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番外編:周辺各国大慌て

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 バウムの森の外では、激震が走っていた。
 理由は至極簡単完結。森の中心に、あのヤバイ気配と膨大な魔力をプンプン匂わせてる大樹が発生したのが原因である。

 そもそもバウムの森はこの大陸の中心、かつ六分の一を占める膨大な密林であり、敵対している5つの大勢力を別つ防波堤でもあった区画。
 各国の勢力図を見ればわかるのだが、五芒星を描くように出来上がった国々の中心がこの森なのだ。

 バウムを攻略した国が大陸を獲る、なんぞ言われるくらいには重要な地点であったが、そう上手く行くものではない。
 この森は昔から、ありえんくらいに強烈な魔物がポンポン出てくることで有名であり、更にここ最近では森の守護者なんて大層な存在が出張ってくるもんだから、手を出す=フラグでしかない事は子々孫々に語り継がれている重要なファクターなのだ。

 だからこの100年間、各国は膠着状態のまま富国強兵と小競り合いに勤しんでいた。
 その矢先にこれだ。
 ただでさえヤバイ森に、なんか更にヤバイものが出来上がったのだから笑えない。

 ある3つの国は、即座に密偵を放った。
 なんかコカトリスが大量発生しててヤバイって報告がきたから、そのまま防備を固めて震えることしかできなかった。
 まぁ仕方あるまい。コカトリスは3匹で街を機能停止に追い込める危険極まりない魔物なのだから、大量発生なんて聞いたら過剰反応してもおかしくはない。
 そんなコカトリスくん達はクマさんのお腹の中なのだが、そんな事を彼らが知るよしもない。

 また1つの国は、安全策でそもそもノータッチを決め込んだ。
 あんなんに手ぇ出して、守護者よりヤバイのが出てきたら目も当てられん。そんなことより国を良くして行こう。そんなクレバーでラブアンドピースに満ち溢れた選択だった。

 そして、残り1つの国……今回はそこ、【ピット国】の物語。



    ◆  ◆  ◆



 ピット国。
 王都、街、村……諸々合わせて総人口が50万行けば上等という小さな国だ。
 そこに住まうのは、フィルボという種族の人類。
 成人したとしても、身長が100cmに満たない小さき者達だ。

 種族的特徴は、能天気、かつ楽天家。そして祭りが大好き。
 おおよそ戦争には向かない者達だが、そんな種が永々と生きながらえ、現在に至るまで繁殖してきたのだから、彼らが単なる雑魚というわけではないというのは歴史が証明している事である。

 そんなピット国の王都、名をそのままに【首都:ピット】。
 生来のんびり屋の彼らとて、今回の騒ぎには対応せざるを得なかったらしく……国王のいる城……いや、木製の時点で屋敷以上城未満なクオリティだが、まぁ城としておこう。その城でも、文官らしき人々が慌ただしく駆け回っていた。

「バウムの森はどんな様子で?」

「魔力は安定してるから、魔物が暴走するってことはなさそうですなぁ。しかし、あの最奥の大樹についての情報はまだまだ」

 首都ピットは、5つの大国の中でも珍しい、森に隣接した王都である。
 そもそも危険と謳われるバウムの森に、わざわざ最終防衛ラインが隣接しているなど、本来ならば愚の骨頂だからだ。
 こんな場所に王都を作っているのは、森の人と呼ばれるエルフの大国と、ここくらいのもんである。

 しかし、この王都が森からの被害を受けたという事実は、長い歴史から見ても数件しか存在しない。
 それは、彼らもまた【森という恩恵】に信仰を捧げる種族だからである。
 フィルボの民は、その信仰によって自然からの恩恵を賜る事により力を得るのだ。

「国王様はなんと?」

「あの大樹が原因で我々が滅ぶのならば、それが森の意志。受け入れるしかないと……しかし、それでも確認はすべきだろうとおっしゃっておいででしたよ」

「ふむ、真理ですなぁ。まま、確認してくれるだけ行動的でしょうなっ」

「ほほ、違いない」

 文官達は安堵のため息をつく。
 滅ぶのが怖いのではない。知らないのが怖いのだ。
 フィルボは自然の民である。長い目で見て滅ぶのが必然なれば、再臨もまた必然と心得て今生を謳歌する度量が彼らにはある。
 ただ、我が人生に一片の悔い無しと死んで逝くその時に、なんか喉に小骨がつっかえてると嫌だなぁって気分になるのがダメな人たちなのだった。

 そんな文官達の会話からカメラをパンして、次は王の間を覗いてみよう。
 文官達に安堵を与えた判断を下した王。そんな好人物がいる部屋は、なんとも質素なそれだった。
 豪奢な飾りはなく、花や木の実など、自然のもので飾られた広めの部屋だ。
 先に申し上げた通り、この城は木製である。その材質と飾り故に、威厳というものは感じられない。
 ただ、どこか居心地のいい、懐の広さは感じられる。そんな雰囲気だった。

「よくぞ我が呼びかけに応えてくれた。騎士団長、ノーデよ」

「はいっ、悠然なる大樹の騎士団、団長ノーデ。まかり越してございます!」

 そこには、2人の少年がいた。
 ……失礼、フィルボはこういう種族なのだった。そこにいるのは、れっきとした男性である。

 1人は、簡素ながらも滑らかな……腕のいい職人の手で作られたとわかるマントに身を包んだ茶髪の御仁。
 みずみずしい肌、そして半分閉じ気味ながらも吊目故に威厳を保つ瞳。

 一文字に結んだ唇は、今にもため息かあくびがでそうな程に小さく震えている。そういえば日課のお昼寝を返上して仕事していると配下が言っていた。
 玉座に座る足はぶらぶらと遊ばせているあたりがなんとも言えない雰囲気壊しであるが、そこはまぁ見逃すとして……彼がこの国の国王だ。

 そして、もう1人。ノーデと名乗った人物だ。
 悠然なる大樹の騎士団と言っていたが、なるほど確かに騎士を思わせる装束だ。
 とはいえ、ガチガチに鎧を着込んでいる訳ではない。腰に剣を指し、体の重要な部分を守るように装備を整えているのだ。

 体躯にハンデのあるフィルボ故の工夫であり、なおかつ彼はその鎧の総重量が通常のフィルボよりも多いのがわかる。鍛えているのだろう。
 顔つきも、幼さの中に精悍さを感じさせる……が、少々女性よりな顔つきが相まって、中性的な雰囲気が拭えない。

「お前を呼んだのは、他でもない」

「森に顕現した大樹の件、ですね?」

「話しが早いのは好きだ。そう、お前に一回見てきて貰いたいんだが、できるか?」

 ざっくばらんな物言いであった。
 しかし、今代の王は割とこんなもんだってのは、国民全員が知っていることである。
 そも、あんまり目上を敬う種族でもないフィルボだ。こういう謁見でも割とフランクな対応が常であり、ノーデのように国王の前で跪きお言葉を賜る光景のが逆に珍しいくらいなのである。

「もちろん、王の命令とあらば喜んで向かわせてもらいます! 森の意志がいかなるものか、確認する誉れを賜る事に感謝します!」

「相変わらず仰々しい奴だなぁ……まぁ、だからお前に頼むんだけどよ。いいか、あの樹に何かが住んでる場合、間違いなく森でも最上位の存在だ。守護者様以上という可能性もある」

「なんと! 長年森を守護しておられる御方以上の存在が顕現なされたと!?」

「あぁそうだ。絶対に神経逆なでするんじゃないぞ? 滅びを受け入れるのが俺たちフィルボ……だが、自滅や破滅を許容する気は断じて無いからな」

 つまり、誰だってやられたらやり返すし、バナナの皮で死にたくはないってことだ。当然である。

「わかりました、任せてください! このノーデ、めでたくも新たに生まれいでた御方に祝いの品を届けるつもりで行ってまいります!」

「お~、まぁ、適当に俺ら伝統の茶葉とかそういうの持っていけ。茶菓子もつけときゃ機嫌取りにはなるだろうよ」

 ノーデは大真面目に満面の笑顔で、国王は話半分に冗談で述べたこの一連。
 しかし、内情を知っている諸君からしてみれば、これ以上無い程パーフェクトに懐にタックルを決めるファインプレーであることはご理解いただけるだろう。

「では、準備に取り掛かりますれば、これにて御免! さぁ忙しくなりますよ!」

「お~、頑張れよ~」

 ノーデは、春風のような勢いで謁見の間を後にする。
 ソレを見送った国王は、ようやく一心地と、こだわり抜いた柔らかさの椅子に深々と背を預ける。

「やれやれ、まぁ、これであの樹がなんなのかは見当がつくかねぇ……」

 その安堵が、国王のまぶたを重くした。

「あ~……やべ……」

 その後、国王が玉座の上で眠る姿が絵画に残され、大量に刷られた上で国中の女性がお買い求めになるのだが……それはまぁ、この時の王にはわからぬことで。
 王の意識は、ゆっくりと落ちていくのでありました。

 ……そして、この数時間後にノーデは単身、バウムの森に意気揚々と乗り込んでいく。
 その背中に下げた袋からは、なんともいい匂いが漂っていたのであった。
 
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