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第2章 魔法と領地巡りの儀式
『68、執事の矜持』
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白く光る床に赤いシミをつけながらオイプスは倒れていく。
発案者であり、元指揮官を失った義勇軍は戦意を消失しかけていた。
「回復魔法が得意な私の前で死なせられるとでも?完全回復<パーフェクト・ヒール>」
フローリーが冷たい声で呟いて回復魔法を掛ける。
呼吸が乱れていたオイプスも、薄い緑色の光に包まれた後は安定してきた。
回復は成功といって良い。
問題はオイプスを躊躇いなく殺そうとした黒服の男だろう。
動きがとても早く、1回目の攻撃を躱せたのが奇跡だと思えるくらいだ。
俺の魔法は当たらないだろうし、ボーランやフェブアーの剣でも隙を突かれて終わる。
何より、俺とフローリーの2人を重点的に潰せば回復は出来ない。
これは由々しき問題だ。
仕方が無いので数の差で押し潰そうと思ったその時、黒服の男の短刀が宙を舞った。
同時に何者かが俺の前を横切り、男に蹴りを入れる。
まともに喰らった男は2メートルほど吹っ飛んで本棚に頭を強打した。
「痛ってぇな・・・。やっぱりお前は叩きのめそうか。王族の犬に成り下がったカルス」
「僕もドニクの奴隷と化したヴァルスが決戦の相手で嬉しいよ」
黒服の男――ヴァルスとカルスは起き上がったと同時に皮肉をぶつけ合う。
どうやら2人は旧知の仲のようだ。
考察をするとすれば、オーガスの息子であるドニクの元執事と現執事といったところか。
もちろんヴァルスとドニクは主従関係を結んでいるだろうし。
「力とスピードで勝負というのは変わらないんだな。対策通りにやればいいから助かるぜ」
「お前こそ今も昔も暗器主体で戦っているじゃないか。防御を重点的に行えば問題ないな」
フェブアーでも追いつけるか分からないほどの激しい動きをしながら2人は言い合う。
もしかして・・・カルスは優秀な戦闘員だったりする?
「リレン様、危ない!伏せてください!」
カルスの真剣な声を聞いて、反射的に頭を抱えてしゃがみ込む。
数秒後、後ろで屋敷中に響くような轟音とともに兵士たちの叫び声が聞こえてくる。
ゆっくりと振り返ると、金属製の球のようなものが壁にめり込んでいた。
ヴァルスは暗器主体で戦うと聞いたが、まさかこちらに飛ばしてくるとは思わなかったな。
少々、油断していたようだ。
「カルス、僕から1つの命令を出す。仲間の命を奪おうとした罪人を捕縛せよ!」
「分かっております。リレン様は卑怯者の暗器にお気をつけください」
俺への注意喚起に相手への皮肉をさり気なく混ぜ合わせるスタイルは感服する。
敵を揺さぶるには、いついかなる時も皮肉を絶やさないこと。交渉のテクニックの1つだ。
「ふざけやがって!誰が卑怯者だ!」
「全くこの戦いに関係が無かった王子を狙う時点で卑怯者じゃないか」
こちら側の狙い通り、ヴァルスの攻撃が単調なものになると同時に暗器も使わなくなった。
生まれた隙を見逃さず、カルスが圧倒的なパワーを使って蹂躙していく。
もはや勝敗は決したと誰もが思った。
「ヴァルス、君は怒ると攻撃が単調になるな。そこを突かれそうになったら注意でしょ?」
「す、すみません」
しかし、図書室に悠然とした足取りで入ってきたドニクが執事を叱咤する。
味方である主の登場でスイッチが入ったのか、今度はヴァルスがカルスを押し返していく。
ここぞという場面で出された暗器に足元を掬われ、カルスがバランスを崩した。
「暗器くらいなら私も防げます。ルールは無いようですのでここからは2人で行きますよ」
そのまま暗器の追撃を受けるか・・・と思われたがフェブアーが剣で防ぐ。
リアムとの戦いで使った剣ではなくソラスの方である。
俺たちが図書室に入る前はフェブアーがヴァルスと戦っていたものな。
彼の強さは十二分に知っているということなのだろう。
「フェブアーにも命令。カルスと協力してそこにいる犯罪者を捕縛しなさい」
「了解しました」
騎士のフェブアーらしく短い返事を返すと、容赦なく敵を睨みつける。
カルスも臨戦体制を取りながら相手の出方を探るようだ。
俺にはよく分からないが、2人を相手にするときはタイマンと戦い方が違うのだろう。
こうして決戦の火蓋が切って落とされた。
目にも止まらぬ速さで剣や拳をぶつけ合う3人の様子を気圧される感じで見ていた。
「君の執事の生い立ちって知ってるの?」
ふと隣を見て見れば、ドニクが意地悪な笑みを浮かべながら俺を見ている。
前の問いは俺に向けられたものなのだろう。
「いや、聞いたことも無い。誰でも言いたくない過去の1つや2つあるだろうしね」
俺で言えば前世での記憶のおかげでチートの5歳児が出来てしまっているということか。
普通、こんなにペラペラ話せる5歳児なんていないんだろうな。
「そうか、それじゃ教えてあげるよ。あんなのでも元々は僕の執事だったわけだし」
別に教えてくれなくてもいいのだが。
純粋に興味があったので話半分で聞いてみることにした。
いつの間にかボーラン、フローリー、マイセスが近くにいたのはこの際無視しよう。
「まずはお茶の銘柄で喧嘩した夜に王城勤めを打診されたというのは知っているね」
それくらいは知っているよね?という挑戦のつもりのようだ。
俺は少々イラッとしながらも口を開いた。
「もちろん知っているよ。それでその先はどうなるの?まさか終わり?」
「そんなわけ無いだろう。僕はカルスのことを気に入っていた。しかし父上が気に入っていなかった。だからキツく当たるしか無かったんだ。意味は分かるね」
一瞬だけドニクが悲し気な瞳をした。
この少年・・・実際は鈍いんじゃなくて、権力者に逆らえないだけなんじゃ・・・。
彼からしたら俺だって立場が上なわけだし。
つまり、あれが領主館を混乱に陥れるための罠だと分かっていながら門を開放した?
「お父さんにイジメる事を強要されてたってわけね。しかも自分が好きな人を」
フローリーが同情するように言った。
ボーランとマイセスも言葉の意味を正確に把握したのか俯いている。
「お茶の事件も父上に上手く使われただけだし。あれも自分が寝ぼけていて言い間違えたんだなって分
かってた。でも断れなかったんだ。昔から逆らったら殴られていたからね。今度もそういう目に合うんじゃないかと思うと怖くて・・・」
胸に当てられたドニクの手は小刻みに震えていた。
何か言ったらお父さんに殴られるんじゃないかという恐怖に支配されてしまっている。
この状態では正確な判断を下すのは難しいだろう。
「それで自分が一番信頼していた執事が王城に左遷されちゃったと」
「そうなるね。今のヴァイスも悪くはないけど・・・やっぱりカルスの美味しいお茶がいいな」
あのお茶は確かに美味しいもんね。
それはそうと、どうにかしてドニクの中から父親への恐怖心を抜いてあげなきゃ。
幸いなことにオーガスの断罪会というイベントが控えているし使わない手は無いよね。
「リレン様、命令の通り罪人を捕縛いたしました」
カルスの声を聞いてそちらに視線を向けると、ヴァイスが縄で縛られていた。
これでオイプスを助けることが出来るし、領主軍の勢いを削げる。
後は領主のオーガスがダリマ郡から帰ってきた瞬間を狙って捕縛するだけ。
資料を突き付けてドニクに断罪してもらうんだ。
公開断罪会という当初の予定も守りつつ、恐怖心も抜いてあげよう。
俺は兵士たちの方を向いて静かに命令した。
「この屋敷中にある不正の証拠という証拠を探して来て。断罪はすぐそこにあるぞ」
「「「はい!」」」
2百ほどの兵士たちの声が1つに揃って、各部屋に散っていく。
「私が指示する者を探し出せ。探索。捜索対象はデナム郡の領主」
赤いランプはこの館から200メートルほどのところを動いていた。
発案者であり、元指揮官を失った義勇軍は戦意を消失しかけていた。
「回復魔法が得意な私の前で死なせられるとでも?完全回復<パーフェクト・ヒール>」
フローリーが冷たい声で呟いて回復魔法を掛ける。
呼吸が乱れていたオイプスも、薄い緑色の光に包まれた後は安定してきた。
回復は成功といって良い。
問題はオイプスを躊躇いなく殺そうとした黒服の男だろう。
動きがとても早く、1回目の攻撃を躱せたのが奇跡だと思えるくらいだ。
俺の魔法は当たらないだろうし、ボーランやフェブアーの剣でも隙を突かれて終わる。
何より、俺とフローリーの2人を重点的に潰せば回復は出来ない。
これは由々しき問題だ。
仕方が無いので数の差で押し潰そうと思ったその時、黒服の男の短刀が宙を舞った。
同時に何者かが俺の前を横切り、男に蹴りを入れる。
まともに喰らった男は2メートルほど吹っ飛んで本棚に頭を強打した。
「痛ってぇな・・・。やっぱりお前は叩きのめそうか。王族の犬に成り下がったカルス」
「僕もドニクの奴隷と化したヴァルスが決戦の相手で嬉しいよ」
黒服の男――ヴァルスとカルスは起き上がったと同時に皮肉をぶつけ合う。
どうやら2人は旧知の仲のようだ。
考察をするとすれば、オーガスの息子であるドニクの元執事と現執事といったところか。
もちろんヴァルスとドニクは主従関係を結んでいるだろうし。
「力とスピードで勝負というのは変わらないんだな。対策通りにやればいいから助かるぜ」
「お前こそ今も昔も暗器主体で戦っているじゃないか。防御を重点的に行えば問題ないな」
フェブアーでも追いつけるか分からないほどの激しい動きをしながら2人は言い合う。
もしかして・・・カルスは優秀な戦闘員だったりする?
「リレン様、危ない!伏せてください!」
カルスの真剣な声を聞いて、反射的に頭を抱えてしゃがみ込む。
数秒後、後ろで屋敷中に響くような轟音とともに兵士たちの叫び声が聞こえてくる。
ゆっくりと振り返ると、金属製の球のようなものが壁にめり込んでいた。
ヴァルスは暗器主体で戦うと聞いたが、まさかこちらに飛ばしてくるとは思わなかったな。
少々、油断していたようだ。
「カルス、僕から1つの命令を出す。仲間の命を奪おうとした罪人を捕縛せよ!」
「分かっております。リレン様は卑怯者の暗器にお気をつけください」
俺への注意喚起に相手への皮肉をさり気なく混ぜ合わせるスタイルは感服する。
敵を揺さぶるには、いついかなる時も皮肉を絶やさないこと。交渉のテクニックの1つだ。
「ふざけやがって!誰が卑怯者だ!」
「全くこの戦いに関係が無かった王子を狙う時点で卑怯者じゃないか」
こちら側の狙い通り、ヴァルスの攻撃が単調なものになると同時に暗器も使わなくなった。
生まれた隙を見逃さず、カルスが圧倒的なパワーを使って蹂躙していく。
もはや勝敗は決したと誰もが思った。
「ヴァルス、君は怒ると攻撃が単調になるな。そこを突かれそうになったら注意でしょ?」
「す、すみません」
しかし、図書室に悠然とした足取りで入ってきたドニクが執事を叱咤する。
味方である主の登場でスイッチが入ったのか、今度はヴァルスがカルスを押し返していく。
ここぞという場面で出された暗器に足元を掬われ、カルスがバランスを崩した。
「暗器くらいなら私も防げます。ルールは無いようですのでここからは2人で行きますよ」
そのまま暗器の追撃を受けるか・・・と思われたがフェブアーが剣で防ぐ。
リアムとの戦いで使った剣ではなくソラスの方である。
俺たちが図書室に入る前はフェブアーがヴァルスと戦っていたものな。
彼の強さは十二分に知っているということなのだろう。
「フェブアーにも命令。カルスと協力してそこにいる犯罪者を捕縛しなさい」
「了解しました」
騎士のフェブアーらしく短い返事を返すと、容赦なく敵を睨みつける。
カルスも臨戦体制を取りながら相手の出方を探るようだ。
俺にはよく分からないが、2人を相手にするときはタイマンと戦い方が違うのだろう。
こうして決戦の火蓋が切って落とされた。
目にも止まらぬ速さで剣や拳をぶつけ合う3人の様子を気圧される感じで見ていた。
「君の執事の生い立ちって知ってるの?」
ふと隣を見て見れば、ドニクが意地悪な笑みを浮かべながら俺を見ている。
前の問いは俺に向けられたものなのだろう。
「いや、聞いたことも無い。誰でも言いたくない過去の1つや2つあるだろうしね」
俺で言えば前世での記憶のおかげでチートの5歳児が出来てしまっているということか。
普通、こんなにペラペラ話せる5歳児なんていないんだろうな。
「そうか、それじゃ教えてあげるよ。あんなのでも元々は僕の執事だったわけだし」
別に教えてくれなくてもいいのだが。
純粋に興味があったので話半分で聞いてみることにした。
いつの間にかボーラン、フローリー、マイセスが近くにいたのはこの際無視しよう。
「まずはお茶の銘柄で喧嘩した夜に王城勤めを打診されたというのは知っているね」
それくらいは知っているよね?という挑戦のつもりのようだ。
俺は少々イラッとしながらも口を開いた。
「もちろん知っているよ。それでその先はどうなるの?まさか終わり?」
「そんなわけ無いだろう。僕はカルスのことを気に入っていた。しかし父上が気に入っていなかった。だからキツく当たるしか無かったんだ。意味は分かるね」
一瞬だけドニクが悲し気な瞳をした。
この少年・・・実際は鈍いんじゃなくて、権力者に逆らえないだけなんじゃ・・・。
彼からしたら俺だって立場が上なわけだし。
つまり、あれが領主館を混乱に陥れるための罠だと分かっていながら門を開放した?
「お父さんにイジメる事を強要されてたってわけね。しかも自分が好きな人を」
フローリーが同情するように言った。
ボーランとマイセスも言葉の意味を正確に把握したのか俯いている。
「お茶の事件も父上に上手く使われただけだし。あれも自分が寝ぼけていて言い間違えたんだなって分
かってた。でも断れなかったんだ。昔から逆らったら殴られていたからね。今度もそういう目に合うんじゃないかと思うと怖くて・・・」
胸に当てられたドニクの手は小刻みに震えていた。
何か言ったらお父さんに殴られるんじゃないかという恐怖に支配されてしまっている。
この状態では正確な判断を下すのは難しいだろう。
「それで自分が一番信頼していた執事が王城に左遷されちゃったと」
「そうなるね。今のヴァイスも悪くはないけど・・・やっぱりカルスの美味しいお茶がいいな」
あのお茶は確かに美味しいもんね。
それはそうと、どうにかしてドニクの中から父親への恐怖心を抜いてあげなきゃ。
幸いなことにオーガスの断罪会というイベントが控えているし使わない手は無いよね。
「リレン様、命令の通り罪人を捕縛いたしました」
カルスの声を聞いてそちらに視線を向けると、ヴァイスが縄で縛られていた。
これでオイプスを助けることが出来るし、領主軍の勢いを削げる。
後は領主のオーガスがダリマ郡から帰ってきた瞬間を狙って捕縛するだけ。
資料を突き付けてドニクに断罪してもらうんだ。
公開断罪会という当初の予定も守りつつ、恐怖心も抜いてあげよう。
俺は兵士たちの方を向いて静かに命令した。
「この屋敷中にある不正の証拠という証拠を探して来て。断罪はすぐそこにあるぞ」
「「「はい!」」」
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