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所長代理編 第四話「コウノトリ殺し」
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平凡仙人が所長代理として働き始めた、初日。
窓を鏡がわりに髪型を整えていると、斡旋所の入口のドアが開いた。
「あの、ここってどこですか……?」
若い女性が斡旋所の中をきょろきょろと見回す。記念すべき、一人目の客だ。
服装も言語も、現代日本に近い。そこそこ美人で、どこかで聞いたことがあるような美声でもあった。
平凡仙人は女神の見よう見まねで、女性を出迎えた。
「えっと……いらっしゃいませ。ようこそ、異世界転生斡旋所〈とりっぷ〉へ。転生希望者の方ですか?」
「えぇ。あなたは?」
その瞬間、平凡仙人は雷に打たれたように跳び上がった。
彼女の顔と声が、平凡仙人の遠い記憶を呼び覚ましたのだ。
「み、みゆみゆッ?! ウソだろ?! 本物?!」
「えっ」
女性も驚き、固まる。
「お兄さん、私のこと知ってるんですか?」
「知ってるも何も、数千年前に大ファンで……いや、今もファンではあるんですが! いかんせん、現場から離れすぎておりまして、そんな俺がファンを名乗っていいのかどうか、と。
あっ、『あしたから異世界せーふくっ!』の二期、反響どうでしたか?! 俺、放送前に死んだんで、観れてないんっすよ! 追加キャラとの絡みとかアニオリ回とか、すっごく楽しみにしてたのに!」
平凡仙人はガラにもなく、早口でまくし立てる。
みゆみゆというのは、平凡仙人が最初に生きていた世界の女性声優である。
本名、濱雪マユミ。
高校生にして、主役で声優デビュー。以降、数々のヒット作に出演し、テレビでもタレントとして人気が高まっていた。
平凡仙人は何を隠そう、理想の妻の条件に「声は、声優のみゆみゆさんのようなミルキーボイス」と書くほどの大ファンだった。
彼女が出演したアニメや番組は欠かさず視聴し、録画までしていた。
ハイテンションの平凡仙人とは対照的に、みゆみゆは暗い面持ちで答えた。
「……ごめんなさい。私もオンエア、観ていないんです。観る前に逮捕されて、自殺したから」
「た、逮捕? 自殺?」
みゆみゆのイメージとはかけ離れた単語に、平凡仙人は目を白黒させる。
個人的な理由で転生者のデータを見るのは禁止されているので、その後みゆみゆがどうなったかは知らなかった。
「いったい、何があったんですか?」
「……破滅したんです、私。周りにいた、悪い大人たちのせいで」
みゆみゆは怒りと憎悪に染まった強い眼差しで、平凡仙人を見上げた。
「ここって、転生を斡旋してくれる事務所ですよね? 前にも来たことあるんで、知ってます」
「そうですけど……」
「お願い! これ以上、あの人たちを転生させないで! 全員、地獄送りにして!」
平凡仙人は困惑した。
あのみゆみゆが、ある人間達を「地獄送りにして」と懇願している。平凡仙人が恋焦がれた、ミルキーボイスで。
「理由をきかせてもらえませんか? それから、なぜ斡旋所のことを覚えているのかも」
「そんなの、あの性悪女からきけばいいじゃないですか。あの女があの人たちと組んでいるせいで、私は何度も破滅させられているんですから」
「あの女って、女神のことですか?」
みゆみゆはうなずいた。
「あんなの、女神じゃないですよ。邪神です、邪神」
「女神なら、長期出張でしばらく帰ってきませんよ。今は、俺が代理をやっています。あいつが何かやらかしたのなら、俺がかわりに謝りますから、わけを話してくれませんか?」
「……分かりました」
平凡仙人の真摯な対応に、みゆみゆも信用する気になったらしい。
ソファに腰かけ、ぽつぽつと語り始めた。
☆
みゆみゆは声優として、順風満帆な人生を送っていた……表向きは。
実際の彼女は、周りの大人たちのあやつり人形にされていたに過ぎなかった。
人生を奪われ、狂わされ、ついには破滅させられた。
まず、シングルマザーの母親によって、物心つく前から子役デビューさせられた。
母親は「この子が望んだから」とインタビューで語っていたが、本当は遊ぶ金欲しさに、みゆみゆを働かせているだけだった。
子役として売れなくなってくると、今度は声優として再デビューさせられた。
ろくに学校にかよわせてもらえず、決めていた進路は大きくねじ曲げられた。「せめて高校は卒業したい」と勉学に励んでいたが、スケジュールをアニメやテレビ番組の収録で無理やり埋められ、学校どころではなくなった。最後には「単位が足らなかったから」と、勝手に中退させられた。
「売れれば、勉強なんか必要ないわ」
というのが、母親と番組プロデューサーの口グセだった。
長年のストレスから、みゆみゆは薬物に手を出した。
当時付き合っていた彼氏に勧められたのがキッカケだったが、捕まったのも報道されたのも、みゆみゆだけだった。
それまでのファンはアンチになり、メディアはみゆみゆの肩書きを「大人気声優」から「声優の恥」に変えた。
みゆみゆは人としても、芸能人としても破滅し、自ら命を絶った。
……恐ろしいことに、みゆみゆはこれと同じような人生を何十回、何百回と、繰り返させられていた。
「私が覚えているのは、一つ前の前世の記憶だけです。当時、私は昭和のアイドル歌手・湯舞咲マユミとして活動させられていました。付き人だった母親と、事務所の社長に監視され、今以上に苦しい毎日でした。
こっそり付き合っていた彼氏との時間だけが癒しでしたが、世間に熱愛が発覚すると、あっさり捨てられました。最期にはファンに刺され、命を落とし……気がつくと、斡旋所に来ていました」
当時、斡旋所には女神しかいなかった。
裏切られた悲しみに暮れるみゆみゆに、女神は「彼らと同じ世界に転生し、復讐の機会をうかがうように」と助言した。
みゆみゆは女神を信じ、彼らと同じ世界……数十年後の日本へ転生した。
「でも、それは私のためじゃなかった! 私を永遠にオモチャにしたい、あいつらのためだった! あいつらはここへ来るたびに、私を『もう一度プロデュースしたい』と願っていたの! 『あの人たちと縁を切りたい』と望んだ私もいたのに、あいつらのほうが転生ポイントがあるからって、優遇されて! だから、私はあいつらを地獄に落とさないといけないの! 私が自由になるためには、そうするしかないのよッ!」
☆
「……」
みゆみゆは全て吐き出し、泣きじゃくっている。
平凡仙人はみゆみゆの指紋から識別番号を読み取り、過去のデータを調べた。
どこで知ったのか、みゆみゆの話は全て真実だった。
何十回、何百回と、世界や時代を変え、同じ人生を歩まされている。転生ポイントが下落し、地獄へ転生したときもあった。
反面、みゆみゆが恨んでいる関係者は、一度も地獄に転生したことはなかった。
人間的に問題はあるものの、転生ポイントは常に黒字で、地獄へ転生させるほどではなかった。これがみゆみゆのおかげなら、なおさらやるせない。
「残念ですが、他の転生者を地獄へ転生させる人生プランはありません」
「どうして?! 私は数え切れないくらい、破滅させられているのに!」
「ただし、そうなるよう陥れる方法なら、いくらでもあります。ポイントで知性や権力を高めるとか、特殊な能力を身につけるとか」
ですが、と平凡仙人はファンの一人として、みゆみゆに訴えた。
「俺は、あなたにそんな選択をしてほしくはない。恨みを忘れられずに苦しんでいるのなら、魂のリセットを強くオススメします」
「……」
みゆみゆは唇を結び、ひざの上でこぶしをにぎる。
しばらく無言を貫いていたが、ふと口を開いた。
「あの、魂のリセットってなんですか?」
「……女神からきいてませんか? あらゆる縁と因果をリセットできるシステムなんですけど」
「きいてないです。記憶はないですけど、そんな方法があるって知っていれば、とっくにリセットしていたと思います」
「……」
今度は平凡仙人が無言になった。両手で頭を抱え、背をそらす。
そんな大事なことを、女神が忘れていたはずがない。となれば、考えられる可能性は、たった一つ。
(あいつ……わざと教えなかったな。帰ってきたら、説教だ)
☆
平凡仙人は魂のリセットについて、懇切丁寧に教えた。
みゆみゆも女神への恨みを悪化させていたが、
「全部消せるって分かって、ほんの少しだけ気持ちが楽になりました」
と、微笑んでいた。
「どうしますか? リセットしますか?」
「……せっかくのチャンスですけど、今回はやめておきます。私、リセットする前に、やりたいことができました。あなたのおかげです、所長代理さん」
「いやいや、俺は必要最低限の説明をしただけなので」
「その代わり、約束してもらえますか? 次の斡旋も、あなたが担当してくれるって。女神に任せたら、どんな恐ろしい場所に転生させられるか分かりませんから」
「もちろんです」
みゆみゆは平凡な人生を選び、転生した。
その後、彼女がどんな人生を送っているのか、平凡仙人は知らない。
窓を鏡がわりに髪型を整えていると、斡旋所の入口のドアが開いた。
「あの、ここってどこですか……?」
若い女性が斡旋所の中をきょろきょろと見回す。記念すべき、一人目の客だ。
服装も言語も、現代日本に近い。そこそこ美人で、どこかで聞いたことがあるような美声でもあった。
平凡仙人は女神の見よう見まねで、女性を出迎えた。
「えっと……いらっしゃいませ。ようこそ、異世界転生斡旋所〈とりっぷ〉へ。転生希望者の方ですか?」
「えぇ。あなたは?」
その瞬間、平凡仙人は雷に打たれたように跳び上がった。
彼女の顔と声が、平凡仙人の遠い記憶を呼び覚ましたのだ。
「み、みゆみゆッ?! ウソだろ?! 本物?!」
「えっ」
女性も驚き、固まる。
「お兄さん、私のこと知ってるんですか?」
「知ってるも何も、数千年前に大ファンで……いや、今もファンではあるんですが! いかんせん、現場から離れすぎておりまして、そんな俺がファンを名乗っていいのかどうか、と。
あっ、『あしたから異世界せーふくっ!』の二期、反響どうでしたか?! 俺、放送前に死んだんで、観れてないんっすよ! 追加キャラとの絡みとかアニオリ回とか、すっごく楽しみにしてたのに!」
平凡仙人はガラにもなく、早口でまくし立てる。
みゆみゆというのは、平凡仙人が最初に生きていた世界の女性声優である。
本名、濱雪マユミ。
高校生にして、主役で声優デビュー。以降、数々のヒット作に出演し、テレビでもタレントとして人気が高まっていた。
平凡仙人は何を隠そう、理想の妻の条件に「声は、声優のみゆみゆさんのようなミルキーボイス」と書くほどの大ファンだった。
彼女が出演したアニメや番組は欠かさず視聴し、録画までしていた。
ハイテンションの平凡仙人とは対照的に、みゆみゆは暗い面持ちで答えた。
「……ごめんなさい。私もオンエア、観ていないんです。観る前に逮捕されて、自殺したから」
「た、逮捕? 自殺?」
みゆみゆのイメージとはかけ離れた単語に、平凡仙人は目を白黒させる。
個人的な理由で転生者のデータを見るのは禁止されているので、その後みゆみゆがどうなったかは知らなかった。
「いったい、何があったんですか?」
「……破滅したんです、私。周りにいた、悪い大人たちのせいで」
みゆみゆは怒りと憎悪に染まった強い眼差しで、平凡仙人を見上げた。
「ここって、転生を斡旋してくれる事務所ですよね? 前にも来たことあるんで、知ってます」
「そうですけど……」
「お願い! これ以上、あの人たちを転生させないで! 全員、地獄送りにして!」
平凡仙人は困惑した。
あのみゆみゆが、ある人間達を「地獄送りにして」と懇願している。平凡仙人が恋焦がれた、ミルキーボイスで。
「理由をきかせてもらえませんか? それから、なぜ斡旋所のことを覚えているのかも」
「そんなの、あの性悪女からきけばいいじゃないですか。あの女があの人たちと組んでいるせいで、私は何度も破滅させられているんですから」
「あの女って、女神のことですか?」
みゆみゆはうなずいた。
「あんなの、女神じゃないですよ。邪神です、邪神」
「女神なら、長期出張でしばらく帰ってきませんよ。今は、俺が代理をやっています。あいつが何かやらかしたのなら、俺がかわりに謝りますから、わけを話してくれませんか?」
「……分かりました」
平凡仙人の真摯な対応に、みゆみゆも信用する気になったらしい。
ソファに腰かけ、ぽつぽつと語り始めた。
☆
みゆみゆは声優として、順風満帆な人生を送っていた……表向きは。
実際の彼女は、周りの大人たちのあやつり人形にされていたに過ぎなかった。
人生を奪われ、狂わされ、ついには破滅させられた。
まず、シングルマザーの母親によって、物心つく前から子役デビューさせられた。
母親は「この子が望んだから」とインタビューで語っていたが、本当は遊ぶ金欲しさに、みゆみゆを働かせているだけだった。
子役として売れなくなってくると、今度は声優として再デビューさせられた。
ろくに学校にかよわせてもらえず、決めていた進路は大きくねじ曲げられた。「せめて高校は卒業したい」と勉学に励んでいたが、スケジュールをアニメやテレビ番組の収録で無理やり埋められ、学校どころではなくなった。最後には「単位が足らなかったから」と、勝手に中退させられた。
「売れれば、勉強なんか必要ないわ」
というのが、母親と番組プロデューサーの口グセだった。
長年のストレスから、みゆみゆは薬物に手を出した。
当時付き合っていた彼氏に勧められたのがキッカケだったが、捕まったのも報道されたのも、みゆみゆだけだった。
それまでのファンはアンチになり、メディアはみゆみゆの肩書きを「大人気声優」から「声優の恥」に変えた。
みゆみゆは人としても、芸能人としても破滅し、自ら命を絶った。
……恐ろしいことに、みゆみゆはこれと同じような人生を何十回、何百回と、繰り返させられていた。
「私が覚えているのは、一つ前の前世の記憶だけです。当時、私は昭和のアイドル歌手・湯舞咲マユミとして活動させられていました。付き人だった母親と、事務所の社長に監視され、今以上に苦しい毎日でした。
こっそり付き合っていた彼氏との時間だけが癒しでしたが、世間に熱愛が発覚すると、あっさり捨てられました。最期にはファンに刺され、命を落とし……気がつくと、斡旋所に来ていました」
当時、斡旋所には女神しかいなかった。
裏切られた悲しみに暮れるみゆみゆに、女神は「彼らと同じ世界に転生し、復讐の機会をうかがうように」と助言した。
みゆみゆは女神を信じ、彼らと同じ世界……数十年後の日本へ転生した。
「でも、それは私のためじゃなかった! 私を永遠にオモチャにしたい、あいつらのためだった! あいつらはここへ来るたびに、私を『もう一度プロデュースしたい』と願っていたの! 『あの人たちと縁を切りたい』と望んだ私もいたのに、あいつらのほうが転生ポイントがあるからって、優遇されて! だから、私はあいつらを地獄に落とさないといけないの! 私が自由になるためには、そうするしかないのよッ!」
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「……」
みゆみゆは全て吐き出し、泣きじゃくっている。
平凡仙人はみゆみゆの指紋から識別番号を読み取り、過去のデータを調べた。
どこで知ったのか、みゆみゆの話は全て真実だった。
何十回、何百回と、世界や時代を変え、同じ人生を歩まされている。転生ポイントが下落し、地獄へ転生したときもあった。
反面、みゆみゆが恨んでいる関係者は、一度も地獄に転生したことはなかった。
人間的に問題はあるものの、転生ポイントは常に黒字で、地獄へ転生させるほどではなかった。これがみゆみゆのおかげなら、なおさらやるせない。
「残念ですが、他の転生者を地獄へ転生させる人生プランはありません」
「どうして?! 私は数え切れないくらい、破滅させられているのに!」
「ただし、そうなるよう陥れる方法なら、いくらでもあります。ポイントで知性や権力を高めるとか、特殊な能力を身につけるとか」
ですが、と平凡仙人はファンの一人として、みゆみゆに訴えた。
「俺は、あなたにそんな選択をしてほしくはない。恨みを忘れられずに苦しんでいるのなら、魂のリセットを強くオススメします」
「……」
みゆみゆは唇を結び、ひざの上でこぶしをにぎる。
しばらく無言を貫いていたが、ふと口を開いた。
「あの、魂のリセットってなんですか?」
「……女神からきいてませんか? あらゆる縁と因果をリセットできるシステムなんですけど」
「きいてないです。記憶はないですけど、そんな方法があるって知っていれば、とっくにリセットしていたと思います」
「……」
今度は平凡仙人が無言になった。両手で頭を抱え、背をそらす。
そんな大事なことを、女神が忘れていたはずがない。となれば、考えられる可能性は、たった一つ。
(あいつ……わざと教えなかったな。帰ってきたら、説教だ)
☆
平凡仙人は魂のリセットについて、懇切丁寧に教えた。
みゆみゆも女神への恨みを悪化させていたが、
「全部消せるって分かって、ほんの少しだけ気持ちが楽になりました」
と、微笑んでいた。
「どうしますか? リセットしますか?」
「……せっかくのチャンスですけど、今回はやめておきます。私、リセットする前に、やりたいことができました。あなたのおかげです、所長代理さん」
「いやいや、俺は必要最低限の説明をしただけなので」
「その代わり、約束してもらえますか? 次の斡旋も、あなたが担当してくれるって。女神に任せたら、どんな恐ろしい場所に転生させられるか分かりませんから」
「もちろんです」
みゆみゆは平凡な人生を選び、転生した。
その後、彼女がどんな人生を送っているのか、平凡仙人は知らない。
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