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第14話 ボーラスたちの出稽古②

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 その夜、ボーラスたちは、ゾーグール学院の歓迎食事会に招かれた。そこで、ラータイム名産の牛肉ステーキを夕食に出された。

「おお~、うまそうだぜ!」

 ボーラスは声を上げた。

 肉汁がしたたり落ち、脂肪分もたっぷり。肉質も信じられないほど柔らかい。焼き方はレア。舌がとろけるようだ。
 付け合わせは高級キノコ、ランビシャスのバターソテー。こたえられない芳香が、口の中に広がる。バターの塩加減、まろやかさも良い。
 するとジェイニーが心配そうに言った。

「そういえば、レイジが言ってたけどさ」
「ああ? あんな野郎の話をするなよ」

 ボーラスが不満顔で言う。ジェイニーは続けた。

「エースリート学院との公式試合は一週間後でしょ? レイジのヤツ、試合一週間前は、絶対に油っこい食べ物は食べちゃダメだ、と言ってなかった?」
「ああ? 言ってたような気がするな」
「私たちもその話は一理あると思って、ずっと食事には気を付けてたじゃない? でも最近、キャンプの時も焼き肉をたらふく食べたし……。今日も、焼肉とかステーキとか、バターソテーとか……。こんなに油っぽいものを食べちゃって大丈夫かしら」
「大丈夫だろ。食事なんて試合には関係ねえよ。安心して食えよ」

 マークといえば、かたっぱしから並べられたご馳走を食べまくっている。一方、武術研究者のドミーは、食事会は苦手らしく、出席していない。街で惣菜そうざいパンを買って、部屋で食べるそうだ。

「ラータイム牛のステーキってここでしか食べられないんですってね。……ああ、美味しい」

 ジェイニーはステーキを頬張って食べた。ボーラスもジェイニーもマークも、少し……太ったようだ。



 翌日、ボーラスたちは、ゾーグール学院の体育館に案内された。体育館では、まちコボルトぞくの選手たちと、約束組手をすることになった。
 約束組手とは、ペアになった相手に、技を一手ずつ繰り出す対人練習である。
 ボーラスはまちコボルトのリーダー、レビンと約束組手をした。

 約束組手を一時間ほどして、休み時間になった。
 ボーラスも、ジェイニーも、マークもヘトヘトになり、ベンチに座り込んだ。

「おい、体が重いぞ。くそ、約束組手なんかでこんなに疲れるなんて、初めてだ」

 ボーラスは言った。マークもうなずいた。

「うう、何だか息切れしたッス。やっぱり、昨日の食い物が悪かったんスかね」
「いえ、息切れの原因は、他にもありますよ」

 すると、体育館についてきた武術研究員のドミーがボーラスに言った。

「あなた方、練習前に、エネルギー食を食べましたか?」
「ああ?」
「ほら、まちコボルトを見てください」

 休憩しているまちコボルトたちは、生の芋をバリバリ食べている。

「あれが、彼らの試合前の軽食です。彼らはあれを食べると、息切れしないそうです」
「お、おい。俺らはあんな生の芋、食えないぞ」
まちコボルトにとっては、おやつのようなものです。ボーラスさんたちは、今日はどんなエネルギー食を持ってきたんですか?」

 するとジェイニーが腕組みして答えた。

「今日は……持ってきていないわ。でも、レイジはバナネの実とアプルの実を、練習前や試合前に必ず持ってきていた。私たちに食べさせてくれていたわね」
「ほう!」

 ドミーは感心したように叫んだ。

「そりゃいいですね! バナネの実とアプルの実を試合前に食べておくと、息切れをふせぐことができるんです。へえ、そのレイジって人、なかなか研究してますね。なんでメンバーをやめちゃったんですか?」

 ドミーはまだしきりに感心している。ボーラスは舌打ちした。ふん、試合前の軽食ごときでくだらねえ──! 難しい話はパスだ!

「おい、マーク。まちコボルトと練習試合をしてこい」

 ボーラスはマークに命令した。ボーラスの指示だ。マークは疲れ切っていたが、しぶしぶまちコボルトの団体メンバーと練習試合を行うことにした。
 マークはまちコボルトと、体育館に設置された試合用リング上で闘うことになった。

 ボーラスはベンチで足を組んで余裕で言った。

まちコボルトは、小柄なヤツらだ。マークは中量級だけど、172センチ、83キロはある。力が段違いだ。まちコボルトを一ひねりするだろう」

 しかし、まちコボルトの二番手男子選手、ローガーは、マークから距離を置いて、パンチを繰り出し始めた。マークはなかなかローガーをとらえることができない。
 マークは相手を投げ、スタミナを消費させ、打撃で倒すのが得意なのだ。
 マークは自分より二回りも小さいローガーのパンチに、だんだんひるんできた。

「ね、ねえっ、どうなってんのよ。マークは投げの得意な実力者よ」

 ジェイニーはあわてて言った。すると、ドミーがひょうひょうと答えた。

「答えは簡単ですよ。まちコボルトのローガー選手は、マークさんを研究していた、ということです」
「ああ? 何だと?」

 ボーラスは眉をひそめた。ドミーは続けた。

「ローガー選手は、マークさんが投げが得意だと知っているようです。だから、距離をとって打撃で闘っているというだけ。一方、マークさんはまちコボルトたちの長所や弱点を知らないようですねえ。もしかして、相手のことを調べずに、練習試合にいどんでいるのですか?」

 ボーラスはギクリとした。確か、レイジはいつも対戦相手の長所や弱点を詳細に調べて、俺たちに伝えていた──。くそっ、試合は力や体の大きさ、実力で決まるんだ。そんな、ちまちました調査やデータなんて、必要ねえだろうが!
 しかし、マークはローガーのパンチに、ヘロヘロになっている。たいして重いパンチではないが、数を受けすぎているようだ。

  三分の時間が経過し、マークとローガーの試合は、引き分けとなった。しかし、誰が見ても、勝ちはローガーだ。まちコボルトたちはマークたちを見て、ひそひそ言った。

「大会四位ってこんなものなの?」
「ちょっとだらしねえな。約束組手の時も、ヘバッてたし」

 肩を落として帰ってきたマークに、ボーラスは怒鳴りつけた。

「てめえ、マーク! 何やってんだよ。根性だせや!」
「す、すんません。まちコボルトの野郎、動きが素早くって」
「さっさと投げちまえば良かったんだよ。あんな小せぇヤツら」
「いや、捕まえることすら、大変だったッス……」

 ボーラスは舌打ちした。くそっ、マークのせいで、笑い者じゃねえか!

「おい、めだめだ!」

 突然、ボーラスが声を上げた。

「マーク、ジェイニー! 帰るぞ。俺らとまちコボルトとの練習は、これで終わりだ」

 すると、教頭のバルボーが血相をかえて、すっとんできた。

「ど、どうなさったんですか、ボーラスさん?」
「どうもこうも、俺らの出稽古はこれで終わった。後は、エースリート学院との公式試合にむけて、休息をとるだけだ」
「いやしかし、我が校の生徒は、ボーラスさんとの練習試合を楽しみにしてきたのですよ。ボーラスさんも、マークさん同様、生徒と練習試合をしていただけませんか」
「俺は疲れてんだよ。文句あるのか、バルボーさんよ。俺の親父が、このゾーグール学院にどんだけの金を寄付したと思ってんだ? というわけで、帰り支度をする」
「は、はああっ! も、もうしわけございません! どうか、お父上のデルゲス・ダイラント様に、よろしく言ってくださいまし。お、おい、馬車の用意をしろ」

 バルボーは甲高い声で、係員に指示しに行った。
 するとジェイニーがボソリと言った。

「一週間後のエースリート学院との公式試合、大丈夫かしら……」
「心配ねえよ!」

 ボーラスは余裕だ。いや、余裕のある顔を作った。

「どうせ、馬鹿力の鈍足ケビンと、蹴り技だけのベクター。あと一人は、無名の誰かだろ。二位は転校して空位らしいし。俺らも帰って寝ちまえば、疲れもとれるさ」

 ボーラスはガハハと笑った。ジェイニーは、ボーラスがだんだん父親のデルゲス・ダイラントに似てきた、と思った。

 ボーラスたちは、エースリート学院最強の男が、あの弱かったレイジだとはまだ知らない! 

 そして──ついに公式試合の日がやってきた!
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