悪夢症候群

緋色刹那

文字の大きさ
32 / 227
第1部 第3章「蓄積悪夢」

第3話『撥ねたのは誰?』前編

しおりを挟む
 深夜、久留間くるまは夜に溶けるような黒いスポーツカーで、住宅街を爆走した。静まり返った街に、大音量のBGMとエンジン音が響く。
 至福のひと時だった。車を乗り回している間だけは、面倒な仕事や嫌な上司といった現実を忘れられた。それどころか、この世界の支配者であるかのように錯覚した。
 さながらカーレースのごとく、通りを突き進んでいく。途中、通りに面した横道や横断歩道が伸びていたが、
「こんな時間に走ってるのは俺くらいだ。他の車や歩行者がいるわけがねぇ」
 と気にも留めず、スピードを落とすどころか加速した。
 住宅街なだけあって、走っても走っても家ばかりが続く。かと言って、街中はパトカーが巡回しているので行けない。久留間は次第に飽きてきた。
「……つまんねぇなぁ。野良猫でも飛び出してこねぇかな?」
 そうつぶやいた瞬間、目の前に人が飛び出してきた。
「危ねぇ!」
 咄嗟に、ブレーキを踏む。
 さすがに人をねるのはマズい。免停になってしまう。
 久留間の目から見ても、ブレーキが間に合わなかったのは明らかだった。が、ぶつかった衝撃はなかった。その後、車は数メートルほど進み、止まった。
 窓から身を乗り出し、振り返る。
 幸い、相手は無傷だった。それどころか、顔を真っ赤にして怒りながらこちらへ走ってくる。眼鏡をかけた、神経質そうなサラリーマンだった。
「おい! 危ないだろうが! 僕が避けなきゃ、ぶつかるところだったんだぞ!」
「やっべ」
 久留間は慌てて窓を閉める。
 男は運転席まで走ってくると、窓越しに怒鳴り散らした。
「この人殺し! 他人の命はどうでもいいってか?! 命の重みを知れ!」
「……うるせぇなぁ」
 久留間はけたたましくクラクションを鳴らす。
 男はまだ何かわめいていたようだったが、やがて耳を塞ぎながら久留間を追い越し、暗がりの路地へ走り去っていった。久留間は男の貧相な背中を睨み、舌打ちした。
「あの野郎、俺のドライブの邪魔しやがって……」
 ハンドルを切り、男が消えた路地へ車を進める。
 車幅ギリギリで、道の両サイドには高い塀がそびえ立っている。男が逃れる隙間はない。
 このまま男をタダで帰すわけにはいかない。追い詰めて、追い詰めて、惨めに謝る姿を拝んでやろうと思った。
 路地に街灯はない。久留間は車のライトを頼りに、闇へ紛れた男を探した。
 やがてライトは逃げた男の姿を捉えた。男は久留間が追ってきたと気づいたのか、針金のように細い手足をバタバタと振り回し、走り出す。しかしすぐにバテてしまい、足取りがおぼつかなくなってきた。
「ひゃっひゃっひゃ! そんなヒョロい体で振り切れると思ってんのか?」
 久留間はアクセルを踏み、スピードを上げる。車はあっという間に男に追いつき、男の背中を照らした。
 ぶつかる直前、男は振り返った。想像していたより車が近づいてい驚いたのか、「ひぃっ!」と小さく悲鳴を上げた。その怯えた表情が、久留間の中の加虐心を昂らせた。
「ギャハハッ! 死ねェ!」



 ゴンッ、と鈍い音がした。
 確かに久留間は男を撥ねたはずだった。
 しかし男が消え、代わりに堅牢なコンクリート塀が目の前に現れた。人が登れる高さではない。
「あいつ、どこ行きやがった?」
 あたりを見回すと、男が右手の道を走り去っていくのが見えた。またもぶつかる寸前に避けていたらしい。
「クソッ! 運のいいヤツ! 今度は逃がさねぇぞ!」
 久留間はハンドルを切り、男を追いかける。
 だが、その後も久留間は男を取り逃がしつつげた。追いついた、と車を突進させては、壁や電柱にぶつかる。
 男は相変わらずフラフラとおぼつかない足取りではあったものの、一向に足を止める気配はなかった。常に一定のスピードで走り、車が近づくと怯え、寸前で消える。
 次第に、久留間は男に遊ばれているような気がしてきた。あの男は逃げ切ろうと思えば逃げられるのに、わざと自分に追わせているのかもしれない。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

三分で読める一話完結型ショートホラー小説

ROOM
ホラー
一話完結型のショートショートです。 短いけれど印象に残るそんな小説を目指します。 毎日投稿して行く予定です。楽しんでもらえると嬉しいです。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

意味が分かると怖い話【短編集】

本田 壱好
ホラー
意味が分かると怖い話。 つまり、意味がわからなければ怖くない。 解釈は読者に委ねられる。 あなたはこの短編集をどのように読みますか?

それなりに怖い話。

只野誠
ホラー
これは創作です。 実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。 本当に、実際に起きた話ではございません。 なので、安心して読むことができます。 オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。 不定期に章を追加していきます。 2026/1/14:『でんしれんじ』の章を追加。2026/1/21の朝4時頃より公開開始予定。 2026/1/13:『こえ』の章を追加。2026/1/20の朝4時頃より公開開始予定。 2026/1/12:『あけてはいけない』の章を追加。2026/1/19の朝4時頃より公開開始予定。 2026/1/11:『みきさー』の章を追加。2026/1/18の朝4時頃より公開開始予定。 2026/1/10:『つかまれる』の章を追加。2026/1/17の朝8時頃より公開開始予定。 2026/1/9:『ゆうじんのかお』の章を追加。2026/1/16の朝4時頃より公開開始予定。 2026/1/8:『ついてきたもの』の章を追加。2026/1/15の朝4時頃より公開開始予定。 ※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。

【完結】百怪

アンミン
ホラー
【PV数100万突破】 第9回ネット小説大賞、一次選考通過、 第11回ネット小説大賞、一次選考通過、 マンガBANG×エイベックス・ピクチャーズ 第一回WEB小説大賞一次選考通過作品です。 百物語系のお話。 怖くない話の短編がメインです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...