雨の世界の終わりまで

七つ目の子

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第九章:英雄たち

第百一話:最弱の英雄【不屈のマルス】

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「次に調べる英雄は【不屈のマルス】だな」
「何度攻撃を受けても決して倒れなかった勇者ですね」
「ああ、魔王殺しの勇者としては最も弱かったと言われているが、魔王を相手にして一度の膝もつかなかった唯一の勇者と言われているな」

 フィリオナとヴィクトリアが残した印を見てからすっかり過去の英雄達に興味を持った二人は、次に隣の大陸の英雄マルスについて調べることにした。
 最弱にして不敗の魔王殺しマルス。槍術を得意とし、いや、剣術に秀でなかったが故に槍を学んだとも言われている彼の英雄は、どんな攻撃を受けても決して倒れることなく戦い続けた、最も勇敢な英雄としても知られている。

 そうして隣の大陸へと船を乗って移動した二人は、早速マルスが生まれたとされる町へと向かった。
 今回の船旅に関しては特に何事もなく、ただ一匹魚型の魔物が襲ってきたが、誰にも気づかれることなくサニィが圧殺して終わった。見事に平和な船旅だったと言えよう。

「最弱の英雄。興味ありますねー」

 サニィもマルスには随分と興味がある様だ。それも仕方がない。マルスの記録は、比較的新しい英雄なだけ多く残っている。最弱で勇敢だという点でも、庶民の理想の英雄像として語られることが多かった。
 サニィの知っている知識だけを調べてみても、そのマルスの強さはオリヴィアよりも下の様に見える。
 デーモンに苦戦した、イフリートの群れに囲まれてボコボコにされた。
 そんな記録すら残っている英雄は、多くいる魔王殺しでもマルスただ一人だけ。
 ドラゴン討伐に趣いた際には何度も潰されて、喰われた挙句、体内から内蔵を破壊したという話だ。

 ――。

「不屈のマルスについて調べたいんだが、資料館等はないのか?」

 マルスが生まれると言われる町ウェニスに入ると、二人は早速町の役場に行ってそんなことを尋ねる。

「ああ、マルス様に関しての調べ物ならそんなことは必要ないよ」
「どういうことだ?」
「その前に、あんた達の素性を確認したい。おーい、ヘファスー」

 役場のおっちゃんはそんなことを言うと二人を奥の一室へ案内し、ヘファスという名前の職員を連れてくる。
 普通のおじいさんの様だが、勇者だとサニィは言う。

「さて、お主らが勇者マルスについて知りたいと言う二人か。ワシは一応勇者の端くれでな。嘘を見抜くことしか出来んが、お前達の素性を確認するにはそれで十分だろう?」
「ああ、何の話かは分からんが、別に隠すこともない。俺は勇者レイン。隣の大陸グレーズ王国、狛の村の出身の勇者で竜殺しだ」
「私はサニィ。同じくグレーズ王国出身で竜殺しです」

 どんな理由かは分からなくとも、それに対して二人が恐れる意味はない。
 元々素性を隠している訳でもなければ、知られて命を狙われたとしても関係がない。
 まあ、尤もここは町役場。命を狙われることなどないのだろうが。

「ま、まさか、お主らがあの隣の国の聖女様と竜殺しの……きち、あ、いや、なんでもない」
「ああ、俺達がその竜殺しの鬼畜王と聖女だ」
「ぶふっ……」

 聖女はともかく、まさか隣の大陸にまで鬼畜王の名前が漏れていることなど思いもしなかったサニィは、それに対して普通に答えるレインに思わず吹き出してしまう。
 ヘファスも二人の発言に一切の嘘が無いことを知って驚愕している。

「……確かに、分かった。ああ、確かに」
「さて、事実確認が出来たのなら英雄マルスについて教えてもらえるか?」
「おお、大丈夫だ。それならついてこい。15分程歩くが、構わんだろう?」
「もちろんだ」

 そうしてヘファスは役場を出て二人を連れると歩き出す。
 「後で観光もしてってくれよ」そんな他愛もない会話をしながら。
 15分程歩くと、一件の大きな屋敷へと辿り着く。ヘファスはその家を無遠慮にノックすると、一人の青年が出てくる。
 身長は190cm程、筋肉質で大柄な好青年。一目見て、勇者だと言う事は分かる。実力はともかく、内包するマナ量はオリヴィアにも並ぶレベル。それをサニィがレインに伝えることはなかったが、レインも何かを感じ取ったらしい。興味深げに見つめている。

「おお、どうしたんだヘファス?」
「実は彼らが英雄マルスについて調べたいと言っていてな。隣の大陸で最近話題の竜殺しレインと聖女サニィ様だ」
「おお! 彼の有名なお二人か! 君達の大陸では聖女様の影に隠れて余り話題に登らないと聞くが、この大陸では竜は強い魔物の筆頭、ドラゴンを軽く手玉にとったという君の話はよく聞くよ!! さあ、入って入って!」

 そうして、そんな風に目を輝かせる好青年に家の中へと招き入れられた二人。
 家は古く、多くの貴重な調度品が飾られている。その中でも、一際目を引く一本の槍があった。
 恐らく、勇者マルスが使ったという戦槍。と言うことは、彼は恐らく子孫なのだろう。
 魔王を前にして唯一膝すらつかなかった英雄だ。子孫が残っていても何もおかしくはない。
 青年は二人を応接室のソファに座らせると、自らがコーヒーを淹れ、二人の前へと座る。

「さて、君たちはマルスについて知りたいということだったね?」
「ああ、最近とある理由から過去の魔王殺しに興味を持ってな。知っていることは何でも良い、教えてくれると嬉しい」
「もちろんさ。君達は紛れもない英雄だ。さて、僕がそのマルスなわけだけれど、何から聞きたいかな?」

 150年前の英雄を名乗る好青年は、二人に向かって笑顔でそう言った。
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