美術部俺達

緋色刹那

文字の大きさ
19 / 97
第三話「成宮の恋の予感(暴露)」

4,恩田

しおりを挟む
「恩田……?」
 成宮にはその名前に聞き覚えがあった。というか、つい数分前に二人の人間から聞いていた。
 彼が着ているジャージは成宮が通っている高校のものであり、彼が本加納と丘野が話していた「恩田」であることは間違いなかった。
「恩田って、陸上部の?」
「えっ、僕のこと知ってるの?」
「同じ学校だからな」
 成宮は恩田を知った経緯は伏せ、頷いた。
 恩田も成宮が自分と同じ学校の体操着を着ていると気づき「あ、ホントだ」と笑った。
「ってことは、君もマラソン大会の練習?」
「マラソン大会?」
「ほら、毎年ゴールデンウィーク明けにやるだろう? あれだよ」
 成宮は恩田に言われ「あー」と手を打った。
 成宮達の高校では毎年ゴールデンウィーク明けに町内を走るマラソン大会が行われる。
 ゴールデンウィークでゆるみ切った生徒を引き締めるのが目的であり、ゴールデンウィークの余韻を楽しみたい多くの生徒からは「いらない行事ベスト3に入る行事」「ダルい」「サボりたい」と不評で、毎年この時間だけ行方不明になる生徒が続出している。成宮達美術部も去年のマラソン大会はサボり、美術室でオセロ囲碁を興じていた。
 ただ、一部の運動部ではマラソン大会の成績がレギュラー争いに大きく関わっているらしく、彼らだけはこの時期になると血走った目をしていた。とりわけ陸上部はマラソン大会の順位が一定の順位以下だと退部にさせられてしまうという厳しい罰則があり、皆自主練習に励んでいた。
「いや、これは別件で着させられただけだ。コンビニに昼飯を買いに行くとこだったんだよ。あのまま取り返せなかったら、危うく買えなくなるところだった」
「そ、それは災難だったね」
「あぁ。取り返してくれてありがとな。俺の足じゃ、絶対に追いつけなかっただろうから」
 すると恩田は「あのドロボウ、すっごく速かったよね!」と目を輝かせた。
「フォームもきれいだったし、絶対陸上をやってた人だよ! あんなに速いのに、何でドロボウなんてしたんだろう? もったいないなー」
 相手が犯罪者であるにもかかわらず、恩田は素直に褒めた。
 その様子を見て、成宮は「こいつは本当に陸上が好きなんだな」と感じた。さすが、陸上部のエースをしているだけあった。
「せっかく取り返してもらったし、昼飯奢るよ」
 成宮は財布の中身が無事なのを確認してから、恩田に言った。
「いいの?」
「つっても、あんまし持ち合わせはないけどな」
「だったら、冷たいお茶が欲しいかな。ちょうど飲みたかったんだよね」
 その時、ドロボウが連行されていったコンビニの前に二台のパトカーが止まった。それぞれ二人ずつ警察官が降り、コンビニの中へと入っていく。
 やがて先程成宮から財布を奪ったドロボウが二人の警察官に連れられ、パトカーに乗せられ走り去っていった。
 続いて店からコンビニの店員と警察官が出てきて、成宮と恩田のもとへ歩いてきた。
「君達がさっき、ドロボウを捕まえた子達だね? ちょっと事情を聞かせてくれるかな」
「あ、はい」
「もちろん」
 成宮と恩田は先程あったことを警察官に話した。
 例のドロボウは以前からこの界隈で盗みを働いていたらしく、ドロボウを連れて行った店員が働いているコンビニでも万引きやスリなどの犯罪を繰り返していたらしい。
 事情を話し、コンビニで買い物を終えた頃には、公園を出てから二時間ほど経っていた。
「そろそろ戻らないと、まずいな」
「僕も、友達と走る約束があるから急がないと」
「え、まだ走るのか?」
「当然!」
 恩田は「お茶だけだと悪いから」と成宮に言われて追加で購入してもらった焼きそばパンを口へ押し込むと「じゃあまた!」と、焼きそばパンで頬を膨らませたまま、軽快に走り去っていった。靴音がテンポ良く鳴り響き、彼の姿と共に遠ざかっていく。
 そのフォームは素人目にも美しく、成宮は思わず見入った。彼の後ろ姿を見ているうちに、「この光景を絵にしたらどうなるだろうか?」と無意識のうちに想像した。
「背景は最低限でいい。いっそ、線だけで描くか? 塗りも淡く、水彩画風にして……」
 しかし絵の完成形が見えてきたところで、成宮を冷たく見下ろす「目」が脳裏に浮かんだ。「目」は増殖し、成宮を軽蔑する。
 実際にそのように見られているわけではなかったが、成宮は絵を想像するのをやめた。
「……戻るか」
 成宮はメンバーから頼まれた大量の食料が入ったビニール袋を両手に持ち、恩田が進んで行った方向とは逆に歩いていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

沢田くんはおしゃべり

ゆづ
青春
第13回ドリーム大賞奨励賞受賞✨ありがとうございました!! 【あらすじ】 空気を読む力が高まりすぎて、他人の心の声が聞こえるようになってしまった普通の女の子、佐藤景子。 友達から地味だのモブだの心の中で言いたい放題言われているのに言い返せない悔しさの日々の中、景子の唯一の癒しは隣の席の男子、沢田空の心の声だった。 【佐藤さん、マジ天使】(心の声) 無口でほとんどしゃべらない沢田くんの心の声が、まさかの愛と笑いを巻き起こす! めちゃコミ女性向け漫画原作賞の優秀作品にノミネートされました✨ エブリスタでコメディートレンドランキング年間1位(ただし完結作品に限るッ!) エブリスタ→https://estar.jp/novels/25774848

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

讃美歌 ① 出逢いの章              「礼拝堂の同級生」~「もうひとつの兆し」

エフ=宝泉薫
青春
少女と少女、心と体、美と病。 通い合う想いと届かない祈りが織りなす終わりの見えない物語。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

光のもとで2

葉野りるは
青春
一年の療養を経て高校へ入学した翠葉は「高校一年」という濃厚な時間を過ごし、 新たな気持ちで新学期を迎える。 好きな人と両思いにはなれたけれど、だからといって順風満帆にいくわけではないみたい。 少し環境が変わっただけで会う機会は減ってしまったし、気持ちがすれ違うことも多々。 それでも、同じ時間を過ごし共に歩めることに感謝を……。 この世界には当たり前のことなどひとつもなく、あるのは光のような奇跡だけだから。 何か問題が起きたとしても、一つひとつ乗り越えて行きたい―― (10万文字を一冊として、文庫本10冊ほどの長さです)

子持ち愛妻家の極悪上司にアタックしてもいいですか?天国の奥様には申し訳ないですが

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
胸がきゅんと、甘い音を立てる。 相手は、妻子持ちだというのに。 入社して配属一日目。 直属の上司で教育係だって紹介された人は、酷く人相の悪い人でした。 中高大と女子校育ちで男性慣れしてない私にとって、それだけでも恐怖なのに。 彼はちかよんなオーラバリバリで、仕事の質問すらする隙がない。 それでもどうにか仕事をこなしていたがとうとう、大きなミスを犯してしまう。 「俺が、悪いのか」 人のせいにするのかと叱責されるのかと思った。 けれど。 「俺の顔と、理由があって避け気味なせいだよな、すまん」 あやまってくれた彼に、胸がきゅんと甘い音を立てる。 相手は、妻子持ちなのに。 星谷桐子 22歳 システム開発会社営業事務 中高大女子校育ちで、ちょっぴり男性が苦手 自分の非はちゃんと認める子 頑張り屋さん × 京塚大介 32歳 システム開発会社営業事務 主任 ツンツンあたまで目つき悪い 態度もでかくて人に恐怖を与えがち 5歳の娘にデレデレな愛妻家 いまでも亡くなった妻を愛している 私は京塚主任を、好きになってもいいのかな……?

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

処理中です...