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第一話「妖精の世界に行きたいかー?!」
後編(改)
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女神は「さて!」と手を打ち、元の営業スマイルに戻った。
「お客様がご希望された転生のオプションを確認していきますね。まず、転生先の世界は……」
女神はアンケートを読み上げた。
「インフラが良く、自然豊かな場所。インターネットとスマホがある。食べ物も水も美味しい。努力すれば、した分だけ報われる。死の概念がない。飛べる。妖精がいる」
「……」
……面と向かって読まれると恥ずかしいな。自分で書いておいてなんだが、「死の概念がない」とか「飛べる」とか「妖精がいる」とか、いくらなんでもあり得ないだろ。ファンタジーじゃあるまいし。
でも憧れなんだよなぁ、妖精。前世では叶わなかったけど、一度でいいから見てみたい。
女神も「むむぅ」と困っていた。
「お客様、さすがに死の概念がない世界は存在しませんよ。神じゃないんですから」
「だよなー」
ですが、と女神は電子タブレットを操作し、画面を見せた。
「それ以外の条件が全て当てはまる世界なら、一件だけあるんですよねぇ」
「マジか?!」
女神が見せたのは『妖精の世界〈Fairy land〉』というホームページだった。写真の中で、可愛らしい妖精達が森の中を飛び回っている。
「妖精が住む世界、フェアリーランド。世界の九割が森林で覆われている、自然豊かな場所です。環境に配慮した豊富なエネルギー資源があり、ガス・水道・電気などのインフラも完備。努力至上主義で、頑張れば頑張るほど褒められます。妖精に転生するので当然飛べますし、お客様が大好きな妖精もそこら中におります。残念ながらスマホは存在していませんが、転生者キャンペーンとして無料配布させていただきます。その場合、充電手段として電撃系魔法の習得をオススメします」
女神が妖精の世界について説明している間、俺は静かに喜びを噛みしめていた。
(あの憧れの妖精と会える! しかも、俺も妖精に生まれ変わって、空を飛べるようになるだと?! 最高じゃないか!)
「ただ一点、ご理解して頂きたい事が……」
「俺、この世界にする! ここ以上に理想を叶えられる世界なんて考えられない!」
俺は何か言いかけた女神をさえぎり、強引に転生先を妖精の世界に決めた。
女神は言いかけていた何かを俺に伝えるか迷っているようだったが、
「まぁいっか! 希望条件にはありませんでしたし、別にいいですよね? 何事もチャレンジ、チャレンジ!」
「? 何のことだ?」
「いえいえ、お気になさらないでください。こっちの話ですから」
女神はヘラヘラと笑う。
嫌な笑い方だったが、問い詰めはしなかった。
「次は来世のプロフィールですね。えーっと……」
女神はスウッと大きく息を吸うと、ひと息に読み上げた。
「父親は老舗の大手企業社長、母親はモデル。優しくて美人な姉と、ツンデレでブラコンの美少女な妹がいる。ご自身のお姿は高身長のイケメン。身体能力が高く、頭脳明晰。幼くして類い稀な才能を発揮し、周囲から一目置かれる存在に。幼稚園からエスカレーター式の名門私立学校に通い、大勢の非凡な友人に囲まれ、教師からも将来を期待される。一流大学を卒業後、父の跡を継いで社長に。何人もの非凡な美女と付き合われた末、母と姉と妹をかけ合わせたような、ハイスペ美人幼馴染(黒髪の美人で、肌は色白。スリムで小柄だが、胸はデカい。声は声優のみゆみゆさんのようなミルキーボイス。お客様と同じく身体能力は高く、頭脳も明晰ですが、少し抜けていて、いつもお客様に助けられている。料理上手。常に笑顔を絶やさない)と結婚。双子の女の子を授かる。子供も天才。老後は奥様と世界一周旅行へ出かけ、時の人に。また、世界一の長寿としてギネス記録に載る。続いて、ご友人は……」
「もういい、もういい! そのアンケートの通りにカスタマイズしてもらえばいいから!」
慌てて、途中でやめさせた。
まさかアンケートの端から端まで朗読しようとするとは! 転生先の世界以上に恥ずかしいぞ! 特に、結婚相手の()の中!
女神はふう、と呼吸を整え、言った。
「それはできません」
「え? だって、自由に選べるって……」
女神はバインダーの最後に挟まっていた、転生のルールや約束ごとが書かれた紙を見せた。
アンケート用紙とは違い、米粒より小さな文字で細かく印刷されている。女神はそのうちの一文を指でなぞった。
「先程も申し上げましたが、ご希望どおりの条件で転生するには、生前にそれ相応の行動や努力を重ねていなければならないのです。こちらで調べましたところ、お客様は前世でずいぶん努力をなさったそうですね」
「あぁ。報われはしなかったがな」
「お年寄りに席をゆずったり、落とし物を交番へ届けたり、良い行いもされていらっしゃった」
「人として当然です」
「ですが……それでは足りないのです」
「足りない?! あれで?!」
俺は当時の努力をバカにされたような気がして、カチンときた。
が、女神の次の言葉で一気に怒りが冷めた。
「えぇ。お客様は生まれ育った家庭環境や金銭面、ご職業、交友関係に関しては、さほど苦労なされなかったようですから」
「苦労、は……」
俺は死んだ両親の顔を思い浮かべた。
どこにでもいる、普通の会社員と専業主婦だった。顔が整ってもいなければ、非凡な才能に恵まれていたわけでもない。教育に厳し過ぎず、優し過ぎもしなかった。経済的にも平凡で、贅沢はできないものの、食うに困るほどではなかった。
平凡な家庭環境で育った反動か、一時は俳優、ミュージシャン、芸人、漫画家などを志していたが、軒並みダメだった。諦めて、父親と同じ平凡な会社に就職した。
友人は少なかったが、一人になったことはなかった。入院中も、よく見舞いに来てくれていた。
妻とは見合いで結婚し、子宝にも恵まれた。子供も俺に似て平凡で、今は俺がいた会社で働いている。孫は俺と同じように非凡に憧れ、「ラノベ作家になる!」と言い張っていたが、孫が小説を書いているところを一度も見たことはなかった。
「……確かに、人間関係とか金とか仕事とかでは苦労しなかった。けど、努力に見合った成功だってしてない。こんな人生、不幸に決まってる」
女神は「そうかもしれません」と頷いた。
「私もここまで平均的な"転生ポイント"を見たことがございませんから」
「転生ポイント? なんだそりゃ」
女神はさっきとは別の、米粒より小さな文章を指でなぞった。
「こちらに書かれている、転生のオプションに必要なポイントのことです」
「さっきもだけど、大事なことなのに文字小さ過ぎやしないか?」
「大事なことはたくさんあるので、どうしても字が小さくなってしまうのです。転生ポイントは生前の努力や成功、苦労、善行などによって貯まり、犯罪や堕落、悪行によって減ってしまいます。お客様のオプションを全て叶えるには、50万ポイントほど必要なのですが……」
女神は電子タブレットに帳簿のような表を見せた。計算の結果、2200ポイントが残っていた。
「全然足りないじゃないか! あんなに努力してたのに!」
「ポイントはちょっとした人助けでも貯まりますが、ささいな嘘でも減ってしまうんですよ。人生で一度も嘘をついたことがないと、堂々と断言できます?」
「……」
がっかりだった。
生前、俺がしてきた努力はなんだったのだろう? コツコツ努力するより、ささいな嘘やイタズラを我慢していた方が、ずっといい来世を送れていたかもしれないなんて。
「……俺はどうしたらいいんですか? 夢を諦めたらいいんですか?」
「そう気を落とされないで。他に方法はいくつかございますよ」
「今度は本当だろうな?」
「もちのろんです!」
女神は電子タブレットで三つのイラストを見せながら、説明した。
①オプションの一部を叶え、妖精の世界へ転生する。
「人間関係や人生設計は努力しだいで変えられるものなんです。自力で叶えてしまえば、ポイントは使わずに済みます」
②一旦別の世界へ転生し、全てのオプションを叶えられるだけの転生ポイントを稼ぐ。
「一括で稼ぐとなると、かなりハードな人生が予想されます。その分、ご褒美の世界が楽しみになりますよ!」
③何度か転生し、分割で転生ポイントを稼ぐ。
「一番オススメのプランです! 一括の場合の転生先ほどハードではありませんし、いろんな世界を体感できて楽しいと思いますよ!」
……さて、どうしたものか?
妖精の世界以外に転生したいとは思わないが、可能な限りオプションを叶えたところで、俺の平凡な人生が劇的に変わるとは思えない。
かと言って、ハードな人生を送るのは嫌だ。いくら最高の人生を送るためとはいえ、耐えられるとは思えない。
なら、世界をいくつも渡り歩いて、転生ポイントを貯めるか? 女神の言うとおり、いろんな世界を見るのは楽しそうだが、必要なポイントを貯めるのに人生を何回経験しなくてはいけないのだろう? 一度の人生すら、とてつもなく長いと感じているのに。
俺は迷った末に、答えをひとつ選んだ。
「お客様がご希望された転生のオプションを確認していきますね。まず、転生先の世界は……」
女神はアンケートを読み上げた。
「インフラが良く、自然豊かな場所。インターネットとスマホがある。食べ物も水も美味しい。努力すれば、した分だけ報われる。死の概念がない。飛べる。妖精がいる」
「……」
……面と向かって読まれると恥ずかしいな。自分で書いておいてなんだが、「死の概念がない」とか「飛べる」とか「妖精がいる」とか、いくらなんでもあり得ないだろ。ファンタジーじゃあるまいし。
でも憧れなんだよなぁ、妖精。前世では叶わなかったけど、一度でいいから見てみたい。
女神も「むむぅ」と困っていた。
「お客様、さすがに死の概念がない世界は存在しませんよ。神じゃないんですから」
「だよなー」
ですが、と女神は電子タブレットを操作し、画面を見せた。
「それ以外の条件が全て当てはまる世界なら、一件だけあるんですよねぇ」
「マジか?!」
女神が見せたのは『妖精の世界〈Fairy land〉』というホームページだった。写真の中で、可愛らしい妖精達が森の中を飛び回っている。
「妖精が住む世界、フェアリーランド。世界の九割が森林で覆われている、自然豊かな場所です。環境に配慮した豊富なエネルギー資源があり、ガス・水道・電気などのインフラも完備。努力至上主義で、頑張れば頑張るほど褒められます。妖精に転生するので当然飛べますし、お客様が大好きな妖精もそこら中におります。残念ながらスマホは存在していませんが、転生者キャンペーンとして無料配布させていただきます。その場合、充電手段として電撃系魔法の習得をオススメします」
女神が妖精の世界について説明している間、俺は静かに喜びを噛みしめていた。
(あの憧れの妖精と会える! しかも、俺も妖精に生まれ変わって、空を飛べるようになるだと?! 最高じゃないか!)
「ただ一点、ご理解して頂きたい事が……」
「俺、この世界にする! ここ以上に理想を叶えられる世界なんて考えられない!」
俺は何か言いかけた女神をさえぎり、強引に転生先を妖精の世界に決めた。
女神は言いかけていた何かを俺に伝えるか迷っているようだったが、
「まぁいっか! 希望条件にはありませんでしたし、別にいいですよね? 何事もチャレンジ、チャレンジ!」
「? 何のことだ?」
「いえいえ、お気になさらないでください。こっちの話ですから」
女神はヘラヘラと笑う。
嫌な笑い方だったが、問い詰めはしなかった。
「次は来世のプロフィールですね。えーっと……」
女神はスウッと大きく息を吸うと、ひと息に読み上げた。
「父親は老舗の大手企業社長、母親はモデル。優しくて美人な姉と、ツンデレでブラコンの美少女な妹がいる。ご自身のお姿は高身長のイケメン。身体能力が高く、頭脳明晰。幼くして類い稀な才能を発揮し、周囲から一目置かれる存在に。幼稚園からエスカレーター式の名門私立学校に通い、大勢の非凡な友人に囲まれ、教師からも将来を期待される。一流大学を卒業後、父の跡を継いで社長に。何人もの非凡な美女と付き合われた末、母と姉と妹をかけ合わせたような、ハイスペ美人幼馴染(黒髪の美人で、肌は色白。スリムで小柄だが、胸はデカい。声は声優のみゆみゆさんのようなミルキーボイス。お客様と同じく身体能力は高く、頭脳も明晰ですが、少し抜けていて、いつもお客様に助けられている。料理上手。常に笑顔を絶やさない)と結婚。双子の女の子を授かる。子供も天才。老後は奥様と世界一周旅行へ出かけ、時の人に。また、世界一の長寿としてギネス記録に載る。続いて、ご友人は……」
「もういい、もういい! そのアンケートの通りにカスタマイズしてもらえばいいから!」
慌てて、途中でやめさせた。
まさかアンケートの端から端まで朗読しようとするとは! 転生先の世界以上に恥ずかしいぞ! 特に、結婚相手の()の中!
女神はふう、と呼吸を整え、言った。
「それはできません」
「え? だって、自由に選べるって……」
女神はバインダーの最後に挟まっていた、転生のルールや約束ごとが書かれた紙を見せた。
アンケート用紙とは違い、米粒より小さな文字で細かく印刷されている。女神はそのうちの一文を指でなぞった。
「先程も申し上げましたが、ご希望どおりの条件で転生するには、生前にそれ相応の行動や努力を重ねていなければならないのです。こちらで調べましたところ、お客様は前世でずいぶん努力をなさったそうですね」
「あぁ。報われはしなかったがな」
「お年寄りに席をゆずったり、落とし物を交番へ届けたり、良い行いもされていらっしゃった」
「人として当然です」
「ですが……それでは足りないのです」
「足りない?! あれで?!」
俺は当時の努力をバカにされたような気がして、カチンときた。
が、女神の次の言葉で一気に怒りが冷めた。
「えぇ。お客様は生まれ育った家庭環境や金銭面、ご職業、交友関係に関しては、さほど苦労なされなかったようですから」
「苦労、は……」
俺は死んだ両親の顔を思い浮かべた。
どこにでもいる、普通の会社員と専業主婦だった。顔が整ってもいなければ、非凡な才能に恵まれていたわけでもない。教育に厳し過ぎず、優し過ぎもしなかった。経済的にも平凡で、贅沢はできないものの、食うに困るほどではなかった。
平凡な家庭環境で育った反動か、一時は俳優、ミュージシャン、芸人、漫画家などを志していたが、軒並みダメだった。諦めて、父親と同じ平凡な会社に就職した。
友人は少なかったが、一人になったことはなかった。入院中も、よく見舞いに来てくれていた。
妻とは見合いで結婚し、子宝にも恵まれた。子供も俺に似て平凡で、今は俺がいた会社で働いている。孫は俺と同じように非凡に憧れ、「ラノベ作家になる!」と言い張っていたが、孫が小説を書いているところを一度も見たことはなかった。
「……確かに、人間関係とか金とか仕事とかでは苦労しなかった。けど、努力に見合った成功だってしてない。こんな人生、不幸に決まってる」
女神は「そうかもしれません」と頷いた。
「私もここまで平均的な"転生ポイント"を見たことがございませんから」
「転生ポイント? なんだそりゃ」
女神はさっきとは別の、米粒より小さな文章を指でなぞった。
「こちらに書かれている、転生のオプションに必要なポイントのことです」
「さっきもだけど、大事なことなのに文字小さ過ぎやしないか?」
「大事なことはたくさんあるので、どうしても字が小さくなってしまうのです。転生ポイントは生前の努力や成功、苦労、善行などによって貯まり、犯罪や堕落、悪行によって減ってしまいます。お客様のオプションを全て叶えるには、50万ポイントほど必要なのですが……」
女神は電子タブレットに帳簿のような表を見せた。計算の結果、2200ポイントが残っていた。
「全然足りないじゃないか! あんなに努力してたのに!」
「ポイントはちょっとした人助けでも貯まりますが、ささいな嘘でも減ってしまうんですよ。人生で一度も嘘をついたことがないと、堂々と断言できます?」
「……」
がっかりだった。
生前、俺がしてきた努力はなんだったのだろう? コツコツ努力するより、ささいな嘘やイタズラを我慢していた方が、ずっといい来世を送れていたかもしれないなんて。
「……俺はどうしたらいいんですか? 夢を諦めたらいいんですか?」
「そう気を落とされないで。他に方法はいくつかございますよ」
「今度は本当だろうな?」
「もちのろんです!」
女神は電子タブレットで三つのイラストを見せながら、説明した。
①オプションの一部を叶え、妖精の世界へ転生する。
「人間関係や人生設計は努力しだいで変えられるものなんです。自力で叶えてしまえば、ポイントは使わずに済みます」
②一旦別の世界へ転生し、全てのオプションを叶えられるだけの転生ポイントを稼ぐ。
「一括で稼ぐとなると、かなりハードな人生が予想されます。その分、ご褒美の世界が楽しみになりますよ!」
③何度か転生し、分割で転生ポイントを稼ぐ。
「一番オススメのプランです! 一括の場合の転生先ほどハードではありませんし、いろんな世界を体感できて楽しいと思いますよ!」
……さて、どうしたものか?
妖精の世界以外に転生したいとは思わないが、可能な限りオプションを叶えたところで、俺の平凡な人生が劇的に変わるとは思えない。
かと言って、ハードな人生を送るのは嫌だ。いくら最高の人生を送るためとはいえ、耐えられるとは思えない。
なら、世界をいくつも渡り歩いて、転生ポイントを貯めるか? 女神の言うとおり、いろんな世界を見るのは楽しそうだが、必要なポイントを貯めるのに人生を何回経験しなくてはいけないのだろう? 一度の人生すら、とてつもなく長いと感じているのに。
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