雨の世界の終わりまで

七つ目の子

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第十三章:帰還した世界で

第百七十話:世界はあらゆる角度から

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 十四番隊隊長レイニー・フォクスチャームが行方不明になった。

 それは王都全域を震撼させる大事件となった。
 品行方正、家柄が良く、弱者の味方。
 騎士団の中でも10人に数えられる強さを持ち、正義を愛し愛国心も高い。
 少しだけ憂いを帯びた甘いマスクに長身で、スタイルも抜群だ。
 藍色の髪と合わせ、【哀愁の騎士】、【雨の騎士】などと呼ばれている。
 市井でも特に人気の高い騎士。
 竜殺しの英雄レインは、実はこのレイニー・フォクスチャームなのではという噂すら立っている。
 ブルーグレーと言われる髪の毛は藍色の髪の見間違い。
 今はショックで引きこもってしまっている王女オリヴィアと結婚し、時期王となるのは最近生まれた王子ではなくこの男ではないのか。
 竜殺しで王都を守った英雄と王女の劇的でロマンチックな出会いと言うのも、それはもう演出のしがいがある。
 男自身少し前に不幸があったこともあり、きっと姫を支え、国を支える良き王になれるだろう。
 そんな風に言われる好青年。

 そんな男が行方不明になった。
 ここのところ、王都付近で強靭な魔物の発生は確認されていない。
 彼に正面から勝てる人間がいるとすれば、ディエゴか上位の騎士団長、そして王位のもの。
 あとは噂に聞く聖女と、本当に別人であるなら竜殺し位だろうか。

 とにかく、理由も原因も分からぬ人気騎士の突然の失踪に、王都は混乱の渦に巻き込まれた。
 王都の中に、レイニーを倒せる程の魔物が潜んでいる。
 国を転覆させようと目論むテロリストが居る。等々。

 ――。

 謁見の間、王や騎士団長ディエゴの前、犯人は自分が殺したと打ち明ける。

「理由を聞こうか」

 王の声は静かだ。
 目の前の男は正しく英雄であり、これからの世界の存続の為には欠かせない存在であったのが、その理由。
 ついでに、娘が本気で恋焦がれているからというのは、置いておくとして。

「あの男が、俺にとって邪魔だったからだ」
「この国、いや、世界にとっては?」
「そうだな。かろうじて有害、と言う所だろうか」
「フィー、嘘は?」

 フィーと呼ばれる、言葉が真実か見抜くだけの力を持った侍女に尋ねる。
 侍女は、「嘘は吐いておりません」とだけ。

「殺すほどのことだったのか?」
「俺にとっては」

 俺にとっては、か。まあ、良いだろう。
 一人の騎士隊長を失うよりも、お前と敵対した方が遥かに滅亡が近づくからな。
 この件はこちらの方で片付けよう。
 そう呟くと、最後に確認とばかりに一つ。

「お前は、お前を欠いて魔王を倒せると本当に思うのか?」
「あいつを殺したお陰でな」
「…………」
「嘘は吐いておりません」とフィー。

 こうして、グレーズ騎士団十四番隊隊長レイニー・フォクスチャームは国家反逆のテロリストとして指名手配された。
 都合よく、彼の家族はサニィの住んでいた町へ観光に行った時にオーガの襲撃で死んでいる。
 徹底的な理由付け。
 二重三重の工作によって、その者が抱いていた思想は根本的に作り変えられ、それを事実として作り変えていく。
 そうしてひと月もすれば、反逆者レイニーは無事捕らえられ、処刑されたと報じられる。

 王政の国ならではの、騎士隊長行方不明事件は、本来やってはいけない方法で、ごく短い期間で沈黙を見せた。

 ――。

「レインさん、何があったんですか?」
「話して下さいませ。時間的にもわたくしの部屋を訪れた直後ですわよね」

 王城、レイン用にあてられた客室の中で、二人に詰め寄られる。
 オリヴィアの部屋で祖父の死を知り、その直後に殺人を犯す。
 レインをよく知る二人には、考えられないことだった。
 だから、必ず理由があるはず。
 そう、考えたのだ。

「あいつは、狐に憑かれていた」
「狐?」オリヴィアは分からないと首を傾げる。
「あの女狐ですか」
 サニィは確かにそれならと頷く。
 そして、島国で起きたことをオリヴィアに説明する。

「説得を聞き入れるどころか剣を抜いてきたからな。完全な殺意の前に、俺は殺す以外の選択肢を持てなかった」

 何か、違和感がある。
 そう、二人は思う。
 レインを本気で信じて好いているからこそ、あえて向けられる疑いの目。それが、何かおかしいと呟いている。
 確かに、ほぼ真実を言っているのだろう。
 そうだろうが、果たしてレインが、たかが騎士隊長相手に殺すしかないなんていう程に余裕がない選択をするのは、何処かおかしい。

 レインが狐に再び操られているのかだろうか。

 しかし、レインから狐のマナは感じない。
 王国内にも、狐の存在は感じない。
 本気で調べてみると、少しだけ、体内のマナ量が減っているのが分かる。
 どのタイミングかは分からないが、陰陽のマナが混ざってしまって、ほんの少しだけ減っている。
 とは言え、本気で注視しなければ分からない程度。

 分からない。
 分からない以上、レインを信じる。
 世界よりも、レインの方が大切なのだ。だから、誰が疑おうとも、その怪しい言葉までをも、私は信じる。
 それがサニィの結論だった。

 もちろん、そんな二人を見て、王の決断を見て、オリヴィアも、同じく信じることに決めたのだった。

  ――。

「オリヴィア様をこれ以上誑かすのをやめていただきたい」

 誰も人の来ない路地裏、藍色の髪の男はブルーグレーの男に詰め寄る。

「意味が分からない。俺はオリヴィアの師として、あいつを鍛えているだけだ」
「それをやめろと言っているんだ!!」
「……理由を説明してくれ」

 すると、藍色の男は剣を抜き、こう告げる。

「上手く取り入っているようだが、私には隠せない。貴様こそが諸悪の根源なのだろう? 本来不可能な竜殺しもそれなら納得出来るよな」

 何を言っているのか、分からない。
 今は祖父が死んだと聞いて少しばかり感傷に浸ろうと、少し遠回りをしながらサニィの所に向かっていただけだ。
 オリヴィアを鍛えるのも、魔王を殺すため。自分達を除けば最も強く、今も伸び盛りなオリヴィアを最高戦力として、次代の英雄として育てるのは、力を持つ者として当然の責務だ。
 そこに諸悪も何もない。

 しかし、考えがまとまる以前、無情にも、その次の言葉は綴られた。

「今ここで貴様を殺す。魔王レイン!」
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