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第4章
「そろそろ出立の時です。」と女の声が言う。
しおりを挟む「起きてください。」という女性の声が聞こえた。
「え?」とうちが目覚めると、そこは月の光も届かぬ暗闇やった。
「そろそろ出立の時です。」と女の声が言う。
「神主さん?え、出立?」うちは思わず彼女の姿を探す。しかしあまりに暗くって、見えやしぃひん。
「丑三つ時です。」って声が聞こえる。それって何時のことか、わかりゃせぇへん。
「真夜中やんな。」とうちはつぶやく。自分の声、情けないほどか細い。
「そうです。朝になる前に早く。」と女の人は言う。
「なんで?朝になってからじゃあかんの?」とうちは聞く。
「ええ。」としか相手は答えへん。答えにならへん答え。
「わかりました。」とうちは立ち上がろうとするけど、よろけてしまう。
「気をつけなさって。」とさっきまでと違う若い女の声が横でする。
「あ、巫女さん。ありがとう。」うちは横の巫女さんの腕につかまって立ち上がる。
「こちらが先ほどのリスです。」と、彼女はうちの手にリスを抱かせてくれる。
「あ、ああ。」うちは柔らかいリスの感触を確かめる。
「疲れて眠ってます。」と巫女さんが言う。
「そうなんや、あれだけ動いたらな。」とうちは答える。恩返しはどうなったんやろ。
「お気をつけて、鞍馬まで行ってください。」と巫女さんはうちの手を引きながら言う。なぜかうちはいつの間にか白い袴を着ている。
「あれ、そっか。一人なんや。」とうちは暗に一緒に来てくれへんのかな、と匂わせてみる。
「すみません。貴船には貴船の、向こうさんには向こうさんのできることを。」と女性神主の声が聞こえる。
「いえ、わかってます。ありがとうございます。」と答えながらも、残念やわ。なんかうちはごく自然な流れで、鞍馬寺に向かうことになってるし。
「しばらくは、闇にまぎれた魔物が暗躍することも阻止できましょう。」と女性の神主さんは言う。
「ま、魔物。お侍さんたちのことやね。」とうちが確認するまでもなく、そうみたいや。
「このリスは大切にしてあげてください。」と巫女さんが言った。
「ああ、あの世との入口君やもんね。」と少し冗談めかしてうちは答えた。
「そうです。けっしてリス自体は悪いものではないのですが、むしろ。」と言いかけて、巫女さんは言い淀む。
「むしろ?」とうちが問いかけると、手元のリスが動いた。
「あなたに近い存在かもしれません。」と美しい巫女さん。
「それ以上、言えませんが。」と断固とした口調なのは女性神主さん。
「わ、わかりました。ありがとうございます。」とうちは再びお礼を言って、月の見えぬ闇夜を歩きだした。
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