籠の中で歌って

土耳古石

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 それから約2ヶ月。僕はこの状況をそこそこ楽しんでいた。結弦さんが言ったように、仕事内容はそう多くない。一応、貸し出しはできるのだがここに来る生徒なんていないので、軽く掃除をして、みっちり詰められている本棚から抜けたものがないか確認すれば、それで終わりだ。想像以上に楽。それに、誰も訪れない図書室に自由に出入りができるというのは、思ったよりも僕の心をワクワクさせた。
 準備室が荷物置き場、司書室が活動部屋という名のたまり場となっていた。
「晴くんって意外と真面目だよね」
「そうですか?」
 一応、名目上の図書係の活動日は火曜日と木曜日の週2回。教師が確認しにきたりするわけではないのでサボろうと思えばサボれるが、先輩が律儀に来ている以上、僕だけがバックれる勇気はなかった。それどころか、結弦さんはほとんど毎日いるような気がする。
「今となってはごめんなんだけどさ、正直来ないかと思ってた。去年の1年生も3年生も活動日なんて守ってなかったし。結局全員が集まったのって3回くらい」
「え、やばいですね」
「1年の子は、最初の方はちゃんとやってたんだけどね。名前なんだっけ。ええと、月……なんとかひろや?」
「月宮裕人?」
「それだ、そんな名前。知り合い?」
「いや、絡みはあんまないんですけど、隣のクラスの委員長なんで」
 それこそ、僕なんかよりよっぽど真面目そうなのに意外だ。そう思って隣を見上げると、結弦さんは寂しそうな顔をしていた。
「そっか。なんかあったのかなってずっと思っててさ。仲良いつもりだったんだけど」
「へえ……指定校狙ってるっぽいし、それで忙しかったとかもありそうですよね」
 当たり障りのない返事をしながら、僕は自分の胸のモヤつきに戸惑っていた。僕から振った話をじゃないか。そもそも、結弦さんから他の人の話を聞くことだって初めてじゃない。変な同級生とか面白い先生とか、そういう話を聞くのを僕はむしろ楽しみにしていた。なのに、なんでこんな、取られた、みたいな気持ちになっているんだろう。
「っし、これで終わり!晴くん、お疲れ」
「あ、はい、お疲れ様です」
 パンッという音が狭い図書室に響いた。結弦さんが手を鳴らした音だ。ぼーっとしていた僕は慌てて返事をした。変なことを考えるのはよそう。結弦さんは優しい先輩。それだけだ。
「結弦さん、すみません。今日ちょっと早く帰んないといけなくて」
「おっけー。鍵は俺が閉めとくね。じゃ、また明後日」
「はい」
 鞄を引っ掴んで逃げるように図書室を出た。

 校舎から外に出ると雨だった。傘がないと歩きたくないくらいには、そこそこの強さだ。教科書類を図書室に置いてきて良かった。
 ふと、かつての親友の顔が思い浮かんだ。最後に会った時はもっと酷い土砂降りだった。あいつは今、何をしているんだろう。この高校に進学する予定だと言っていたが、入学式で探しても見つけられなかった。あんなことがあった後だ。もしかしたら、僕のせいで進路を変えてしまったのだろうか。
「痛っ!」
 注意散漫なまま歩いていたせいで電柱に肩をぶつけてしまった。弾みで飛び出した財布が水たまりに落ちた。悪いことは重なる。
 今日は厄日かもしれない。僕の予感は当たっていたようで、夕飯も風呂も適当に済ませて布団に入った途端、疲労感がどっと押し寄せた。恐る恐る体温を計ると、どう考えても風邪をひいたとしか思えない数値が出た。
 こういう時、一人暮らしでなくて良かったと思う。寮生活なら、少なくとも孤独死して発見されず2週間、とかにはならないだろう。
 我ながら変なところに思考が飛んでいるのが分かる。さっさと寝てしまおう。そう決めて、僕は強く目を閉じた。
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