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第2話 手かざし
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その後も美華は物をうまくつかめずに落としたり、零したりするのを繰り返した。女官達も次第に拭き作業を乱雑にするようになる。
浩明はただただうんざりした顔つきで見るだけだ。
「はあ……」
また零した。と言おうとしたが、浩明にある良心が美華を傷つけるのを拒んだ事で阻止された。
「ああ、申し訳ありません……まだ慣れませんね」
(慣れない? 何がだ?)
「美華。慣れないとは……どういう事だ?」
しかし浩明の声は喧騒にかき消され、美華には届かなかった。
(聞こえなかったか……まあ、言い直すのはやめよう)
何度も机を拭きにやってくる女官の顔にはさすがに疲れの色が浮かんでいた。浩明は机を拭き終えた彼女へ裏で休むようにと伝える。
「お気遣い感謝いたします。少々休まさせていただきます……」
裏口へ消えていく女官の足取りは重苦しい。浩明は何度目かのため息を吐きながら、茶器を持とうとしている美華の手を掴んだ。
「茶器はここだ」
「! ありがとうございます……」
「また零されたらかなわんからな」
「まあ! お優しい……怖い方だと思っていたけれど、ここまでお気遣いしてくださるなんて……」
ふふっと美華が笑う。少女らしいかわいらしさと大人らしい妖艶さが入り混じったような笑みだ。
「勘違いするな。別にお前を助けたい訳ではない」
と、語る浩明の顔はほんの少しだけ赤くなっていたのである。
◇ ◇ ◇
宴が終わり、いよいよ初夜。閨に先に訪れたのは浩明であった。
「なぜあやつは来ていないのだ?」
本来なら、皇后である美華が先に来て、皇帝を迎えるのが習わしである。が、閨には彼女の姿は見当たらない。
「何かあったのか?」
浩明が近くで待機していた宦官に聞いても、彼らは何も知らないようだ。
「探してこい。何かあっては困る」
「かしこまりました」
浩明の指示を受けた宦官達2名が、美華を探しに駆け出した。
(まったく……まさか初夜が嫌とかではないよな? それとも何かあったのか?)
体感にして約10分後。宦官に抱えられて布団にくるまった美華が姿を現した。相変わらず目は黒い目隠しの布で覆われたままである。
「おい、遅いぞ。何をしていた」
「申し訳ありません……女官のひとりが具合が悪くなっていたので、介抱しておりました」
(介抱……それなら医師と薬師を呼べば良いものを)
「お前は皇后だぞ。それくらい自らの手でどうにかしようとせず、専門の者を呼べばよい」
呆れた浩明は冷たく吐き捨てると、美華は布団にくるまれたまま、申し訳ありません。とか細い言葉で謝罪した。
「放っておけなかったもので……」
「言い訳は良い。それで体調を崩した女官はどうなったのだ」
「もう元気になりました」
何事も無かったかのように語る美華に、浩明はそうか。と口にすると、彼女を抱えた宦官へ、閨へ彼女を降ろすように指示をする。
その時、ひとりの女官が閨まで走って来た。
「こっ皇后様! 申し訳ありません! 先ほどのお力をもう一度お使いいただけませんでしょうか?」
「はあ?」
(先ほどのお力? こいつが何かしたっていうのか?)
怪訝そうな顔で美華を見る浩明。対する美華は布団を解きながら裸のまま起き上がろうとしている。
はやく行かなければ。美華は明らかに焦っていた。
「美華。どこへ行く気だ?」
「女官の所でございます。私を必要としているなら、早く行かないと!」
裸でありながら、恥じらう様子は微塵も感じさせない美華の口元は、焦りで歪んでいた。走ろうとする美華に対し、浩明は慌てて服を着てからにしろ! と引き留める。
「申し訳ありません。ああ……よろしければ陛下もご一緒に行かれますか?」
「……わかった。その方が良いだろうな」
何か怪しい事をしていないか、監視にもなる。浩明はそう考え美華の後を付いていくようにして同行した。
後宮内にある皇后が住まう区画・鶴龍殿に到着すると入口近くに女官がひとり、胸を押さえて横向けに倒れていた。
「……! この方ですね!」
両手をかざした美華には、女官が倒れているのが理解できている。浩明は無意識に見えているのか? と尋ねた。
「皆様のようには見えてはいません。ですが、理解は出来ます」
「なんだと?」
「言葉通りの意味でございます」
女官は胸を押さえて苦しんでいる。美華は彼女の側に座り込んだ。
(発作か。早く処置せねば)
「おい! 医師は呼んだのか!?」
浩明が声を荒げるのと、年老いた医師が現場に到着したのと、美華が倒れている女官の背中に手をかざしたのがほぼ同時に事だった。
「もう……大丈夫ですよ」
美華が倒れている女官へ優しく声をかけながら、背中や彼女が両手で押さえていた胸元に手をかざしたり触れたりする。
「あ……胸の痛みが無くなっていきます……!」
(なんだって?)
なんと、女官を襲っていた強烈な胸の痛みが霧が晴れていくように消えていったのである。
(美華が……女官の発作を無くした?)
あっという間にすっかり元気を取り戻した女官に、穏やかに安堵した表情を浮かべる美華。2人とは対照的に浩明と医者、近くにいた女官や宦官達はただ驚くばかりだった。
浩明はただただうんざりした顔つきで見るだけだ。
「はあ……」
また零した。と言おうとしたが、浩明にある良心が美華を傷つけるのを拒んだ事で阻止された。
「ああ、申し訳ありません……まだ慣れませんね」
(慣れない? 何がだ?)
「美華。慣れないとは……どういう事だ?」
しかし浩明の声は喧騒にかき消され、美華には届かなかった。
(聞こえなかったか……まあ、言い直すのはやめよう)
何度も机を拭きにやってくる女官の顔にはさすがに疲れの色が浮かんでいた。浩明は机を拭き終えた彼女へ裏で休むようにと伝える。
「お気遣い感謝いたします。少々休まさせていただきます……」
裏口へ消えていく女官の足取りは重苦しい。浩明は何度目かのため息を吐きながら、茶器を持とうとしている美華の手を掴んだ。
「茶器はここだ」
「! ありがとうございます……」
「また零されたらかなわんからな」
「まあ! お優しい……怖い方だと思っていたけれど、ここまでお気遣いしてくださるなんて……」
ふふっと美華が笑う。少女らしいかわいらしさと大人らしい妖艶さが入り混じったような笑みだ。
「勘違いするな。別にお前を助けたい訳ではない」
と、語る浩明の顔はほんの少しだけ赤くなっていたのである。
◇ ◇ ◇
宴が終わり、いよいよ初夜。閨に先に訪れたのは浩明であった。
「なぜあやつは来ていないのだ?」
本来なら、皇后である美華が先に来て、皇帝を迎えるのが習わしである。が、閨には彼女の姿は見当たらない。
「何かあったのか?」
浩明が近くで待機していた宦官に聞いても、彼らは何も知らないようだ。
「探してこい。何かあっては困る」
「かしこまりました」
浩明の指示を受けた宦官達2名が、美華を探しに駆け出した。
(まったく……まさか初夜が嫌とかではないよな? それとも何かあったのか?)
体感にして約10分後。宦官に抱えられて布団にくるまった美華が姿を現した。相変わらず目は黒い目隠しの布で覆われたままである。
「おい、遅いぞ。何をしていた」
「申し訳ありません……女官のひとりが具合が悪くなっていたので、介抱しておりました」
(介抱……それなら医師と薬師を呼べば良いものを)
「お前は皇后だぞ。それくらい自らの手でどうにかしようとせず、専門の者を呼べばよい」
呆れた浩明は冷たく吐き捨てると、美華は布団にくるまれたまま、申し訳ありません。とか細い言葉で謝罪した。
「放っておけなかったもので……」
「言い訳は良い。それで体調を崩した女官はどうなったのだ」
「もう元気になりました」
何事も無かったかのように語る美華に、浩明はそうか。と口にすると、彼女を抱えた宦官へ、閨へ彼女を降ろすように指示をする。
その時、ひとりの女官が閨まで走って来た。
「こっ皇后様! 申し訳ありません! 先ほどのお力をもう一度お使いいただけませんでしょうか?」
「はあ?」
(先ほどのお力? こいつが何かしたっていうのか?)
怪訝そうな顔で美華を見る浩明。対する美華は布団を解きながら裸のまま起き上がろうとしている。
はやく行かなければ。美華は明らかに焦っていた。
「美華。どこへ行く気だ?」
「女官の所でございます。私を必要としているなら、早く行かないと!」
裸でありながら、恥じらう様子は微塵も感じさせない美華の口元は、焦りで歪んでいた。走ろうとする美華に対し、浩明は慌てて服を着てからにしろ! と引き留める。
「申し訳ありません。ああ……よろしければ陛下もご一緒に行かれますか?」
「……わかった。その方が良いだろうな」
何か怪しい事をしていないか、監視にもなる。浩明はそう考え美華の後を付いていくようにして同行した。
後宮内にある皇后が住まう区画・鶴龍殿に到着すると入口近くに女官がひとり、胸を押さえて横向けに倒れていた。
「……! この方ですね!」
両手をかざした美華には、女官が倒れているのが理解できている。浩明は無意識に見えているのか? と尋ねた。
「皆様のようには見えてはいません。ですが、理解は出来ます」
「なんだと?」
「言葉通りの意味でございます」
女官は胸を押さえて苦しんでいる。美華は彼女の側に座り込んだ。
(発作か。早く処置せねば)
「おい! 医師は呼んだのか!?」
浩明が声を荒げるのと、年老いた医師が現場に到着したのと、美華が倒れている女官の背中に手をかざしたのがほぼ同時に事だった。
「もう……大丈夫ですよ」
美華が倒れている女官へ優しく声をかけながら、背中や彼女が両手で押さえていた胸元に手をかざしたり触れたりする。
「あ……胸の痛みが無くなっていきます……!」
(なんだって?)
なんと、女官を襲っていた強烈な胸の痛みが霧が晴れていくように消えていったのである。
(美華が……女官の発作を無くした?)
あっという間にすっかり元気を取り戻した女官に、穏やかに安堵した表情を浮かべる美華。2人とは対照的に浩明と医者、近くにいた女官や宦官達はただ驚くばかりだった。
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