文バレ!②

宇野片み緒

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逸話 小野家と山ノ内家

キキ姉

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 キキ姉は、俺の三歳年上。山ノ内家の長女。物心つかない内から一緒にいて、実の姉同然に思っている。逆に言えば、異性で他人だけれど、決して恋愛対象にならない立ち位置。彼女は俺をマトペくんと呼ぶ。実の弟妹に対しても同じパターンで、ソウルくん、シールドくん、コココちゃんと言っている。ケン兄のことは、お兄ちゃん。フリーでアクセサリーデザイナーをしているキキ姉は、いつも山ノ内眼鏡店のレジ横に腰かけて、ちまちまと天然石を繋いでいる。お客さんが来たときは手を止めて、ふにゃりと笑い立ち上がる。
「いらっしゃいませ。何をお探しですか?」
 そのあいさつ変じゃない? と指摘したことがある。首をかしげたキキ姉に言った。
「眼鏡店なんだからメガネをお探しなのは分かりきってんじゃん。どのようなメガネをお探しですかって言うほうがいいと思う。何をって言っちゃうと他に何があんの? みたいな」
 するとキキ姉は、含み笑いで得意気に胸を張った。
「わざとなの! そのとおりで、メガネ以外にも取り扱っているものがあるのよ。だから私ね、メガネをお探しですか? コンタクトレンズをお探しですか? メガネケースをお探しですか? それとも、その他ですか? って言ってたんだけど、あんまり長いから、何をお探しですか? の一言にまとめたの。うふふ、工夫に気づいてくれて嬉しいわ」
 この通り、しゃべるとバレてしまうのだが彼女、ちょっとアホである。ちなみに学歴は中卒。そんな長セリフ言ってくる眼鏡店は嫌だとか、工夫してそれかよとか、突っ込みどころが無限に見つかる。いつだってこの調子なので、話していると、あらゆることがどうでもよくなってくる。ふわふわふわふわ時間が流れる。ため息をつき、伝えた。
「なら、どういったご用件ですかって言えばいいと思う。入店時は」
 その提案に、彼女は目を真ん丸にして、マトペくんかしこぉーいと間延びした声で言い、笑顔で拍手をした。いちいち大げさに感動してくれるので、自信が湧いてくる。俺ってもしかして天才かもなって。実際は逆で、キキ姉のおつむがアレなだけなんだけども。エルフみたいな髪と目の色も相まって、妖精っぽさが醸し出されている。八十年代ファッションと言われるようなデザインの、切り替えワンピースをよく着ている。見た目はわりとかしこそうに見えるし、口調も大人っぽいのに、話す内容がだいぶ宙を浮いている。あと、話しながら自分でツボに入って延々笑う癖がある。ソウルと同じだ。あいさつを提案した数日後、
「ねえマトペくん聞いて、とっても面白いから」
 と笑いをこらえながら言うので期待したが、しょうもないことだった。
「あのね。早速、どういったご用件ですかを言おうとしたんだけど、噛んじゃったのよ。私ったら、何て言ったと思う? こういったご用件ですかって言っちゃって、あははは、そしたらお客さんが、こうってどう? って聞き返すからもう、面白くって私」
 キキ姉が放つふわふわ物質は、堅い壁すらマシュマロに変えてしまいそうだ。温かく響く楽しそうな笑い声を聞きながら、俺は白いホットチョコレートでも飲んでいるような心地になる。とてつもなく純粋で、無知な人。世の中の嫌な部分を全然知らない人──いや、知らないっていうのは違うな。弟が記憶喪失になったことを筆頭に、巻き込まれるような嫌なことは、キキ姉にもいろいろあった。知らないんじゃなくて、包み込むのがうまい人。それでも少女のまま、大人になれた人。キキ姉が、これからも変わらなければいいなと俺は思う。
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