よるのまちのメヌエット、植物園襲撃~

ふし文人

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第1章

そうじゃないとやってられへん、こんなこと。

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 鴨川の土手はとても柔らかい。それは仲条さんの上着のおかげかもしれんし、愛情のこもった思いやりのせいかもしれんって言ったら大げさやろか。月は大きくて、応援してくれてる。少なくともうちはそう思い込んでいる。そうじゃないとやってられへん、こんなこと。

「こんなこと?」仲条さんはまたタバコの代わりにガムをかんではる。「いる?」って聞いてくれたけど、うちは断わった。だってガムかみながら告白とかチューとかでき、でき、できへんやん。いやや、そんなこと想像したり期待してしもてる。
「んぇ、仲条さん。」つい変な声になりながら、うちは鴨川の流れに身をまかせている。
「ん、なに町子。」仲条さんはさっきからまっすぐにうちのことを見てる。まるでうちがシュメール人であるかのように。そんな目で見られたうち、うち逃げとうなるやん。
「別に。」つい目をそらして、月に目をやる。月光は相変わらず夜をほんのりと温めている。
「そっか。」仲条さんも店にいたときよりも言葉少ない。
「ほんまは。」うちは搾り出すように言葉を生み出そうとする。まるで三歳の子のように。
「ん?」仲条さんはまたうちを見た。うちはただ、肩をそっと抱きしめてほしい。
「ほんまはうち、仲条さんのことスキや。」そう言い切ると、うちはハーっとため息をついてしまう。言って、言ってしまった。
「ええ。」思った以上に仲条さんは冷静に答えた。それってどういう意味?オーケーってこと??
「う、うん。なんでか、なんでか聞かへんの?」うちはまたため息をついて、痙攣するように言葉を搾り出した。
「なんでなん、町子はなんでオレのことスキなん。」仲条さんは言われるがままにうちに訊ねた。
「そうやな、なんでやろ。」うちは自分が答えられへんことに唖然とした。仲条さんだってそうに違いない。でも仲条さんはそのあと黙っていて、うちはそれでどうしたらええんかわからんようになる。わからへん。
「じゃ、うちかえる。」立ち上がりながら、うちはそう言った。仲条さんは座ったまま、うちの立ち姿を眺めてはる。よっぽど恥ずかしくなってきて、そのままうちは鴨川を上がっていった。
「またね、町子。」そういう仲条さんの声が後ろから聞こえてくるけど、うちは聞こえてへんふりをしてそのまま歩いた。あかん、うち完全にふられてるやん。そう思いながら、月に向かって恨みのコブシを突き上げる。なんで追いかけてきてくれへんねん。

 しゃあないやん、言ってしまったもんは。お月さんが静かにうちをさとす。ふん、えらい冷静やん、仲条さんにしろあんたにしろほんまクールやわ。うちは月に向かって叫ぶ。向こう岸の人がこちらを見ている気がするけど、うちはそんなん気にしてられへん。あー仲条さん、どういうつもりやろ。なんで黙ってはったんやろ。うちの頭の中では、さっきの仲条さんの顔がぐるぐる回る。なんや、うちやっぱ仲条さんのことスキやわ。そんなことに気づきながら、うちはいつのまに植物園のところらへんまで来てる。あかん、部屋まであと少しやのにくらくらしてきた。

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