の敵が剣先を向けて駆け抜けようとするが、ハルトは身体を泥濘に滑らせ、通り過ぎる間際に脹ら脛を切り裂いた。
奇声をあげながら泥水に倒れ込んだ音を置き去りにし、次に振り上げられたナイフを転がり避けた。横から飛びついたグラによって押し倒されたのが見え、即座に立ち上がる。
直後、突き出された槍に気づき顔をずらした。瞼の上を僅かに掠め、赤く線が引かれる。
そのまま数回の突きを回避しながら後退すると、グラが槍の柄を噛み砕いて、木片を辺りに振りまいた。
「ここだ!」
砕けた柄の先を掴み、力まかせに投げて転ばせる。割れた人の間を一気にすり抜け、奥で怯える卑怯者の目の前に詰め寄った。
「ひぃぃぃぃぃい!!」
「とらえた!」
左手で腕を掴み、右手の刃が、トニーの首に突き刺さる――はずだった。
『フッ――』
「……え?」
手応えは、ない。
そこにいたはずのトニーの姿が、霧のように掻き消える。
空を裂いた刃先だけが、虚しく雨を散らした。
雨が滝のように地面を叩きつける。鋭い水音と泥の匂いが混ざる戦場の中で、遠くで響く金属音と振り払われる泥水の衝撃が、胸を押し潰すような緊張感となってハルトの全身に伝わった。
重厚な剣が大男の巨斧と衝突し、鋼が軋む振動が空気を震わせた。重みのある一撃ごとに、泥が飛び散り、雨音をかき消すほどの衝撃が戦場を支配する。
しかし、大振りな一撃をぶつけ合うため、お互いに隙を突くことができない。
「まったく、同族相手はやりづらいな。お前もそうだろ?」
「……」
「言葉を知らないか……人間としては俺の勝ちだな」
「……フッ」
不敵に鼻で笑ったその瞬間、ダグラスの背後から銀閃が迫る。泥に滑る足音は雨の轟音に紛れ、反応が遅れてしまった。
「しまっ――」
『キーン!』
甲高い鉄の音が背後で響く。目前の斧をいなして体勢を立て直したダグラスが、次に感じたのは斬撃の痛みではなく、小さくも頼れる仲間の温もりだった。
「――はぁ!!」
ナイフの平地で受け止めた剣を、押し飛ばして間合いを作る。逆手に握りなおしたハルトは、ダグラスに背を預けた。
「おまたせ!」
「助かった。気は済んだか?」
「うん……ごめん!」
「謝るなら、向こうで戦ってる相棒たちにしろ」
「うん!」
立ち上がる相手を見定める。ナイフに映る自分の口角が少し上がっているのに気づき、持つ手にぐっと力を入れ直し、深く息を吐いてから、鋭い目つきと共に、刃を敵に向けた。
次の瞬間、切先が雨を裂き、心臓を狙って一直線に迫る。
ハルトは咄嗟に左腕を沿わせて軌道を逸らし、その勢いを利用して身を翻す。視界が泥と水しぶきで揺れる中、敵の背後へと滑り込んだ。
「――っ!」
喉元に冷たい刃を押し当て、一気に引き裂く。敵は泥へと崩れ落ち、身体を僅かに痙攣させた。
息継ぎする間もなく、雨音に紛れて鋭い風切り音が迫る。腰を屈めた瞬間、浮いた髪が刃を掠めた。右側で泥水を跳ねる足が見える。
ハルトは咄嗟に仰向けへと身を倒し、血と雨に濡れた地面へ手を突いた。その反動で伸ばした右足を水溜まりに滑らせ、敵の足首を払う。倒れ込んだ相手の手から、零れそうな武器を奪い取り、そのまま腹を貫いて地に突き刺した。
「くっ、キツイ!!」
弱音を吐いて辺りを見回すと、敵の半数は倒れていて、残りはあと十数人ほど。
雨を散らしながら、優位な空中で戦うステラ、赤い海を踏み、俊敏に敵を翻弄するグラが見える。
ダグラスは大斧の男に手一杯で動けない。先程やられたソーサラーは、ステラを狙って礫を飛ばしている。
そして一番奥で、トニーは余裕の笑みを浮かべ、雨に濡れた髪を撫で付けていた。
「くっ……」
再び怒りが燃えるのを感じ、血と泥に塗れた手を固くする。しかし、アンの声と笑顔が脳裏に浮かび上がり、握られた拳はそっと解かれた。その時――
「ギャウ!!」
「!!グラ!」
グラの痛々しい声が、激しい雨音を遮り響く。咄嗟に向けた視線の先に、泥に塗れた身体でフラフラと立ち上がる姿が見えた。青白い瞳の下がひび割れていて、周りを完全に囲まれている。
「ぐっ――ハルト!行け!」
「うん!」
激しく刀身をぶつけながら叫ぶダグラスを残し、ハルトは赤い水しぶきを上げて地を駆けた。そして――敵が気づくより先に、一人の心臓を貫き、敵の輪に入る。
「グラ、ごめん!遅くなった!」
「バウ!!」
「……うん、大丈夫。やるよ!」
二人の決意が重なった瞬間、グラの左肩に刻まれた紋章が赤く脈打った――。
――血と雨の戦場『敵陣北側』
上空から戦地を見下ろす。ずぶ濡れの土道に、無造作に横たわる人影。しかし何度も近づけば、大地は真っ赤に染まっていき、それらが死体だとまざまざと分かる。彼の力になると決めた直後、これほどの戦場を飛び回るとは、思っていなかった。
南側でハルトとグラが戦う姿が見える。あの様子だと、何とか自分を取り戻したようで、安心した。彼らなら、もう心配はいらないだろう。
娘の傷は、クレアが癒してくれている。だから今は、あの子がもう戦わなくて済むように、私はアイツを止めないなければ。
見下ろす視線の先には、橙色の光を放つ杖を掲げ、野鳥狩りを楽しむ女がいる。魔法陣から放たれる小石の弾丸は、何度もステラの心臓を狙っていた。
――もう、弄ばれるのは沢山。
翼を大きく広げ、雨を切り裂いて急降下する。風圧と血の匂いが頬を叩き、地面が一気に迫る。掴み上げたのは、こちらを見ていた雑兵のひとり。両脚の鉤爪でそいつの左足を締め上げ、空へと持ち上げた。
次の瞬間、全身をうねらせて、猛禽のように振り抜く。獲物は女の方へと投げ飛ばされた。
しかし、女は僅かに口角を歪めただけで、軽やかに身を翻す。飛来した兵士は空を切り、地面に叩きつけられ、泥水を巻き上げて転がり、動かなくなった。
「あら、やるようですね。ただ小石を投げるだけの人間ではない……と」
ステラはゆっくりと高度をさげ、見下すようにソーサラーの女に近づいた。
「いたいけな小鳥を虐めて楽しいですか?」
「ふーん、鳥の分際で人の言葉話せるんだ。生意気ね」
「貴方がさっき撃ち抜いたあの子も――ね」
「あら、もしかしてママ怒っちゃったぁ?ごめんねぇ?でも……」
女は再び、豪雨を降らす空に杖を突き上げる。雨雲の隙間が僅かに光り、小さく雷鳴が聞こえる。
「邪魔な鳥を二羽落としたからって、喋ろうが罪悪感なんてないよ?こっちは同族殺してるんだから」
ふざけた声音。けれど、その眼差しには一片の揺らぎもなく、ただ人を殺すことを楽しむ輝きだけが宿っていた。
胸の奥で、熱いものがこみ上げる。怒りとも、憎しみともつかないそれを飲み込み、ステラは翼をわずかに広げる。
「――娘と主を傷つけた罪、償ってもらいます」
雨を裂く風が吹き込み、ふたりの間に張り詰めた気配が走った。
女は口角をさらに吊り上げ、目の前に魔法陣を召喚した。
杖が大きく空を振る。――その瞬間、陣に石の礫がいくつも生えて、意志を持ったかのように、ステラに向かって飛び出した。風切り音が耳を裂き、視界いっぱいに影が迫る。
それでもステラは眉ひとつ動かさない。
身を反らせ、翼をしならせる。――瞬く間に宙で一回転し、礫の奔流を紙一重でかわしてみせた。
ふわりと宙に立つように羽ばたいた刹那、雲を這う雷がその姿を照らす。
闇に浮かび上がった横顔に宿っていたのは、激情ではなく、冷ややかな怒り。女に対する殺意を孕んだ、静かなる憤怒だった。
背筋を凍らす立ち姿に、雑兵共が息を飲んだ瞬間、風を切る音と共に全身を疾風のごとく動かし、美しい青髪が後方へ流れるほどの勢いで、ステラは女に突撃した。
「――っ」
直前に鋭利な爪を突き出し、顔をめがけて雨粒を切り裂く。
「あっまーい!」
しかし女は怯まないどころか、嬉しそうに頬を赤らめた。
迫る鋭い突撃に、咄嗟に杖を掲げて受け止める。
固く詰まった音が雨粒を震わせ、濡れて滑る杖ごと力を逸らすと、衝撃は頭上へと弾かれた。
「落ちな」
次には睨みつけてどす黒い声で脅すと、左右に魔法陣が浮かび上がり、そこから礫の群れが噴き出した。
無数の石弾が雨をかき消すほどの勢いで襲いかかり、ステラの羽根と身体を無慈悲に叩きつける。
「あっ、くっ――」
痛みを堪えて上空へ逃げ延びた。あちこちにできた傷や痣に雨水が染みる。
「迂闊でした。連続で撃てたのですね。しかも二重で」
「実力は隠しておかないとね」
「……たしかに。目立つのは得策ではありませんものね」
「何?余裕ってわけ?ムカつく」
まるで二人と喋っているかのように、喜怒が入れ替わる女。まったく、頭がおかしくなりそうだ。
だが、ステラの心はまだ折れていなかった。口の端を血で滲ませながら微笑む。その余裕に、女は再び口角を吊り上げ、鋭い視線を向けた。
――血と雨の戦場『馬車付近』
空模様は遂に雷を帯び、今にも地に落ちんとしている。振り続ける雨が体温を奪い取り、振るう剣を握る感覚も既になくなっていた。
後ろでアンを治療するクレアを守るため、目の前の大男の重い斬撃を受け流しながら、隙を見つけては斬る。互いに傷を重ね、戦況は拮抗したままだった。
「ふっ――」
大剣に滑らせるように振り下ろされた刃を受け流し、金属が擦れる音を鳴らす。足元を揺らすほど重い大斧が泥水を跳ねあげたとき、身体を捻らせ剣を振り上げた。
両腕を狙う一閃。男は咄嗟に武器を手放し、間一髪でその一撃を躱した。
「ちっ」
ダグラスは進まぬ展開に苛立ち顕にした。
直後、大男は腰を落とし斧を握りなおす。横へ振り回す大振りの一撃。泥水を跳ね上げ、空気を震わせる重圧が横腹を狙った。
ダグラスは反射的に頭上にかかる大剣の重みを利用し、後ろへ身体を反らせる。斧は蹴り上げられ、 刃先が彼の腹部の布を掠めた。足先から泥水を散らし、腕を跳ねさせ距離をとる。その水飛沫は戦場の冷たい雨と混ざった。
「お前、まさか幹部か?」
「……」
「……答えるつもりはないか」
黙ったままだが伝わる。こいつは、この打ち合いを楽しんでいる。上がった口角がそれを語っていた。
「俺には分かる。お前の性分は暗殺者ではない、戦士だ。なぜ暗殺ギルドになんて組み入ったんだ?」
「……」
その質問の直後、男の笑みは消え、大男は無言のまま、泥を踏みしめて構え直した。肩口に掛かる雨が斧の刃を伝い、黒光りする水滴が地へと滴る。
その圧に呼応するように、ダグラスも剣を構え直す。僅かな光を零さぬよう、開いた瞳孔に敵の姿を映した。
次の瞬間、両者の武器が正面から激突した。
「――ッ!」
火花が雨粒を弾き飛ばし、鉄と鉄とが噛み合う轟音が戦場を震わせる。互いの力が拮抗し、剣と斧の柄が軋みを上げた。
押し切られるか、押し返すか。膠着を弾き飛ばしたのは、両者の渾身の踏み込みだった。
再び始まる大振りの勝負。振るうたびに空気が裂け、泥水が乱舞する。
頬を掠める鋭痛が走り、薄い血が流れ落ちる。
「ぐっ……!」
顔を歪ませたダグラス。だがその瞬間、痛みを糧とするように踏み込み、剣を振り抜いた。刃は相手の胸板を捉え、赤い筋を刻む。
「!!!」
大男は口を固く閉ざしたまま、驚きに目を丸くした。武器を握る手に更に力がこもる。
再び重い一撃が放たれるかという、その瞬間――
「ダグラスッ!」
クレアの叫びに気づいた瞬間、横腹へ閃く刃。雑兵の一人が雨音に紛れて走り込み、雨に濡れたナイフを構えていた。
咄嗟に身体を跳ね上げ、躱す。だが――。
「ぐッ……!」
鋭い痛みが太腿を貫いた。深々と突き刺さる冷たい鉄。視界が白むほどの衝撃に、歯を見せて食いしばる。
それでも反射的に雑兵を蹴り飛ばし、距離を取った。だが痛みに膝をつき、呼吸が荒くなる。
ぬかるんだ大地を踏みしめ、大男がゆっくりと近づいてきた。腰に構えられた斧が、次で終わらせるという意思を堂々と突きつける。
冷たい雨が頬を打ち、血と汗と混ざり合う。
――ここまでか。
死を覚悟したその瞬間。
「フェザーショット!」
鋭い声が雷鳴を裂いた。羽根の矢が一直線に飛び、雨粒を切り裂いて大男に迫る。
「……!」
大男はその声に反応し、斧を構えたまま後方へ飛び退いた。矢は泥水を弾き、音をたてて泥濘に刺さる。
ダグラスの前に、青い翼を羽ばたかせ、小さな影が舞い降りた。アンは濡れた髪から水を滴らせ、全身で彼を庇う。
「ハルトノ、友達ニ、手出しはさせなイ」
少女の勇敢な姿に見惚れていると、背後から温かな気配が包み込んだ。
「ダグラス、ぐずっ……すぐ治すわ」
すすり泣くクレアが必死に抱きつき、足の傷に治癒の光を注ぐ。傷口を締め付ける痛みの中で、確かな温もりだけが伝わる。
「完全な治癒はすぐには難しいから、今は傷を塞ぐ。お願い――勝って」
耳元で囁く声が、じわじわと胸に希望の光を蘇らせた。戦場に、仲間の息遣いが戻ってきたのだ。
「――ありがとう」
クレアの胸の圧から解放されると、ゆっくり立ち上がり、再び大剣を構える。
「クレア、離れてろ。アン、右の雑魚の相手を頼む」
「わかっタ」
「二人とも、気をつけて」
ぬかるんだ地面を走る音が遠のいていく。二人はそれぞれ自分の相手に鋭い視線を向けた。
大男はダグラスに目を合わせ、肩に斧を乗せて腰を落とす。口角は微かに上がっていた。
――血と雨の戦場『敵陣南側』
――足が、軽い。
地を蹴った瞬間、全身が風に変わったように速さを得ていた。
振り下ろされる剣が、遅い。突き出される槍も、重い。
兵士たちの一挙手一投足が、水の底であがくように鈍重に見える。
これが……グラの速さ。
雷鳴が轟く戦場を駆け抜けながら、ハルトは己の変化を自覚していた。暗闇に光るグラの紋章が、ハルトに力を貸してくれている。獣のごとき脚力と反射神経を宿し、ただ前へ。
泥にまみれた地を裂くように飛び込むと、槍兵が三人、立ち塞がった。
同時に突き出された鋭い穂先が、雨粒を割って迫る。
「――ッ」
ハルトは地を滑るように身を沈め、足を軸に反転する。
刹那、背後から駆けた影――グラの爪が、槍を握る兵士の喉を裂いた。
残りの二人が振り返るよりも早く、ハルトは跳ね、回転しながらナイフを振る。
赤い飛沫が雨と混ざり、瞬きの間に三人が地へ崩れ落ちた。
短く息を吐けば、グラもそれに応じて身を低くする。視線を右へ走らせれば、獣の瞳がそれを捉え、牙を突き立てる。左の影を睨みつければ、次の瞬間にはハルトのナイフが閃いていた。
速さを得たからこそ、指示が届く。動きに遅れが生じない。それは意思の共有ではなく、呼吸と視線で繋がった連携。
――これなら戦える。
並び立つ二つの影が、光の速さで雨の戦場を切り裂いていった。
「くそっ、止めろ! こいつらを――!」
叫ぶ声が聞こえた。残った少数の兵が、一気にハルトたちに押し寄せてくる。
それでも恐怖はなかった。むしろ心は研ぎ澄まされていくのを感じる。
奥で余裕がなくなった表情のトニーが見えた。
「グラ――行くぞ!」
「バウ!」
二つの影が走りだす。泥を跳ね飛ばし、矢のように駆け抜ける。刃と爪が交差し、敵を切り刻むたび、道が拓けていった。
速さで翻弄し、力で押し返す――だが、決して一方的ではなかった。
後方に控えていた暗殺者たちが、雨と泥にまみれながら、斜めからナイフや短剣を突き出す。数は少ないが、どの一人も腕利きで、死角を突こうと連携してくる。
ハルトは刃を振りつつ、泥に滑る足元に神経を集中させる。僅かな隙間で斬撃をかわし、踏み込みを調整する。横合いからの一撃に体勢を崩されそうになり、肩を強く打ちつけながらも踏みとどまる。
グラが隙を突いて飛び込み、牙で敵を押しのける。踏み込んだ瞬間、泥水が激しく跳ね上がり、視界を覆った。
だが、ハルトは怯まない。濁流のような雨を切り裂きながら逆手のナイフを振る。目の前で開いたわずかな隙間に、敵陣の奥――アイツへと繋がる道が見えた。
……だが、それも一瞬。すぐさま兵が滑り込み、道を塞ぐ。
「――くっ、グラ!」
ハルトは短く名を呼ぶ。跳躍して後方に退いたハルトの動きに、グラも正確に重なるように着地した。泥と雨を纏った一人と一匹が並び立ち、水飛沫が弧を描く。
呼吸を整えながら、土砂降りの雨音の奥に耳を澄ませる。
――後方。ダグラスのところには二人の兵士。アンが翼を広げて援護に入っている。
――左手。ステラは一人でソーサラーを押さえている。さらに下には三人の兵が構えている。
――そして自分の目の前に四人。奥に控えるトニーを数えれば、残り十二。
戦況が頭の中で鮮明に浮かぶ。正念場だ――。
「グラ、まだやれる?」
「ワン!」
「……頼もしいよ。一気にいこう」
弾ける水の音に、カランという乾いた音が鳴った。直後、トニーの傍に立つ木に雷が落ち轟音を響かせ地を揺らした。
もうすぐ――届く。
揃ってグッと地面を踏み込み、飛び出した。一番手間の敵が剣先を向けて駆け抜けようとするが、ハルトは身体を泥濘に滑らせ、通り過ぎる間際に脹ら脛を切り裂いた。
奇声をあげながら泥水に倒れ込んだ音を置き去りにし、次に振り上げられたナイフを転がり避けた。横から飛びついたグラによって押し倒されたのが見え、即座に立ち上がる。
直後、突き出された槍に気づき顔をずらした。瞼の上を僅かに掠め、赤く線が引かれる。
そのまま数回の突きを回避しながら後退すると、グラが槍の柄を噛み砕いて、木片を辺りに振りまいた。
「ここだ!」
砕けた柄の先を掴み、力まかせに投げて転ばせる。割れた人の間を一気にすり抜け、奥で怯える卑怯者の目の前に詰め寄った。
「ひぃぃぃぃぃい!!」
「とらえた!」
左手で腕を掴み、右手の刃が、トニーの首に突き刺さる――はずだった。
『フッ――』
「……え?」
手応えは、ない。
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空を裂いた刃先だけが、虚しく雨を散らした。
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