Evil Revenger 復讐の女魔導士 ─兄妹はすれ違い、憎み合い、やがて殺し合う─

MST

文字の大きさ
2 / 18

ヴィレント

しおりを挟む
 最初に記すのは、私の兄、ヴィレント・クローティスの話。
 とても強く、とても恐ろしい兄の話。
 初めて兄に殴られたのは、いつだったか。
 あれは確か、父と母が殺され、私と兄、2人での生活が始まり、1年ほど経った頃だったと思う。
 私達兄妹は、焼かれた家を捨てて、あちこちを放浪していた。
 その生活が始まった時、兄が12歳、私が8歳だった。
 幼い私は、行く先々の安宿の一室で、兄の帰りをただ待つだけの日々。
 1人で出かけて行く兄は、短くても丸1日、長いと数週間帰らなかった。
 戻ってきた兄は、いつもヘトヘトになりながらも、持ち帰った大量のパンを私に突き出すと、一言も話すことなく、横になって寝てしまっていた。
 そんな毎日が続き、そして、あの日──。



 いつものように出かけて行った兄は、その時、1ヶ月以上も戻らなかった。
 渡されていたパンもとうに尽き、私は空腹のまま、兄の帰りを何日も待った。
 その街は治安が悪かったため、幼い私には1人で外に出る勇気はなく、また、一銭も持ち合わせていない私が、もし街へ出たとしても意味はなかった。
 その夜ふけに、兄は帰ってきた。
 私は、空腹で眠ることもできず、兄を迎えた。
 いつも以上にボロボロの姿で扉から現れた兄は、両手には何も持たず、ふらふらと数歩歩くと、何も告げずに横になった。

「兄さん……?」

 その姿を見れば、ただ事ではないことを察することはできたはずだった。
 心配すべきは兄の体であり、何もできぬのなら、せめてそっと休ませてやるべきだったのだ。
 だが幼く、その時空腹に耐えかねていた私には、そんな余裕さえなかった。
 私は横になった兄に這い寄ると、

「兄さん。ねえ兄さん。お腹すいたよう。お腹すいたの、兄さん」

 言いながら、揺り起こそうとした。
 中々起きない兄を何度も揺らし続けていると、兄は唐突に、むくりと上半身を起こした。
 放心したようそれを見つめていると、次の瞬間──
 私は顔面を殴りつけられ、床に伏していた。
 何が起きたのかわからなかった。体を起こした後、頬に激しい痛みが伝わってくると、殴られたことを理解し、涙が零れた。

「痛い、痛いよう。兄さんが、ぶったよう。父さん、母さん、痛いよう」

 涙をぼろぼろと零しながら、痛い、痛いと、私は泣き喚いた。死んでしまった父と母を呼びながら。
 だが、私を慰めてくれる両親の姿は、もうそこにはない。
 1人、喚き続ける私。
 無慈悲にも、2度目の兄の拳が叩き付けられた。
 今度は痛みと衝撃で、泣くことすらできなくなった私は、床に転がった。
 必死に顔を起こすと、寄ってきた兄に胸ぐらを掴まれた。
 兄は恐ろしい顔で私をにらみつけると、静かに言った。

「黙れ」

 涙は止まらなかったが、恐怖で声は止まった。
 私が黙ると、兄は掴んでいた手を放し、再び横になった。
 その日の夜、私は部屋の隅で、嗚咽が漏れぬよう、声を殺して泣き続けた。



 翌朝、兄は早くに出かけていった。
 その時私は、このまま捨てられてしまうのだろうかと思った。
 しかし、意外にも兄はすぐに戻ってきた。
 昨夜のことに、謝るでも、怒るでもなく、いつものように無言でパンの袋を投げつけると、部屋の反対側で横になった。
 投げ突けられた袋を受け取り、しばし呆然としていた私だったが、もはや空腹が限界に達していたため、後は何も考えられずに必死にパンを貪り、そして眠った。
 これが悪夢のような日々の始まりだと、私は想像もしなかった。
 昨夜の出来事は、何かの夢だったのだろうと、鈍った思考で、呑気に考えていた。
 この日を境に、兄は何かと私に暴力を振るうようになっていった。
 そして私には、兄が何を考えているのか、わからなくなっていった。
 私を殺すでも放り出すでもなく食料を用意し、でも気に入らないことがあれば、たびたび殴りつけた。
 酷い時には、髪を掴んで引き摺られたり、腹を蹴られたりもした。
 泣き喚くとさらに酷い目に遭うため、黙って必死に耐えるしかなかった。
 私は兄に怯え、機嫌を損ねぬよう口数は減っていった。
 今だから言えることであるが、兄が悪いわけではない。
 兄もまた、私より4つ年上というだけで、幼くして過酷な生活を強いられていたのだ。
 兄は12歳の身で、1人で2人分の食料を稼ぎださなければならなかった。
 危険な仕事も沢山受けたのだろう。盗みを働いたこともあったのかもしれない。いつもぼろぼろになって帰ってきた兄の姿を思い出せば、想像できる。
 でもその時の私は、そんな苦労も想像できないほど幼くて、兄を労うでも、支えるでもなく、ただ待つだけしかしなかった。
 兄とて、自分1人で生きていくだけなら、いくらか楽だっただろう。私さえいなければ、と考えたこともあったのかもしれない。
 だから、大人になって思い返すと、私は兄を責められない。
 だが、8歳の私にも、これ以上何かができたとは思えない。
 これは悲劇である。私達兄妹に起きた、どうにもならない、避けようのない悲劇。
 そうして、私達の関係は修復不能なほどに歪んでいった。
 私にとって地獄のようなこの日々は、この後5年もの間続いたのである。
しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

公爵令嬢は結婚式当日に死んだ

白雲八鈴
恋愛
 今日はとある公爵令嬢の結婚式だ。幸せいっぱいの公爵令嬢の前に婚約者のレイモンドが現れる。 「今日の結婚式は俺と番であるナタリーの結婚式に変更だ!そのドレスをナタリーに渡せ!」  突然のことに公爵令嬢は何を言われたのか理解できなかった。いや、したくなかった。 婚約者のレイモンドは番という運命に出逢ってしまったという。  そして、真っ白な花嫁衣装を脱がされ、そのドレスは番だという女性に着させられる。周りの者達はめでたいと大喜びだ。  その場所に居ることが出来ず公爵令嬢は外に飛び出し……  生まれ変わった令嬢は復讐を誓ったのだった。  婚約者とその番という女性に 『一発ぐらい思いっきり殴ってもいいですわね?』 そして、つがいという者に囚われた者の存在が現れる。 *タグ注意 *不快であれば閉じてください。

遺産は一円も渡さない 〜強欲な夫と義実家に捨てられた私、真の相続人と手を組み全てを奪い返す~ (全10話)

スカッと文庫
恋愛
「お前の価値なんて、その遺産くらいしかないんだよ」 唯一の肉親だった祖父を亡くした夜、夫の健一と義母から放たれたのは、あまりにも無慈悲な言葉だった。 四十九日も待たず、祖父が遺した1億2000万円の遺産をアテに贅沢三昧を目論む夫。だが、彼には隠し通している「裏切り」があった――。 絶望の淵に立たされた由美の前に現れたのは、亡き祖父が差し向けた若き凄腕弁護士・蓮。 「おじい様は、すべてお見通しでしたよ」 明かされる衝撃の遺言内容。そして、強欲な夫たちを地獄へ叩き落とすための「相続条件」とは? 虐げられてきた妻による、一発逆転の遺産争奪&復讐劇がいま幕を開ける!

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

「君は有能すぎて可愛げがない」と婚約破棄されたので、一晩で全ての魔法結界を撤去して隣国へ行きます。あ、維持マニュアルは燃やしました。

しょくぱん
恋愛
「君の完璧主義には反吐が出る」――婚約者の第一王子にそう告げられ、国外追放を命じられた聖女エルゼ。彼女は微笑み、一晩で国中の魔法結界を撤去。さらに「素人でも直せる」と嘘を吐かれた維持マニュアルを全て焼却処分した。守護を失いパニックに陥る母国を背に、彼女は隣国の軍事帝国へ。そこでは、彼女の「可愛くない」技術を渇望する皇帝が待っていた。

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

処理中です...