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第十四章:取り敢えずで世界を救う
第二百一話:聖女の伝説
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マルスを除けば最弱だったはずのエリーの一撃によって、ドラゴンはあっさりと倒れ伏した。
それによって、他の英雄候補達の士気は逆に上がることになった。
元々、彼らはそれぞれの国でも最も強いと言える連中だ。それなりに自尊心もある。
そんな彼らが短時間ではあるが、完全な苦戦を強いられていた相手を、護衛と言う名の留守番だった僅か8歳の少女が一撃で葬り去る。
例え使った武器が最上級の宝剣だったとしても、本来であればあり得ないと言えること。
それに、『戦槍マルス』は流石に、最上級の宝剣と言える能力は有していない。すぐ真後ろに護るべき対象が居なければその効果を発揮しない。余りにもリスクの大きい武器。
だからこそあれは偶然でも、武器の力でもなんでもなく、単純にエリーの力であると評価せざるを得なかった。
守るべきものを守るべき時に守れることも、また一つの英雄性。歴戦の勇者だからこそ、彼らはそれを知っていた。
尤も、それからの彼らは凄かった。
次いで向かった75m程のドラゴンは、いとも簡単に撃破される。オリヴィアの目突きからクーリアの首狙いで一撃。
その次の、また同程度のドラゴンはディエゴの防御力に攻めあぐねたドラゴンが全力で振るった腕をライラが蹴りで粉々に吹き飛ばし、その傷口にナディアが毒剣を突き刺す。猛烈な痛みに苦しむドラゴンを、イリスが研究を続けていた呪文をルークとエレナで唱え、強力な土槍でそれを腹から貫いた。
この際ライラは反射の効かない軸足を粉砕骨折する怪我を負ったものの、サニィによって完璧な治療を施される。
それが、エリーが倒してからの二戦。
エリーも頑張っていたが、流石に地力ではまだ彼らの方が上。完全に不意を突いたあの一撃を、本人はまぐれだと認識して驕ることもなく、その二戦で活躍できなかったことを悔しそうにしていた。
「流石に私とは違いますねみなさん」
と、その二戦を見ていたサニィ。
サニィがドラゴンと相討ちになった際は、パニックに陥り無様に背中を晒して逃げ出そうとしたものだった。
とはいえ、それは仕方ない。
「お前はあの時まだ戦いを知って半年だったじゃないか」
「それはそうなんですけどね」
「それに、呪いのせいでもある」
「壁から覗いた顔を見た瞬間、死ぬのが分かっちゃいましたね、あの時は」
呪いによって、死への恐怖が増幅する。
呪いに罹っていなければ、あそこでパニックにならず相討ちにもならずに勝てた可能性もある。もちろん、あっさりと負ける可能性もあるが、少なくとも背中を晒して逃げ出した所でなんの解決にもならない事くらいは理解出来ただろう。
まあ、半年でドラゴンと相討ち出来るなど、歴史的に見ても例を見ない奇跡なわけだが。
ということは、レインも言わなかった。
「ところで、先ほどドラゴンが一頭生まれましたね。40m位。南の大陸です」
「倒しに行くか?」
「いえ、最後の予定だったドラゴンも動き始めちゃいましたので、先にそっちの方を」
「場所は?」
「アルカナウィンド王都、アストラルヴェインの南です。王都に向かってますね」
ドラゴンが動き出したとなれば、それは国の存亡に関わる危機だ。それにも関わらず、二人はのんびりとそんな会話を続ける。
そして、ライラの治療が終わった所で、最後のドラゴンへと向かう準備を始める。
ライラの怪我がかなり複雑だったので、少しの時間がかかってしまった。
「最後のドラゴンは、南門前で聖女サニィが倒すべし、と妾の力には出ている」
準備を終えた所、アリエルが不意にそんなことを言う。
確かに、そろそろ王都にもドラゴンは近づいて来ている。高い建物から見渡せば遠くにドラゴンがいるのが見える可能性がある。
「流石に、他国の王女や騎士団長に国を守ってもらうわけにはいかんと言うわけだ。ウアカリも他国の者だとバレちゃうだろうしな。本当は妾の国の力で追い返すのが良いんだろうが……」
アリエルがそう続けると、クーリアも納得した様に言う。
「聖女の国籍は広まっていない。グレーズでドラゴンを命を賭して倒したかと思えば霊峰に巨大な木を生やし、アルカナウィンドでは鬼神を従えドラゴンを狩ってきた、とウアカリにも伝わって来たからな。最近はウチの大陸の魔物消失も聖女の奇跡だと言われている」
「後は、青い花の川ですね。聖女様の通り道」
と、クーリアに続いてイリス。
なんでもかんでも、奇怪なことは聖女の仕業になるらしい。……最後のもの以外は実際にサニィの仕業に違いないので仕方ない。
「えーと、魔物消失はレインさんのお友達ですね……」
サニィは頰を染めながらそれだけを否定する。
「やってる本人が出て来なければ聖女様の仕業さ」
はっはっはと笑うクーリアと、それにつられる英雄候補達。
そこまで話して、そろそろ良い時間だからと転移を開始する。
――。
南門の前、サニィとレイン、アリエルとライラ以外はエレナの魔法で姿を消すと、ちょうどドラゴンが見え始める。
転移した彼らの前には既に兵達が集まっており、死を覚悟した者達が剣をとって構えていた。
「お主達、もう下がって良いぞ」
突然兵達にそう指示を告げるアリエルに、覚悟を決めていた誰しもが驚愕する。
「女王様! お下がりください! 相手はあの、あ……」
女王の後ろに、聖女と鬼神を見る。
女王が外に出ているとは知っていたが、現在最前線に立つ近衛騎士団以外は外交としか知らされていない。聖女と鬼神は、この国では正確な肖像画が描かれていた。
その人物と、全く同じ二人。
これは奇跡か何かだろうか。
この兵士が、そう思ってしまったのも、無理はなかった。
聖女は顔を朱に染めながら、体を仄かに光らせこう宣言する。
アリエルの示した、聖女の演出だ。
エレナが先生の晴れ舞台だからと調子に乗って白い羽を舞わせ始めるが、前に出てしまった以上怒ることすら出来ない。
ちなみにレインには黒の靄がかかっている。これは完全にルークのいたずらだ。
「わたくしが来たからにはもう安全です。この国はドラゴンの恐怖から解放されました。お下がりください。あの狂える邪竜は、わたくしにお任せを」
前に出た聖女は、巨大な120mのドラゴンを、地面から生やした一本の樹で取り込み、そのまま消失させる。戦い方の見本にすらならない問答無用の全力。得意の全力開花と分解魔法。
その日、世界中のドラゴンは一先ず絶滅した。
残り[425日]
それによって、他の英雄候補達の士気は逆に上がることになった。
元々、彼らはそれぞれの国でも最も強いと言える連中だ。それなりに自尊心もある。
そんな彼らが短時間ではあるが、完全な苦戦を強いられていた相手を、護衛と言う名の留守番だった僅か8歳の少女が一撃で葬り去る。
例え使った武器が最上級の宝剣だったとしても、本来であればあり得ないと言えること。
それに、『戦槍マルス』は流石に、最上級の宝剣と言える能力は有していない。すぐ真後ろに護るべき対象が居なければその効果を発揮しない。余りにもリスクの大きい武器。
だからこそあれは偶然でも、武器の力でもなんでもなく、単純にエリーの力であると評価せざるを得なかった。
守るべきものを守るべき時に守れることも、また一つの英雄性。歴戦の勇者だからこそ、彼らはそれを知っていた。
尤も、それからの彼らは凄かった。
次いで向かった75m程のドラゴンは、いとも簡単に撃破される。オリヴィアの目突きからクーリアの首狙いで一撃。
その次の、また同程度のドラゴンはディエゴの防御力に攻めあぐねたドラゴンが全力で振るった腕をライラが蹴りで粉々に吹き飛ばし、その傷口にナディアが毒剣を突き刺す。猛烈な痛みに苦しむドラゴンを、イリスが研究を続けていた呪文をルークとエレナで唱え、強力な土槍でそれを腹から貫いた。
この際ライラは反射の効かない軸足を粉砕骨折する怪我を負ったものの、サニィによって完璧な治療を施される。
それが、エリーが倒してからの二戦。
エリーも頑張っていたが、流石に地力ではまだ彼らの方が上。完全に不意を突いたあの一撃を、本人はまぐれだと認識して驕ることもなく、その二戦で活躍できなかったことを悔しそうにしていた。
「流石に私とは違いますねみなさん」
と、その二戦を見ていたサニィ。
サニィがドラゴンと相討ちになった際は、パニックに陥り無様に背中を晒して逃げ出そうとしたものだった。
とはいえ、それは仕方ない。
「お前はあの時まだ戦いを知って半年だったじゃないか」
「それはそうなんですけどね」
「それに、呪いのせいでもある」
「壁から覗いた顔を見た瞬間、死ぬのが分かっちゃいましたね、あの時は」
呪いによって、死への恐怖が増幅する。
呪いに罹っていなければ、あそこでパニックにならず相討ちにもならずに勝てた可能性もある。もちろん、あっさりと負ける可能性もあるが、少なくとも背中を晒して逃げ出した所でなんの解決にもならない事くらいは理解出来ただろう。
まあ、半年でドラゴンと相討ち出来るなど、歴史的に見ても例を見ない奇跡なわけだが。
ということは、レインも言わなかった。
「ところで、先ほどドラゴンが一頭生まれましたね。40m位。南の大陸です」
「倒しに行くか?」
「いえ、最後の予定だったドラゴンも動き始めちゃいましたので、先にそっちの方を」
「場所は?」
「アルカナウィンド王都、アストラルヴェインの南です。王都に向かってますね」
ドラゴンが動き出したとなれば、それは国の存亡に関わる危機だ。それにも関わらず、二人はのんびりとそんな会話を続ける。
そして、ライラの治療が終わった所で、最後のドラゴンへと向かう準備を始める。
ライラの怪我がかなり複雑だったので、少しの時間がかかってしまった。
「最後のドラゴンは、南門前で聖女サニィが倒すべし、と妾の力には出ている」
準備を終えた所、アリエルが不意にそんなことを言う。
確かに、そろそろ王都にもドラゴンは近づいて来ている。高い建物から見渡せば遠くにドラゴンがいるのが見える可能性がある。
「流石に、他国の王女や騎士団長に国を守ってもらうわけにはいかんと言うわけだ。ウアカリも他国の者だとバレちゃうだろうしな。本当は妾の国の力で追い返すのが良いんだろうが……」
アリエルがそう続けると、クーリアも納得した様に言う。
「聖女の国籍は広まっていない。グレーズでドラゴンを命を賭して倒したかと思えば霊峰に巨大な木を生やし、アルカナウィンドでは鬼神を従えドラゴンを狩ってきた、とウアカリにも伝わって来たからな。最近はウチの大陸の魔物消失も聖女の奇跡だと言われている」
「後は、青い花の川ですね。聖女様の通り道」
と、クーリアに続いてイリス。
なんでもかんでも、奇怪なことは聖女の仕業になるらしい。……最後のもの以外は実際にサニィの仕業に違いないので仕方ない。
「えーと、魔物消失はレインさんのお友達ですね……」
サニィは頰を染めながらそれだけを否定する。
「やってる本人が出て来なければ聖女様の仕業さ」
はっはっはと笑うクーリアと、それにつられる英雄候補達。
そこまで話して、そろそろ良い時間だからと転移を開始する。
――。
南門の前、サニィとレイン、アリエルとライラ以外はエレナの魔法で姿を消すと、ちょうどドラゴンが見え始める。
転移した彼らの前には既に兵達が集まっており、死を覚悟した者達が剣をとって構えていた。
「お主達、もう下がって良いぞ」
突然兵達にそう指示を告げるアリエルに、覚悟を決めていた誰しもが驚愕する。
「女王様! お下がりください! 相手はあの、あ……」
女王の後ろに、聖女と鬼神を見る。
女王が外に出ているとは知っていたが、現在最前線に立つ近衛騎士団以外は外交としか知らされていない。聖女と鬼神は、この国では正確な肖像画が描かれていた。
その人物と、全く同じ二人。
これは奇跡か何かだろうか。
この兵士が、そう思ってしまったのも、無理はなかった。
聖女は顔を朱に染めながら、体を仄かに光らせこう宣言する。
アリエルの示した、聖女の演出だ。
エレナが先生の晴れ舞台だからと調子に乗って白い羽を舞わせ始めるが、前に出てしまった以上怒ることすら出来ない。
ちなみにレインには黒の靄がかかっている。これは完全にルークのいたずらだ。
「わたくしが来たからにはもう安全です。この国はドラゴンの恐怖から解放されました。お下がりください。あの狂える邪竜は、わたくしにお任せを」
前に出た聖女は、巨大な120mのドラゴンを、地面から生やした一本の樹で取り込み、そのまま消失させる。戦い方の見本にすらならない問答無用の全力。得意の全力開花と分解魔法。
その日、世界中のドラゴンは一先ず絶滅した。
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