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凍りついた約束
しおりを挟むその夜、ホテルの最上階で開催された経済界のレセプションパーティーは、成功者たちの熱気と虚飾に満ちていた。
「次世代を担う若手リーダー、その筆頭ですね」
向けられたカメラのフラッシュを浴びながら、私は完璧な笑みを崩さない。手にしたシャンパングラスの中、気泡が静かに弾ける。ふと視線を上げると、人混みの向こう側に、見覚えのある——けれど決定的に変わってしまった——「彼」がいた。
若き野心家として名を馳せるIT企業のCEO。彼もまた、取り巻きの拍手に囲まれながら、こちらを真っ直ぐに見つめていた。
01. 始まりの場所
かつて、私たちは古いアパートの狭いベランダで、ぬるい缶コーヒーを分け合っていた。
「いつか、世界を変えるような大きな仕事をしよう」
「ああ。二人で肩を並べて、同じ景色を見るんだ」
そう誓ったはずだった。あの頃の私たちの足元は危うく、財布の中身は空っぽだったけれど、心だけは同じ場所を向いていた。
02. 緩やかな乖離(かいり)
いつから、歯車が狂い始めたのだろう。
最初は小さな違いだった。私が「誠実さ」を求めたとき、彼は「速度」を求めた。私が「足元の幸せ」を語ったとき、彼は「遠くの数字」を見つめていた。
お互いに高みを目指していたはずなのに、登っていた山が違っていたのだと気づいたのは、もうどちらの影も踏めないほど高く登り詰めた後だった。
忙しさを言い訳に連絡が途絶え、共有していた夢はいつしか「果たされぬままのタスク」として、心の奥底に沈んでいった。
03. 届かない手
パーティーの喧騒の中、一瞬だけ二人の距離が近づくタイミングがあった。
「……久しぶりだな」
先に口を開いたのは彼だった。その声は低く、かつての少年の面影はない。
「ええ。テレビや雑誌で見ない日はありませんもの」
「君こそ。その地位にたどり着くまでに、何を捨てた?」
核心を突く言葉に、喉が詰まる。答えようとした瞬間、秘書が彼の肩を叩いた。次のスピーチの時間が来たのだ。
彼は一瞬だけ寂しげに目を伏せ、すぐに「公人」の顔に戻って去っていった。
04. 残された誓い
彼が去った後の空間には、高級な香水の残り香だけが漂っていた。
私たちは確かに、あの日の約束通り、誰もが羨む高い場所にたどり着いた。けれど、その代償に「二人で同じ景色を見る」という一番大切な約束を置き去りにしてしまった。
窓の外に広がる都会の夜景は、あまりに眩しく、そして冷たい。
「いつか」を信じて走り続けた結果、私たちはもう、お互いの手に触れることさえできないほど、遠く離れた別の頂に立っている。
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