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第60話:キノコ天国

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 商店街の端っこ……枯れ木の洞、でしたよね? 私の目の前には、確かにその通りの物件が存在しています。
 しかし、これがキノコ茶屋さんで本当に合っているのでしょうか?

「なんというか……ゴテゴテしてますねぇ」

 はい、お茶屋というより、風鈴屋さんと言ったほうが良さそうな雰囲気です。
 入口と思われる洞の前には、シャラランと音が鳴るタイプの吊り物があります。それも、大量に。
 赤やら青やら緑やら。素材的には……ガラス? に近い感じ。風が吹く度にそれらは揺れ、幻想的な音色を響かせているのです。

「うん……素敵な音ですね~」

 素材的にそこまで清んだ音色ではありませんが、どこか落ち着く。そんな感じです。
 しばらくその場で風鈴に聞き入っておりますと、ふと気づいた事がありました。
 それは、中から香りが漂ってきた点です。この香りは……キノコ、でしょうか。
 どうやら、本当にここで間違いなかったようですね。

「そういう事なら、お邪魔しましょう!」

 この瞬間、私の興味は風鈴からキノコ茶にシフトチェンジ。もはや一切の迷いなく、中に侵入していきました。
 そこは、思ったよりも広い空間です。枯れ木という天然資源の屋内では、ちょっと説明つかないスペースですね。

 周囲を魔力が漂っているのがわかりますから、おそらく魔法を使って空間を誤魔化してるんだと思います。それだけで、もうこの中に住んでる人が相当魔法に習熟しているのがわかるのですが、そんなん私には関係ありません。

「失礼しま~す! キノコ茶貰いにきました~」

 そう、私が気にする要因は一つ。この空間に満ちたキノコの香りと、周りの棚に所狭しと並ぶキノコ茶たちです。
 あぁ、なんて幸せな光景でしょう! 様々な種類のキノコ茶たちがこんなにも!

 心和の知識だけでも、結構知ってるのがありますね。あれはシイタケ、あれはマイタケでしょうか?
 食べた事はない分、凄く興味を惹かれます。
 中には人の顔面みたいな形のキノコがカラッカラに干からびてたりしますけど、あれもまぁお茶だというのなら許容範囲内ですとも~。

「おうさ、いらっさい」

 私の言葉に対し、お返事が来ました。
 お店の一番端にある、おそらくカウンターと思われる空間から、のっそりと起き上ってきた人がいるのです。おそらくっていうのは、そこも瓶詰めされたキノコ茶が詰まってて、カウンターの意味がなかったからですね。

「……エルフですか?」

「エルフだよ」

「ドワーフではなく?」

「ドワーフの群れ連れてきてたアンタが言うのかい、森の管理者」

 そこにいるのは、なんともエルフらしくないエルフの男性でした。
 いや、細部はエルフらしいのです。淡い髪色、白い肌、おそらく美形なパーツ。
 しかし、それを諸々差っ引いて……太い! というか、丸い!
 まるで、某猫型ロボットが如き頭身のエルフがそこにいたのです。

「はんっ、会って早々失礼な奴だなぁ」

「いやぁ、申し訳ない~」

「まったく申し訳なさが感じられねぇよ」

 店主はカウンターの唯一あるスペースに肘を付き、頬を手に乗せました。まるでチーズのようにお肉が持ち上げられて、叱られてる時のパグみたいになってますが、元がエルフ特有の美形なのでギリギリモザイク無しで通せる範囲です。

「んで、キノコ茶欲しいんだって?」

「はいっ! 欲しいですキノコ茶!」

「高ぇよ?」

「高いのですか!」

「そらそうよ」

 店主はニヤリと笑います。頬杖も相まって、お前にやられるなら本望だって感じにパンチを受けたボクシング漫画のライバルキャラみたいなことになってます。

「キノコ茶の管理は、今んとこ俺だけが持ってる技術だからな。作られたばかりのキノコ茶ならともかく、こうして保存できるようになったもんは値段が吊り上がるのさ」

「ほうほう、ここはキノコ茶を作っている所ではなく、キノコ茶を保存して長持ちするよう加工し販売するとこなんですね」

「そういうこった。お前さん、何か価値のあるもん持ってるのかい?」

 ふむ……価値あるものですか。
 それならまぁ、さっきと同じで良いですかね?

「これなんてどうです?」

 私は、さっき香草を買った時と同じように、世間樹の葉を髪から生やしてみました。
 その瞬間、店主の顔がにやにやパグから息子の野球を真剣に観戦するお父さんにジョブチェンジです。やっぱりこれ高いんですねぇ。

「お前さん、それ他の店でも使ったのかい」

「はい~。これ買いましたよ?」

「その香草は、ヒンガルデの店か……勘弁してくれ。厄介ごとはごめんなんだ」

 おや? 厄介ごととはなんぞや?

「お前さん、その葉は迂闊に人に見せちゃなんねぇと言われなかったかい?」

「……あ」

 そういえば……ノーデさんが、世間樹の葉だけでも国を攻める理由になるとかなんとか……。
 あ~……しまったですねこれ。

「どどどどうしましょう!?」

「知らねぇよ! 今頃町中だけじゃなく城にまで報告が回ってるだろうさ!」

「えぇぇぇ!? ……って、お城には一回行きましたし、女王様は話の分かる人ですし問題ないのでは?」

「……ははぁん、アンタ根っからの楽天家だな? そんな訳ないだろう」

 店主は椅子に腰かけ、その丸々としたお腹を撫でます。
 うぅん、これは……顔を埋めたくなりますね……! 何食べたらエルフがここまでになるのでしょう?

「いいか? アンタが持ってるその葉は、生命力の塊だ。それは多少魔法かじってる奴が見ても明らかなくらいさ」

「は、はい」

「つまり、だ。そもすれば失われた生命力に火を灯し、蘇らせる事も可能な訳だよ」

「あ、それ出来ないですよ? 私のこれは劣化版なので~」

「葉じゃねぇ、アンタの力でさ」

 あ、それならまぁ可能かもしれません。
 でも、それは相手が植物に限られるかと存じますね~。私の力は、生身に回復を施す際にはお茶を介す必要がありますし。
 そう説明すると、店主はため息をつき、「察しが悪い……」と言いました。んだとこんにゃろう。

「あのなぁ、アンタは国に入って最初に見ただろう。死んじまってる植物を」

「……あ~」

 その思考は……あまりに不遜過ぎて持ってませんでしたね~。
 店主は、私を指差してジッと見つめ、言います。

「アンタの力なら、朽ちた世界樹を復活させる可能性がある。その葉でそれがわかった以上、国はアンタをほっとかないだろうさ」

 うぅん……なんか、不穏な空気?
 これ、私帰った方が良いのでは……

「それはそれとして、エリンギの茶を抽出したばかりなんだが、飲むか?」

「うわぁい! 飲む飲む~♪」

 エリンギ茶を飲んだ後にお暇すれば良いですよね!
 やった、やった、キノコ茶だ~♪
 ……そして、十分後。

「森の管理者だな? 同行してもらおう」

「し、しまったぁ! なんて巧妙な罠ををを!?」

「毎度あり~」

 結局私は、美味しいお茶を飲みまくった後に5種類程購入した所で、エルフの兵隊さんに連行されてしまったのでありました。
 見抜けなかった……この心和の目を持ってしても、見抜けなかった……!!
 
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