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第31話 レイジVSイケメン男マステア

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 僕がグローバス・ダイラントに勝ち、ディーボがボーラス・ダイラントに勝った次の日。

 エースリート学院で授業を受けた放課後──。

「レイジ、アリサ、視聴覚室に来なさい」

 僕らはルイーズ学院長に呼び出された。

「あっ!」

 僕らが視聴覚室に行くと、驚いた。そこには、バルフェス学院のソフィア・ミフィーネがいたからだ。い、一体どうしたんだ?
 ソフィアは、とある映像記録を持ってきたらしい。

「それを一緒に見てほしいのです。バルフェス学院には、相談する人がいなくて……」

 彼女は言った。
 視聴覚室では、魔導鏡まどうきょうという壁に貼り付けた円形の魔導装置を使って、記録映像を鑑賞することができる。

 魔導鏡まどうきょうには、宮廷直属バルフェス学院の、訓練所の映像が流れている。何と、ディーボが木の棒で生徒を殴っている。これは、ディーボが生徒たちを訓練所で指導している映像だ!

「ひどいわね」

 ルイーズ学院長はため息をつき、首を横に振りながら言った。

「他の大人──教師たちは、なぜディーボを……彼を止めないのかしら」
「ディーボはアルフェウス家という貴族の出身だからです」

 ソフィアは静かに言った。

「彼の父は、世界武闘ぶとう大会の準優勝者で、元宮廷護衛隊ですから。地位と権力を持っています。それに、ディーボ自身が、バルフェス学院の一位であることが原因です」
「なるほど、それはよく分かるわ。その学院のランキング一位は、学院の広告搭だから」

 ルイーズ学院長は、僕をちらりと見ながら言った。僕はちょっと冷や汗をかいた。

「冗談よ」

 そして今度は、ソフィアの方を見ながら言った。

「バルフェス学院の生徒であるあなたが、よくこんな映像を隠し撮り出来たわね」
「ええ、飛行型魔導撮影機を使えば、魔力操作で天井から撮影できるのです」
「でも、よく教えてくれたわ。これは本当に大問題よ」

 ルイーズ学院長は魔導鏡まどうきょうの映像を消して、僕らの方に向き直った。

「で、ソフィア──六日後の準決勝はディーボと試合するのでしょう? その試合は学生の男女混合試合だから、顔から上は攻撃できないルールになる。でも、あのディーボって子、『壊し屋』よ。あなたもただでは済まないかも」
「もちろん、私は、ディーボと闘います」

 ソフィアはきっぱりと言った。

「ねえ、考え直して、ソフィア!」

 アリサが声を上げた。

「あのディーボって人、本当に危ないよ。ベクターは大怪我しているじゃないの。あのボーラスだって、敵わなかった。棄権きけんした方がいいよ」
「……棄権きけんはできません。ディーボは、私を敵対視している。それならば、私も立ち向かわなければなりません」
「じゃあ、もっとヤバいじゃん。もしかしたらディーボは、あなたを怪我させてくるかもしれない! そもそもソフィア、あなたはバルフェス学院に味方がいるの?」
「いいえ。担当コーチはいますが、表面上の付き合いだけ。いつも一人ぼっちです。私がディーボに反目していることを、周囲の人間も知っているから」
「そ、そうなんだ。じゃあ、準決勝のセコンドは?」
「誰もつきません。一人で試合します。レイジさんの援護射撃になれば」

 ソフィアは僕を見た。そうか、僕が決勝で彼と闘うことを想定して言っているんだな。確かに、ソフィアとディーボの闘いは、僕がディーボと闘う場合、参考になるかもしれない。でも……。
 
 アリサは言った。

「じゃあ、あたしはソフィアのセコンドにつくよ!」
「ええっ? あなたが?」

 ソフィアが驚いた顔をした。

「ええ。了承してくれる? 確か、別の学院の生徒がセコンドについても、ルール上は問題ないはずだよ」
「嬉しいです……。でも」
「ソフィアの力になりたいんだよ」

 アリサはちょっと涙ぐんで言った。

「だってソフィア、一人で頑張ってるし……。あたし、応援したい」
「……分かりました。仲間ができたようでうれしい。こちらからもお願いします」

 ソフィアはアリサの手を取った。しかしアリサはすぐ言った。

「でも、危なくなったら、遠慮なくタオルを投げるよ」
「実力勝負ですから、問題ありません。……私、エースリート学院の生徒なら良かった」

 ソフィアはしみじみと言った。

「皆、親切なんですね。バルフェス学院は皆、自分のことばっかり」
「現在のバルフェス学院を変えていくのが、あなたの役目なのかもしれないわ」

 ルイーズ学院長は言った。

「ソフィア、ディーボとの試合、しっかり見せてもらうわよ」
「はい」

 ソフィアは決意したように言った。



 学生トーナメントの準決勝の日がやってきた。

 今度の僕の相手は、フェンリル学院一位……マステア・オリーダ。アリサはソフィアの試合のセコンドにつく。だからこの試合は、ケビンがセコンドについてくれた。
 僕がリングに上がると、マステアは僕の方を見ずに、客席に向かって手を振っていた。

「キャアーッ! マステアさーん!」
「かっこいい~!」

 どうやら、女性ファンがたくさんいるらしい。マステア・オリーダは大変な美男子だ。長髪を後ろでしばっている。彼は武闘ぶとうローブをなびかせジャンプしたり、客席の女性ファンに向かって何かしゃべりかけたり、試合前から忙しそうだ。

「あのヤロ~! 見せつけやがって」

 セコンドのケビンが声を上げた。

「レイジ、あの野郎をぶっとばしちまえ!」

 ケビンは最近、モテないのでイライラしているようだ。
 すると……。

「レイジ君!」
 
 マステアはニコッとさわやかに笑い、右手を差し出してきた。握手か。

「お手柔らかにお願いするよ! 君との試合を楽しませてもらう。最後に勝つのは間違いなく僕だがね」

 僕は苦笑いをしながら、彼──マステア・オリーダの握手に応じた。

 試合開始のゴングが鳴った。

 ん? マステアはダラリと両腕をたらした。ノーガード? 何かを狙っているのは分かる。
 
 彼はニヤリと笑ったように見えた。素早くパンチが飛んでくる。下から武闘ぶとうグローブの側面で打ってきた! 変則的なパンチだ!

(フリッカージャブか……!)

 僕は素早く分析した。二発、三発、グローブの側面で打ってくる。
 でも、彼は挙動にそれほど変化をつけないので、防ぐことができる!

 僕が彼の三発のパンチを手で防御すると、マステアは驚いたような顔をした。

「ぼ、防御された? 僕のパンチが……」

 チャンス! 僕は、この日のためにとっておいた蹴り技を──彼の腹に叩き込んだ。

 ドガッ

「ぐへええっ!」

 マステアは声を上げた。
 僕は左足指の腹で、マステアの腹を蹴り上げたのだ。蹴りの軌道きどうは、ほぼ回し蹴りと同じだ。

 彼はよろめきながらも、構えた。長身の選手がやりがちなのは──。

「こ、このぉっ!」

 マステアの上から振り下ろすパンチだ! 僕はそれを読んでいた。 

 そのパンチをかわし、もう一発、僕の蹴り技だ!

 ドスッ

 今度は右足の指の腹で、彼の腹を蹴る! また当たった!

「う、うごぉ……」

 マステアは再び声を上げる。

 これは、ルイーズ学院長に教えてもらった技で、「三日月蹴みかづきげり」という蹴り技だ。三日月蹴みかづきげりは避けられやすいが、当たればかなり強烈に相手にダメージを与えることができる。

 マステアは意外と根性がある! まだダウンしない!

 だけど──もらった!

 僕はすぐに、彼の足に下段蹴りを叩き込んでやった。彼がバランスを崩すと同時に、左ストレートを放った。

「あ」

 完全にマステアの鼻に入ってしまった。
 マステアは鼻血をブーッと噴き出した。彼はしゃがみ込む。

「だ、大丈夫か?」

 僕は心配したが、マステアは、「う、うるさい!」と声を上げた。

「試合続行だ!」

 マステアは立ち上がって構えた。僕は、今度はボディーブローを右横腹に叩き込んでやった。彼はうっ、と唸ったが耐える。しかし彼の鼻血は止まらない。もうリング上は血まみれだ。

「ちょっと試合を止めて!」

 声を上げたのは、治療班席に座っていた治癒魔導士だ。あわててリングに入ってきて、マステアの鼻を確かめた。

「あー……うーん。ダメだね、これは」

 治癒魔導士はリング外に向かって、手でバツの字を作った。

「はあああ?」
 
 マステアは、治癒魔導士に向かって、目を丸くして声を荒げた。マステアは何となく顔が真っ青だが、大丈夫だろうか。

「あんた、何言ってんの? 試合はこれから……!」
「いやいや、出血多量だよ。血が止まらないだろ」
「おいおいおいおい~! だってまだ一分も経ってないじゃん! ねえ……うう……」
 
 おや? マステアの様子が変だ。
 マステアはぐらりと治癒魔導士に倒れ掛かった。何と、失神している。
 
「あー、こりゃ脳震盪のうしんとうだわ。さっきのパンチが効いてるね。ま、すぐに回復するでしょ。はい、試合終了!」

 治癒魔導士はそうつぶやくと、リング外の審判団に合図した。
 するとゴングが鳴らされ、『勝者! レイジ・ターゼット! 五分三十五秒、ドクターストップ!』と放送で告げられた。

 えーっと……。勝った、ってことで良いのかな? 僕はさっさとリングを降りた。振り返ると、マステアはリング上で横になり、ぐったりしている。……まだ鼻血が出てるな。

「つ、強ぇ~、レイジ……」
「体は小さいのに、何であんなに強いんだ?」

 観客も僕を見て騒いでいる。

 さあ、次は……! ついにディーボとソフィアの試合だ!
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