56 / 94
所長代理編 第一話「黒猫タクシーと亡霊少年」
⑵
しおりを挟む
とりっぷくんは次元の壁を越え、異世界の上空へ出る。
中世ヨーロッパのような街並みで、どこも活気あふれていた。
「ここ……パーフェクトリー王国か? ハンドリューの国の」
見覚えのある景色に、平凡仙人は驚く。
平凡仙人とヘカテーは無事だった斡旋所のソファに座り、それぞれのスマホとタブレットでとりっぷくんから送られてくる映像を見ていた。視野はやや狭いが仕方ない。
ハンドリューは異世界にある「パーフェクトリー王国」という国の王子で、平凡仙人が所長代理を任される前に斡旋所を訪れた転生者だった。
かつて、このパーフェクトリー王国では彼と二人の女性がドロドロの愛憎劇を繰り広げていた。その戦いは来世、来来世、そのまた来来世と続き、数百年の時を経て、ようやく終幕を迎えた。
「それは昔の国名です。この時間軸では、ハンドシア連合王国に変わっています。先代女王のカーネシアが自国のパーフェクトリー王国と、出身国であるヤンデルヤン王国、それから隣国のファイトランデブー王国の三国を合併させ、現在の連合国家を築き上げました。現在は、再婚した夫との間に生まれたご子息が国王を務めています」
「ってことは、カーネシアはいないんだな?」
「はい。死後、数年が経過しています。目立った争いもなく、極めて穏やかな国ですよ」
とりっぷくんが向かったのは病院だった。
テラコッタ色の瓦屋根の上に、黒塗りのタクシーが停まっている。今にも滑り落ちそうだが、全く動く気配がない。タクシーの表示灯には「黒猫タクシー」とあった。
「あれか」
「はい。送られてきた座標も一致しております」
「普通の人間には見えないからって、駐車がわんぱくすぎやしないか?」
「彼女達は猫ですからね、一般常識を求めてはいけませんよ」
ヘカテーは遠い目をする。
そういえば、転生ポイントがマイナスになった転生者を地獄へ連れて行く「火車タクシー」の運転手も、猫顔のマイペースな女性だった。
「屋根に駐車しているということは、まだ病院にいるかもしれません」
「探させよう」
平凡仙人はとりっぷくんを操り、空いている窓がないか探す。
すると突如、とりっぷくんが何かに捕まれ、身動きが取れなくなった。画面いっぱいに、黒髪の猫顔が映し出される。ガジガジと、とりっぷくんに噛みついていた。
「んにゃー? この鳥、硬くてマズいにゃー。鉄と金属の味がするにゃー」
「そりゃ、機械の鳥だからな。分かったら、離せ」
平凡仙人はとりっぷくんを通し、猫顔に命じる。
猫顔は「マズいのはいらにゃーい」と口を離した。特徴的な黒い猫耳帽子と黒い運転手の制服を着た、黒髪猫顔の女性……間違いなく、黒猫タクシーの運転手だった。
「こちらは、異世界転生斡旋所とりっぷ。お前の上司から、定時連絡に応答がないとクレームが入ってる。何かトラブルか?」
「そうにゃ」
黒猫タクシーの運転手は自分がいる病室を、小鳥に見せた。
いくつかあるベッドに、少年がひとり腰掛けている。少年の他に患者はいなかった。
「どうしたの? クロイ。誰としゃべってるの?」
少年は黒猫タクシーの運転手に視線を向け、話しかける。
黒猫タクシーの運転手は「にゃんでもにゃいにゃー」とはぐらかした。
「そいつ、お前の姿が見えているのか?」
「そうにゃ」
「死が近い人間だからでしょう」
「うんにゃ。あの子は……」
病室のドアが開く。
複数の看護師が慌ただしくベッドを整え、患者の少女を迎え入れた。
「わぁ、新しい子だ! こんにちは!」
少年はフワリと浮き上がり、少女と看護師らに挨拶する。
しかし誰も、少年の存在には気づいていなかった。目の前を飛んでも、カーテンをすり抜けても、反応がない。
少年は幽霊だった。
☆
「あの子は集荷対象にゃんだけど、あの状態じゃ回収できにゃいから、回収できるようににゃるまで待ってるんだにゃ。定期連絡どころじゃにゃいにゃ」
「へぇ。幽霊の魂って、回収できないのか」
ヘカテーが平凡仙人のために解説する。
「この世への未練が強すぎると、魂がその場に留まってしまい、切り離せなくなるんです。やがて霊は地縛霊、悪霊と変化し、他人に災いをもたらす存在として、転生ポイントがどんどん引かれていきます。そして最後にはポイントがマイナスになり、強制的に地獄へ落とされてしまうのです」
「どうにかしてやれないのか?」
「亡くなっているとはいえ、霊がいるのは生者の世界。我々、冥界の住人が簡単に手を出していい領域ではございません。霊媒師など、対処できる人間がいれば別ですが、この異世界にはいらっしゃらないようです。なにせ、幽霊や魔法使いを空想上の生き物として認識されているみたいですから」
中世ヨーロッパのような街並みで、どこも活気あふれていた。
「ここ……パーフェクトリー王国か? ハンドリューの国の」
見覚えのある景色に、平凡仙人は驚く。
平凡仙人とヘカテーは無事だった斡旋所のソファに座り、それぞれのスマホとタブレットでとりっぷくんから送られてくる映像を見ていた。視野はやや狭いが仕方ない。
ハンドリューは異世界にある「パーフェクトリー王国」という国の王子で、平凡仙人が所長代理を任される前に斡旋所を訪れた転生者だった。
かつて、このパーフェクトリー王国では彼と二人の女性がドロドロの愛憎劇を繰り広げていた。その戦いは来世、来来世、そのまた来来世と続き、数百年の時を経て、ようやく終幕を迎えた。
「それは昔の国名です。この時間軸では、ハンドシア連合王国に変わっています。先代女王のカーネシアが自国のパーフェクトリー王国と、出身国であるヤンデルヤン王国、それから隣国のファイトランデブー王国の三国を合併させ、現在の連合国家を築き上げました。現在は、再婚した夫との間に生まれたご子息が国王を務めています」
「ってことは、カーネシアはいないんだな?」
「はい。死後、数年が経過しています。目立った争いもなく、極めて穏やかな国ですよ」
とりっぷくんが向かったのは病院だった。
テラコッタ色の瓦屋根の上に、黒塗りのタクシーが停まっている。今にも滑り落ちそうだが、全く動く気配がない。タクシーの表示灯には「黒猫タクシー」とあった。
「あれか」
「はい。送られてきた座標も一致しております」
「普通の人間には見えないからって、駐車がわんぱくすぎやしないか?」
「彼女達は猫ですからね、一般常識を求めてはいけませんよ」
ヘカテーは遠い目をする。
そういえば、転生ポイントがマイナスになった転生者を地獄へ連れて行く「火車タクシー」の運転手も、猫顔のマイペースな女性だった。
「屋根に駐車しているということは、まだ病院にいるかもしれません」
「探させよう」
平凡仙人はとりっぷくんを操り、空いている窓がないか探す。
すると突如、とりっぷくんが何かに捕まれ、身動きが取れなくなった。画面いっぱいに、黒髪の猫顔が映し出される。ガジガジと、とりっぷくんに噛みついていた。
「んにゃー? この鳥、硬くてマズいにゃー。鉄と金属の味がするにゃー」
「そりゃ、機械の鳥だからな。分かったら、離せ」
平凡仙人はとりっぷくんを通し、猫顔に命じる。
猫顔は「マズいのはいらにゃーい」と口を離した。特徴的な黒い猫耳帽子と黒い運転手の制服を着た、黒髪猫顔の女性……間違いなく、黒猫タクシーの運転手だった。
「こちらは、異世界転生斡旋所とりっぷ。お前の上司から、定時連絡に応答がないとクレームが入ってる。何かトラブルか?」
「そうにゃ」
黒猫タクシーの運転手は自分がいる病室を、小鳥に見せた。
いくつかあるベッドに、少年がひとり腰掛けている。少年の他に患者はいなかった。
「どうしたの? クロイ。誰としゃべってるの?」
少年は黒猫タクシーの運転手に視線を向け、話しかける。
黒猫タクシーの運転手は「にゃんでもにゃいにゃー」とはぐらかした。
「そいつ、お前の姿が見えているのか?」
「そうにゃ」
「死が近い人間だからでしょう」
「うんにゃ。あの子は……」
病室のドアが開く。
複数の看護師が慌ただしくベッドを整え、患者の少女を迎え入れた。
「わぁ、新しい子だ! こんにちは!」
少年はフワリと浮き上がり、少女と看護師らに挨拶する。
しかし誰も、少年の存在には気づいていなかった。目の前を飛んでも、カーテンをすり抜けても、反応がない。
少年は幽霊だった。
☆
「あの子は集荷対象にゃんだけど、あの状態じゃ回収できにゃいから、回収できるようににゃるまで待ってるんだにゃ。定期連絡どころじゃにゃいにゃ」
「へぇ。幽霊の魂って、回収できないのか」
ヘカテーが平凡仙人のために解説する。
「この世への未練が強すぎると、魂がその場に留まってしまい、切り離せなくなるんです。やがて霊は地縛霊、悪霊と変化し、他人に災いをもたらす存在として、転生ポイントがどんどん引かれていきます。そして最後にはポイントがマイナスになり、強制的に地獄へ落とされてしまうのです」
「どうにかしてやれないのか?」
「亡くなっているとはいえ、霊がいるのは生者の世界。我々、冥界の住人が簡単に手を出していい領域ではございません。霊媒師など、対処できる人間がいれば別ですが、この異世界にはいらっしゃらないようです。なにせ、幽霊や魔法使いを空想上の生き物として認識されているみたいですから」
0
あなたにおすすめの小説
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
異世界転生~チート魔法でスローライフ
玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
白いもふもふ好きの僕が転生したらフェンリルになっていた!!
ろき
ファンタジー
ブラック企業で消耗する社畜・白瀬陸空(しらせりくう)の唯一の癒し。それは「白いもふもふ」だった。 ある日、白い子犬を助けて命を落とした彼は、異世界で目を覚ます。
ふと水面を覗き込むと、そこに映っていたのは―― 伝説の神獣【フェンリル】になった自分自身!?
「どうせ転生するなら、テイマーになって、もふもふパラダイスを作りたかった!」 「なんで俺自身がもふもふの神獣になってるんだよ!」
理想と真逆の姿に絶望する陸空。 だが、彼には規格外の魔力と、前世の異常なまでの「もふもふへの執着」が変化した、とある謎のスキルが備わっていた。
これは、最強の神獣になってしまった男が、ただひたすらに「もふもふ」を愛でようとした結果、周囲の人間(とくにエルフ)に崇拝され、勘違いが勘違いを呼んで国を動かしてしまう、予測不能な異世界もふもふライフ!
99歳で亡くなり異世界に転生した老人は7歳の子供に生まれ変わり、召喚魔法でドラゴンや前世の世界の物を召喚して世界を変える
ハーフのクロエ
ファンタジー
夫が病気で長期入院したので夫が途中まで書いていた小説を私なりに書き直して完結まで投稿しますので応援よろしくお願いいたします。
主人公は建築会社を55歳で取り締まり役常務をしていたが惜しげもなく早期退職し田舎で大好きな農業をしていた。99歳で亡くなった老人は前世の記憶を持ったまま7歳の少年マリュウスとして異世界の僻地の男爵家に生まれ変わる。10歳の鑑定の儀で、火、水、風、土、木の5大魔法ではなく、この世界で初めての召喚魔法を授かる。最初に召喚出来たのは弱いスライム、モグラ魔獣でマリウスはガッカリしたが優しい家族に見守られ次第に色んな魔獣や地球の、物などを召喚出来るようになり、僻地の男爵家を発展させ気が付けば大陸一豊かで最強の小さい王国を起こしていた。
公爵家の秘密の愛娘
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。
過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。
そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。
「パパ……私はあなたの娘です」
名乗り出るアンジェラ。
◇
アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。
この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。
初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。
母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞
🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞
🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇♀️
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる