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第三章
第二十九話 大蜘蛛
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崩れた壁からは巨大な蜘蛛がこちらを覗いている。口元には肉片のようなものが見え、何かを味わうかのようにゆっくりと動いていた。
咀嚼している? 何か……いや、状況から考えれば死体を食べてるんだろう。つまり、この辺りに死体がなかったのはこいつのせいか……
「イクスパンドマジック! ダークボール・ダブルインパクト!」
後ろからフルールさんが魔法を放つ。闇属性、それも高威力の魔法だ。
闇の球は大蜘蛛へと向かうと思ったが、予想とは違い壁へと着弾する。
大蜘蛛に動きはない。まだ咀嚼している最中のようだ。ただ、青く光って見える目は俺たちを捉えているように感じてしまう。
横目で闇の球が当たった壁を確認する。すると、そこには人が通れるぐらいの穴が開いているのが見えた。
壁に穴……そういうことか!
急いで体の中心に集めた魔力を手へと移す。
使う魔法は雷、一瞬でも動きを止められればいい。
「二人とも逃げるわよ! ついてきて!」
フルールさんが声を上げ、アリシアと壁の穴へと向かって行く。
俺は一瞬遅れて魔法を完成させ、大蜘蛛へと放つ。
「サンダーアロー・バースト!」
魔法の結果を見ずに急いで二人を追う。
フルールさんは隣の部屋の扉を開けて俺を手招きしている。アリシアは杖を構えて集中しているようだ。
「ツカサ君、急いで! アリシアちゃん、やって頂戴!」
「はい! ライトボール・アンプリファイ!」
「二人とも、光を追って走るわよ!」
光の球は先ほどよりも速い。辺りを照らす範囲は狭くなっているようだが、走るには充分な明るさがある。
角を曲がり、アリシアが再び明かりを放つ。ここからは長い直線、地下三階へと向かう道だ。先ほど成体のライヴェーグが歩いていた道でもある。
俺たちは走る速度は全力疾走に近い。だというのに後ろから音が聞こえてきた。
音はどんどん近づいてくる。
迫る音は間違いなく大蜘蛛の足音だろう。少しずつ近づく音に焦り、恐怖に駆られ、ついには後ろを振り返ってしまった。
近い!? まずい、このままじゃ……
「フルールさん! 追いつかれます!」
「走りなさい! 光の範囲内ならすぐには攻撃してこないはずだから!」
走る。しかし、もう大蜘蛛との距離は十メートルもない。
追いつかれるのも時間の問題だ。それにこの長い直線の通路が終わり、曲がり角がきてしまえば、光の球は壁にあたって消えてしまう。
どうする……さっきの部屋に比べれば通路のほうが戦いやすそうだけど、フルールさんは最初から逃げの一択だ。戦わないほうがいい相手だってことなのか?
「二人とも、私より前を走って! 仕掛けるわ! 絶対に後ろを振り向いちゃダメよ!」
フルールさんの声に応えるため、俺とアリシアはさらに速度を上げる。なんとか追い越した瞬間、瓶が割れる音が聞こえてきた。
後ろから光があふれてくる。
閃光弾!? いつの間に手に入れてたんだろうか……いや、それよりも大蜘蛛の叫び声が聞こえるってことは効果はあるみたいだ。今のうちに距離を稼がないと。
前を行く光の球によって、直進の終わりが見えてくる。同時に二回目の閃光弾が炸裂した。聞こえてくる大蜘蛛の悲鳴から考えると、だいぶ距離は稼げたようだ。
「最後の一発を投げるわ! 角を曲がったら魔法はいいから走り続けて!」
その言葉とともに強烈な光が体を追い越していく。
光が収まるころに俺とアリシアは角を曲がる。少し遅れてフルールさんが来るが、曲がる前に何かを天井に投げているようだった。
突如、爆発音が連続で鳴り響く。
壁が崩れていく音も聞こえてくる。ただし、その音は先ほどと比べてもはるかに大きい。壁どころかまるで地下が崩壊してるような気がするほどだった。
爆発の影響か、床も激しく揺れている。あまりの揺れの強さに立っていられず、思わず膝をついてしまった。
しばらく伏せて耐える。
崩れる音や揺れがなくなったころ、辺りを窺ってみる。どうやら爆発は終わったようだ。
「アリシア、怪我はない?」
「はい、なんとか……今のはフルールさんが何かしたんですよね。…………え?」
アリシアは後ろを見て固まってしまった。何が起きたかを確認するために俺も振り返る。すると、信じられない光景を目にしてしまう。
通路が瓦礫で埋まっていた。瓦礫は天井が崩れたものらしく、椅子や机の残骸もあちこちに落ちている。
「……少し、やりすぎたわね」
「少しどころじゃないですよ! 地下全体が崩れたらどうするんですか! ……俺たちみんなで生き埋めだったかもしれないんですよ」
「ごめんなさい。でも、ああするしかなかったのよ。こんな場所じゃ、あの大蜘蛛、ギーリラプターからは逃げられないわ」
「私、聞いたことあります。ギーリラプターは何でも食べて、表皮は鉄より硬く、魔法もほとんど効かないって。あんなに大きいのは初めてでしたけど……」
アリシアの話によると、ギーリラプターは死体掃除屋とも呼ばれ、動くものはもちろん、その名のとおり死体も食べるらしい。ただ、本来は地面まで光が届かないような深い森にいるとのことだった。
弱点は光。ギーリラプター自体は闇と水属性の魔法を使用し、待機中は魔法で闇と同化するため、発見するのが難しい魔物だとも聞く。そんなギーリラプターだが、普通は人間の腰辺りまで大きさのようだ。さっきのは俺の二倍や三倍どころではない大きさだったが。
倒し方としては鈍器などで頭を殴るのが有効らしい。刃物や魔法はよほど熟練した人じゃないと攻撃が通らず、鈍器の衝撃で脳を破壊した方が簡単との話だ。
つまり、今回の場合は瓦礫が鈍器の役割だったというわけか。……でも、この通路で帰りはどうするんだろう。
「フルールさん、すみません。さっきは言いすぎました」
「いいのよ。地下が耐えてくれるかは賭けに近かったから、生き埋めになっててもおかしくないもの」
フルールさんは地下一階の成体ライヴェーグと戦った部屋を見て、天井の一部を壊しても耐えてくれると思ったとらしい。
たしかにあの部屋は壁を壊されていて、さらに成体が暴れまわっても大丈夫だったけど……フルールさんも無茶をする。
「とりあえず先を急ぎましょう。さっきので休憩中に作った道具も使い切っちゃったし、ギーリラプターを倒した保証もないしね。もし起きてきたら、さすがに同じことはできないわ。」
「じゃあ、さっきよりは速度を遅めにして明かりの魔法を使いますね。でも、ツカサ様の勘は凄いです! もし、あっちの部屋に入ってたら大変なことになってました」
「運がよかっただけだよ。それに二人が信じてくれなければ、あっちの部屋に行ってたかもしれないしね。二人にも感謝しないと」
……もとは体が動かず、部屋に入れなかったのがきっかけだ。今思えば、カルミナが与えてくれた経験で体が反応したんだろう。
カルミナにも感謝しないとな。長いこと話せてないけど、最初の言葉はありがとうになりそうだ。もっとも、ここの宝物庫にペンダントを直す魔道具があればの話だけど。
その後は地下二階を順調に進んでいく。
成体、幼体に限らず、ライヴェーグがいないためだ。扉を一つずつ開け、部屋の中を探せばいるのかもしれないが、さすがにそんなことはしない。ただひたすらに通路を進み続けている。
「……順調ね。さっきのことがあったせいか、こうも何も出ないと不気味に感じるわ」
「そうですね。とはいえ、出てきてほしくはないですけど。……階段まであと、どれくらいですか?」
「あと少し、この道を曲がった通路の先よ。ただ、地下二階への階段とは違って、地下三階への階段は隠されてるのよね。地図には大体の場所にしか印がついてないから、いくつか部屋を探すことになると思うわ。そのときは注意して頂戴」
「わかりました。ついでにあのギーリラプターに会わないようにも祈っときます」
地図の印の辺りに辿り着く。印は通路の左側についてることから部屋の中に階段は隠されているようだ。
該当しそうな部屋は位置から考えて三つまで絞り込めるが、他に手掛かりはない。一部屋ずつ確認していくしかないだろう。
まずは向かって左の部屋から調べる。扉を少しだけ開け、アリシアが中に明かりとして使っている魔法を放つ。
しばらく待つが、中で物音はしない。ここには魔物はいないようだ。
念のため警戒しながら三人で中に入っていく。
「……何もありませんね」
「そうね。隠すにしては何もなさすぎるし、壁や床にもおかしなところはない。……はずれのようね」
俺とフルールさんが何もないと判断して入口へと戻っていると、アリシアは少し考えこんでいるようすで立ち止まっていた。
「アリシアは何か気になることがあった?」
「いえ、何も見つからなかったんですけど、何か違和感があって……」
「違和感か……」
もう一度、周囲を見回して壁や床も確認してみる。しかし、やはり何も見つからない。
アリシアは首をかしげているが、気のせいかもしれないと言って、次の部屋を調べることになった。
中央の部屋、同じように魔物を確認するがここにもいないようだ。
部屋の中はベットと排泄物を入れる壺のようなものが置かれている。今まであまり探索せずに来たので見る機会がなかったが、この部屋が独房らしい。
ベットの下や壺をどかして調べるが階段を見つけることはできなかった。ここもはずれのようだ。
右の部屋。地図上の印で該当しそうな部屋はこれで最後である。三分の一で最後まで当たらないというのは、少し運が悪い。
三度目、同じように魔物を確認すると、部屋から物音が聞こえてくる。扉を開け確認すると、幼体のライヴェーグが一匹、明かりに反応して起き上がっていた。魔物がいたとはいえ、三対一で相手は幼体である。特に問題なく処理して部屋を調査していく。
部屋は独房で中央の部屋と同じ造りだ。この部屋も壁や床、ベットに壺など隅々まで調べるが階段を見つけることができない。
「おかしいわね。床に空洞があれば気づけるはずよ。壁も同じで薄ければわかるはずなんだけど……」
「印が少しずれてる可能性はないですか? 他の部屋も探してみましょう」
「そうね。結構大雑把な印だし、ツカサ君の言うとおり、その可能性もあるかもしれない」
その後、周辺の部屋、通路路挟んだ向かい側の部屋も調べたが、結局階段は見つからなかった。念のため廊下も調べてはいる。しかし、怪しいところは何処にもなかったのだ。
何の手がかりも得られず、俺たちは途方に暮れてしまう。しばらく話し合いをおこない、最終的に出した結論は一度最初に見た部屋から調べなおすというものであった。
最初に調べた部屋、アリシアが違和感を覚えた部屋だ。
魔法を放ってもらい、明るくなった部屋をもう一度調べなおす。
「アリシアは何か気づいたことあるって、どうしたの?」
「いえ、ちょっと待ってください。……もしかして」
アリシアは部屋の中央高くに放った自分の魔法を見ていた。そして次の瞬間、何を思ったのか突然部屋を飛び出していく。
「アリシア!?」
「すぐ戻ります!」
「念のため、私がアリシアちゃんを追いかけるわ。ツカサ君は待機してて」
走り出そうとしたところでフルールさんに止められてしまう。この辺りは部屋の中も含め魔物はすべて倒してる。そのため、遠くに行かなければ大丈夫だとは思うが、少し心配だ。
アリシアの魔法を見る。特別変わったところはない。これを見て何を思いついたんだろう……
比較的早くアリシアたちは戻ってきた。体感だと五分ぐらいな気もする。
部屋に入ってきたアリシアは、また自分の魔法を見ると少し自信ありげな顔をしていた。
「違和感の正体、わかりました! 天井です!」
「天井?」
「はい! この部屋だけ天井が低いんです。私、魔法を使うときにだいたい同じ高さにしてたんですけど、この部屋だけ天井まで明かりが少し届いてるんです」
アリシアの話では、今までの地下二階の部屋や通路、ここで調べた部屋など明かりの高さをほぼ同じ高さにしていたとのことだ。
さっき出ていったのは隣の部屋で同じように魔法を使い、天井のようすを確かめてきたらしい。
「下への階段だから床を重点的に見てたけど、上に秘密があったってわけね。迂闊だったわ」
「天井が高すぎて明かりがあっても、目を凝らさないと見えないですからね。アリシアが気づいてくれなかったら、ずっと探してたかもしれません」
「では! もう一度、今度は少し高めに明かりを上げますね」
アリシアの宣言どおり、先ほどよりも高い位置に魔法が上がっていき、天井全体がよく見えるようなる。すると、部屋の奥側の天井に縦穴が開いているのを発見することができた。
「あの穴が階段のある部屋への道ってことかしら? とりあえず行ってみましょう。かなり高いけど、ナイフを投げて壁に足場を作るから、私のあとに続いて上がってきて頂戴」
「……すみません。俺、その方法で上がれる気がしません」
「私もちょっと難しいと思います」
結局、他の部屋からベットをいくつも持ってきて足場を作ることになった。高さを出すため、かなり不安定な足場となり、全員が縦穴に入った後は崩れてしまう。
この縦穴がすぐに横へと続いていて助かった。そうでなければ、最後に穴に入った俺はベットと一緒に落下していたと思う。
穴の中、横へと移動する通路はなかなかの狭さだ。横幅は一人分あるが高さはなく、中腰の体勢すらとれそうにない。そのため、うつぶせの状態で進んでいく。
前を進むアリシアを見ないように、そしてぶつからないように這って移動する。かび臭く、暗がりでもわかるほどホコリも多い。服を汚し、不慣れな移動の仕方で腕が疲れてきたころ、ようやく出口へとたどり着いた。
横穴を抜ける。新たに着いた部屋は通路に負けないくらい狭かった。アリシアが魔法で明るくしなくても、三人の腰の明かりだけで充分なほどだ。そして、その明かりによって目的の階段が姿を現している。
「ようやく見つかったわね」
「はい、やっとですね。この階はなんだか疲れましたよ。アリシアは大丈夫? なんだかんだでたくさん魔法使ってもらっちゃってるけど」
「大丈夫です! まだまだ元気ですよ! 途中で魔力活性薬も頂いたので魔力もまだあります」
地下二階では戦闘をすることは少なかったが、蜘蛛に追われたり、地下三階への階段がなかなか見つからなかったりと精神面での疲れが大きかった。
フルールさんも言っていたが、ようやくだ。宝物庫まであと少し、地下三階では何事もなく進めることを願うばかりである。そして、宝物庫には目的のものがあることも祈っておく。
これだけ苦労して何も手に入らないというのは考えたくなかった。剣に杖、物を修復する魔道具やそのほか何か役に立つもの、何かは手に入れたい。
出来れば全部ほしいけど、運び出すのは難しいだろうしな。……ああ、ダメだ。まだ地下三階が残ってるんだから、宝物庫のことはあとで考えよう。もう一度集中しなおさないと。
一息つき、気持ちを新たにすると、俺たちは狭い部屋から地下三階への階段へと足を進めるのであった。
咀嚼している? 何か……いや、状況から考えれば死体を食べてるんだろう。つまり、この辺りに死体がなかったのはこいつのせいか……
「イクスパンドマジック! ダークボール・ダブルインパクト!」
後ろからフルールさんが魔法を放つ。闇属性、それも高威力の魔法だ。
闇の球は大蜘蛛へと向かうと思ったが、予想とは違い壁へと着弾する。
大蜘蛛に動きはない。まだ咀嚼している最中のようだ。ただ、青く光って見える目は俺たちを捉えているように感じてしまう。
横目で闇の球が当たった壁を確認する。すると、そこには人が通れるぐらいの穴が開いているのが見えた。
壁に穴……そういうことか!
急いで体の中心に集めた魔力を手へと移す。
使う魔法は雷、一瞬でも動きを止められればいい。
「二人とも逃げるわよ! ついてきて!」
フルールさんが声を上げ、アリシアと壁の穴へと向かって行く。
俺は一瞬遅れて魔法を完成させ、大蜘蛛へと放つ。
「サンダーアロー・バースト!」
魔法の結果を見ずに急いで二人を追う。
フルールさんは隣の部屋の扉を開けて俺を手招きしている。アリシアは杖を構えて集中しているようだ。
「ツカサ君、急いで! アリシアちゃん、やって頂戴!」
「はい! ライトボール・アンプリファイ!」
「二人とも、光を追って走るわよ!」
光の球は先ほどよりも速い。辺りを照らす範囲は狭くなっているようだが、走るには充分な明るさがある。
角を曲がり、アリシアが再び明かりを放つ。ここからは長い直線、地下三階へと向かう道だ。先ほど成体のライヴェーグが歩いていた道でもある。
俺たちは走る速度は全力疾走に近い。だというのに後ろから音が聞こえてきた。
音はどんどん近づいてくる。
迫る音は間違いなく大蜘蛛の足音だろう。少しずつ近づく音に焦り、恐怖に駆られ、ついには後ろを振り返ってしまった。
近い!? まずい、このままじゃ……
「フルールさん! 追いつかれます!」
「走りなさい! 光の範囲内ならすぐには攻撃してこないはずだから!」
走る。しかし、もう大蜘蛛との距離は十メートルもない。
追いつかれるのも時間の問題だ。それにこの長い直線の通路が終わり、曲がり角がきてしまえば、光の球は壁にあたって消えてしまう。
どうする……さっきの部屋に比べれば通路のほうが戦いやすそうだけど、フルールさんは最初から逃げの一択だ。戦わないほうがいい相手だってことなのか?
「二人とも、私より前を走って! 仕掛けるわ! 絶対に後ろを振り向いちゃダメよ!」
フルールさんの声に応えるため、俺とアリシアはさらに速度を上げる。なんとか追い越した瞬間、瓶が割れる音が聞こえてきた。
後ろから光があふれてくる。
閃光弾!? いつの間に手に入れてたんだろうか……いや、それよりも大蜘蛛の叫び声が聞こえるってことは効果はあるみたいだ。今のうちに距離を稼がないと。
前を行く光の球によって、直進の終わりが見えてくる。同時に二回目の閃光弾が炸裂した。聞こえてくる大蜘蛛の悲鳴から考えると、だいぶ距離は稼げたようだ。
「最後の一発を投げるわ! 角を曲がったら魔法はいいから走り続けて!」
その言葉とともに強烈な光が体を追い越していく。
光が収まるころに俺とアリシアは角を曲がる。少し遅れてフルールさんが来るが、曲がる前に何かを天井に投げているようだった。
突如、爆発音が連続で鳴り響く。
壁が崩れていく音も聞こえてくる。ただし、その音は先ほどと比べてもはるかに大きい。壁どころかまるで地下が崩壊してるような気がするほどだった。
爆発の影響か、床も激しく揺れている。あまりの揺れの強さに立っていられず、思わず膝をついてしまった。
しばらく伏せて耐える。
崩れる音や揺れがなくなったころ、辺りを窺ってみる。どうやら爆発は終わったようだ。
「アリシア、怪我はない?」
「はい、なんとか……今のはフルールさんが何かしたんですよね。…………え?」
アリシアは後ろを見て固まってしまった。何が起きたかを確認するために俺も振り返る。すると、信じられない光景を目にしてしまう。
通路が瓦礫で埋まっていた。瓦礫は天井が崩れたものらしく、椅子や机の残骸もあちこちに落ちている。
「……少し、やりすぎたわね」
「少しどころじゃないですよ! 地下全体が崩れたらどうするんですか! ……俺たちみんなで生き埋めだったかもしれないんですよ」
「ごめんなさい。でも、ああするしかなかったのよ。こんな場所じゃ、あの大蜘蛛、ギーリラプターからは逃げられないわ」
「私、聞いたことあります。ギーリラプターは何でも食べて、表皮は鉄より硬く、魔法もほとんど効かないって。あんなに大きいのは初めてでしたけど……」
アリシアの話によると、ギーリラプターは死体掃除屋とも呼ばれ、動くものはもちろん、その名のとおり死体も食べるらしい。ただ、本来は地面まで光が届かないような深い森にいるとのことだった。
弱点は光。ギーリラプター自体は闇と水属性の魔法を使用し、待機中は魔法で闇と同化するため、発見するのが難しい魔物だとも聞く。そんなギーリラプターだが、普通は人間の腰辺りまで大きさのようだ。さっきのは俺の二倍や三倍どころではない大きさだったが。
倒し方としては鈍器などで頭を殴るのが有効らしい。刃物や魔法はよほど熟練した人じゃないと攻撃が通らず、鈍器の衝撃で脳を破壊した方が簡単との話だ。
つまり、今回の場合は瓦礫が鈍器の役割だったというわけか。……でも、この通路で帰りはどうするんだろう。
「フルールさん、すみません。さっきは言いすぎました」
「いいのよ。地下が耐えてくれるかは賭けに近かったから、生き埋めになっててもおかしくないもの」
フルールさんは地下一階の成体ライヴェーグと戦った部屋を見て、天井の一部を壊しても耐えてくれると思ったとらしい。
たしかにあの部屋は壁を壊されていて、さらに成体が暴れまわっても大丈夫だったけど……フルールさんも無茶をする。
「とりあえず先を急ぎましょう。さっきので休憩中に作った道具も使い切っちゃったし、ギーリラプターを倒した保証もないしね。もし起きてきたら、さすがに同じことはできないわ。」
「じゃあ、さっきよりは速度を遅めにして明かりの魔法を使いますね。でも、ツカサ様の勘は凄いです! もし、あっちの部屋に入ってたら大変なことになってました」
「運がよかっただけだよ。それに二人が信じてくれなければ、あっちの部屋に行ってたかもしれないしね。二人にも感謝しないと」
……もとは体が動かず、部屋に入れなかったのがきっかけだ。今思えば、カルミナが与えてくれた経験で体が反応したんだろう。
カルミナにも感謝しないとな。長いこと話せてないけど、最初の言葉はありがとうになりそうだ。もっとも、ここの宝物庫にペンダントを直す魔道具があればの話だけど。
その後は地下二階を順調に進んでいく。
成体、幼体に限らず、ライヴェーグがいないためだ。扉を一つずつ開け、部屋の中を探せばいるのかもしれないが、さすがにそんなことはしない。ただひたすらに通路を進み続けている。
「……順調ね。さっきのことがあったせいか、こうも何も出ないと不気味に感じるわ」
「そうですね。とはいえ、出てきてほしくはないですけど。……階段まであと、どれくらいですか?」
「あと少し、この道を曲がった通路の先よ。ただ、地下二階への階段とは違って、地下三階への階段は隠されてるのよね。地図には大体の場所にしか印がついてないから、いくつか部屋を探すことになると思うわ。そのときは注意して頂戴」
「わかりました。ついでにあのギーリラプターに会わないようにも祈っときます」
地図の印の辺りに辿り着く。印は通路の左側についてることから部屋の中に階段は隠されているようだ。
該当しそうな部屋は位置から考えて三つまで絞り込めるが、他に手掛かりはない。一部屋ずつ確認していくしかないだろう。
まずは向かって左の部屋から調べる。扉を少しだけ開け、アリシアが中に明かりとして使っている魔法を放つ。
しばらく待つが、中で物音はしない。ここには魔物はいないようだ。
念のため警戒しながら三人で中に入っていく。
「……何もありませんね」
「そうね。隠すにしては何もなさすぎるし、壁や床にもおかしなところはない。……はずれのようね」
俺とフルールさんが何もないと判断して入口へと戻っていると、アリシアは少し考えこんでいるようすで立ち止まっていた。
「アリシアは何か気になることがあった?」
「いえ、何も見つからなかったんですけど、何か違和感があって……」
「違和感か……」
もう一度、周囲を見回して壁や床も確認してみる。しかし、やはり何も見つからない。
アリシアは首をかしげているが、気のせいかもしれないと言って、次の部屋を調べることになった。
中央の部屋、同じように魔物を確認するがここにもいないようだ。
部屋の中はベットと排泄物を入れる壺のようなものが置かれている。今まであまり探索せずに来たので見る機会がなかったが、この部屋が独房らしい。
ベットの下や壺をどかして調べるが階段を見つけることはできなかった。ここもはずれのようだ。
右の部屋。地図上の印で該当しそうな部屋はこれで最後である。三分の一で最後まで当たらないというのは、少し運が悪い。
三度目、同じように魔物を確認すると、部屋から物音が聞こえてくる。扉を開け確認すると、幼体のライヴェーグが一匹、明かりに反応して起き上がっていた。魔物がいたとはいえ、三対一で相手は幼体である。特に問題なく処理して部屋を調査していく。
部屋は独房で中央の部屋と同じ造りだ。この部屋も壁や床、ベットに壺など隅々まで調べるが階段を見つけることができない。
「おかしいわね。床に空洞があれば気づけるはずよ。壁も同じで薄ければわかるはずなんだけど……」
「印が少しずれてる可能性はないですか? 他の部屋も探してみましょう」
「そうね。結構大雑把な印だし、ツカサ君の言うとおり、その可能性もあるかもしれない」
その後、周辺の部屋、通路路挟んだ向かい側の部屋も調べたが、結局階段は見つからなかった。念のため廊下も調べてはいる。しかし、怪しいところは何処にもなかったのだ。
何の手がかりも得られず、俺たちは途方に暮れてしまう。しばらく話し合いをおこない、最終的に出した結論は一度最初に見た部屋から調べなおすというものであった。
最初に調べた部屋、アリシアが違和感を覚えた部屋だ。
魔法を放ってもらい、明るくなった部屋をもう一度調べなおす。
「アリシアは何か気づいたことあるって、どうしたの?」
「いえ、ちょっと待ってください。……もしかして」
アリシアは部屋の中央高くに放った自分の魔法を見ていた。そして次の瞬間、何を思ったのか突然部屋を飛び出していく。
「アリシア!?」
「すぐ戻ります!」
「念のため、私がアリシアちゃんを追いかけるわ。ツカサ君は待機してて」
走り出そうとしたところでフルールさんに止められてしまう。この辺りは部屋の中も含め魔物はすべて倒してる。そのため、遠くに行かなければ大丈夫だとは思うが、少し心配だ。
アリシアの魔法を見る。特別変わったところはない。これを見て何を思いついたんだろう……
比較的早くアリシアたちは戻ってきた。体感だと五分ぐらいな気もする。
部屋に入ってきたアリシアは、また自分の魔法を見ると少し自信ありげな顔をしていた。
「違和感の正体、わかりました! 天井です!」
「天井?」
「はい! この部屋だけ天井が低いんです。私、魔法を使うときにだいたい同じ高さにしてたんですけど、この部屋だけ天井まで明かりが少し届いてるんです」
アリシアの話では、今までの地下二階の部屋や通路、ここで調べた部屋など明かりの高さをほぼ同じ高さにしていたとのことだ。
さっき出ていったのは隣の部屋で同じように魔法を使い、天井のようすを確かめてきたらしい。
「下への階段だから床を重点的に見てたけど、上に秘密があったってわけね。迂闊だったわ」
「天井が高すぎて明かりがあっても、目を凝らさないと見えないですからね。アリシアが気づいてくれなかったら、ずっと探してたかもしれません」
「では! もう一度、今度は少し高めに明かりを上げますね」
アリシアの宣言どおり、先ほどよりも高い位置に魔法が上がっていき、天井全体がよく見えるようなる。すると、部屋の奥側の天井に縦穴が開いているのを発見することができた。
「あの穴が階段のある部屋への道ってことかしら? とりあえず行ってみましょう。かなり高いけど、ナイフを投げて壁に足場を作るから、私のあとに続いて上がってきて頂戴」
「……すみません。俺、その方法で上がれる気がしません」
「私もちょっと難しいと思います」
結局、他の部屋からベットをいくつも持ってきて足場を作ることになった。高さを出すため、かなり不安定な足場となり、全員が縦穴に入った後は崩れてしまう。
この縦穴がすぐに横へと続いていて助かった。そうでなければ、最後に穴に入った俺はベットと一緒に落下していたと思う。
穴の中、横へと移動する通路はなかなかの狭さだ。横幅は一人分あるが高さはなく、中腰の体勢すらとれそうにない。そのため、うつぶせの状態で進んでいく。
前を進むアリシアを見ないように、そしてぶつからないように這って移動する。かび臭く、暗がりでもわかるほどホコリも多い。服を汚し、不慣れな移動の仕方で腕が疲れてきたころ、ようやく出口へとたどり着いた。
横穴を抜ける。新たに着いた部屋は通路に負けないくらい狭かった。アリシアが魔法で明るくしなくても、三人の腰の明かりだけで充分なほどだ。そして、その明かりによって目的の階段が姿を現している。
「ようやく見つかったわね」
「はい、やっとですね。この階はなんだか疲れましたよ。アリシアは大丈夫? なんだかんだでたくさん魔法使ってもらっちゃってるけど」
「大丈夫です! まだまだ元気ですよ! 途中で魔力活性薬も頂いたので魔力もまだあります」
地下二階では戦闘をすることは少なかったが、蜘蛛に追われたり、地下三階への階段がなかなか見つからなかったりと精神面での疲れが大きかった。
フルールさんも言っていたが、ようやくだ。宝物庫まであと少し、地下三階では何事もなく進めることを願うばかりである。そして、宝物庫には目的のものがあることも祈っておく。
これだけ苦労して何も手に入らないというのは考えたくなかった。剣に杖、物を修復する魔道具やそのほか何か役に立つもの、何かは手に入れたい。
出来れば全部ほしいけど、運び出すのは難しいだろうしな。……ああ、ダメだ。まだ地下三階が残ってるんだから、宝物庫のことはあとで考えよう。もう一度集中しなおさないと。
一息つき、気持ちを新たにすると、俺たちは狭い部屋から地下三階への階段へと足を進めるのであった。
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