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第三話「俺達はいつも一緒!」

選択肢①『剛のプラン』前編

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 剛は自分の希望を選んだ。
「……二人とこのまま別れるなんて、嫌だ。俺はお前達と同じ世界に転生したい」
「そうか」
 その答えを聞いた瞬間、玲二は冷めた目で剛を睨み、軽蔑した。
 従汰も絶望に満ちた顔で俯き、重いため息を吐く。
 二人の反応を見て、剛は悲しくなった。それでも、彼らの気持ちより「二人と別れたくない」という自分の思いの方を尊重した。
「了解です! では迎えが来るまでお待ち下さい」
 やがて三台のタクシーが店の前に止まり、ドライバーらしき爽やかな青年が三人降りてきた。全員同じ制服、似たような顔をしていたため、違いが分からなかった。
「「「こんにちはー! コウノトリタクシーです! お客様の我太様「氷洞様」「内木様」ですね? 迎えに参りました!」」」
 運転手は名前以外、声を揃えてにこやかに微笑む。笑うタイミングも寸分違わず、一致していた。
 今まで運転手は一人とばかり思っていた平凡仙人は店内で呆然と立ち尽くし、女神に尋ねた。
「あいつらは三つ子か?」
「んー、どっちかと言えばクローンみたいな感じですかね。作ろうと思えば、いくらでも作れると思いますよー」
「作るって、誰が?」
「そりゃ、彼らの上司ですよ。私も直接お会いしたことはないですけどね」
 客の三人は彼らに連れられ、タクシーに乗り込む。お互い、一言も発しないまま別れた。
 剛は三つ子のような運転手達を見て「自分達もああだったらな」と羨ましく思った。
「では、出発しまーす」
 運転手はアクセルを踏み、車を出発させる。他のタクシーも後に続いて発進した。
 店の外には何もない。ただただ真っ白な世界が、果てしなく続いている。
(……大丈夫だ。俺達は生まれる前からの幼馴染、大親友なんだ。生まれ変われば、何事もなく仲良くなれるさ)
 剛は自分にそう言い聞かせ、眠りについた。

 剛には近所に住む幼馴染が二人いた。
 一人は玲二という真面目な少年、もう一人は従汰という内気な少年だった。二人とも剛と同い年で、小学校も中学校も同じだった。
「玲二! 従汰! 一緒にキャッチボールしようぜ!」
 近所ともあって、剛は何度も二人を遊びに誘った。
 しかし二人がその誘いに乗ってくることは一度もなかった。
「僕は君と違って、忙しいんだ」
「ご、ごめん。他の子と約束しちゃって……」
 玲二は塾や習い事で毎日忙しく、従汰はクラスの友達の家で犬と触れ合うのに夢中だった。
 学校でも剛とは一言も喋ってもらえず、避けられていた。剛は二人に固執するあまり、他に友人を作ろうとせず、いつも一人で過ごしていた。

 中学に上がったある日、剛は街で占い師を見かけた。
 特別占いを信じているわけではなかったが、その占い師が店に掲げていた「前世占い」という幟旗が目についた。
「あの……これって、本当ですか?」
「もちろん」
 白いローブを纏い、顔に「平凡」と書かれた面をつけた占い師は神妙に頷いた。
「お前さんの前世の記憶、因縁、交友関係……何でも答えてやろう」
「じゃあ……お願いします」
 剛はなんだか占い師に見覚えがある気がして、占ってもらうことにした。この占い師なら、剛が知りたいことを答えてくれる気がした。
「それで、何を占って欲しいんだい?」
「……俺と、二人の幼馴染について」
 剛は幼馴染という以上に、玲二と従汰に何か因縁めいたものを感じていた。
 生まれるずっと前に彼らと会っていたような、今では考えられないくらい親しかったような……そんな予感がしていた。
「いいだろう。俺が知りうる限りのことを、お前に教えてやる」
 占い師は水晶玉に手をかざしたり、呪文を口にするなどといったパフォーマンスは一切行わず、剛と二人の幼馴染との因縁を滔々とうとうと語った。
「お前達は前世でも幼馴染だった。生まれた病院が同じで、母親同士が親しかった。お前達も自然と仲良くなり、よく一緒に遊んでいた」
「や、やっぱりそうだったんですね!」
 剛は今生では避けられている二人と親しかったと分かり、顔を綻ばせる。前世の関係とはいえ、薄々感じていた予感が的中したというのは嬉しかった。
 しかし占い師は「だが、」と続けて言った。
「お前は横暴で、身勝手な人間だった。二人を"親友"と呼びながら、自分の都合のいいように使っていた。一緒に遊ぶために無理矢理塾を休ませたり、勉強を教えろと家まで押しかけたり、友人が飼っている犬にチョコレートを食わせたり、ドッヂボールの練習と称して、一方的にボールを体に当てまくったり……逆らわれると親に泣きついて、二人や二人の親を叱ってもらっていた。二人はそれぞれの親にも怒られ、家でも学校でも居場所をなくしていた」
「お、俺が前世でそんな酷いことを?!」
 剛は前世での自分の行いが信じられなかった。これまでの剛の人生で「親友」がいたことは一度もないが、過去の自分の行動が間違っていることくらい、すぐに分かった。
 狼狽する剛に対し、占い師はトドメを刺すように告げた。
「お前達の関係は大人になっても続いた。一人は職を、もう一人は愛するペットの命をお前に奪われた。しかしお前は父親から会社を継いだことで大金持ちになり、二人に金を握らせて揉み消した。それだけのことをしてもなお、お前は二人を"親友"と呼び、休日にドライブに来させた。その道中にお前が危険な運転をしたことで事故に遭い、三人揃って死んだ」
「……」
「お前は事故のショックで部分的に記憶を無くし、自分が死んだ時のことを忘れた。もともと自分の都合のいいことしか覚えていなかったのもあり、あれだけの仕打ちを与えた二人と、来世でも幼馴染になることを望んだ。二人はお前と離れたがっていたが、お前は自分の意見を曲げず、押し進めた」
「……」
 剛は全身から嫌な汗が吹き出し、止まらなくなった。頭がぐらぐらし、目が回りそうになる。
 身に覚えのないことのはずなのに、妙にしっくりきた。初めて聞いた話とは思えず、「たかが占い師の言うことだ」と割り切れなかった。
「俺は……どうしたら二人と仲良くなれるんでしょうか?」
「まずは謝ることだな。二人には前世の記憶が残っている……二人ともアンケートで前世の記憶の継承を希望したからな。仲良くしてもらえるかどうかは、お前次第さ」
「アンケート?」
 剛は占い師に聞き返したが、気がつくと彼は消えていた。結局彼が何者だったのか、最後まで分からなかった。
「……玲二と従汰に謝りに行こう」
 剛は二人の家へと急いだ。
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