The Demons !!

かませかませ

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白き獣の少女

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 夢を見ている様でした。

真っ白な廊下にわたしは一人で立っていました。
体には緑っぽい色の、Tシャツの様な服を着ていました。
辺りを見渡しても、真っ白な壁には窓も無く、ツルツルした床には模様も色もありませんでした。
後ろを振り向くと、そこには真っ暗な暗闇が広がっていました。
その暗闇の中になにか潜んでいそうで、わたしは腕で自分の体を抱える様にしてブルリと体を震わせました。

…こ、ここは一体…ど、こなんだろう…
わたしは背後に広がる暗闇を不気味に思いながら、前を向きました。
すると、そこにはさっきまで誰もいなかったのに、誰かが立っていました。
わたしは驚いて尻餅をついてしまいました。
その人は、この廊下と同じで全身真っ白で、顔もつるりとして、目も鼻も口も、耳もありませんでした。

「…あ…あな…あなたは…だ、誰…で、ですか…?」

わたしは必死に声を振り絞って、その真っ白な誰かに声をかけました。
怖くて怖くて、声も震えてしまいました。
すると、真っ白な人は右腕をゆっくりと上げて、右手の人差し指を渡しへ向けると、そのまっさらな顔から何か音が…声が聞こえてきました。

『お、まえ…は…』

その掠れた声を聞き取ろうと、耳を傾けたところで、わたしは眠くなってしまいました。
そのまま床にうずくまると、わたしはそのまま眠ってしまいました。

意識が遠のいていきます…

すると突然、目を瞑ってできた目の前の暗闇から、たくさんの手が伸びてきました。
その手に掴まれる寸前、目の前が光で真っ白に照らされていきました。

消えかけた意識がはっきりしてきました。












 わたしが目を開けると、そこにはたくさんの目がありました。
そのたくさんの目は、わたしを見下ろして、見つめていました。
ヒエッ…
その光景に一瞬ポカンとした後、息を飲んですぐにまた意識が消えかけました。
すると、すぐ近くから声がしました。

「ほらお前ら!また気絶したらどうする!さっさと離れろ!」

その声が聞こえてきた途端、わたしを見下ろしていたたくさんの目は、パッと離れていきました。
わたしは慎重に起き上がりました。
するとどうやら、わたしは大きなソファの上に寝かされていた様でした。
とてもフカフカのソファで、何時間でも眠れそうなほどでした。

わたしは、体にかけられていた毛布の端を掴んで、あたりを見回しました。
どこかのお家の中みたいで、綺麗なお部屋でした。
そのお部屋の中に、人間は一人もいませんでした。
わたしは、このままこの人たちに食べられてしまうのかと、恐ろしくなってしまい、毛布をかぶって隠れようとしました。
しかし、そんなこと御構い無しに、わたしをたくさんの目が見つめてきます。

そうすると、誰かの足音が近づいてきました。
その足音は、わたしの側で止まったきり、静かになりました。
わたしはおずおずと、毛布から顔を出しました。

すると目の前には、さっきわたしを抱えていた一つ目が、わたしを見つめていました。
その真っ黒な肌の一つ目さんは、わたしの顔を見てにっこりと微笑むと、数歩後ろに下がりました。
そのままその場でわたしに向かってお辞儀をしました。

「やあ、こんばんわ。俺の名前は次元の悪魔ディメ・ディメンション。以後お見知り置きを」

そう話した後、ディメさんという悪魔は顔をあげてにこやかに笑いかけてきました。
私はどこか、その笑顔が不気味に思えて、毛布をかぶり直して隠れようとしました。
毛布越しから、ディメさんという方の話し声が聞こえてきました。

「お前らがずっと見つめてるから怖がってんだ!今日はもう帰れ!」

「えー!?そりゃあねえよ!?俺たちゃ今日は朝までとことん飲むつもりで…」

「そうだそうだ!おまけにまだファジーの話も…」

「喧しい!さっさと出てけ!」

そうディメさんが叫んだかと思うと、周りにいた人たちの叫び声と何かがぶつかる様な大きな音が聞こえたかと思うと、たくさんの足音が遠ざかっていき、この部屋の外からドアの閉まる音が聞こえてきました。
私はもう一度おそるおそる毛布から顔を出すと、そこには手で手を払って埃を払うディメさんと、とんがり帽子をかぶった大きな目玉の頭の人だけが私の目の前にいました。

ディメさんはわたしに向き直ると、膝に手をついて話しかけてきました。

「君は道端で倒れていて、それを俺が拾…保護したんだ。具合はどうだい?」

そう言われて、わたしは自分の腕で腕をさすりました。
すると、腕に痛みが走りました。
その腕の痛みに続くかの様に、身体中がズキズキと痛みました。
どうやらわたしはいくつか怪我をしている様でした。

わたしがぎゅっと目を瞑って痛みに耐えていると、ディメさんが心配そうに声をかけてきました。

「大丈夫か?」

わたしはハッと目を開いて、首を横に振って精一杯元気な声を出しました。

「だ、だい…大丈夫…です…」

わたしがそう言うと、ディメさんは疑り深げにわたしを見下ろしましたが、そのまま近くのソファに腰を下ろしました。
広いお部屋の中で、ソファに座るディメさんの正面に机を挟んだ対面にあるソファにわたしが座りました。
ディメさんの横には目玉頭の悪魔さんが椅子に座っていました。
わたしは下を向いてうつむき、ディメさんはソファの背もたれに背を預け、目玉頭の悪魔さんは不機嫌そうに踏ん反り返っていました。
…どうして目玉頭さんはあんなに機嫌が悪そうなのでしょうか?
目玉頭さんを見ていると、どこかの誰かを思い出しそうになりました。

「…まあまずは自己紹介でもしようじゃないか?」

そうディメさんが切り出しました。
ディメさんは立ち上がるとその場でお辞儀をしました。

「さっきも言ったが、俺は次元の悪魔ディメ・ディメンションだ」

ディメさんは頭をあげると、目玉頭さんの方へ顔を向けました。
ジッとその目玉を見つめていると、目玉頭さんは溜息をついて話し出しました。

「…幻想の悪魔、ファジー」

ぶっきらぼうにそれだけ言うと、すぐにまたそっぽを向いてしまいました。
するとディメさんは今度はわたしの方を向きました。
わたしが話すのを躊躇っていると、ディメさんは頷いて話すのを促しました。

「…わ…わたしは…わた…しは…」



そこでわたしは気がつきました。


わたしの記憶の大部分がなくなっていました。
自分が誰なのかも、どこで生まれて、どこで暮らしていたのかも…
そうした自分の昔のことを一切思い出せませんでした。

わたしが何も喋らないでいるのを見て、ディメさんは肩をすくめていました。

「…こりゃあ、記憶喪失ってやつだな」

記憶喪失と聞いて、わたしは自分がまるで煙になった様な感覚になりました。
自分自身が本当にここにいるのか…本当に生きているのか…だんだんと怖くなってきました。
本当に…本当にわたしは…。

わたしは自分の鱗に覆われた手を見下ろしました。





…う…鱗っ…!?





わたしはもう一度、自分の腕を見下ろしました。
そこには、白い毛で覆われた腕と、肘から先が黒い鱗で覆われたトカゲの様な鳥の足の様な手がそこにありました。

わたしは慌てて周りを見回すと、電源の入っていないテレビが目に入りました。
その黒い画面には、白い毛皮とオオカミのような耳、犬のような鼻、口に覗く牙…。しかし正確になんの動物かも分からないような真っ白い顔が、赤い瞳を光らせながら見つめ返していました。





そこでわたしの意識が途切れてしまいました。







わたしが目を覚ますと、ディメさんがわたしの顔を覗き込んでいました。

わたしは慌てて起き上がって、自分の手や足を見下ろしました。
そこにはやはり、さっき見たのと同じものが見えました。

「…どうやら、お前には自分の姿が異質に感じる様だな」

ディメさんがそう話しかけてきましたが、わたしは上の空でその話を聞いていました。

わたしには、人間だったという感覚がありましたが、それと目で見たわたしの姿に、激しい違和感を感じていました。
その頭の中のあやふやな記憶と、いまにも崩れ去りそうな感情で、心が押しつぶされそうでした。

すると、わたしの目の前に、真っ黒な手が差し出されました。
見上げると、ディメさんが手を差し出していました。
わたしはおずおずと手を差し出し、握手をしました。

「よろしく」

「よ…よろ、しく…お願い…します…」

その様子をうんざりしながら見ていたファジーさんは、ふと思い出したかのようにディメの方を向いて話しかけた。

「はあ…勿論、そんなガキを手元に置くだなんてこたあしないよな?」

「ん?」

「…まさか…本気か…?」

ファジーさんは先ほどよりも鋭くディメさんを睨みつけました。
そのままの表情でソファに座るディメさんに詰め寄ると、くっつきそうなほどに顔を近づけました。

「そうやって前にも何人も連れて来てたよなあ?そいつらはどうなったんだっけなあ?」

ファジーさんはわたしの方を振り向くと、目玉だけで器用にニヤリと笑いました。
その笑顔を見ると、わたしの胸の中がざわり、と波立ちました。

「お前も知っておくといいぞ?」

ディメさんを指差すと、ファジーさんは続けました。

「コイツはなあ、前にも何回もこうやってガキを拾って来てたんだ。しかもその度にそいつらは悲惨な目に合ってるんだ」

ファジーさんはニヤけながらわたしを見下ろしました。

「俺たちの揉め事に巻き込まれて死んだ奴もいるし、頭がおかしくなった奴もいる。飼われるのが嫌になって自殺した奴もいたなあ」

そう言葉を続けながら、わたしの元へと近づいていきました。

「さてさて…お前はこの先どんなひどい目にあってどんな悲惨な死に方をするんだろうなあ?」

先程ディメさんにしたように、わたしの顔にくっつくほどに近づいて見下ろしました。

「…それが嫌なら俺たちのことも、此処のことも忘れて何処へでも行けばいい」

なんの感情も感じさせない表情で続けました。

「体でも売ってりゃあ俺達悪魔なんかと付き合わなくても十分食っていけるし、死ぬようなこともない」

突き放すようにして言い放ちました。
わたしは、自分がどうするべきなのかを考え込んで下を見つめました。

「何もそんな言い方をすることはないだろう?」

「俺は事実を言ったまでだ。それにこれはお前にも関係のある話だろ?」

「だがこんな話を幼い子供に聞かせるなんて…一体どういうつもりだ?」

「どうもこうもない! …俺はお前の強さや冷酷さは認めてはいるが…どうにもお前が時たまする訳の分からない行為には毎回うんざりしてんだ!」

ファジーさんは勢いよく立ち上がると、ディメさんを睨みつけました。
その際、近くのテーブルに足がぶつかり、ガタリと大きな音を出しました。

「何がしたくて毎回こんなことをしているのか全く理解は出来ないが、それでも意味のないことをして俺をイライラさせているのはよーく理解できるね!」

「…それで…?」

「…こんなこたあ言いたくはないが…いい加減大人になれ!あんなどうでもいいガキなんかに構ってんじゃねえよ!」





突如、周りの空気が重くなった。
殺意と負の感情でリビングの中が満たされ、その空気に息がつまり、押しつぶされる様な感覚が体を襲う。
そのオーラの出所は、足を組み両手を膝の上に置いてソファに座る、シルクハットをかぶった一人の悪魔からだった。

「居候の分際でよくそこまで口を聞けるもんだなぁ?ファジー」

その体から解き放たれる殺気が、鋭くファジーの体に迫っていく様だった。
そのオーラをその体で受け止めるファジーだったが、ただの人間なら頭がおかしくなってしまうような殺気を受けてなお、ディメを睨み続けていた。

「俺が甘んじて居候の身分でいるのは、お前と騒動を起こすのが楽しいからだ!だが!あんなガキに構ってるお前と一緒にいても全然楽しくなんか無いね!」

「別に俺は楽しくなくてもいい。…それに、お前に俺の考えがわかるわけがない」

「ああ分からないね!俺と違って女児の尻追っかけてるような変態の考えなんかな!」

「俺も頭の中の花畑が魔法にまで現れてるファンシー野郎の考えなんかわかりたくもないね」

そのディメの言葉を聞いた途端、ファジーは一瞬固まるが、すぐに目に見えて機嫌が悪くなって怒り出した。
先ほどよりも何倍も。

「…テメェ…ちょっと強いからって調子乗ってんな…?今ここでその鼻っ柱へし折ってやるよ!…鼻はないが」

ファジーは腰を落として戦闘態勢に入った。その両手には光が灯り、鈍い音を響かせていた。

「いいぜ?少し遊んでやろうか…?」

そう言うとディメは、ベストの内側から銀色に輝くリボルバーを取り出すと、弾を込めて顔の前に構えた。
緊迫した空気が二人の間に流れた。

「…その前に、この子を避難させてからな」

ディメがそう切り出すと、ファジーはうんざりしたように天を仰いだ。

「はあ…そういうわけだ。さっさとどっかに隠れてろ」

そう言いながらファジーが少女のいるソファに顔を向けた。


しかし目を向けた先には目的の白い獣の子供はいなかった。
ソファの上には、先程まで誰かが座っていた形跡はあったが、そこには誰もいなかった。





「「あれ…あいつ、どこいった…?」」


二人の悪魔の声が静かなリビングに響いた。


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