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「未来」
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ピピピ…ピピピ…ピピピ……
朝6時半にセットしているスマホのアラーム音で、わたしは目を覚ました。
森坂くんが学校に来なくなってから、今日で3日目。
どうやら家にも帰っていないらしい。同じ学校から2人も行方不明者が出たことで、生徒だけじゃなく保護者や地域住民も不安がり、この辺りはかなりの騒ぎになっている。
先生や警察からも事情を訊かれ、全員学校が終わったらまっすぐ家に帰るように指導された。今では街を軽くうろつくだけで、有志で見回っている人たちからすぐ声をかけられてしまう。
そのせいで、まだ大丈夫おじさんに会いに行けていない。
わたしは眠い目をこすり、スマホを取ろうとベッド横のテーブルに手を伸ばした。
体中がひどく重たい。筋肉痛みたいにしびれている。パジャマも汗でびっしょりだ。
何かおかしい。見ると、つけっぱなしにしていたはずのエアコンが止まっている。
「なんなの、もう……」
暑さと気持ち悪さで、完全に目が覚めた。ピピピという音がいつも以上に苛立たしい。
わたしはベタつく髪と痛む腕に舌打ちして、乱暴にスマホを手に取る。
連打でアラームを止めると、画面に通知が1件表示された。
『森坂くんからメッセージが届いています』
「え、うそ!!」
飛び起きたわたしは、思わずスマホを落としそうになってしまう。
わたしはベッドに座ると、急いでメッセージアプリをひらいた。
森坂くんから送られてきたのは、数分の動画だった。
「なにこれ…真っ黒じゃん」
サムネには何も映っていない。少し不審に思いつつ、動画を再生する。
すると――
『やめろ…やめろよ……なんでこんなことするんだよ!』
森坂くんの声だ。
聞くに堪えないほど潰れていて、ガラガラに掠れた声だけど、わたしにはわかる。
画面の向こう側で、コンクリートの床を必死に這う森坂くん。
よく見ると、足から血を流していた。
『俺がお前に何かしたかよ…どうして……』
森坂くんは何かを…誰かを見ている。彼の視線の先を辿ると、画面の右端から黒いレインコートのような服を着た人物が現れた。
服の色が暗い部屋と完全に同化しているうえに、フードをすっぽり被っていて顔が見えない。
その人は血の付いたのこぎりを片手に、森坂くんとの距離をじわじわと詰めていく。
『少し、黙ろうか。あんまりうるさいと優しくできないよ?』
わたしは血の気が引いた。
この人の姿や言葉が恐ろしかったからではない。
間違いなく…この声を、わたしは知っている。
『君には同情するよ。でもね、私はあの子の願いを叶えてあげないといけないんだ』
誰か。やめろ。助けて――。
痛々しい声をあげながら、重しのような足を必死に引き摺り這う森坂くん。
そんな彼を弄ぶかのように、レインコートの人物は1歩ずつ、ゆっくりと距離を詰めていく。
『私だって好きでこんなことしてるわけじゃないんだよ。でもね、あの子は君の事が好きなんだって。君を自分の物だけにしたいんだって。愛されてるねぇ』
森坂くんが、画面の端で止まった。
壁際まで追い詰められた彼はもうなすすべもなく、体を縮こまらせている。
わたしも震えていた。それなのに、画面から目を離せない。
――もう逃げられない。
『可哀想にね。でも、私の方がもっと可哀想。今までずっと、頭のおかしいあの子の願いを叶えてあげなくちゃならなかったんだから。けれど、それも今日で最後。君をあの子への最後のプレゼントにして、私は自由になるんだ』
レインコートの人物が、森坂くんのすぐ前に立った。
そして、
『ねえ、一緒にお祝いしよう?』
その言葉と同時に、持っていたのこぎりを振り上げた。
「ひっ」
わたしは咄嗟に目を閉じ、スマホを遠ざけた。
森坂くんの悲鳴。『助けて』と泣き叫ぶ声。
甲高い笑い声。金属が、何か固いものとぶつかる鈍い音――
悲鳴は徐々にか細くなっていき、やがて笑い声も消えた。
動悸で手が震える。吐き気がする。息が上手く吸えない。
それでも、わたしはスマホから手を放せない。
数秒、十数秒、無音が続く。
もう動画が終わったのかもしれない。そう思い始めた頃、スマホからコツコツという冷たい音が鳴り始めた。
固い靴でコンクリートを踏みつけるような音が、どんどん近づいてくる。
『ね、こっち向いてよ。どうせ見てないんでしょ』
「ひっ……」
わたしだ。この人は、わたしに向けて言っている。
(――怖い。怖い怖い怖い。見たくない絶対に見たくないやめて誰か助けて!)
それなのに、顔は、目は徐々にスマホを向いてしまう。
レインコートの人物が、画面のすぐ近くで手を振っていた。楽しくビデオ通話でもしているみたいに。
ぼたぼたと血が滴っているフードを、気持ちよさそうに取り払う。
すると――
そこにいたのは、血まみれで清々しい顔をしたわたしだった。
『“お願い事”、ちゃんと叶えたから。良かったね。これでもう、大丈夫だよ』
「いやああああぁぁぁぁぁぁぁ!」
わたしはスマホを壁に叩きつけた。
呼吸がうまくできない。苦しい。涙で何も見えない。気持ち悪い。吐きそう。苦しい。吐きたい。気持ち悪い。苦しい。死ぬかもしれない・・・・・
――その時。
「きゃああああ!」
場違いに軽快な音楽がどこからか爆音で流れ始め、わたしは咄嗟に近くの枕に抱き着いた。
「なに、なんなの。なんなのなんなのなんなの!!!」
大声をあげ、手にしたばかりの枕を思い切り投げる。けれど、それで音が止まるはずもない。耳を塞いでもなんの意味もない。
音は、真下から聞こえてくる。
わたしは泣きながら、ゆっくりベッドの下をのぞき込んだ。
そこには、この前買ったばかりのスクールバッグが乱雑に押し込まれていた。
「うるさい!やめて!やめてやめてやめてやめてよ!!わたしが何をしたって言うの!?」
半狂乱で、私はバッグをベッドの下から引きずり出す。
紺色のバッグはずっしりと重く、赤黒い染みで汚れていた。
しかも変に角ばっていて、ファスナーにはわたしの字で書かれた、全く見覚えのないタグが括りつけられていた。
『残りはちゃんと、自分の力で手にいれようね。今度こそ誰かにとられちゃう前に』
訳が分からない。でもそんなこと考えてる場合じゃない。
わたしは息を止め、一気にバッグのファスナーを開いた。
中には、爆音で陽気な音楽をならす森坂くんのスマホが。
そしてその下には――
首から上だけになった森坂くんが、透明な箱の中で綺麗に沈んでいた。
朝6時半にセットしているスマホのアラーム音で、わたしは目を覚ました。
森坂くんが学校に来なくなってから、今日で3日目。
どうやら家にも帰っていないらしい。同じ学校から2人も行方不明者が出たことで、生徒だけじゃなく保護者や地域住民も不安がり、この辺りはかなりの騒ぎになっている。
先生や警察からも事情を訊かれ、全員学校が終わったらまっすぐ家に帰るように指導された。今では街を軽くうろつくだけで、有志で見回っている人たちからすぐ声をかけられてしまう。
そのせいで、まだ大丈夫おじさんに会いに行けていない。
わたしは眠い目をこすり、スマホを取ろうとベッド横のテーブルに手を伸ばした。
体中がひどく重たい。筋肉痛みたいにしびれている。パジャマも汗でびっしょりだ。
何かおかしい。見ると、つけっぱなしにしていたはずのエアコンが止まっている。
「なんなの、もう……」
暑さと気持ち悪さで、完全に目が覚めた。ピピピという音がいつも以上に苛立たしい。
わたしはベタつく髪と痛む腕に舌打ちして、乱暴にスマホを手に取る。
連打でアラームを止めると、画面に通知が1件表示された。
『森坂くんからメッセージが届いています』
「え、うそ!!」
飛び起きたわたしは、思わずスマホを落としそうになってしまう。
わたしはベッドに座ると、急いでメッセージアプリをひらいた。
森坂くんから送られてきたのは、数分の動画だった。
「なにこれ…真っ黒じゃん」
サムネには何も映っていない。少し不審に思いつつ、動画を再生する。
すると――
『やめろ…やめろよ……なんでこんなことするんだよ!』
森坂くんの声だ。
聞くに堪えないほど潰れていて、ガラガラに掠れた声だけど、わたしにはわかる。
画面の向こう側で、コンクリートの床を必死に這う森坂くん。
よく見ると、足から血を流していた。
『俺がお前に何かしたかよ…どうして……』
森坂くんは何かを…誰かを見ている。彼の視線の先を辿ると、画面の右端から黒いレインコートのような服を着た人物が現れた。
服の色が暗い部屋と完全に同化しているうえに、フードをすっぽり被っていて顔が見えない。
その人は血の付いたのこぎりを片手に、森坂くんとの距離をじわじわと詰めていく。
『少し、黙ろうか。あんまりうるさいと優しくできないよ?』
わたしは血の気が引いた。
この人の姿や言葉が恐ろしかったからではない。
間違いなく…この声を、わたしは知っている。
『君には同情するよ。でもね、私はあの子の願いを叶えてあげないといけないんだ』
誰か。やめろ。助けて――。
痛々しい声をあげながら、重しのような足を必死に引き摺り這う森坂くん。
そんな彼を弄ぶかのように、レインコートの人物は1歩ずつ、ゆっくりと距離を詰めていく。
『私だって好きでこんなことしてるわけじゃないんだよ。でもね、あの子は君の事が好きなんだって。君を自分の物だけにしたいんだって。愛されてるねぇ』
森坂くんが、画面の端で止まった。
壁際まで追い詰められた彼はもうなすすべもなく、体を縮こまらせている。
わたしも震えていた。それなのに、画面から目を離せない。
――もう逃げられない。
『可哀想にね。でも、私の方がもっと可哀想。今までずっと、頭のおかしいあの子の願いを叶えてあげなくちゃならなかったんだから。けれど、それも今日で最後。君をあの子への最後のプレゼントにして、私は自由になるんだ』
レインコートの人物が、森坂くんのすぐ前に立った。
そして、
『ねえ、一緒にお祝いしよう?』
その言葉と同時に、持っていたのこぎりを振り上げた。
「ひっ」
わたしは咄嗟に目を閉じ、スマホを遠ざけた。
森坂くんの悲鳴。『助けて』と泣き叫ぶ声。
甲高い笑い声。金属が、何か固いものとぶつかる鈍い音――
悲鳴は徐々にか細くなっていき、やがて笑い声も消えた。
動悸で手が震える。吐き気がする。息が上手く吸えない。
それでも、わたしはスマホから手を放せない。
数秒、十数秒、無音が続く。
もう動画が終わったのかもしれない。そう思い始めた頃、スマホからコツコツという冷たい音が鳴り始めた。
固い靴でコンクリートを踏みつけるような音が、どんどん近づいてくる。
『ね、こっち向いてよ。どうせ見てないんでしょ』
「ひっ……」
わたしだ。この人は、わたしに向けて言っている。
(――怖い。怖い怖い怖い。見たくない絶対に見たくないやめて誰か助けて!)
それなのに、顔は、目は徐々にスマホを向いてしまう。
レインコートの人物が、画面のすぐ近くで手を振っていた。楽しくビデオ通話でもしているみたいに。
ぼたぼたと血が滴っているフードを、気持ちよさそうに取り払う。
すると――
そこにいたのは、血まみれで清々しい顔をしたわたしだった。
『“お願い事”、ちゃんと叶えたから。良かったね。これでもう、大丈夫だよ』
「いやああああぁぁぁぁぁぁぁ!」
わたしはスマホを壁に叩きつけた。
呼吸がうまくできない。苦しい。涙で何も見えない。気持ち悪い。吐きそう。苦しい。吐きたい。気持ち悪い。苦しい。死ぬかもしれない・・・・・
――その時。
「きゃああああ!」
場違いに軽快な音楽がどこからか爆音で流れ始め、わたしは咄嗟に近くの枕に抱き着いた。
「なに、なんなの。なんなのなんなのなんなの!!!」
大声をあげ、手にしたばかりの枕を思い切り投げる。けれど、それで音が止まるはずもない。耳を塞いでもなんの意味もない。
音は、真下から聞こえてくる。
わたしは泣きながら、ゆっくりベッドの下をのぞき込んだ。
そこには、この前買ったばかりのスクールバッグが乱雑に押し込まれていた。
「うるさい!やめて!やめてやめてやめてやめてよ!!わたしが何をしたって言うの!?」
半狂乱で、私はバッグをベッドの下から引きずり出す。
紺色のバッグはずっしりと重く、赤黒い染みで汚れていた。
しかも変に角ばっていて、ファスナーにはわたしの字で書かれた、全く見覚えのないタグが括りつけられていた。
『残りはちゃんと、自分の力で手にいれようね。今度こそ誰かにとられちゃう前に』
訳が分からない。でもそんなこと考えてる場合じゃない。
わたしは息を止め、一気にバッグのファスナーを開いた。
中には、爆音で陽気な音楽をならす森坂くんのスマホが。
そしてその下には――
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