緑深く思い深く

風鈴

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第二話

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 リックは、宿坊に戻って夕食を食べた。ジョージは、何も聞かなかった。
「君達は、明日の朝から奥の院に行って、帰るけど、僕はここに用事ができたから大阪には明日の夜か明後日の朝に行く」
 と告げた。
 次の朝、何故か5時に起きて準備をしていると、ジョージがやってきた。
「朝早すぎない?」
「6時に迎えに来てくれるから」
「そうっか、ちゃんと話し合ってこいよ」
「うん、ちゃんと話し合ってくる」
「それからで良い、この前の返事」
「わかった」
「それじゃ、行ってくる」
「行ってらっしゃい」
 宿坊の前には涼平兄ちゃんが車で待っていた。
「おはよう、聖」
「おはよう、涼平兄ちゃん」
「さぁ行こう」
 車で30分ほど車に乗って、それから山道に沿って歩いた所にお堂があった。
「もうすぐ、戻ってくるだろう」
 涼平兄ちゃんはお堂の階段に座った。
「兄ちゃんは、お医者さんにならなかったの?」
 涼平兄ちゃんが、昔言っていた夢の話を聞く。
「俺、今医者だよ」
「えぇ、旅館を継いだんじゃ?」
「あぁ、旅館は普段は健作伯父さんがいる。ただ、金土は修行僧になりたいって言うから、俺が、医者の合間にあそこにいる。実際忙しいのはチェックインとチェックアウトの時だけだからあとは、旅館で働いている人がいるから大丈夫なんだよ」
「そうなんだ、僕は、本当は父さんに会うつもりはなかっただけど、昨日修行僧の姿の父さんの姿を見て、聞きたくなった、どうしてあんなに急にアメリカに行く事になったのか、僕は父さんが引き留めに来てくれると思っていた」
「お前、ケイトおばさんに理由を聞いた?」
「母さんは何も言わないよ、聞いても裏切られたとしか」
「そうだな、ケイトおばさんからしたら裏切られたと思うだろうなぁ、俺もそう思う」
「ただ、それ以外は何も言わない。聞かない方が良いのかと思っていた」
「あっ、伯父さん」
 涼平兄ちゃんが、言うと修行僧の姿の父親が立っていた。
「来たのか、装束を変えてくる」
 父親は、そそくさとお堂に行く。
「朝ご飯は食べるだろう、用意してくる」
 涼平兄ちゃんもお堂に入っていくのでついて入った。暫くすると父が普通の服になって出てきた。
「おはようございます」
「おはよう」
 話が続かない。
「聖に会いたかったんだろ、伯父さん」
「僕に会いたかった?」
 父は、下を向く。
「聖、聞きたい事があるなら聞け、何回もある事じゃない」
 涼平兄ちゃんから背中を押される。
「どうしても聞きたい。どうして僕がアメリカに急に行く事になったのか、どうして探しに来なかったのか」
「あれは、偶然なんだ。俺には2人の兄さんがいた。1人が涼平の父親で、もう1人は、祖母ちゃんの連れ子だった。祖父ちゃんは、その子も可愛いがっていたんだが、その兄ちゃんの父親の里が九州のお寺だった。嫌だと言っているのに得度式をして、連れて行ってしまった。その時彼は、小学校の3年生だった」
 昔を思い出す様に父親は、語り出した。
「俺と一也兄ちゃんはここで育った。俺は元々旅館を手伝いたいと思っていたから、英語を学びたいと思ってアメリカに行った。一也兄ちゃんは、医者になりたいと思っていたので医者になった。だけど隆平兄ちゃんは、無理矢理九州の寺に連れて行かれて以来、なりたくもない僧侶の修行させられるは不本意な人生を生きることになってしまった。
 俺はアメリカでケイトに出会いケイトは、日本の旅館に興味があって話が合うパートナーだと思っていた。そんな時に一也兄ちゃんから祖父ちゃんが病気になったと連絡をもらい日本に帰国した。ケイトは、その時に聖を妊っていた。ケイトは、アメリカで聖を産んで、ここに聖と来てくれて旅館を一緒に手伝うと言ってくれて嬉しかった」
「それから5年のあの日、急に九州の兄の寺から連絡があって、隆平兄ちゃんが、事件を起こして行方をくらませたと言った。そっちに行ったら、連絡をもらいたいと言われて、その当時祖母ちゃんも生きていたから心配していた」
「お前はもう覚えていないと思うが、あれは祖母ちゃんが、お前を公園遊ばせに行った」
「あぁ、思い出した、あの日滑り台やブランコで遊んでいた時に、知らない人が僕を見て、『健作』って言った後に僕の首を絞めた?」
「そうだ、祖母ちゃんは必死になって離そうとしていた時に警察が来てお前を助けてくれた」
「祖母ちゃんは、隆平兄ちゃんの拳を受けて吹っ飛んで打ち所がわるく即死だった。隆平兄ちゃんはその場から逃げて、山に向かって走った。警官は2人しかいなくてぐったりとしているお前と祖母ちゃんを救急搬送した。次の日の朝自殺している隆平兄ちゃんが発見されて被疑者死亡で事件は終わる。九州の事件も隆平兄ちゃんが悪い訳じゃなく隆平兄ちゃんをおいて家を出て行くつもりだった奥さんが車の運転ミスで木にぶつけての自損事故での死亡となって、2人の子供は助かった。ただ、隆平兄ちゃんは、自分の所為だと思ってその場から逃げた。元々精神的に不安定だったのが原因で、自分が好きな母親が俺を産んだから九州に行かされてしまったと思っていた様だ。だから、隆平兄ちゃんと祖母ちゃんを一緒に葬ってやりたいと思ったんだ。それをケイトは信じられないと言って君を連れて出て行った」
「何故話合わなかったの?」
「話合おうと思った。だが、俺の死生観とケイトの死生観は違う。俺は、死んだら仏様なんだと教わった。自殺をした隆平兄ちゃんを許そうとは思っていないが、祖母ちゃんを彼に返してやりたいと思ったんだよ。彼は母親を守るために必死になって家の手伝いもしていた。祖父ちゃんも本当はここから隆平兄ちゃんを出したくなかった。それなのに九州の寺の方は跡取りにと連れて行った。祖父ちゃんは最後まで悔やんでいただからケイトに理解して欲しいと何度も連絡を入れたが聞き入れてもらえなかった」
 父親は携帯電話を見つめる。
「ケイトはお前を連れて帰国して、一週間後に離婚届けが届けられた」
 父親は、寂しそうに言った。
「母さんの気持ちがわかった。アメリカに帰国する日に飛行機は最終便なのに朝から飛行場に居たんだ。あれは父さんを待っていたんだね、今ならわかる。あの時の顔を知っているから僕は何回も母さんに離婚の理由を聞いた。それにあんなにモテるのに再婚しないのも不思議だった。それがいつも小骨の様に引っかかっていた。お願いだ、アメリカで寂しがりのケイトを救ってあげて欲しい父さん、あなたしか救えないこの帰りのチケットを変更するから、あなたにもぴったりの女性だよ。あなたが戻るまで、ここで待っているから」
 僕は笑いながら父親を見た。
「伯父さん早くしないとパスポートの申請は毎回しているのは知っているから逃げないで欲しい」
 涼平兄ちゃんも父親を見つめていた。
 父親は、パスポートと僕が変更したチケットを持って関空から飛び立った。僕は、旅館の仕事を涼平兄ちゃんに教えてもらいながら長く長く心の引っかかっていた骨が溶けて行くのを感じていた。山奥の温泉旅館は、木々の緑が深くなった。
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