雨の世界の終わりまで

七つ目の子

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第九章:最後の魔王

第百二十九話:少し嬉しかったんです

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 どうして私だけこんな目にあうんだろう。いや、性格が悪いのだから仕方がないことか。
 ナディアはその日、そんなことを考えていた。

 ナディアが始めにそんなことを考え始めたのは、ウアカリに於いて自分が浮いていると理解した時だった。
 思春期を迎え、皆は一様に男の話で盛り上がり始めた頃、ナディアも皆と同様に男に興味を持ち始めた。そのはずだった。
 しかし、実際に目にする男は皆自分よりも弱く、一切の魅力を感じない者ばかり。
 ウアカリの力が強過ぎるナディアには、少なくとも自分よりも強い男しか興味を抱けない。そんな呪いがかかっていたのかもしれない。
 何故そんな男達を見て発情出来るのかと疑問を持ち始めたことが最初の出来事。

 それは後に相談したクーリアに、妹はウアカリの力すら持っていないと聞かされたことで一応の解決を見せた。ネガティブなことであっても、仲間がいるのだ。
 それは少なからずナディアを救っていた。

 ある日勤めていたホテルに、運命の人物がやってきた。それは湧き上がってくる衝動を抑えきれない程。
 しかし、その時もナディアは運が悪かった。
 その男の隣に居た人物は、自分と全く同じ顔。そしてその運命の筈の人物は、その隣にいる自分と同じ顔の女のことしか、まともに見ていない。

 ナディアはその時に察していた。
 自分の体の造形は、ウアカリの力は、本来ならばこの人の為に作られたものだったのだと。
 そしてこう思った。思い込もうとしていた。
 選ばれない理由は、単純に出会う順番が間違っていたから。
 抗いきれないウアカリの力で、ナディアはそんな思いの暴走を止めることが出来なかった。

 同じ顔をした女は、ナディアのことを徹底的に攻撃してきた。
 それも無理はない。
 抜群のスタイルという、彼女の抱えるコンプレックスをナディアは持っていた。その上で、ナディアは何度も何度も誘惑しようとしたのだ。
 力に抗えないとは言え、そんなことをされれば誰だって危機感を覚える。
 攻撃されることは仕方がないことだと分かって居ながらも、ナディア自身も自分の暴走を止めることが出来ない。
 同じ顔の二人は、いつしか互いに互いのことを苦手に思い始めていた。

 最後の、精神破壊さえ無ければ、ただ苦手で済んだかもしれなかったのに……。

 ――。

 どうして私だけこんな目にあうんだろう。いや、性格が悪いのだから仕方がないことか。
 ナディアはその日、そんなことを考えていた。

 森を抜け、皆に文句を付けながら魔王となる渦を見るまでは。

「……レインさん?」

 思わず口から出たその言葉を、ナディアは酷く後悔した。それを口に出した瞬間、誰しもが驚いた顔をしたからだ。
 それはつまり、その場の誰一人として、その魔王が何者であったのかを気付いていなかったということ。

 あなたは作戦に加わってはいけない。

 その意味を、その瞬間完全に理解して、慌てるアリエルを見て、絶望に浸るオリヴィアを見て、戦うディエゴを見て、転移を唱えるルークを見て、……ナディアは決意した。

 ――。

「この人も、可哀想な人なのね……」

 なんとか延命を続けながら、ナディアを見て狐は呟く。
 自分と同じく選ばれなかった人。何かがほんの少し違っていたのなら、きっと、選ばれていただろう人。そして、同じく勘違いされた人。

 狐、たまきが戦いを見ていたのは、ディエゴが死ぬ直前からだった。
 ナディアが意識を持っていた時には、たまきは一度も彼女に会ったことがない。
 それでも、たまきは察してしまった。

 この人はきっと、自分と同じなのだと。

 きっと、どうしてもレインに会いたくて、どうしても結ばれたくて、そしてどうしようもなく、それが叶わないと知っている。そんな人なのだと、たまきは察してしまった。

「私がレイン様を止めたのは、きっとあなたが理由。すぐに世界が滅びないのは、あなたのおかげなのよ」

 たまきは意識を戻さないナディアに語りかける。
 アリスやまりの様な友人達を殺したくないと思ったのは紛れも無い本心だ。
 それでもやはり、たまきの本質である魔物は、勇者を殺したがっている。世界を、滅ぼしたがっている。
 レインの魔王化を見た瞬間には、それも仕方ないかと考えていた。
 それを止めた理由はきっと可哀想なナディアを自分と重ねてしまったから。
 たまきは抑えても抑えても変わることのないその欲望を、今日もなんとか抑えつつ、自分と同じに思えてならないナディアの延命を続ける。

「あなたが魔王で、私は少し嬉しかったんです。最悪ですよね」

 戦いの最中、そう呟いたナディアの言葉と、その後の涙を知っているのは、今は亡きディエゴだけだった。
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