忠犬シロは転生してでもご主人様を生かしたい

SKYTRICK

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第一章

8 何か喋ってみて

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 痛みに悶絶する騎士を見下ろし、シロは眉間に皺を寄せた。たったこれくらいの反撃でなぜ蹲っているのか? 今更ながら、この男は戦士として未熟なのだと気付く……あぁ、そうか。この時代の聖騎士たちはただの『騎士』だった。
 シロは顔を上げて、甲高い悲鳴を上げているマリー、それからジャックへ視線を移す。
 ジャックの方も殴ろうか迷っていると、彼は慌てふためきながらハンスを肩に背負った。シロには政治がわからぬ。シロは、接近戦に特化した犬である。ひとまず拳を握って腕を振りかざすと、ジャックが「ヒィッ」と情けない声を洩らした。
 するとそこでシロの足先に何かが触れた。
 見下ろすとネズミが一匹、足の甲に登ろうとしている。「あっ」と思い立ったシロは、逃げ出そうとする三人を呼び止めた。
「待て待て、ちょっと」
 歯が折れてしまったらしくハンスは呻いて、ジャックは何か部屋から出ようとしている。
「逃げないで、聞いて」
 仕方ないのでまだ話の通じそうなマリーの肩に手をかける。彼女は「わたし?」と怯えるような顔をして立ち止まった。
 シロは俯いて言った。
「何か喋ってみて」
「……は?」
 混乱を通り越して恐怖に染まった顔で、マリーが答える。
「喋れって、何を」
「もういいよ。それ持ち帰って」
 肩から手を退けて解放してやると、ネズミのように素早く逃げたマリー。ハンスが振り向いて舌足らずな口調で叫んだ。
「お前! お、覚えてろよ!」
「……」
 三人が脱兎の如く去っていく。シロはちょっとだけ困惑した。どゆこと?
「覚えてろよって言われた……なんでわざわざ……ええっと、ハンスとマリーと……あと誰だっけ」
 マリーは外から鍵をかけるのを忘れていったが、シロもひとまず部屋に戻り、椅子に置いておいたパンを手にする。
「とりあえずご飯……」
 パンを口にするも、先ほどのハンスの言葉が脳裏をよぎる。
 ――『団長はな、大の犬嫌いなんだよ。シロって名は昔、ルブリアン団長が飼ってた犬を思い出させる。その犬は団長を動物嫌いにさせた元凶だ』
 ご主人様……どうして……。
 シロはとっても寂しい気持ちでいっぱいになりながら、少しでも思い出を摂取するようにパンを齧った。本当に犬が嫌いなのか? 信じられないし、信じたくない。
 ルブリアンに会いたい。だがこの屋敷は広すぎる。そこの鍵は空いているが、出るつもりはなかった。邸宅内を闊歩するには使用人が多すぎる。途中でバッタリ誰かと鉢合わせたら大事になるだろう。
 けれど、三人の話からすると、シロが閉じ込められているのは騎士団が容認していることではない。
 つまり今シロはサボっていることになる。
「出ないと」
 シロはパンを見下ろした。
「それにしてもあの子、本当にお坊ちゃんなんだな」
 たった今さっき殴り倒した男を思い浮かべて、シロは呆れるように息を吐いた。
 ただ硬いだけのパンであれほど大騒ぎするとは。戦闘時の団員たちは皆これを食べていた。ルブリアンでさえもだ。それなのにピーピーピーピー……
 ところで。
 窓の外から声がする。
 加えて今は、結構近い距離で騒ぐ声も聞こえている。
 それは人間でも犬でもない声……。
「やっぱり君のお喋りは俺だけに聞こえんだね」
 すると、すぐそこで円になり何やら会議らしきものを開いていたネズミたちが、ピタ、と動きを止めた。
 まん丸の愛らしい瞳がシロを見上げている。
 そのうちの一匹が恐る恐る問いかけてきた。
『貴方は人間なのですか? それともネズミ?』
「人間……だとは思うんだけど」
 無理がありそう。
 だってずっと彼らと意思疎通ができている。
 この国にやってきてから五日経ち、さまざまな懸念要素はあるが新たに生まれた危惧の筆頭は『自分が獣人である可能性について』である。
 これは『エフツー』が記憶を取り戻したのが最近だからなのか、それとも丘の上まで結界が張られていた魔塔に動物が侵入してこなかったからなのか。シロは今になってようやく動物と意思疎通できることに気付いた。
 初めて結界の外へ踏み出して、馬車で運ばれているとき、近くを鳥が飛んでいくたびに『今日渋くね?』『鷹いたもんなぁ』などと声が聞こえていた。幻聴かと思ったがそうではなく、聞こえるどころかシロの言葉さえも通じたのだ。
 シロの前の供給係の子供を逃したのも鳥たちの力があってこそだ。シロはここに来るまでに仲良くなった鳥に頼り、前任者を孤児院へ送っている。
 先ほどマリーを呼び止めたのも動物たちと会話ができるのは自分だけなのか確認するためだった。『何か喋ってみて』の言葉にネズミは『ええっと、具体的には何を』と困惑して言ったが、マリーはシロの言葉を自分に対してだと解釈し『喋れって何を』と返した。
 マリーにはネズミたちの声が聞こえていなかった。シロだけに分かったのだ。けれどこんな芸当はただの人間にはできない。
「俺は今、シロファスって名前の人間で、でも……俺って獣人なのかな」
 自分で口にしながらゾッとした。ルブリアンは獣人を疎んでいると情報がある。
 忠犬時代のシロは、そもそも獣人を見たことがない。彼らは遥か遠くの国に住んでいて、騎士団には在籍しておらず、また敵にもその姿はなかった。無縁の存在だったのである。
 だからルブリアンが獣人をどう思っているかシロ自身は把握していない。実は本当に嫌っているのだとしたら……。
「うわぁああ」
『ど、どうしました!』
「ダメなんだよ、俺が獣人だと」
 頭を抱えるシロを見上げて、ネズミがチュ、と言った。
『貴方は獣人ではないと思いますよ』
「へ?」
 一匹のネズミの言葉に他の皆もチュイチュイ同意する。シロは目を丸くして「どうしてそう思うの?」と問いかけた。
『獣人と呼ばれる方々は僕らの声が聞こえませんから』
『そうですそうです。僕らは、言葉の通じる人間を初めて見ました』
『ご先祖様も見たことがないのではないか』
 ネズミもご先祖を把握しているのか。どうやら立派な家系のネズミたちが攫われてきたようで、どことなく彼らの姿勢も品がある。シロは今更ながら「あ、楽にしていただいて」とネズミたちを促し、ひとまずパンを千切り「これどうぞ」と差し出す。ネズミは『お気遣いなく』と言いながらも、二匹はパンを食べ始めた。
 一匹が窓の方を指差して言った。
『ところで向こうから鳥が呼びかけているようですが……』
「え? あ、ほんとだ」
 小窓の向こうで鳥たちがバタバタと騒いでいる。あれはこの国に輸送されている最中に仲良くなった鳥で、前任者を孤児院へ送り届けてくれた功労者でもある。
 流石にそろそろ小窓を開けるか、と無理やり鍵を破壊する。パンを手に窓の外を覗き込んで、鳥たちに「パン食べる?」と言うと、一羽が大声で言った。
『シロファスくん!』
「うわ、声でか」
 ただでさえ大きいのに。
 鳥たちは尚も大声で、かつ慌てふためいた様子で教えてくれた。
『怒ってるよ!』
「……へ?」
 鳥曰く、騎士団が激怒している。
 魔力供給の任務を放置し、邸宅に塞ぎ込んでいるシロファスを何様なのだと怒り狂っているらしい。今まで魔塔からやってきた連中と変わらねぇな、どうせ奴らは俺たちを舐めているんだ、と口々に愚痴っているのを演習場で見かけたらしい。
 その怒りの波に鳥たちは恐れ慄いた。大急ぎでシロへ教えに来てくれたのだ。
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