とある伯爵と不遇な男爵夫人の計画~虐げられるだけの結婚生活は捨てます~

二位関りをん

文字の大きさ
1 / 11

第1話 憂鬱な朝

しおりを挟む
 瞼に優しい夜明けの光が差し込んでくるのと同時に、憂鬱な気分が身体全てに襲い掛かって来た。
 ああ、また朝がやってきてしまったのね。このまま死んでしまえばよかったのに。

「はあ……」

 愚痴をこぼしたいけど、そうしてはいられない。私……ユーティア・エレミーは貴族のものにしては簡素なベッドから身を起こし、クローゼットから今日の服を取り出す。本来なら朝の身支度は全てメイドがしてくれるものなのだろうけど。

 白いが年季の入ったネグリジェから紺色の地味目な服に着替えて、胸元までぴしっとボタンを留める。髪は先に三つ編みにしてそこからお団子にして……と。シニョンはなんだかんだですっきりするからよくしている髪型のひとつだ。

「はやくメイクをしなきゃ」

 私はエレミー男爵家の妻。実家も男爵家で私含めて男3人女4人の大所帯だった。なのでわりかし結婚自体はあっさりと決まって、両親やきょうだい達は泣いたりもしていたけど温かく送り出してくれたのは今でも覚えている。

 だけどこの嫁ぎ先は地獄だった。まず夫のクライストは平均程の身長に華奢で茶髪と目立たない容姿を持ち、言葉遣いは穏やか。でも一言でいえばとにかく弱い。弱すぎる。もやしのような軟弱な男だ。

 ――ユーティア。ママの言う事はちゃんと聞いた方がいいよ……。

 このクライストを溺愛し彼が言いなりになっているのが彼の母親で私からすれば姑にあたるマレナお義母様と、クライストの妹・クララのふたり。お義父様は結婚前にお亡くなりになっているみたいだけど、そのせいかこのエレミー男爵家はマレナお義母様を中心に回っている。
 そしてマレナお義母様とクララは理不尽でわがままかつ浪費癖が凄まじい。家事や領地経営は全て私に押し付けている上に、これまで何度も実家はじめ他の貴族から融資を受けたりしている。だから私のお小遣いはないに等しい。

 ――ユーティアさん、まだ朝ご飯出来ていないのかしら? 全く愚図でのろまね。

 ああ、今にもマレナお義母様から朝ご飯の催促が飛んできそうな気分になってきた。早くメイクを終わらせて厨房へ向かわないと。

 メイクを終わらせると手を洗い、厨房へと走っていると、廊下で会いたくない人物に遭遇した。

「あっお義姉様ぁ。何してるのよぅ」
「クララさん。お、おはようございます」

 豪華なシルクの寝間着姿のクララだ。あんなシルクの服を着るから、借金がかさんでしまうのよ。
 いつも綺麗にくるくるとセットされているブロンドの長い髪はボサボサにみだれている。するとおぉ~いと間の抜けた男性の声が聞こえてきた。

「クララ、どうしたんだい?」

 のっそのっそと歩いてきて、クララの腰に手をやる上半身裸の金髪の男はサンタル・ヴェリテ伯爵。クララの婚約者だ。彼の金髪もまた、あちこちに毛先が飛びまくっているのが見える。

 ……お盛んな事だ。おそらくはヴェリテ伯爵はクララがわがままで男好きなのを知らないのだろう。

「あら、ヴェリテ様。何でもありませんわよ。ただお腹が空いたなって」

 ちらりと私を横目で見たクララ。早く朝食を用意しろとでも言いたいのだろう。

「そうだな。僕も朝食を頂きたいな」
「ですって、お義姉様? ヴェリテ様、お義姉様の作るお料理はとっても美味しいのですわよ?」

 クララはわがままな娘。でも婚約者であるヴェリテ伯爵にはそのような面は見せない狡猾な部分もある。
 もちろんここにはコックはいないし、私が断れば私含めて食事にありつけないし、マレナお義母様とクララが機嫌を悪くさせるのは容易に想像可能だ。


「かしこまりました。すぐにご用意いたします」
「お願いね、お義姉様?」

 にっこりと笑うクララにヴェリテ伯爵は見惚れているようだけど、私には恐怖しか感じない。

 実家よりも狭く暗い厨房へ足を踏み入れ、朝食に使う食材を取り出して机に置く。クララは卵料理が好きなのだがこの頃卵の値段は高くなりつつあるのでどうしたものかなどと考えながら朝食を作り食堂に準備した。

「いただきます!」

 クララはさも当たり前とでも言わんばかりの笑顔を見せながらパンにかじりつく。正直テーブルマナーはなってるとは言えないけど、ヴェリテ伯爵は気にしていないようだ。

「あら、朝食もう準備出来ていたの。なら早く言えば良かったのに」

 このタイミングでマレナお義母様とクライストがゆっくりとした足取りで食堂に入ってきた。クララとヴェリテ伯爵とは違い、2人とも髪を整え着替えを済ませている。マレナお義母様の眉にはいつものように深い皺が幾重にも刻まれているのが見えた。

「おはようございます。お義母様」
「ふん、じゃあ朝食を頂こうかしらね。クライストも座りなさい」
「うん、ママ」

 お小言をネチネチ言われるかと身構えたけど、どうやらお小言よりも食欲の方が我慢出来ないようだ。マレナお義母様は無言でお気に入りのお白湯を飲んでから朝食にありつく。

「あらあら、クララ……おいしいの?」

 途中でマレナお義母様がクララに甘い声で語りかけると、クララは私に向けておかわりは? と問うてきた。

「ユーティアさん、おかわりは?」
「はい、すぐにご用意いたします」
「お願いね、お義姉様~」

 その後。私がクララの分のおかわりを持って食堂へと再び戻ろうとしていた時、食堂の中からヴェリテ伯爵がクライストに何やら質問しているのが聞こえてきた。

「へえ、子供はまだなんだね」
「は、はい……」
「ユーティアさんにまだ子供が出来ないなんて呆れますわ。ふふっ、私もいつまで待てばいいのやら」

 そのマレナお義母様の軽い言葉に私は呆れた声を出してしまった。
 そもそもマレナお義母様は子供は嫌いと言う上に、私はクライストとは殆どベッドを共にしていない! それもこれも私がクライストとそういう事に至るのをマレナお義母様が許さないからではないか! 

「私も早く欲しいのですけどね? それにお義母様が子供を欲しがっているなんて初めて聞きましたわ」

 クララへおかわりの入ったお皿をことりと置いてから、むかむかした感情を全て吐き出すと、食堂は一瞬にして静寂に包まれた。マレナお義母様のヴェリテ伯爵に見せていた余所行き用の笑顔は不自然に引きつっている。

「そうなのかい? エレミー夫人」
「ほほほ……そのような事はありませんわ。この愚嫁はいつもこうしてわがままばかりおっしゃっているので困っておりますの」
「なっ……!」

 クライストに目を向けると、彼はバツが悪くなったのか用を足しに行く! と叫んでその場から走り去っていった。当然クララもマレナお義母様の味方だから、この場に私に味方してくれる人は誰ひとりとしていない状況に至る。

「ユーティアさん、わがままはよろしくないよ? 貴婦人として貞淑にね?」

 これは私を陥れる罠だったのね。完全にヴェリテ伯爵は彼女達の言葉を信じきっているようだ。言い返そうにも決定的な証拠が無いので黙っているより他なかった。

「申し訳ありません……」

 深々と頭を下げ、ゆっくりと頭を上げた時。クララのにやついた悪どい笑みが視界に飛び込んできた。

「お義姉様、かわいそう~」

 くすくすと笑う彼女と、冷たい視線を向けながら出ていきなさいと小さく語るマレナお義母様に耐えきれず私は部屋から小走りで出ていくしかなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「出て行け!」と言われたのですから、本当に出て行ってあげます!

睡蓮
恋愛
アレス第一王子はイザベラとの婚約関係の中で、彼女の事を激しく束縛していた。それに対してイザベラが言葉を返したところ、アレスは「気に入らないなら出て行ってくれて構わない」と口にしてしまう。イザベラがそんな大それた行動をとることはないだろうと踏んでアレスはその言葉をかけたわけであったが、その日の夜にイザベラは本当に姿を消してしまう…。自分の行いを必死に隠しにかかるアレスであったが、それから間もなくこの一件は国王の耳にまで入ることとなり…。

婚約破棄されて自由になったので、辺境で薬師になったら最強騎士に溺愛されました

有賀冬馬
恋愛
「愛想がないから妹と結婚する」と言われ、理不尽に婚約破棄されたクラリス。 貴族のしがらみも愛想笑いもこりごりです! 失意どころか自由を手にした彼女は、辺境の地で薬師として新たな人生を始めます。 辺境で薬師として働く中で出会ったのは、強くて優しい無骨な騎士・オリヴァー。誠実で不器用な彼にどんどん惹かれていき…… 「お前が笑ってくれるなら、それだけでいい」 不器用なふたりの、やさしくて甘い恋が始まります。 彼とのあたたかい結婚生活が始まった頃、没落した元婚約者と妹が涙目で擦り寄ってきて―― 「お断りします。今さら、遅いわよ」

料理大好き子爵令嬢は、憧れの侯爵令息の胃袋を掴みたい

柴野
恋愛
 子爵令嬢のソフィーには、憧れの人がいた。  それは、侯爵令息であるテオドール。『氷の貴公子』と呼ばれ大勢の女子に迫られる彼が自分にとって高嶺の花と知りつつも、遠くから見つめるだけでは満足できなかった。  そこで選んだのは、実家の子爵家が貧乏だったために身につけた料理という武器。料理大好きな彼女は、手作り料理で侯爵令息と距離を詰めようと奮闘する……! ※小説家になろうに重複投稿しています。

婚約破棄された侯爵令嬢、帝国最強騎士に拾われて溺愛される

夜桜
恋愛
婚約者である元老院議員ディアベルに裏切られ、夜会で婚約破棄を宣言された侯爵令嬢ルイン。 さらにバルコニーから突き落とされ、命を落としかけた彼女を救ったのは、帝国自由騎士であるジョイアだった。 目を覚ましたルインは、落下のショックで記憶を失っていた。 優しく寄り添い守ってくれるジョイアのもとで、失われた過去と本当の自分を探し始める。 一方、ルインが生きていると知ったディアベルと愛人セリエは、再び彼女を排除しようと暗躍する。 しかし、ルインの中に眠っていた錬金術師としての才能が覚醒し、ジョイアや父の助けを得て、裏切った元婚約者に立ち向かう力を取り戻していく。

天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎ ギルドで働くおっとり回復役リィナは、 自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。 ……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!? 「転ばないで」 「可愛いって言うのは僕の役目」 「固定回復役だから。僕の」 優しいのに過保護。 仲間のはずなのに距離が近い。 しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。 鈍感で頑張り屋なリィナと、 策を捨てるほど恋に負けていくカイの、 コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕! 「遅いままでいい――置いていかないから。」

結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました

ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。 ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。 王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。 そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。 「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。

追放されましたが、辺境で土壌改革をしたら領民からの感謝が止まりません。~今更戻ってきてと言われても、王都の地盤はもうボロボロですよ?~

水上
恋愛
【全11話完結】 「君は泥臭くて可愛くない」と婚約破棄されたセレナ。 そんな王太子に見切りをつけ、彼女は辺境へ。 そこで待っていたのは、強面だけど実は過保護な辺境伯だった。 セレナは持ち前の知識と技術で不毛の大地を大改革。 荒野は豊作、領民は大歓喜。 一方、彼女を追放した王都は、特産品のワインが作れなくなったり、土壌が腐って悪臭を放ったり、他国との同盟に亀裂が入り始めたりと大惨事に。 戻ってきてと縋られても、もう手遅れですよ?

【完結】私のことが大好きな婚約者さま

咲雪
恋愛
 私は、リアーナ・ムスカ侯爵子女。第二王子アレンディオ・ルーデンス殿下の婚約者です。アレンディオ殿下の5歳上の第一王子が病に倒れて3年経ちました。アレンディオ殿下を王太子にと推す声が大きくなってきました。王子妃として嫁ぐつもりで婚約したのに、王太子妃なんて聞いてません。悩ましく、鬱鬱した日々。私は一体どうなるの? ・sideリアーナは、王太子妃なんて聞いてない!と悩むところから始まります。 ・sideアレンディオは、とにかくアレンディオが頑張る話です。 ※番外編含め全28話完結、予約投稿済みです。 ※ご都合展開ありです。

処理中です...