文バレ!②

宇野片み緒

文字の大きさ
上 下
18 / 23
第七章 ココペリにて

Scene2 食事

しおりを挟む
 ホテルココペリの一階にあるレストランが食事会場だった。純白の机と若葉色の椅子が清潔感を醸している、開放的な空間だ。バイキング形式で、彩り豊かな大皿が並んでいる。嬉しいことにケーキもあった。機嫌を完全に直したソウルが、わあっと顔をほころばせた。よかった。もしこれで食事がしょぼかったら、あれだけ待たせておいてこれ、とか言って再び機嫌が悪くなったかもしれない。まあソウルは好き嫌いなく食べるし、何が出てきても基本的に喜ぶのだが。しかし一つ、問題発生。八時半のグループに万葉高校がいたのだ。
 連中は、湯上りらしく浴衣で席について、意外と静かに開始を待っている。しかし、ホテルの案内人がさあどうぞと言ったとたん、阿鼻叫喚になったらどうしよう。皿をめちゃくちゃにするとか、一つのメニューばかり取るとか。偶然、堀田菩菩と目が合った。謎の威圧感に、ついお辞儀をしてしまった。すると向こうは意外にも、軽くだがお辞儀を返した。なんだ。食事の席というわきまえくらいは、やつらにもあるらしい。そんなに心配することもないか。と、一瞬期待したのに。茶色いとんがり頭がこちらを向いた。
「なんだあ、お前らと一緒かよお。気分悪いぜ」
 山田ジョンが八重歯をむき出しにして、俺たちの姿を視認するなり怒鳴った。会場にいるのは無論、万葉と新古今だけではない。皆、怪訝な顔をした。
「てめえ、なんだと。こっちの台詞だ。お前らがいたら、ここにいる全員気分悪いッ」
 売り言葉に買い言葉で、つい言い返した。ハア? とジョン。こんな場所でやりあっても皆に迷惑だ。怒りを抑え、席に着いた。腹立たしい。
「あーっ、まとさん! 同じ時間だったんですね、嬉しいですよ!」
 突然、幼い声に呼ばれて入口に目をやった。キリたち歌仙高校の六人が、揃いの浴衣姿でこちらに手を振っていた。ありがとう! 癒し! 試合に負けたことを落ち込んでいるかと心配していたが、やつらは上手く切り替えたようで、もういつも通りに元気そうだ。
「おーっ、来い! キリ机ここ空いてる。竹谷も。あとカイ。のん、まな、まっちゃん」
 隣のテーブルをたしたし叩いて笑顔で六人を呼び寄せた。
「おかしいですから。まとさん普段もっと塩対応ですから。大歓迎なんて変ですから」
 竹谷が足は近づきつつも上半身は反らして言った。失礼な。
 案内人が、これで全校揃いましたね、と確認を取った。
「おいキリ。全校揃ったとか言われてんぞ。お前らのせいで始まらなかったんじゃねえか」
 開始時刻から五分超している。てへー、と肩をすくめて桐島弟ははにかんだ。
「迷子になってました」「安定してんなオイ」
 バイキングが始まると、会場はかなり賑やかになった。ジョンの声で、
「おい堀田ァ! たこ焼きあんじゃねえか、バイキングでたこ焼きあるってすっげえよ」
 というのが聞こえた。たこ焼きが好きなんだな。もっと罵倒の嵐になるかと思っていたが、案外マイナスのことは言っていない。ただ、懸念していた独り占めは起こった。
「え、そんなに大はしゃぎするほど美味しいんだ。俺もたこ焼き食べよう」
 ソウルが友好的に、ジョンに話しかけながらたこ焼きを取ろうとした途端だ。
「ギャハハハハ、てめえの分はねえからー!」
 幼稚園児かと思うほどのしょうもないことを言って、ジョンは大皿から残りのたこ焼きを全部取ったのだ。これには、さすがのソウルもカチンと来たらしい。えっ、とか、えーじゃなくて飛び出した言葉は、濁点のついた「あ?」だった。
 真顔。ソウルめっちゃ真顔。しかし直後、目が笑ってない笑顔になり、こう言った。
「そっか、独り占めしたくなるほど美味しいんだね。でも少しは分けてほしいなあ」
 あ、これ。怒りめっちゃ抑えてるやつ。ジョンは頭に血をのぼらせて喚いた。
「アんだその赤ちゃん言葉キッモチワリイーッ! 俺を子供扱いしてんじゃねえぞ」
「あ、そう。じゃあもういい」
 声低っ。ソウルは他のおかずを取って、ふくれっ面で席に戻ってきた。
「たこ焼き取れなかった」
 むくれているソウルを見て、ジョージがへらっと肩をすくめる。
「まあまあ、次があるっしょ」
 二十個は取ったたこ焼きを、万葉の選手たちが席にて取り分けている。ホテルの人が近づいて、そうゆう取り方は遠慮してほしいと声をかけた。うあーい、と目も合わせない雑な返事。一人、皿をケーキでいっぱいにしているやつがいた。ソウルがあっ、と声をあげる。バイキングのケーキコーナーに目をやると、そこは元々何もなかったかのようになっていた。
「やられた! ちくしょうが!」
「ソウル口悪いて」
 そんなこんなで、俺たちは全く食べたいものが食べられず、ものすごく気分悪く食事の時間を過ごす羽目になったのだ。万葉の連中の偏食が酷く、サラダや野菜スープはやたら余っていたので食べられたが。あと、唐揚げは消えるのにサラダチキンは余る謎。
「今日のオイラ超健康的」
 肉が全然取れなかった皿をつつきながら、速見が無理にポジティブシンキングしていた。歌仙の竹谷が、ケーキを取りまくる万葉のやつと、トングが飛び交うような勢いで争っている。キャベツとワカメを盛った皿を手に戻ってきて、ソウルがしょげた。
「こんなことなら我慢せずに持ってきたお菓子食べてればよかった」
 かわいそう。ソウル、ケーキ大好きなのに。
「またジョージがなんか作ってきてくれるって。店で出すやつの試作とか。な?」
「それも嬉しいけど、今がケーキの気分なんだよなあ」
「今まさになう?」「今まさになう」
 その時だった。会場の空気が一変したのは。万葉の生徒たちが、一点を見て騒ぎだした。
「うわっ、トキセンだ」「トキセン」「トキセン」
 どいつもこいつも怯えた顔で、席から腰を浮かせている。
 会場の入り口から、スキンヘッドのいかつい顔のおじさんが、大股で入ってきていた。万葉高校の席へ近づくと、男はジョンにゲンコツをかました。それから一緒にはしゃいでいたやつら全員にも次々と。いっでーと呻く生徒たち。だが、言うほど痛くはなさそうだった。
「誰の責任になると思ってんだ」
 しゃがれた低い声。猛禽類を思わせる威圧感。ホテルの案内人が、深々と頭を下げた。
「すみません。時任先生。来ていただいて」
「いや。うちの生徒がバカ騒ぎしたようで」
 トキトウセンセイ。俺たち新古今高校にとっての、古井先生のような立場の方だろう。トキトウセンセイは「部屋に戻れ」とジョンたちに指示した。
「ああ? まだ三十分も余ってんのにトキセン何言ってんだよ」
 ジョンが生意気につっかかると、彼は「戻れ」とゆっくり繰り返した。冷たい目で。
「まだ食いたりねーって、ギャハハハハ」
 懲りずにバカ笑いを続けるジョン。取り巻きはもう静かだ。トキセン、が腕を上げた。
「やい、殴んのか? 教育委員会に言ってやろ」
 ジョンが脅しをかけたが、彼は殴った。頬を平手で思いっきり。高い音が鳴った。山田ジョンが呆然とトキトウセンセイを見上げている。万葉高校の他のやつは、軽蔑を示すため息をついていた。誰に向けての軽蔑かは、はっきりしない。そして、次々に立った。クビだなトキセン、などとささやきながら会場を出ていく。「あ、おい」ジョンが慌てて後を追った。指導者は笑みなど一切浮かべないまま、案内人を一瞥し、その場から大股で去った。
 あまりの恐ろしさに、キリがぽろぽろ泣き出した。あの平手打ちに打たれたのが、まるで自分だったような気持ちだ。静かになった会場に、そっと唐揚げやケーキが追加された。
「あんなの見た後じゃあ、食べる気失せますよね」
 内田が呟いたが、ソウルは切り替えが早く、即座に目を輝かせて取り皿を持った。
「え、何言ってるの食べるよ」
 一人こうゆうやつがいると、周りも切り替えやすい。この状況でケーキを取り始めたソウルを見て一瞬は会場中がドン引きしたが、一人、二人とバイキングの続きに加わり始めた。

 肉が取れる状況になったのに、ヒイロがやたら野菜を取っているので不思議だった。
「野菜好きなのか?」「うん」
 そういえば、ジョンたちが肉を独占している間も特に舌打ちなどすることなく、淡々と野菜を食べていた。マイペースかよ。そして速見と内田が、もう一度言おう、速見と、あのふええとかいう、あざとい担当の通称うさちゃんが、
「うおおおお唐揚げうめえ焼肉うめえ生姜焼きうめえハンバーグうめえ」
 と肉ばかり取ってきてはしゃいでいた。ブレてんぞ、うさぎは草食だろうが!
 ジョージはさすが家が料理店と言うべきか、バランスの良い一皿を作り上げていた。盛り付けがきれい。もし合コンとかでこうゆう取り分けが出来る女子いたら惚れそうなレベル。合コン行ったことないけど。あと、ソウルの皿は言わずもがなケーキの山。
 歌仙のぴよぴよたちは、ハンバーグを皆して取っていた。それからポテトサラダ。お子様ランチ六つ、という注文でもしたのかと見まごうほどのラインナップ。
 自由に取れるのは半時間になってしまったが、十分に楽しんで俺たちは食事を終えた。

 会場を出る。不意に、
「まとちゃん」
 後ろから小さく幼なじみの声がした。振り向くと、真剣な顔があった。
「え、何。懐かしい呼び方」
 手招き。どうしたのだろう。ずらずらと部屋に向かう列から外れた。
「どうした、食べ過ぎか? 腹痛い?」
「そういうんじゃなくて。ちょっと」
 やつは苦笑いする。俺たちが列を外れたのに気づき、
「何かありました?」
 内田が足を止めて言った。
「いや、大丈夫、先に行っといて」
 ソウルが返した。俺からも「大丈夫」と。目をぱちくりとして、
「二人ともそう言うなら」
 心配そうに頷き内田は場を去った。他のメンツはまだ気づかず、人ごみに流されていく。目の前の幼なじみは、うつむいて、あのさ、と切り出した。
「俺、小学生の頃、ああゆうこと、あっただろ」
 ソウルは記憶喪失という言葉を使わない。たぶん俺と同じで、口にすると繰り返しそうで怖いってことなんだと思う。全国大会一日目のタイミングでこの話。続く言葉が、良いものと悪いものが同じ数ずつ思い浮かんで、少し逃げたい気持ちになった。うん、と喉で言う。
「俺、あれ以来、勝負ってものが、すごく怖いんだ」
 ソウルは頼りない笑みを浮かべた。情けないだろ、と言うような。
「だろうな」
 ぽつりと返した。色素の薄い目が真ん丸く見開かれる。
「気づいてたの?」
 やっぱり。だてに幼なじみやってない。片方の肩を上げ、まあな、と返した。
「お前、記憶が戻った時、ブランク開いたからもういいとか言って、あっさり競技かるた辞めただろ。らしくねえなって思った。ソウルいつもなら、早く遅れを取り戻さなくちゃとか言ってすげえ頑張るじゃん。あれ以来、勝ち負けがあるもの全部、避けるようになった」
 ああ、そっか、バレてたか、と幼なじみは困り顔ではにかむ。
「そうなんだよ。当時は、じゃんけんですら、するの怖くなっちゃって。順番を決めるときとか。俺あとでいいから、じゃんけんなしで大丈夫だよ、みたいなこと言って」
「ソウル元々優しいから、譲りまくってても誰も気にしてなかったけどな」
「でも小野には気づかれてたんだな」
 うん、と少し笑って返す。ソウルも、少し笑った。息をついて彼は続けた。
「それでさ。このままずっと勝負を避けてたら、だめだと思った。というか、だめになると思ったって感じかな。小野が文芸バレーボール部に勧誘されたって聞いたとき、……変なこと言うよ、神様に背中押してもらった気がしたんだ。お陰で今は、あまり怖くない」
「あまり?」
 微妙な言い方がひっかかり、上ずった声で復唱した。俺たちには、いつも暗黙の了解がある。気づいていないふりを、お互いにするということ。こっそり助けるということ。そして全てが解決した後で、実は、と打ち明け合うということ。でもソウルは今、怖くない、ではなく、あまり怖くないと言った。いつもと違う。まだ解決していないのだ。これは相談だ。深刻な問題なんだ。試合中─特にチームがピンチに陥った時─ソウルがたまに見せる、あの
底なし沼のような目。こっそり助ける方法が結局見つけられず、言わせてしまった。
「うん。まだ少し、怖いな。勝負すること自体は、もう大丈夫なんだ。でも、ピンチになったら、だめだ。パニックになる。また記憶を持っていかれるんじゃないか、今度こそ戻らないんじゃないかって、妄想が取りつくんだよ。だけどマシだ。競技かるたの時は、一人対一人だっただろ。文バレは一チーム対一チームだから。自己暗示するんだ。皆がいるから大丈夫って。それで、頼んだ小野って、叫んだりする。そうすることで、だいぶ落ち着く」
 これも気づいてた? そう付け足して幼なじみはまた、はにかみ笑いを見せた。ああ、気づいてた。だからこそ毎回、任せろと返してしまうのだ。やめろと、止めてしまうのだ。頷き返すと、向かいの文学少年の顔から、笑みが消えた。彼はきっぱりと、宣言した。
「いい加減に、完全に克服したい。明日は、絶対に、他力本願なことは言わない」
 言い切るとまたすぐいつもの柔らかい雰囲気に戻って、それだけえ、と語尾を伸ばして照れ笑いした。部屋戻ろっか、と明るい声。若干の気まずさに、目を泳がせる。
「俺、トイレ寄ってから行くわ。ソウル先に戻っといていいよ」
「あ、そう?」
 こちらの心情を全て察しているように、温和に笑ってソウルは去った。言いたかったことが言えて、ほっとしたのだろう。少々浮き足立っている後ろ姿を、見送った。

 少し経ってから戻ろう。時間稼ぎに手を洗おうと、ロビーのトイレに立ち寄った。そこで運悪く、万葉高校の堀田菩菩とまたもや遭遇してしまった。食事直後じゃあるまいし、会う確率なんてだいぶ低くなっているはずなのに、なんてタイミングの悪いやつだ。普通にすれ違えばいいのに対峙してしまった。大仏のような頭髪に細い目、眉がなくて、太ったヤクザみたいな雰囲気。見ていると食事の席が思い起こされて苛立ってきた。万葉の喧しい集団の中で、こいつだけは静かだった。騒ぐ仲間を咎めるわけでもなく、ジョンが取った大量のたこ焼きを一緒につつくわけでもなく、黙々と単独行動していた。その他人面が癪なのだ。
「可哀想なやつなんだよ」
 急に菩菩が威圧的な声で呟き、ぎょっとした。
「山田ジョンのこと?」
 恐る恐る尋ねると、相手は頷いたのだろう。贅肉で首が埋もれていて、顎がうごめいた。
「幼なじみらしいな」
 低く太い声が聞いた。話が見えない。
「俺とソウルがってこと?」
 確認すると頷いたので、俺も頷いた。なんだ、この五里霧中な会話は。
「親から酷い扱いを受けている。家に居場所がない。だから外で威張り散らす」
「それは山田ジョンのことだよな」
 また、頷きが返る。硬い表情のまま、やつは言った。
「小学生の頃から知っている」
 それを聞いて、ソウルが話題に出された理由が分かった。菩菩は続ける。
「山田は、エリートになるために勉強している。親孝行じゃない。あれの親は酷い。独立して、早く縁を切りたいと言っていた。あれは、奨学金とバイト代で、学費を全て自分で賄っている。可哀想なやつだ。問題児なのは家庭環境のせいだ。あの態度は仕方ない。許せ」
 許せ、だと。苛立った。そんなの正当化してるだけだ。家庭環境のせいってなんだ。家庭環境なんて言いだしたら、うちのジョージと内田どうなるんだよ。すげえ頑張ってるじゃねえか。何にもあたり散らしてないじゃねえか。あいつら家族の悪口なんて、一言も言わないじゃねえか。ヤクザ風情の大仏野郎は、さらに神経を逆撫ですることを吐いた。
「まあ、幼なじみと呼ぶようなベタベタした感情はないが、一応、腐れ縁なものでな」
 こいつ、俺とソウルをバカにしてる。キャサリン花子、と母のペンネームが脳裏をよぎって、こんな時に思い出したことが悔しかった。お前の方がよっぽどベタベタだと言ってやろうか。傷つける言葉がいくらでも思いついた。仲良くないとか言いながら陰で一生懸命フォローしてて、くっそ気持ち悪いけど。実はジョンに片思いしてんじゃねえのお前。まじで山田ジョンみたいな言い方で、やーいホモって指さしてやろうかと思った。でも、言わなかった。図星でもそうじゃなくても、悪い冗談すぎる。代わりに、強くは思わなかったけど、決して嘘ではない気持ちの方を告げておいた。
「ジョンみたいなやつでも、心配してくれる友達っているんだな。なんか安心した」
 なんて言うわけねえだろこのドちくしょうが! と俺が菩菩に殴りかかってしまわないうちに、さっとすれ違った。俺の最後の言葉に、やつがどんな表情をしたかは知らない。
 程度が違いすぎるけど、空腹でだいぶ機嫌が悪くなるソウルについて「お腹空いてるだけだから」ってフォローする俺、と似てるのか? でも、さすがにジョンみたいに多大な迷惑をかけて騒いでるやつのことを、許してやってくれって言う対応は変だと思うけどな。
 部屋に戻ると、浴室に電気がついていて、ちょうどソウルが入っているようだった。
「マトペさん遅かったすね、ダレカと話してたんすか? ま、二分以上経ってやすけど」
 ジョージがニヤリとして言った。
「お、上手い。そのダレカだとよかったんだけどな。黒猫はいなかった」
 この会話の元ネタは、岡田淳先生の『二分間の冒険』より。ダレカという名の黒猫が登場するのだ。速見が「まぁた暗号で会話してるんだぜ」と肩をすくめた。赤毛の後輩は、ソウルの前に風呂に入っていたのか髪が少し湿っていて、既に寝巻きに着替えていた。
「浴衣にしなかったんだな」
「そおーっなんすよ! 悩んだんすよ、どっち着るか。持ってきた寝巻きね、今日のためにわざわざ買ったやつなんすわ見て見て見て見て! あ、でも後で浴衣も着やすイエーイ」
「テンション」
 ソウルが風呂からあがってきた。ロシア人の血を引く彼が浴衣だと、日本好きの観光客みたいに見える。いきなりになるが、尋ねてみた。
「なあソウル、もし俺がさっきのジョンみたいに暴れだしたら、どうする?」
 俺の幼なじみは「え、何その質問」と頬を上げて、おっとり首を傾げた。
「ええと、顔に水ばしゃってかけて、悪霊退散って叫ぶ」
 ソウルはソウルだなあ、と思ってなんだかとても安心した。
しおりを挟む

処理中です...