雨の世界の終わりまで

七つ目の子

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第五章:白の女王と緑の怪物

第六十三話:ジャイアントキリングの達人!

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 敵はタイタン一匹。
 巨人系の魔物の最上位、ドラゴンと名を連ねる最強の魔物の一角。
 でかいということは強いということ。それを体現した怪物だ。
 ドラゴン並みの巨体で、ドラゴンを倒しうる格闘能力に魔法。魔法の力はドラゴンほど強くないが、それを使えるというだけで厄介、更にドラゴンよりも長い手足を持つが故に最も隙が少ない魔物と言われている。
 これに対抗するには数よりも強い個がより有効となる相手。
 討伐した例は殆どないものの、何故か毎回一つの国を滅ぼせば消えていく天災の様な魔物。
 長い手足を振り回しでもされれば、弱い者は簡単に吹き飛ばされ逆に足でまといになってしまう。
 故に今回は騎士団も出撃はせず、四人での出撃となる。

「うわ、でかいなー」

 巨人が見えてくると、思わずエリーはそんな言葉を口にする。
 身長約80m。その強さは同サイズのドラゴンと同程度だと言われている。
 つまり、普通に考えれば80mのドラゴンを倒せなかったナディアに対して、同格のこれをライラが一人で倒すことなど出来はしない。
 もちろん、オリヴィアすら負けはしないだろうが苦戦は必至な化け物だ。
 本来であれば三人で協力すればなんとか怪我人を出さずに倒せる。
 そんなレベルの怪物。

「よしライラ、任せたぞ」

 しかしアリエルは、それを分かっていてライラに命を下す。
 タイタンは、武器を持っていない。腰みのを巻いているだけのほぼ素肌。
 その時点で、彼女の勝利を確信していた。

「はい、行ってきます。エリーオリヴィア様、護衛をよろしくお願いします」
「ええ、任されましたわ。気をつけて下さいね」
「うん、楽しみ!」

 二人も、一切の心配をせずに見送る。

 ライラの怪物という異名は今日の日の為にあるのだということを、残る三人はよく知っている。
 オリヴィアすら苦戦を強いるだろうこの巨大な魔物を、アリエルの付いたライラならば無傷に近い状態で倒せるということを。

「さて、時雨流格闘術の真髄は見極めることに有り。ライラ、あやつの魔法は大したことはない。ほぼ格闘だ。臆せず進め!」
「了解、女王陛下」

 そんなやり取りをしながら、ライラはサンダルを脱ぎ捨て突撃する。
 オリヴィアの様に目にも見えぬ速度でも、ナディアの様に足跡を立てずに走る訳でもない。ただ力強く大地を蹴って進む。

 ライラの戦闘に策は無い。
 ただ、最初に一言アリエルがアドバイスを送るだけ。正しき道を示す彼女が送るアドバイスにさえ従えば、後は積み重ねた戦闘経験がそれを忠実に再現してくれる。

 先ず、始めに巨人は握り拳でライラを叩き潰しにかかる。

 オリヴィアであれば瞬時に再加速してそれを潜り抜けるか、急激に停止して腕を走ろうとするだろう。
 ナディアならば目にナイフでも投げるか、回避しながらも拳を傷付けようとするだろう。
 ディエゴならば絶対回避を使うし、……エリーは予測付かないが、ともかく回避行動は取るはずだ。

 しかし、この緑の怪物は違う。

「うおらああああああああ!!」

 振り下ろされる拳に対して、思いっきり自らの拳を振り上げる。地面が抉れる程の踏み込みと、突き出される怪力の拳。
 しかしだからと言って、その怪力はタイタンを上回る程ではない。タイタンの拳で殴った跡だと言われる小規模のクレーターは各地に点在しているし、それをライラが作ることなど不可能だ。
 しかし、ライラは愚直に拳を合わせた。

 パァンという肉の弾ける音と共に、辺り一面が鮮血に染まる。

「うわぁ……」

 とエリー。雨の様に飛び散る血飛沫と肉片は、それ程までに凄まじい。

「ふふふ」

 とオリヴィア。自身がドラゴンの血に染まって不名誉な二つ名を付けられた時を思い出す。
そして、こう続けた。

「流石はお姉様のお友達ですわね」

 接触時の衝撃から目を瞑っていたアリエルが目を開くと、そこには衝撃の光景が広がっていた。
 いや、そうなることは分かっていても、思わずそう言ってしまう程の光景が、そこには広がっていた。

 タイタンの30m程もある右腕が、肩まで吹き飛んで、膝をついている。
 そして、黒と赤のメイド服を着た綺麗な姿のままのライラが敵を見上げて立っている。
 そんな異常な光景だ。

 ふう、と息を吐くライラは、そのまま改めて構えを取って、その心臓の位置を破壊した。


 ――。

「結局師匠の技をモノにしたってなんだったの?」

 戦いが終わった帰り道、エリーはふと尋ねた。
 師匠であって時雨流開祖とも言える鬼神レインの戦いの基本は、相手が隙を見せる程に徹底したギリギリの回避技術と、その隙を命懸けで突くという無茶苦茶な戦法だ。
 無茶苦茶さでは確かに近いものはあるのかもしれないが、師匠の格闘技術と言うには些か違和感がある。

「ああ、それはねエリー、二つあって、先ずはアリエルちゃんに相手の特性を見極めてもらうのよ。レイン様の目の役割をアリエルちゃんにやって貰って、私はそれを忠実に守る」
「ああ、なるほど。隙を見る力の代替ってことね」

 ふむふむとエリーは頷く。
 オリヴィアも同様に。
 レインの隙を見るという力は、エリーは心を読むという少しだけ近いものを持っていて、オリヴィアはその動体視力と瞬発力でなんとか解決している。
 対してライラの弱点は基本的にそこだった。
 物心付いた時から女王にその身を捧げる運命にあった彼女は、自身の体に余り頓着していなかった。
 レインに恋心を抱いて変わったと言っても、長年連れ添った本質がそう簡単に変わるわけもない。
 しかし、守ると決めた女王アリエル・エリーゼの為ならばまた別の話。彼女の話を忠実に守ることならば造作もない。
 常に正しき道を示すのも相まって、その弱点を補完していた。

「二つ目は体捌きね。私が跳ね返せるのはあくまで有機物だけだから、地面に踏み込み以上の衝撃を伝えない様に、それこそレイン様の域を目指して特訓したのよ」

 そこまで言われて、ようやくエリーも納得した。
 レインは無駄な破壊をしない。
 いつでも最短でその命を奪う為に尽力している。そこはオリヴィアが最も近く、そしてライラには遠かった点だった。

 しかし、確かに思い返して見ると、地面を抉る程の踏み込みをしたものの、地面にクレーターなど出来てはいなかった。
 血に染まって見えづらかったが、無駄な破壊をしていない。
 洗練された体術によって、ようやく彼女自身が受けるダメージを無くすことに成功したのだと思い返す。

 そう言われれば確かにそれは師匠の技術をライラ並みにモノにしたと言っても良いのかもしれない。

「なるほどねー、流石ライラさん。ジャイアントキリングの達人!」

 格上を倒すことを意味するジャイアントキリング。ライラにとってはそのまま巨人殺しの意味となっているが、巨人を倒しても返り血すら受けないのが怪物の異名の主な理由だ。

 彼女の力は、近くの人のダメージを引き受けること。そして転じて、肌に触れたものの衝撃を有機物限定で跳ね返すこと。

 返り血の内でも有機物は跳ね返してしまう為に、彼女の肌は赤く染まらない。
 戦闘前と戦闘後で服の色だけが違うというのが、彼女の怪物性をより強調していたのだった。

 そして、今日も怪物は優雅に力強く帰還する。
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