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第二章『幼なじみと剣士の男』
23.決意は闇夜に燃える
――王都サフィーア南側住宅街『自宅』
真っ暗で鎮まり返った家の中。湿気のドブのような匂いが鼻につき、冷たい空気が、細い針のように肌を刺す。
玄関から伸びる水の足跡。辿った先でペしゃり――落とされたマントが音を立て、雨水を散らした。
靴を乱雑に脱ぎ捨て、裸足でぺたぺたと足音を鳴らし、螺旋階段を登る。開け放たれていた扉に吸い込まれ、自室の椅子に深く腰掛ける。短く息を吐き、そして部屋の隅に立てかけられた長剣を見つめた。
『人を簡単に信じるな』
「…………僕は」
脳裏に響いたあの声に、一度誓った覚悟が揺れる。
カーラの性格はよく知っている。きっと、僕を否定したわけではなかった。と、冷静になればわかる。
窓に打ち付ける雨音だけが響く部屋で、ハルトはゆっくりと目を伏せた。
モンスターテイマーは忌み嫌われる存在。僕がソレになったことを、きっとカーラは憂いてくれたのだ。分かっている。……分かっているけど――
『モンスターテイマーになっちゃったの?』
グラ、アン、それにステラ、オリバー――この力で絆を結んだ仲間たち。クレア、ダグラス――この力で救った人々。
僕はこのジョブになったことを恨みながら、どこかで誇りを感じていたんだ。モンスターテイマーである誇り。それを否定された気がして、悲しかったんだ。
今更気づいた自分の気持ちの変化。カーラに酷い態度をとってしまったことを後悔した。怒りに癇癪をおこして飛び出すなんて……。十五歳にもなって、あまりにも愚かだ。
「……やっぱり僕は信じなきゃ。そうですよね?――オリバーさん」
脳裏に浮かんだ無口な彼は、ホッとしたように口角を上げた。その瞬間、心の奥に刺さった氷が溶けていく。
雨音が柔らかくなると、奥から僅かに陽が射して、彼の剣の鍔を煌めかせた。
柔らかな表情を取り戻し、彼の面影に微笑んだハルト。少しだけ陽だまりに手を伸ばすと、温もりを掴んで立ち上がった。
階段を下り、脱ぎ捨てたマントを拾いあげた。ぴちゃりと滴るたび、胸の奥で罪悪感が静かな波紋を描いた。
悔しい――悲しい――申し訳ない――。
気付かぬうちに強く握られた拳から、布に染み込んだ水がじわりと溢れて床にまた落ちる。
「ちゃんと謝らないと」
そう自分を叱りつけ、マントを静かに拾い上げる。濡れた廊下を辿り玄関の扉を開くと、陽に触れた生暖かい湿気が流れ込んだ。
通り雨が過ぎ去った。だが、雲はまだすぐそこで、景色を遠くまで薄白く霞ませている。
それでも、すぐ隣では青空が広がり、色濃い虹が彩りを与えていた。
明るい空を見つめ、罪悪感に決意を上書きする。腕に力を込めて、濡れたマントを絞り上げると、ため込んだ思いごと水が流れ落ちた。その時――
「――ハルくん!!」
綺麗な黄色いドレスに、美しく長い栗色の巻き髪。水滴を全身に纏い、光の粒を無数に散らす彼女は、肩で荒く呼吸しながらそこに立っていた。
「――カーラ!」
彼女の腫れた目と視線を交わし、まだ雨水を含んだマントをそこに落とす。こちらに近づく一歩に焦らされるように駆け寄り、濡れたその小柄な少女を抱きしめた。
「カーラ!ごめん、ごめん!!」
「私も……ごめんなさい、ごぇんなざいぃーー!!」
胸の中で叫ぶ少女の肩を強く包み込む。抑えきれない嗚咽を零しながら、大粒の涙を頬に伝わせた。
カーラの温もりを誓いと共に胸に刻み込む。
一度目の前から消えてしまった僕を、また見つけてくれた彼女を……僕はもう悲しませてはいけない。
ちゃんと全てを話そう。そして――一緒に旅をするんだ。
息を切らし、ようやく追いついてきたクレアとダグラス。二人の姿を視界に収めると歩速を緩め、口角を上げ安堵の息を漏らした。
――少し時間が経ち、『クレアの家』
カーラの濡れたドレスとハルトのマントを、魔道具で乾燥してもらい、着替えが済んだ頃にクレアの家に集合した。
テーブルを囲み紅茶を口にする。まだ残る罪悪感と、僅かな恥ずかしさが混ざり合い、静まり返った部屋の空気は、湿気以上の重さを感じた。
「……それでハルト。カーラに話すことがあるんじゃないか?」
まだ言葉を探しているうちに、ダグラスの真っ直ぐな声が飛んだ。クレアが彼を睨みつけた直後、足元でガツッと音がなり、ダグラスが僅かに眉を寄せた。
「……うん。カーラ、さっきはその……ごめん。ちゃんと伝える前に飛び出して」
「ううん!私がいけないのよ!もっと言葉を選ぶべきだったのに……ごめんなさい」
彼女の深々とした謝罪にまた罪悪感を抱きながら、それをしっかり受け止める。
頭を上げた彼女の目を見つめ、微笑みを返してから言葉を続けた。
「さっきの質問――うん、僕はモンスターテイマーだよ。忌み物で、嫌われ者の魔物使い」
「そんな――」
「でもね」
庇おうとする言葉を遮り、ハルトは優しく続けた。
「仲間たちと一緒に前を見て、苦難を乗り越えて、人を信じて、人の為に力を使ってきた」
柔らかな声に思いを乗せて、カーラの前に積み上げる。真剣な表情でそれを受け取る彼女に、ようやく心が覚悟を決めた。
床に右手を差し出し、深く息を吐き出す。
「出てきて――『グラ』『アン』」
手のひらが示す先に、闇の渦が二つ現れる。内の一つからは浮かんで来るのを待たず、白骨の犬が飛び出した。
「ワン!」
「グラ、元気だね」
ハルトの足に擦り寄り、毛のない尾をブンブンと振る。それからカーラに気づいたグラは、カラッと音を立てて首を傾げた。
そうしているうちに、もう一つの渦から浮かんできた青い翼の少女。ペタンと可愛らしく座ったまま顔を上げ、閉じていた瞼を気だるげに持ち上げる。
「ン、ダグラス、クレア、と……だレ?」
「カーラだよ。僕の幼なじみ」
ほんの少し、カーラの目が見開き、表情は強ばったように見えた。……無理もない。魔物と人魔をこの距離で見れば、当然の反応だ。
「カーラ、大丈夫?」
「……う、うん。ごめんなさい、少し驚いてしまって」
「……こっちはボーンハウンドのグラ、この子はハーピィのアン。少しづつでいいから、理解していってほしい。大切な僕の仲間なんだ」
グラと目があった彼女は、僅かに恐怖が滲んだ瞳を、目の前の紅茶に落とした。
やはり難しいのだろうか……。悔しそうに唇を噛み締める表情が、白い陶器のカップに浮かんでいる。
刹那――ガバッと顔を持ち上げたカーラ。目に強い意志を込めて、眉間に深く皺を作る。
「グググググラさん!アンさん!カーラ・トワイライトと申します!!ふ、不束者ですが、よろしくお願いしましゅ!!!」
長い、長い静寂の時間が流れた。その場にいた全員の思考が止まった。……本人も含めて。
人ではない存在を受け入れようとしてくれた。それは素直に嬉しい。だが――何もかもが空回りだ。
時が止まったような空間で一人アンが立ち上がり、座るカーラの横へ歩いていく。
「……ン、カーラ、よろしク」
そう声をかけ、肩にポンッと翼が置かれた瞬間、頬がみるみる赤みを増した。そして頭から湯気をたてたカーラは、背をもたれるように天井を仰ぎ、そのまま気を失った――。
こうして、カーラの率直な気持ちを知り、ほんの少しの不安は残れど、旅は予定通りの決行となった。
この日の彼女の選択は、ハルトだけでなく――その場にいたもう一人の心も、静かに動かしていた。
――夕方、冒険者ギルド『執務室』
濡れた地面は乾ききり、空が濃い藍色を帯び始めた。広間には一日の報告にきた冒険者が群がり、喧騒を二階にあるこの部屋まで響かせている。
それでも、目の前で椅子に腰を下ろし、太い丸太のような腕を組む男は、眉ひとつ動かさずにハルトを睨みつけていた。
「五日後か……最近は忙しいな。ギルドとしてはありがたいが、まだ事件から一ヶ月しか経たないんだ。無理して壊れるなよ?」
「はい。今は周りの目線もあるので、少し離れるのもいいかな?と思います」
「……そうか、わかった」
僅かに眉を下げながらため息を漏らしたマスターは、慣れた手つきで受領処理を行い、最後に力強く判を押した。
それを明るい白金の髪の少女に手渡す。彼女――シャルロッテは耳につけている雫型のピアスを揺らしながら、内容をすらすらと読み進めていく。
「はい。マスター、オッケーです」
「よし。それじゃあ……少し伝えたいことがある。そこに座れ」
立ち上がりながらそう示す先のソファには、既に座ってクッキーを頬張るアンの背中が見えた。苦笑を浮かべたハルトだが、指示された通りアンの横に腰を下ろす。
マスターが対面に座ると、今度は何かを察したアンが立ち上がり、クッキーの袋を羽先で器用に掴んだままシャルの側へ駆け寄っていった。
「フッ、歳の割には聡いな」
「いい子ですよ。ステラの教育が良かったんでしょうね」
「ハーピィクイーンの娘、いつかとんでもない戦力になりそうだ」
シャルの膝に座り、まだクッキーを食べているアンを笑顔で見つめたマスター。僅かに息を吹き出してから咳払いをし、真剣な面持ちを取り戻して視線をハルトに向けた。
「お前には、伝えることが四つある」
「四つもですか?」
「あぁ、一つはまぁ、念押しみたいなものだがな」
そう言いながら彼はゴツゴツとした足を組み、指を交差させた手を膝に置く。思わず息を飲んだ音が耳に届く。緊張に握る拳が固くなり、湿った手のひらと指が擦れる音を鳴らした。
「……一つ、ノーランド元伯爵が今も逃走中だが、噂で帝国に亡命したと聞いた」
「ダルセルニア帝国……ですか」
「あぁ、真実は定かではないが、本当ならまた暗殺ギルドが動きかねない。留意しておいてくれ」
フォルト王国の北の隣国――ダルセルニア帝国。
昔から他国との戦が耐えない軍事国家であり、現皇帝も長らくその地位に居座り、実力行使な政治を続けている。
暗殺ギルド『ウラヌシア』の本拠点もこの国にあり、一度繋がったノーランドが、ここを頼るのは充分に考えられた。
「わかりました」
小さく頷いたマスターは、硬い表情を変えず続ける。
「二つ目……最近いたるところで、魔物の異常なまでの凶暴化が確認されている」
「凶暴化?それは……理由は分かってないんですか?」
「分かってたら既に対応している。明日には冒険者全員に通達するが、お前も充分に注意しろ。無茶はするなよ?」
「……はい」
返事を聞くや、マスターは眉間に皺を寄せたまま目を瞑り、大きなため息を吐き出した。
『無茶をしない』という点においては、前科があるおかげで信用されていないらしい。
引き攣り笑顔を滲ませたハルト、その後ろで聞き耳を立てていたシャルも、思わず苦笑いをこちらに向けていた。
シャルとも目が合ったマスターは、再び呆れたように息を吐き、次に話を進める。
「三つ目、これをリオナから預かってきた。が、少し癖があるらしい」
ポケットから取り出した物が硬い音を鳴らし、テーブルの上に置かれた。黒を帯びた金属に細かい装飾がされ、白い宝石が埋め込まれた指輪――そう、以前ラプトルから回収したアーティファクトだ。
「あぁ!わざわざありがとうございます。助かります。それで、癖って?」
「……嵌めた対象の魔力が尽きた時、一度だけ完全に回復する」
「……すごいものじゃないですか」
「そう思うだろう?だがな、これだけの力がリスク無しで使えるわけがない」
おもむろに傍らに置かれていた紙を広げ、ハルトの前に差し出す。それはこのアーティストの鑑定書。内容は――
「銘『死神の指輪』――装備者の魔力が尽きた時、一度だけ生命力を魔力に転換する……。使用者はその魔力が減るほどに衰弱し、魔力が尽きると……死亡す……る」
「わかったか?」
マスターの低い声が室内に沈む。
「これは自分の死と引き換えに有限の力を得る愚かなアーティファクト。命令だ。使うな」
拾ってから幾日、これを持ち歩いていたことに背筋が凍る。魔力消費が少ないテイマーだから良かったものの、もしアンやグラ、クレアの手に渡っていたら――考えたくもない。
僅かに震える手でポケットから薄汚れた布を取り出す。それを慎重に指輪に被せると、持ち上げて包み、ゆっくりと取り出した場所に戻した。
「……懸命な判断だ。国に寄贈するのが一番いいだろうが、判断は任せる。初めて手にしたアーティファクトだが、残念だったな」
「はい。……少し考えます」
鑑定書をしばらく見つめ瞳孔を揺らす。嫌な想像が膨らみ、脳内で旅の思い出がモノクロに再生された。そして……倒れた仲間の妄想も――。
刹那、目を瞑り首を振る。頭を支配しそうな恐怖を振り解き、鑑定書を折って指輪と同じポケットへしまい込んだ。
一連を黙って見ていたマスターは、静かに腰を持ち上げ、膝に腕を乗せるように前のめりになり、浅く座り直した。
彼はぐっと眉を寄せ、一度強く唇を閉じる。そして唐突に力を緩めた時――そこにいたのはあまりにも悲しそうに目を伏せ、弱気な顔だった。
「……最後だ」
低く、掠れた声。
マスターは深く息を吸い込み、何かを飲み込むように目を伏せた。
「――ダリアがいなくなった」
「……え?」
ギルドの受付嬢として働いていた女性。そしてクレア殺害未遂事件の主犯である、ケハン・カイマンの妹――『ダリア・カイマン』。
兄が投獄されてから、自室に引きこもってしまったと聞いていた。
「一昨日のことよ」
アンと戯れていたシャルが、左手で右翼を引きながら近づいてきた。彼女もまた暗く、目を潤ませて照明の光を反射させている。
「久しぶりにギルドに出てきてくれて、簡単な仕事をお願いしたの。……指名依頼の精査をね」
「?!まさか!!」
シャルは申し訳なさそうにこくりと頷き、胸をギュッと右手で掴む。
「仕事を放棄していなくなった。最後に残されていたのが……この依頼書だ」
マスターはテーブルに置かれた押印済みの依頼書を指でつつく。まさに先程、マスター自身で判を押した依頼書を。
「――ディートリッヒ商会から……僕への指名依頼」
全身の力が抜けていく。俯いた顔が持ち上がらない。
ノーランドだけではない。あの事件がまだ終わっていないことを、もっと正しく認識しておくべきだった。
何故気づかなかったのだろう。モンスターテイマーを誰よりも嫌う彼女が――復讐心に支配されてしまうことを。
「……お前を失いそうになって自分を律したくせに、次はダリアを……不甲斐ない」
「マスター、あなたが悪いわけではありません。彼女の気持ちの片鱗に気づいていたのに……知ろうとしていれば私は止めれたかもしれないのに……ごめんなさい」
二人の後悔が満ちる静けさに溶けていく。陽が落ちて冷めた空気が、重たく肩にのしかかる。
だが――ハルトはそれを押し上げて立ち上がった。
凍りつきそうな心の奥に、小さな灯りが揺らめいている。
「僕は……」
ダリアの声が、トラウマのように蘇る。
『――気持ち悪い面しやがって。同情でもしてほしいわけ?人間面してんじゃねーよ!!』
それでも――
「僕は……!彼女と出会ったその時は!」
力強くなっていく声に、二人が顔を上げた。
握った拳を柔らかなものが包み込む。青い両翼の先で手をそっと触れてきたアンの顔は、あの日のように優しい。
『ハルトの……チカラは――『護る』タメに、使っテ』
「……うん。――僕はダリアさんを信じます!一度は信じると、約束したんです!!」
胸に空いていた喪失感に、彼の面影と温もりが満ちていく。
ハルトの決意が見えたその顔に、マスターは柔らかな笑顔を向けた。
「……ありがとう、ハルト」
初めて聞いたかもしれないマスターからの感謝の言葉。それが強く、体の奥まで吹き抜けて、灯火を滾る炎に変えた。
「――はい!」
真っ直ぐな声が部屋に響き、執務室に響き、静寂を切り裂いた。
マスターは目を細め、何かを悟るようにゆっくり頷く。
窓の外では、すでに夜の帳が降り、星々が凛と瞬いていた。
澄んだ空気に混じる灯りの明滅が、まるで新たな道標のように揺らめく。
ハルトは拳を握りしめ、胸の奥に芽生えた炎を確かめる。
――もう迷わない。
どんな闇が待っていようと、手を伸ばすべき人がいる限り。
静かな夜の底に、決意の熱だけが確かに燃えていた。
そして、五日後――
その炎は、新たな旅立ちとともに、再び世界を照らすことになる。
――夜中、とある森。
まだ湿った土の匂いが残る夜。冷たい風が木々を揺らし、枯葉をさらっては根元に寄せ集める。
そのすぐ傍らの巨木の虚。蜘蛛の糸が張り巡らされた暗がりの中、茶色いマントに身を包み、静かな寝息を立てる影がひとつあった。
真っ暗で鎮まり返った家の中。湿気のドブのような匂いが鼻につき、冷たい空気が、細い針のように肌を刺す。
玄関から伸びる水の足跡。辿った先でペしゃり――落とされたマントが音を立て、雨水を散らした。
靴を乱雑に脱ぎ捨て、裸足でぺたぺたと足音を鳴らし、螺旋階段を登る。開け放たれていた扉に吸い込まれ、自室の椅子に深く腰掛ける。短く息を吐き、そして部屋の隅に立てかけられた長剣を見つめた。
『人を簡単に信じるな』
「…………僕は」
脳裏に響いたあの声に、一度誓った覚悟が揺れる。
カーラの性格はよく知っている。きっと、僕を否定したわけではなかった。と、冷静になればわかる。
窓に打ち付ける雨音だけが響く部屋で、ハルトはゆっくりと目を伏せた。
モンスターテイマーは忌み嫌われる存在。僕がソレになったことを、きっとカーラは憂いてくれたのだ。分かっている。……分かっているけど――
『モンスターテイマーになっちゃったの?』
グラ、アン、それにステラ、オリバー――この力で絆を結んだ仲間たち。クレア、ダグラス――この力で救った人々。
僕はこのジョブになったことを恨みながら、どこかで誇りを感じていたんだ。モンスターテイマーである誇り。それを否定された気がして、悲しかったんだ。
今更気づいた自分の気持ちの変化。カーラに酷い態度をとってしまったことを後悔した。怒りに癇癪をおこして飛び出すなんて……。十五歳にもなって、あまりにも愚かだ。
「……やっぱり僕は信じなきゃ。そうですよね?――オリバーさん」
脳裏に浮かんだ無口な彼は、ホッとしたように口角を上げた。その瞬間、心の奥に刺さった氷が溶けていく。
雨音が柔らかくなると、奥から僅かに陽が射して、彼の剣の鍔を煌めかせた。
柔らかな表情を取り戻し、彼の面影に微笑んだハルト。少しだけ陽だまりに手を伸ばすと、温もりを掴んで立ち上がった。
階段を下り、脱ぎ捨てたマントを拾いあげた。ぴちゃりと滴るたび、胸の奥で罪悪感が静かな波紋を描いた。
悔しい――悲しい――申し訳ない――。
気付かぬうちに強く握られた拳から、布に染み込んだ水がじわりと溢れて床にまた落ちる。
「ちゃんと謝らないと」
そう自分を叱りつけ、マントを静かに拾い上げる。濡れた廊下を辿り玄関の扉を開くと、陽に触れた生暖かい湿気が流れ込んだ。
通り雨が過ぎ去った。だが、雲はまだすぐそこで、景色を遠くまで薄白く霞ませている。
それでも、すぐ隣では青空が広がり、色濃い虹が彩りを与えていた。
明るい空を見つめ、罪悪感に決意を上書きする。腕に力を込めて、濡れたマントを絞り上げると、ため込んだ思いごと水が流れ落ちた。その時――
「――ハルくん!!」
綺麗な黄色いドレスに、美しく長い栗色の巻き髪。水滴を全身に纏い、光の粒を無数に散らす彼女は、肩で荒く呼吸しながらそこに立っていた。
「――カーラ!」
彼女の腫れた目と視線を交わし、まだ雨水を含んだマントをそこに落とす。こちらに近づく一歩に焦らされるように駆け寄り、濡れたその小柄な少女を抱きしめた。
「カーラ!ごめん、ごめん!!」
「私も……ごめんなさい、ごぇんなざいぃーー!!」
胸の中で叫ぶ少女の肩を強く包み込む。抑えきれない嗚咽を零しながら、大粒の涙を頬に伝わせた。
カーラの温もりを誓いと共に胸に刻み込む。
一度目の前から消えてしまった僕を、また見つけてくれた彼女を……僕はもう悲しませてはいけない。
ちゃんと全てを話そう。そして――一緒に旅をするんだ。
息を切らし、ようやく追いついてきたクレアとダグラス。二人の姿を視界に収めると歩速を緩め、口角を上げ安堵の息を漏らした。
――少し時間が経ち、『クレアの家』
カーラの濡れたドレスとハルトのマントを、魔道具で乾燥してもらい、着替えが済んだ頃にクレアの家に集合した。
テーブルを囲み紅茶を口にする。まだ残る罪悪感と、僅かな恥ずかしさが混ざり合い、静まり返った部屋の空気は、湿気以上の重さを感じた。
「……それでハルト。カーラに話すことがあるんじゃないか?」
まだ言葉を探しているうちに、ダグラスの真っ直ぐな声が飛んだ。クレアが彼を睨みつけた直後、足元でガツッと音がなり、ダグラスが僅かに眉を寄せた。
「……うん。カーラ、さっきはその……ごめん。ちゃんと伝える前に飛び出して」
「ううん!私がいけないのよ!もっと言葉を選ぶべきだったのに……ごめんなさい」
彼女の深々とした謝罪にまた罪悪感を抱きながら、それをしっかり受け止める。
頭を上げた彼女の目を見つめ、微笑みを返してから言葉を続けた。
「さっきの質問――うん、僕はモンスターテイマーだよ。忌み物で、嫌われ者の魔物使い」
「そんな――」
「でもね」
庇おうとする言葉を遮り、ハルトは優しく続けた。
「仲間たちと一緒に前を見て、苦難を乗り越えて、人を信じて、人の為に力を使ってきた」
柔らかな声に思いを乗せて、カーラの前に積み上げる。真剣な表情でそれを受け取る彼女に、ようやく心が覚悟を決めた。
床に右手を差し出し、深く息を吐き出す。
「出てきて――『グラ』『アン』」
手のひらが示す先に、闇の渦が二つ現れる。内の一つからは浮かんで来るのを待たず、白骨の犬が飛び出した。
「ワン!」
「グラ、元気だね」
ハルトの足に擦り寄り、毛のない尾をブンブンと振る。それからカーラに気づいたグラは、カラッと音を立てて首を傾げた。
そうしているうちに、もう一つの渦から浮かんできた青い翼の少女。ペタンと可愛らしく座ったまま顔を上げ、閉じていた瞼を気だるげに持ち上げる。
「ン、ダグラス、クレア、と……だレ?」
「カーラだよ。僕の幼なじみ」
ほんの少し、カーラの目が見開き、表情は強ばったように見えた。……無理もない。魔物と人魔をこの距離で見れば、当然の反応だ。
「カーラ、大丈夫?」
「……う、うん。ごめんなさい、少し驚いてしまって」
「……こっちはボーンハウンドのグラ、この子はハーピィのアン。少しづつでいいから、理解していってほしい。大切な僕の仲間なんだ」
グラと目があった彼女は、僅かに恐怖が滲んだ瞳を、目の前の紅茶に落とした。
やはり難しいのだろうか……。悔しそうに唇を噛み締める表情が、白い陶器のカップに浮かんでいる。
刹那――ガバッと顔を持ち上げたカーラ。目に強い意志を込めて、眉間に深く皺を作る。
「グググググラさん!アンさん!カーラ・トワイライトと申します!!ふ、不束者ですが、よろしくお願いしましゅ!!!」
長い、長い静寂の時間が流れた。その場にいた全員の思考が止まった。……本人も含めて。
人ではない存在を受け入れようとしてくれた。それは素直に嬉しい。だが――何もかもが空回りだ。
時が止まったような空間で一人アンが立ち上がり、座るカーラの横へ歩いていく。
「……ン、カーラ、よろしク」
そう声をかけ、肩にポンッと翼が置かれた瞬間、頬がみるみる赤みを増した。そして頭から湯気をたてたカーラは、背をもたれるように天井を仰ぎ、そのまま気を失った――。
こうして、カーラの率直な気持ちを知り、ほんの少しの不安は残れど、旅は予定通りの決行となった。
この日の彼女の選択は、ハルトだけでなく――その場にいたもう一人の心も、静かに動かしていた。
――夕方、冒険者ギルド『執務室』
濡れた地面は乾ききり、空が濃い藍色を帯び始めた。広間には一日の報告にきた冒険者が群がり、喧騒を二階にあるこの部屋まで響かせている。
それでも、目の前で椅子に腰を下ろし、太い丸太のような腕を組む男は、眉ひとつ動かさずにハルトを睨みつけていた。
「五日後か……最近は忙しいな。ギルドとしてはありがたいが、まだ事件から一ヶ月しか経たないんだ。無理して壊れるなよ?」
「はい。今は周りの目線もあるので、少し離れるのもいいかな?と思います」
「……そうか、わかった」
僅かに眉を下げながらため息を漏らしたマスターは、慣れた手つきで受領処理を行い、最後に力強く判を押した。
それを明るい白金の髪の少女に手渡す。彼女――シャルロッテは耳につけている雫型のピアスを揺らしながら、内容をすらすらと読み進めていく。
「はい。マスター、オッケーです」
「よし。それじゃあ……少し伝えたいことがある。そこに座れ」
立ち上がりながらそう示す先のソファには、既に座ってクッキーを頬張るアンの背中が見えた。苦笑を浮かべたハルトだが、指示された通りアンの横に腰を下ろす。
マスターが対面に座ると、今度は何かを察したアンが立ち上がり、クッキーの袋を羽先で器用に掴んだままシャルの側へ駆け寄っていった。
「フッ、歳の割には聡いな」
「いい子ですよ。ステラの教育が良かったんでしょうね」
「ハーピィクイーンの娘、いつかとんでもない戦力になりそうだ」
シャルの膝に座り、まだクッキーを食べているアンを笑顔で見つめたマスター。僅かに息を吹き出してから咳払いをし、真剣な面持ちを取り戻して視線をハルトに向けた。
「お前には、伝えることが四つある」
「四つもですか?」
「あぁ、一つはまぁ、念押しみたいなものだがな」
そう言いながら彼はゴツゴツとした足を組み、指を交差させた手を膝に置く。思わず息を飲んだ音が耳に届く。緊張に握る拳が固くなり、湿った手のひらと指が擦れる音を鳴らした。
「……一つ、ノーランド元伯爵が今も逃走中だが、噂で帝国に亡命したと聞いた」
「ダルセルニア帝国……ですか」
「あぁ、真実は定かではないが、本当ならまた暗殺ギルドが動きかねない。留意しておいてくれ」
フォルト王国の北の隣国――ダルセルニア帝国。
昔から他国との戦が耐えない軍事国家であり、現皇帝も長らくその地位に居座り、実力行使な政治を続けている。
暗殺ギルド『ウラヌシア』の本拠点もこの国にあり、一度繋がったノーランドが、ここを頼るのは充分に考えられた。
「わかりました」
小さく頷いたマスターは、硬い表情を変えず続ける。
「二つ目……最近いたるところで、魔物の異常なまでの凶暴化が確認されている」
「凶暴化?それは……理由は分かってないんですか?」
「分かってたら既に対応している。明日には冒険者全員に通達するが、お前も充分に注意しろ。無茶はするなよ?」
「……はい」
返事を聞くや、マスターは眉間に皺を寄せたまま目を瞑り、大きなため息を吐き出した。
『無茶をしない』という点においては、前科があるおかげで信用されていないらしい。
引き攣り笑顔を滲ませたハルト、その後ろで聞き耳を立てていたシャルも、思わず苦笑いをこちらに向けていた。
シャルとも目が合ったマスターは、再び呆れたように息を吐き、次に話を進める。
「三つ目、これをリオナから預かってきた。が、少し癖があるらしい」
ポケットから取り出した物が硬い音を鳴らし、テーブルの上に置かれた。黒を帯びた金属に細かい装飾がされ、白い宝石が埋め込まれた指輪――そう、以前ラプトルから回収したアーティファクトだ。
「あぁ!わざわざありがとうございます。助かります。それで、癖って?」
「……嵌めた対象の魔力が尽きた時、一度だけ完全に回復する」
「……すごいものじゃないですか」
「そう思うだろう?だがな、これだけの力がリスク無しで使えるわけがない」
おもむろに傍らに置かれていた紙を広げ、ハルトの前に差し出す。それはこのアーティストの鑑定書。内容は――
「銘『死神の指輪』――装備者の魔力が尽きた時、一度だけ生命力を魔力に転換する……。使用者はその魔力が減るほどに衰弱し、魔力が尽きると……死亡す……る」
「わかったか?」
マスターの低い声が室内に沈む。
「これは自分の死と引き換えに有限の力を得る愚かなアーティファクト。命令だ。使うな」
拾ってから幾日、これを持ち歩いていたことに背筋が凍る。魔力消費が少ないテイマーだから良かったものの、もしアンやグラ、クレアの手に渡っていたら――考えたくもない。
僅かに震える手でポケットから薄汚れた布を取り出す。それを慎重に指輪に被せると、持ち上げて包み、ゆっくりと取り出した場所に戻した。
「……懸命な判断だ。国に寄贈するのが一番いいだろうが、判断は任せる。初めて手にしたアーティファクトだが、残念だったな」
「はい。……少し考えます」
鑑定書をしばらく見つめ瞳孔を揺らす。嫌な想像が膨らみ、脳内で旅の思い出がモノクロに再生された。そして……倒れた仲間の妄想も――。
刹那、目を瞑り首を振る。頭を支配しそうな恐怖を振り解き、鑑定書を折って指輪と同じポケットへしまい込んだ。
一連を黙って見ていたマスターは、静かに腰を持ち上げ、膝に腕を乗せるように前のめりになり、浅く座り直した。
彼はぐっと眉を寄せ、一度強く唇を閉じる。そして唐突に力を緩めた時――そこにいたのはあまりにも悲しそうに目を伏せ、弱気な顔だった。
「……最後だ」
低く、掠れた声。
マスターは深く息を吸い込み、何かを飲み込むように目を伏せた。
「――ダリアがいなくなった」
「……え?」
ギルドの受付嬢として働いていた女性。そしてクレア殺害未遂事件の主犯である、ケハン・カイマンの妹――『ダリア・カイマン』。
兄が投獄されてから、自室に引きこもってしまったと聞いていた。
「一昨日のことよ」
アンと戯れていたシャルが、左手で右翼を引きながら近づいてきた。彼女もまた暗く、目を潤ませて照明の光を反射させている。
「久しぶりにギルドに出てきてくれて、簡単な仕事をお願いしたの。……指名依頼の精査をね」
「?!まさか!!」
シャルは申し訳なさそうにこくりと頷き、胸をギュッと右手で掴む。
「仕事を放棄していなくなった。最後に残されていたのが……この依頼書だ」
マスターはテーブルに置かれた押印済みの依頼書を指でつつく。まさに先程、マスター自身で判を押した依頼書を。
「――ディートリッヒ商会から……僕への指名依頼」
全身の力が抜けていく。俯いた顔が持ち上がらない。
ノーランドだけではない。あの事件がまだ終わっていないことを、もっと正しく認識しておくべきだった。
何故気づかなかったのだろう。モンスターテイマーを誰よりも嫌う彼女が――復讐心に支配されてしまうことを。
「……お前を失いそうになって自分を律したくせに、次はダリアを……不甲斐ない」
「マスター、あなたが悪いわけではありません。彼女の気持ちの片鱗に気づいていたのに……知ろうとしていれば私は止めれたかもしれないのに……ごめんなさい」
二人の後悔が満ちる静けさに溶けていく。陽が落ちて冷めた空気が、重たく肩にのしかかる。
だが――ハルトはそれを押し上げて立ち上がった。
凍りつきそうな心の奥に、小さな灯りが揺らめいている。
「僕は……」
ダリアの声が、トラウマのように蘇る。
『――気持ち悪い面しやがって。同情でもしてほしいわけ?人間面してんじゃねーよ!!』
それでも――
「僕は……!彼女と出会ったその時は!」
力強くなっていく声に、二人が顔を上げた。
握った拳を柔らかなものが包み込む。青い両翼の先で手をそっと触れてきたアンの顔は、あの日のように優しい。
『ハルトの……チカラは――『護る』タメに、使っテ』
「……うん。――僕はダリアさんを信じます!一度は信じると、約束したんです!!」
胸に空いていた喪失感に、彼の面影と温もりが満ちていく。
ハルトの決意が見えたその顔に、マスターは柔らかな笑顔を向けた。
「……ありがとう、ハルト」
初めて聞いたかもしれないマスターからの感謝の言葉。それが強く、体の奥まで吹き抜けて、灯火を滾る炎に変えた。
「――はい!」
真っ直ぐな声が部屋に響き、執務室に響き、静寂を切り裂いた。
マスターは目を細め、何かを悟るようにゆっくり頷く。
窓の外では、すでに夜の帳が降り、星々が凛と瞬いていた。
澄んだ空気に混じる灯りの明滅が、まるで新たな道標のように揺らめく。
ハルトは拳を握りしめ、胸の奥に芽生えた炎を確かめる。
――もう迷わない。
どんな闇が待っていようと、手を伸ばすべき人がいる限り。
静かな夜の底に、決意の熱だけが確かに燃えていた。
そして、五日後――
その炎は、新たな旅立ちとともに、再び世界を照らすことになる。
――夜中、とある森。
まだ湿った土の匂いが残る夜。冷たい風が木々を揺らし、枯葉をさらっては根元に寄せ集める。
そのすぐ傍らの巨木の虚。蜘蛛の糸が張り巡らされた暗がりの中、茶色いマントに身を包み、静かな寝息を立てる影がひとつあった。
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