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第四章 忍者たちとの邂逅
「絶対に勝つ」countdown『3』
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芯まで冷え込む一月が始まり、内田の制服がズボンに戻った。
俺たちは今日、また歌仙高校を倒した。しかし当初のように試合にならないわけじゃない。祝勝会をする価値がある。もう定番になった駅前のファミレスで集っている。日本人の性質は大昔から全く変わらず、今テーブルにグラタンが六つ並んでいる理由など言うまでもない。
「対歌仙、ついに十回目の勝利なんだぜ。キリがいい数字なんだぜ」
「キリちゃんだけにね! なんつって、たはは」
「おお、うまいんだぜ。カンパイなんだぜ!」
オレンジジュースのグラスを掲げた速見に、
「いやいやマイティさん、カンパイしたのはあっちですぜ、っと」
とジョージが返す。ファミレスの硬いティッシュを一枚取って、そこにボールペンで完敗と書いた。脱力感しかない楽し気な笑みを浮かべてやつは続ける。
「おーう、今日の俺冴えてるーう」
「なるほど! さすがだぜ。ジョージはジョウジ冴えてるんだぜ」
常時、とその横に書く速見。そして得意げに胸を張った。
「おーう、オイラも冴えてるーう」
「うぇーい。マイティさんまじオールマイティー」
二人はドリンクバーで乾杯する。なぜか今のやり取りがツボに入ったらしく、ソウルが肩を震わせうずくまり、声を殺して笑いだした。
「何がそんなにおもしろかったんだよ」
聞くとやつは苦しげに首を振る。内田がその背中を心配そうにさすっていた。その傍らではヒイロが神妙な面持ちをして、深く悩んでいる様子。
「キリがいい数字、キリちゃんだけに?」
どうやらやつの固い頭は、この言葉遊びに追いついていないらしい。しばらく繰り返してから、我らのヒーローはようやくハッとして呟いた。
「あ。桐島のことか」
たまに天然が入るよな、ヒイロ。初めこそ、違う世界にいる英雄だとばかり思っていたが、人間らしい部分もあると二年間も同じ部活にいれば気づいてきた。案外落ち込みやすいだとか、下ネタが苦手だとか、今みたいにこう、天然だとか。普通の男子高校生だ。
部活帰りに体操服のまま、仲間が揃ってファミレスに寄る。六人とも安いグラタンとドリンクバーを頼んで、しょうもない話で盛り上がる。いい青春だ。
不意に、あまり混んでいない小規模な店内に、カランと入店の鈴の音が鳴った。
「ホンッマ腹立たしい連中やったわあああああ!」
突如ぎょっとする大声が響いた。振り向いた目線の先にある窓際のカウンター席に、同年代の少年が勢いよく腰掛ける。上が濃藍の長袖シャージで、その中のシャツは漆黒、下は濃灰色の半ズボンという、渋い色合いの格好をしている。背に大きく墨汁で一気に書かれたような、白くブチ抜かれた再生の二文字が踊る。
あれは! あの着たい体操服ナンバーワンの、シンプルなくせに男前なスポーツウェアは! 日本再生大学付属高等学校、通称ニチセイのものではないか!
俺たちは揃って腰を浮かせた。ニチセイの文バレ部は全国四位という悔しすぎる順位を持っている。欅平さんと美々実さんとヒイロが目指している、あの日本再生大学の付属高校だ。しかも欅平さんは春からその大学に通うことがもう決定している。ニチセイで優秀だと推薦を受け、エスカレーター式で日生大へ行く者も多いという。日本再生大学付属高等学校の体操服というものは、もはや超エリート高校生の象徴なのだ。少年の言葉は続いた。
「ホンッマ何がどうしてああいう態度になるんでっしゃろか! 全国一位やからってあの万葉、ワイらをホンッマなめくさってたわ。腹立たしいの極みやがなホンッマ」
それにしても古風な口調だ。ばあちゃんの代には方言を使う人も多少はいるが、現代の若者は日本全国どこで育とうと、基本的に標準語を使うのだ。だが少年は、かつての関西の訛りを使いこなして話している。大阪都の中心部では、まだ関西弁が生きている地区もあるらしい。そこの育ちなのだろう。会話するくらいの声量で言っているが、相手は見えない。ニチセイのカリキュラムには、忍術が含まれていると聞いたことがある。もしや彼の話相手は、隠れ身の術でも使っているのかもしれない。そして今の発言、万葉高校の文芸バレーボール部のことを言っていると思っておそらく間違いはない。声はまだ続いた。
「ホンッマあいつら最低でんがな。大規模なチームのくせに、練習試合にはそのうちの六人しか向かわせへんとか、バカにしとるがな。どうせ十五分以内に終わるから入れ替えの必要はないっていう、周りを見下しきった考えを持ってんねやで。その上いろは歌ていうド素人向けのチョイスをしやる。試合あとの片付けは手伝わん。ろくな挨拶もせんですぐ帰る。ホンッマひどい連中でんがな。ワイああゆうチームは、今に没落する思いますわ!」
なん、だと。あの万葉のやつらは全国四位に対しても、俺たちに向けるものと変わらない態度を取るのか。自分たちより下ならば、全て平等に虐げるのか。
「失礼つかまつる。よもやおぬし、ニチセイの文バレ部の者ではなかろうか」
やつの古臭い方言に合わせたつもりで、出来る限り渋く述べて立ち上がってみせた。少年はこちらに素早く振り向き、アンダーハンドの構えをして自然に立ち上がり対峙した。
「君ら、その体操服。もしや新古今高校の人らとちゃいまっか!」
声がでかい。方言のドきつい彼は足袋を履いていた。彫りの深い漢気を感じる眉目と、ふわっと全ての髪が後ろ向きに逆だったボリュームのある黒い頭が印象的である。俺たちの白シャツに青ズボンという変哲のない体操服を、全国四位が認知してくれているとは。古井先生の真似をする気持ちで、二三度ゆっくりと首を縦に振った。
「うむ、いかにも。我々が新古今高校、文芸バレーボール部である」
言った瞬間、窓ガラスに映る自分と目があった。あ、黒髪褐色チビが古井先生ぶったりしたら、背伸びしてる子供に見えるだけだな。やめよう。さっきまで怖い口調―関西弁ってそう聞こえてしまう―で怒っていた少年は、ころっと人懐こい雰囲気の笑顔に変わった。
「やっぱり! せやろ。新古今の文バレ部いうたらあの、ずいぶん威勢のええ女キャプテンが去年、所属してはったところでっしゃろ?」
それで知られていた理由を納得した。第一回全国大会にて、あの可憐な女武将はどこの誰だと大した騒ぎになっていたのだ。そのおかげで新古今高校は、順位も体操服もごく平凡なわりに、文バレ界隈では微妙に有名なのである。美々実さんを知っている現役生ということは、こいつは二年生か。内田がやつのボリューム満点の黒髪を見あげて瞳を輝かせた。
「ニチセイの先輩。その髪型、ワイルドでかっこいいですねっ」
急に言われた彼はぽかんと目を丸くする。己の風貌に今やっと気づいたように、ああ、と三回ゆっくり頷いてから、自分の髪をわしゃわしゃかき乱して言った。
「これぜーんぶ寝癖でんがな!」
寝癖、だと。そのふんわりオールバックが。この想定外の返しに、少し嫌な予感がよぎる。
「なあ。さっき会話が聞こえたんだが、話し相手はどこにいるんだ」
聞くと、やはり少年は初めて気づいた顔をしてから、にひっと笑った。
「ああ、ちゃうちゃう。ワイ独り言がホンッマ多おますねん。しかも声がでっかいから、会話か思いましたやろ。よくされる勘違いでんがな、あははは!」
あはははじゃねえよ! 隠れ身の術とか考えた俺のロマンを返せ! 少年は白い歯を見せて、妙なイントネーションだが聞き取りやすい個性的な声で続けた。
「おっと、そないなことより名乗り遅れてしもたがな。ワイはニチセイ文バレ部、第二期生キャプテンの、伊賀忍いうもんです。忍者のニンて書いて、シノブて読みます。以後よろしゅうたのんまっせ、新古今の、イヨオーッ、皆の衆!」
伊賀忍と名乗った妙に古風な少年は、歌舞伎のようにポーズをとった。
「え。今時、日本語の名前なんて珍しいな」
山ノ内爽流がメガネを外し目をこすった。
「有名なキャラクターが由来とかではなく?」
内田歩夢が後退りをした。
「おい、ニンと書いてシノブなんだぜ。漢字なんだぜ」
速見オールマイティが息を飲んだ。
「しかも当て字じゃない、だと」
池原緋色が目眩を起こしたように体制を崩した。
「な、なんだその、いい名前は」
この俺、小野マトペも、失礼にもはっきり指をさしてしまった。
「俺は遠道常侍っす。常に侍って書いてジョージって読みやす」
ジョージだけはノーダメージでひらっと片手を上げた。
「おお、君めっちゃええ名前でんがな、常侍くん!」
「でしょー?」
ぐはっと俺たちは一斉に精神的に負傷した。ジョージも、外人気取りな痛い名前だと思っていた、ぞ。違うのか。ああ……よく考えると祖父母の代にもじょうじさん意外といた……。
「どうせ俺は、爽やかに流れる魂」
ソウルが膝をついてから、ずるずる席に戻っていった。
「グラタン食べとく。俺のことは、いないと思って」
ちなみに今日も三倍サイズだ。
「エエーイとか言っても、僕には十万馬力、出せませんし」
卑屈になって内田が、椅子の上で膝を抱えた。
「そんで他の皆さんのお名前は?」
忍は見事なまでに空気を読まずに言い放った。こいつ。
「お、俺は、小野」
おかしい。わりと気に入っているはずのフルネームを言えなかった。この俺が、言いよどむなんて。母さん、父さん、ごめん。ヒイロが、
「池原、」
と名乗ってから、ヒーロー、と口だけ動いて、イスに倒れ込んだ。速見が、
「速見だぜ。速見と呼んでくれなんだぜ」
速見以外呼びようがない自己紹介をする。忍は歌舞伎役者のような、きゅっと上向きの真っ黒な目をぱちくりとさせ、心底不思議そうにこう言った。
「なんで常侍くん以外、苗字しか教えてくれませんのや?」
「てめえ、殺す気か! 俺のチームを皆殺しにする気か!」
「殺、なんやて。まさか君ら本名を明かしたら組織に通達が」
「ねえよ組織ってなんだよ!」
「ナイスツッコミや」
「うるせえ」
お。テンポがいい。これが、昔はよかったとばあちゃんがいつも口うるさく言っている、今は失われた関西のノリというやつか。すごいやで。
グラタンを黙々と食べながらソウルが、
「まあどうせメガネって呼ばれるし、もう本名なんか、なーんでーもいーい」
スプーンを皿に刺し、ハイテンションで机に突っ伏した。内田がグラタンを見下ろして、マカロニたちに話しかけるような目線で、笑顔で口走った。
「僕、ロボットだから食べれないんです。ねっ、茶のしずく博士」
「戻ってこい内田。あと博士の名前間違ってる」
俺のどこがヒーローなんだよ、名前のとおりオールマイティになりたかったぜ、と遠い目で呟いてチームのメンツが沈んでいく。忍はと言えば、
「なんやようわからんけど君ら、むっちゃ個性的でおもろいチームでんがな。全国大会でまた会えるんでっしゃろ。ホンッマ楽しみでんがな」
などと陽気に笑っているから、こいつ最強かもしれない。伊賀忍は俺たちのテーブルを見てグラタンを頼んだ。いやそこの感覚は同じなんかーい!
この訛りまくる忍者が率いるニチセイは今年、どんな戦い方をしてくるのだろうか。第一回全国大会では、文法などの基礎知識と高速レシーブで攻めていたが、方針はそのままだろうか。全国四位だから、弱小チームとは練習試合をしてくれないだろうか。万葉みたいに。
「なあ、戦いを申し込みたいんだが。もし予定が空いていれば」
駄目元で言ってみると、派手な寝癖をしたニチセイのキャプテンは、にひっと歯を見せる。目尻だけがつり上がった特徴的な瞳を糸にして、明るくこう答えた。
「百パーオッケーでんがな! 二月後半ならいつでも空いてまっせ!」
俺たちは今日、また歌仙高校を倒した。しかし当初のように試合にならないわけじゃない。祝勝会をする価値がある。もう定番になった駅前のファミレスで集っている。日本人の性質は大昔から全く変わらず、今テーブルにグラタンが六つ並んでいる理由など言うまでもない。
「対歌仙、ついに十回目の勝利なんだぜ。キリがいい数字なんだぜ」
「キリちゃんだけにね! なんつって、たはは」
「おお、うまいんだぜ。カンパイなんだぜ!」
オレンジジュースのグラスを掲げた速見に、
「いやいやマイティさん、カンパイしたのはあっちですぜ、っと」
とジョージが返す。ファミレスの硬いティッシュを一枚取って、そこにボールペンで完敗と書いた。脱力感しかない楽し気な笑みを浮かべてやつは続ける。
「おーう、今日の俺冴えてるーう」
「なるほど! さすがだぜ。ジョージはジョウジ冴えてるんだぜ」
常時、とその横に書く速見。そして得意げに胸を張った。
「おーう、オイラも冴えてるーう」
「うぇーい。マイティさんまじオールマイティー」
二人はドリンクバーで乾杯する。なぜか今のやり取りがツボに入ったらしく、ソウルが肩を震わせうずくまり、声を殺して笑いだした。
「何がそんなにおもしろかったんだよ」
聞くとやつは苦しげに首を振る。内田がその背中を心配そうにさすっていた。その傍らではヒイロが神妙な面持ちをして、深く悩んでいる様子。
「キリがいい数字、キリちゃんだけに?」
どうやらやつの固い頭は、この言葉遊びに追いついていないらしい。しばらく繰り返してから、我らのヒーローはようやくハッとして呟いた。
「あ。桐島のことか」
たまに天然が入るよな、ヒイロ。初めこそ、違う世界にいる英雄だとばかり思っていたが、人間らしい部分もあると二年間も同じ部活にいれば気づいてきた。案外落ち込みやすいだとか、下ネタが苦手だとか、今みたいにこう、天然だとか。普通の男子高校生だ。
部活帰りに体操服のまま、仲間が揃ってファミレスに寄る。六人とも安いグラタンとドリンクバーを頼んで、しょうもない話で盛り上がる。いい青春だ。
不意に、あまり混んでいない小規模な店内に、カランと入店の鈴の音が鳴った。
「ホンッマ腹立たしい連中やったわあああああ!」
突如ぎょっとする大声が響いた。振り向いた目線の先にある窓際のカウンター席に、同年代の少年が勢いよく腰掛ける。上が濃藍の長袖シャージで、その中のシャツは漆黒、下は濃灰色の半ズボンという、渋い色合いの格好をしている。背に大きく墨汁で一気に書かれたような、白くブチ抜かれた再生の二文字が踊る。
あれは! あの着たい体操服ナンバーワンの、シンプルなくせに男前なスポーツウェアは! 日本再生大学付属高等学校、通称ニチセイのものではないか!
俺たちは揃って腰を浮かせた。ニチセイの文バレ部は全国四位という悔しすぎる順位を持っている。欅平さんと美々実さんとヒイロが目指している、あの日本再生大学の付属高校だ。しかも欅平さんは春からその大学に通うことがもう決定している。ニチセイで優秀だと推薦を受け、エスカレーター式で日生大へ行く者も多いという。日本再生大学付属高等学校の体操服というものは、もはや超エリート高校生の象徴なのだ。少年の言葉は続いた。
「ホンッマ何がどうしてああいう態度になるんでっしゃろか! 全国一位やからってあの万葉、ワイらをホンッマなめくさってたわ。腹立たしいの極みやがなホンッマ」
それにしても古風な口調だ。ばあちゃんの代には方言を使う人も多少はいるが、現代の若者は日本全国どこで育とうと、基本的に標準語を使うのだ。だが少年は、かつての関西の訛りを使いこなして話している。大阪都の中心部では、まだ関西弁が生きている地区もあるらしい。そこの育ちなのだろう。会話するくらいの声量で言っているが、相手は見えない。ニチセイのカリキュラムには、忍術が含まれていると聞いたことがある。もしや彼の話相手は、隠れ身の術でも使っているのかもしれない。そして今の発言、万葉高校の文芸バレーボール部のことを言っていると思っておそらく間違いはない。声はまだ続いた。
「ホンッマあいつら最低でんがな。大規模なチームのくせに、練習試合にはそのうちの六人しか向かわせへんとか、バカにしとるがな。どうせ十五分以内に終わるから入れ替えの必要はないっていう、周りを見下しきった考えを持ってんねやで。その上いろは歌ていうド素人向けのチョイスをしやる。試合あとの片付けは手伝わん。ろくな挨拶もせんですぐ帰る。ホンッマひどい連中でんがな。ワイああゆうチームは、今に没落する思いますわ!」
なん、だと。あの万葉のやつらは全国四位に対しても、俺たちに向けるものと変わらない態度を取るのか。自分たちより下ならば、全て平等に虐げるのか。
「失礼つかまつる。よもやおぬし、ニチセイの文バレ部の者ではなかろうか」
やつの古臭い方言に合わせたつもりで、出来る限り渋く述べて立ち上がってみせた。少年はこちらに素早く振り向き、アンダーハンドの構えをして自然に立ち上がり対峙した。
「君ら、その体操服。もしや新古今高校の人らとちゃいまっか!」
声がでかい。方言のドきつい彼は足袋を履いていた。彫りの深い漢気を感じる眉目と、ふわっと全ての髪が後ろ向きに逆だったボリュームのある黒い頭が印象的である。俺たちの白シャツに青ズボンという変哲のない体操服を、全国四位が認知してくれているとは。古井先生の真似をする気持ちで、二三度ゆっくりと首を縦に振った。
「うむ、いかにも。我々が新古今高校、文芸バレーボール部である」
言った瞬間、窓ガラスに映る自分と目があった。あ、黒髪褐色チビが古井先生ぶったりしたら、背伸びしてる子供に見えるだけだな。やめよう。さっきまで怖い口調―関西弁ってそう聞こえてしまう―で怒っていた少年は、ころっと人懐こい雰囲気の笑顔に変わった。
「やっぱり! せやろ。新古今の文バレ部いうたらあの、ずいぶん威勢のええ女キャプテンが去年、所属してはったところでっしゃろ?」
それで知られていた理由を納得した。第一回全国大会にて、あの可憐な女武将はどこの誰だと大した騒ぎになっていたのだ。そのおかげで新古今高校は、順位も体操服もごく平凡なわりに、文バレ界隈では微妙に有名なのである。美々実さんを知っている現役生ということは、こいつは二年生か。内田がやつのボリューム満点の黒髪を見あげて瞳を輝かせた。
「ニチセイの先輩。その髪型、ワイルドでかっこいいですねっ」
急に言われた彼はぽかんと目を丸くする。己の風貌に今やっと気づいたように、ああ、と三回ゆっくり頷いてから、自分の髪をわしゃわしゃかき乱して言った。
「これぜーんぶ寝癖でんがな!」
寝癖、だと。そのふんわりオールバックが。この想定外の返しに、少し嫌な予感がよぎる。
「なあ。さっき会話が聞こえたんだが、話し相手はどこにいるんだ」
聞くと、やはり少年は初めて気づいた顔をしてから、にひっと笑った。
「ああ、ちゃうちゃう。ワイ独り言がホンッマ多おますねん。しかも声がでっかいから、会話か思いましたやろ。よくされる勘違いでんがな、あははは!」
あはははじゃねえよ! 隠れ身の術とか考えた俺のロマンを返せ! 少年は白い歯を見せて、妙なイントネーションだが聞き取りやすい個性的な声で続けた。
「おっと、そないなことより名乗り遅れてしもたがな。ワイはニチセイ文バレ部、第二期生キャプテンの、伊賀忍いうもんです。忍者のニンて書いて、シノブて読みます。以後よろしゅうたのんまっせ、新古今の、イヨオーッ、皆の衆!」
伊賀忍と名乗った妙に古風な少年は、歌舞伎のようにポーズをとった。
「え。今時、日本語の名前なんて珍しいな」
山ノ内爽流がメガネを外し目をこすった。
「有名なキャラクターが由来とかではなく?」
内田歩夢が後退りをした。
「おい、ニンと書いてシノブなんだぜ。漢字なんだぜ」
速見オールマイティが息を飲んだ。
「しかも当て字じゃない、だと」
池原緋色が目眩を起こしたように体制を崩した。
「な、なんだその、いい名前は」
この俺、小野マトペも、失礼にもはっきり指をさしてしまった。
「俺は遠道常侍っす。常に侍って書いてジョージって読みやす」
ジョージだけはノーダメージでひらっと片手を上げた。
「おお、君めっちゃええ名前でんがな、常侍くん!」
「でしょー?」
ぐはっと俺たちは一斉に精神的に負傷した。ジョージも、外人気取りな痛い名前だと思っていた、ぞ。違うのか。ああ……よく考えると祖父母の代にもじょうじさん意外といた……。
「どうせ俺は、爽やかに流れる魂」
ソウルが膝をついてから、ずるずる席に戻っていった。
「グラタン食べとく。俺のことは、いないと思って」
ちなみに今日も三倍サイズだ。
「エエーイとか言っても、僕には十万馬力、出せませんし」
卑屈になって内田が、椅子の上で膝を抱えた。
「そんで他の皆さんのお名前は?」
忍は見事なまでに空気を読まずに言い放った。こいつ。
「お、俺は、小野」
おかしい。わりと気に入っているはずのフルネームを言えなかった。この俺が、言いよどむなんて。母さん、父さん、ごめん。ヒイロが、
「池原、」
と名乗ってから、ヒーロー、と口だけ動いて、イスに倒れ込んだ。速見が、
「速見だぜ。速見と呼んでくれなんだぜ」
速見以外呼びようがない自己紹介をする。忍は歌舞伎役者のような、きゅっと上向きの真っ黒な目をぱちくりとさせ、心底不思議そうにこう言った。
「なんで常侍くん以外、苗字しか教えてくれませんのや?」
「てめえ、殺す気か! 俺のチームを皆殺しにする気か!」
「殺、なんやて。まさか君ら本名を明かしたら組織に通達が」
「ねえよ組織ってなんだよ!」
「ナイスツッコミや」
「うるせえ」
お。テンポがいい。これが、昔はよかったとばあちゃんがいつも口うるさく言っている、今は失われた関西のノリというやつか。すごいやで。
グラタンを黙々と食べながらソウルが、
「まあどうせメガネって呼ばれるし、もう本名なんか、なーんでーもいーい」
スプーンを皿に刺し、ハイテンションで机に突っ伏した。内田がグラタンを見下ろして、マカロニたちに話しかけるような目線で、笑顔で口走った。
「僕、ロボットだから食べれないんです。ねっ、茶のしずく博士」
「戻ってこい内田。あと博士の名前間違ってる」
俺のどこがヒーローなんだよ、名前のとおりオールマイティになりたかったぜ、と遠い目で呟いてチームのメンツが沈んでいく。忍はと言えば、
「なんやようわからんけど君ら、むっちゃ個性的でおもろいチームでんがな。全国大会でまた会えるんでっしゃろ。ホンッマ楽しみでんがな」
などと陽気に笑っているから、こいつ最強かもしれない。伊賀忍は俺たちのテーブルを見てグラタンを頼んだ。いやそこの感覚は同じなんかーい!
この訛りまくる忍者が率いるニチセイは今年、どんな戦い方をしてくるのだろうか。第一回全国大会では、文法などの基礎知識と高速レシーブで攻めていたが、方針はそのままだろうか。全国四位だから、弱小チームとは練習試合をしてくれないだろうか。万葉みたいに。
「なあ、戦いを申し込みたいんだが。もし予定が空いていれば」
駄目元で言ってみると、派手な寝癖をしたニチセイのキャプテンは、にひっと歯を見せる。目尻だけがつり上がった特徴的な瞳を糸にして、明るくこう答えた。
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