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第1章
真っ暗に見えるけど、実はそうではない。
しおりを挟むうちは歩いていく。真っ暗に見えるけど、実はそうではない。目が慣れてきたからか、外灯や月光の助けを借りるまでもなくうちは色んなことが見えてる。恐怖や不安がいつだって忍び寄るその可能性は無視できないけど、それでも一歩一歩進んでいくとたしかにそこには踏みしめる大地があるし、呼吸する空気がある。何より木々のざわめきは囁き声となり、うちの胸の内に響いてくる。夜の植物園は静寂に満ち満ちている。うちはそれがとっても心地よい。うちは一人ぼっち。だけど一人ではない。そんな相反する気持ちに左右される。うちは角を曲がって、熱帯ハウスに入る。するっとドアが開く。「なんなん、ここ。」うちは独り言まで言い出す、そんな自分が怖さを紛らわしているのを知ってる。大丈夫、大丈夫と唱えながら歩いていく。熱帯のコーナーは、より一層生暖かい。香りも色んな生命のまぜこぜになった力を感じさせる。花の強烈な匂いがあったかと思えば、何か動物の糞のような臭さ、また突然ヒンヤリとした冷気を感じることもある。ガサゴソと音がする。うちは「うわ。」と声をあげてしまう。もしかして警備員?それとも野生の動物?うちはあたりを見渡す。ちょっと足が震えるのをなんとか我慢してるうちに、おしっこまで漏れそうな気がして気が気でない。すると足元に小さな動物がいるのがわかる。「いや、ごめん!」とうちは訳もわからずのけぞる。するとその動物もサササと動き去る。「いやや、ネズミやろか。」なんとなくこの熱帯コーナーに来るんじゃなかったと思っていると、向こうに光が見えた。その光を目指してうちは歩いていく。「これってダンテの地獄めぐりみたいなもんやな。」なんて言ってみるけど、半分以上は意味がわかっていないのを白状せんとあかん。だってうちは地獄偏も半分しか読んでないんやから。しかも大学の図書館で借りた本を失くしてしまい、弁償させられた過去を持つ女や。そんなことはどうだってええねん、うちはとにかく光のほうへと進む。だんだん光に近づくとブクブクという音が聞こえきて、それでうちはそれが地獄じゃなくて照らされた水槽と熱帯魚なんやとわかる。「わー。」とうちは少女のような声をあげる。ま、ほとんどまだ少女の面影がいっぱいなんやけど。そんなこと自分で言うと「お姉ちゃん、いつまで子ども気取りなん。」って静に言われる。
「なんやねんあんた、子ども気取りって。」誰が子どもを気取るねん、って言うと静は笑う。
「自分のことやん。」うちは一歳しか差のない妹にそんなこと言われても平然としてたもんや。子どもや、妹は子どもやねんと心の中で思う。
「生意気やねん、あんた。アホちゃう。」でも実際声に出しているのはもっとひどいことやった。口が止まらへん。
「よく言うわお姉ちゃん。一年早く生まれただけのクセに。」クセになんて言われて黙ってられへん。
「一年あれば太陽は365回、回るねん。」果たしてそれがあってるのかも分からへん。
「言うとくけどな、太陽は一年で十二回しか回らへんで。」さすがに昔から天体や星に目がない妹はそういうことにも詳しい?うちは悔しさを押し殺しながら、虫のようにうなる。ザムザにでもなりたい気分や。
「なったらええやん。」という静の声が遠のいてく。再び光に照らし出された水槽の中の魚たちに目をやる。でもよく見たらそれほど色とりどりってわけちゃうやん。なんかシンプルな魚色してはる。
「なんでやろ。」それはここが植物園で、これは観賞用のごくこじんまりとした部門で予算もないからやねんけど、うちはそんなこと知るはずないし。するとガサゴサと後ろで音がした。うわ、またあのネズミや。うちは怖さと好奇心を足して割って掛けて二乗して、イコールを出す要領で後ろをゆっくり振り返る。でもその地面にいたのはうちの予想とはちがって、茶色くてキュートな生き物やった。少し目が光ってるのが怖くはあるけど、全体としては小動物の中でももっとも愛らしい「小リス?」うちのテンションは即座に上がる。そしてヒザをついて、遠くにいる小リスに向かって手を差し出している。「トゥトゥトォ。」などという出したこともない声がでるのも、それが可愛い小リスであるからに相違ない。小リスはそれにつられるように近づいてくる。そしてうちの周りを警戒しながらも回る。「なんやろ、お腹すいてるんやろうか。」そういえばうちもちょっとお腹がすいてきた。さっきドーナツ屋さんで我慢して食べなかったからな。お土産でもいいからもらってきたらよかった。ほんならこの小リスにもあげることができたのに。仲条さんなんかに遠慮するんちがったわ。
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