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第十章:鬼の娘
第百三十八話:くぅ……相変わらずなんて攻撃……
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最初の一撃、アリエルが背後に居ることを利用して、エリーは威力の上がる【戦槍マルス】を突き出した。体が自然と選択する武器を利用した初撃は、レインにすんなりと回避される。
しかし、それも想定済みだ。考えではなく、体がそう言っている感覚。
素早く懐に入り込んできたレインに、エリーは槍の柄で対処する。同時に、手元からバキッという音。
槍の柄が破壊されたことが、その時点で直ぐに分かる。
そのまま回転して、背後の【大盾フィリオナ】で押す様に距離を取ろうとするのと同時、死角となった自身の正面からマルスを放る。
背中の感触から、心の声から、レインはエリーの盾を警戒することなく、その端を掴んでそのままエリーを回し、カウンターを狙うことが分かっている。
回転方向をそのままに回されたことで、エリーは勢い良く振り返ると同時、すぐ首元までレインの手刀が来ていることに気づく。
「師匠が素手じゃなかったらもう負けかぁ」
思わずそう呟いてしまう程に、隙の無い攻撃。
エリーは回転方向、右手に【短剣ヘルメス】、反対側、左手に【片手剣ベルナール】を装備している。
ベルナールの力は、強烈な視線を発すること。
それは少なくとも、一瞬は首の位置を勘違いしてしまう程度には強烈な。
レインの手刀は、寸前の所で一瞬ベルナールの方向へ向き、その隙に右手のヘルメス、逆手に持ったそのダガーで手刀の肩元を貫こうとする。
レインは紙一重でそれを回避する。
そのタイミングで、落ちてきたマルスの刃がレインを脳天から貫こうとした時、再びそれを紙一重で回避して距離を取る。
しかし、もしも剣を持っていたならば、今の攻防だけでもエリーの首は貫かれていただろう。
それほどに、基本スペックが違う。
「師匠を知らない人なら今の短剣、当たりそうだと思うんだろうな」
今の短剣は、皮膚の一枚でも傷付けるかと言わんばかりの距離で外れていた。
それは死角から放ったマルスも同様だ。後ろに放り投げただけのマルスも、振り向いてアリエルを背にした以上は一撃必殺の威力を持つ。しかしそれも、脳天を貫くかに見えて避けられてしまう。
いつもいつもそんな戦闘を繰り返していたレインを知らなければ、頑張れば倒せるのではないかと勘違いしてしまいそうな程に限界の回避行動。
それが、いつもいつもレインの勝利に繋がっていることを、エリーは知っている。
そして、このファーストコンタクトで確実に分かったことがある。
師匠は昔よりも遥かに弱い。
既に勇者ではないというディエゴの言葉はそのままの意味。
完全に魔物と化しているのだから当然ではあるものの、かつて勇者だった時に持っていた隙を見る力を失っている。ベルナールに反応したことがその証拠だ。
そして同時に、ディエゴが6日間も生き残れたことがその更なる証明。
今のコンタクトを通して分かったことは、もしも勇者の力を維持していた場合、ディエゴは生き延びても15分程度だろう。
それ程の身体能力と判断力だった。
それは正しくかつてのレインを彷彿とさせた。しかし、勇者の力を維持していないだけでディエゴは簡単には倒せなくなる。世界から姿を消す様な力に対して、ただの物理では些か分が悪い。
とは言え、全力で殺そうとし続けた結果、六日間の時をかけて殺すことに成功したのだろう。
その位の強さだ。
「ふう、でも、楽しいね師匠」
久しぶりに感じる、レインの圧倒的な暴力。
素手で尚、自分一人では絶対に勝てないと思わせる程の熟練度に身体能力、思い切りの良さ。
まるで、オリヴィアとディエゴと自分の発想を組み合わせた様な、凡ゆる戦闘センスの塊。そんな強大な力と戦うということが、エリーはとても楽しく感じた。
殺し合い。
そんな中であっても、自分はこの人のことが大好きなんだなと、そんなことを思いながら再び斬りかかる。
父親の様な目の前の人は、魔王になった今でも目標であり続ける。
それがなんだかとても嬉しい。
「だから、全力が出せる。間違って殺しちゃったらごめんね師匠」
自分でもめちゃくちゃなことを言っているし、めちゃくちゃなことを思っていることは分かっている。
それでも、エリーは一度楽しみ始めてしまったその殺し合いを、止めること等出来はしなかった。
笑顔で殺し合う二人を訝しむ周囲の兵士達の心が遠くに感じる。
そして二本目、【戦棍ボブ】が砕かれた所で、それまで気配を消していたライラが転がっていたナディアを抱える。
砕かれた時の衝撃で一瞬隙が出来てしまった瞬間を利用して、それに反応したレインはライラの方に走って行き、中腰のライラに蹴りを入れようとした所、イリスがそれを盾で受け止める。目標地点よりも手前で抑えられた蹴りは威力を潰されるが、軸足をそのままに盾を蹴り、一回転するとそのままイリスの盾を蹴り飛ばした。
吹き飛ぶイリスは空中で体を捻ると鉈を地面に叩きつけ、同時に呪文で土をクッションに変えて受身を取る。予め想定していた事態にそれほどの怪我は無いものの、森の付近まで吹き飛んでしまう。
「くぅ……相変わらずなんて攻撃……あんな蹴りでライラさん並み……」
そう呟きながら戻っていくイリスを見て、周囲の兵士達は青ざめる。
魔王の攻撃は、殆ど見えなかった。それに対してあんな受身を取ることそのものが驚異的。
更に、ライラの打撃は有名だ。一撃でタイタンの巨体を吹き飛ばす反射の力は元より、怪力でも知られている。アルカナウィンド腕相撲大会に、エキシビジョンで参加したライラは、チャンピオンを相手に小指だけで簡単に勝利を収めてしまう程。そんな怪物に匹敵する打撃を受けて吹き飛んで、戦意を失わずに立ち向かっていけるイリスもまた化け物なのだと、兵士達はここに来てようやく理解した。
しかし実は、レインの力は実際にはライラ程はない。肉体を極限まで研ぎ澄ませてあるに過ぎない。その瞬間的なパワーだけならばライラ並み、と言うのが正しい表現。
それを聞いて、有名な最強騎士ディエゴが負けたことも、また必然の様に感じてくる。同時に、一撃一撃がライラ並みの、誰よりも速い打撃を相手にし続けて六日間も生き延びたディエゴもまた異常なのだと、この時になってようやく理解した。
「は、はは。足が竦んで動けない。英雄候補って人達はみんな、俺達とは次元が違うんだな……。と言うか、エリーって子を不謹慎だと思ってたのに笑っちまうよ」
エリーとは別の意味で兵士達が笑い始めた頃、空がカッと光り輝いた。
しかし、それも想定済みだ。考えではなく、体がそう言っている感覚。
素早く懐に入り込んできたレインに、エリーは槍の柄で対処する。同時に、手元からバキッという音。
槍の柄が破壊されたことが、その時点で直ぐに分かる。
そのまま回転して、背後の【大盾フィリオナ】で押す様に距離を取ろうとするのと同時、死角となった自身の正面からマルスを放る。
背中の感触から、心の声から、レインはエリーの盾を警戒することなく、その端を掴んでそのままエリーを回し、カウンターを狙うことが分かっている。
回転方向をそのままに回されたことで、エリーは勢い良く振り返ると同時、すぐ首元までレインの手刀が来ていることに気づく。
「師匠が素手じゃなかったらもう負けかぁ」
思わずそう呟いてしまう程に、隙の無い攻撃。
エリーは回転方向、右手に【短剣ヘルメス】、反対側、左手に【片手剣ベルナール】を装備している。
ベルナールの力は、強烈な視線を発すること。
それは少なくとも、一瞬は首の位置を勘違いしてしまう程度には強烈な。
レインの手刀は、寸前の所で一瞬ベルナールの方向へ向き、その隙に右手のヘルメス、逆手に持ったそのダガーで手刀の肩元を貫こうとする。
レインは紙一重でそれを回避する。
そのタイミングで、落ちてきたマルスの刃がレインを脳天から貫こうとした時、再びそれを紙一重で回避して距離を取る。
しかし、もしも剣を持っていたならば、今の攻防だけでもエリーの首は貫かれていただろう。
それほどに、基本スペックが違う。
「師匠を知らない人なら今の短剣、当たりそうだと思うんだろうな」
今の短剣は、皮膚の一枚でも傷付けるかと言わんばかりの距離で外れていた。
それは死角から放ったマルスも同様だ。後ろに放り投げただけのマルスも、振り向いてアリエルを背にした以上は一撃必殺の威力を持つ。しかしそれも、脳天を貫くかに見えて避けられてしまう。
いつもいつもそんな戦闘を繰り返していたレインを知らなければ、頑張れば倒せるのではないかと勘違いしてしまいそうな程に限界の回避行動。
それが、いつもいつもレインの勝利に繋がっていることを、エリーは知っている。
そして、このファーストコンタクトで確実に分かったことがある。
師匠は昔よりも遥かに弱い。
既に勇者ではないというディエゴの言葉はそのままの意味。
完全に魔物と化しているのだから当然ではあるものの、かつて勇者だった時に持っていた隙を見る力を失っている。ベルナールに反応したことがその証拠だ。
そして同時に、ディエゴが6日間も生き残れたことがその更なる証明。
今のコンタクトを通して分かったことは、もしも勇者の力を維持していた場合、ディエゴは生き延びても15分程度だろう。
それ程の身体能力と判断力だった。
それは正しくかつてのレインを彷彿とさせた。しかし、勇者の力を維持していないだけでディエゴは簡単には倒せなくなる。世界から姿を消す様な力に対して、ただの物理では些か分が悪い。
とは言え、全力で殺そうとし続けた結果、六日間の時をかけて殺すことに成功したのだろう。
その位の強さだ。
「ふう、でも、楽しいね師匠」
久しぶりに感じる、レインの圧倒的な暴力。
素手で尚、自分一人では絶対に勝てないと思わせる程の熟練度に身体能力、思い切りの良さ。
まるで、オリヴィアとディエゴと自分の発想を組み合わせた様な、凡ゆる戦闘センスの塊。そんな強大な力と戦うということが、エリーはとても楽しく感じた。
殺し合い。
そんな中であっても、自分はこの人のことが大好きなんだなと、そんなことを思いながら再び斬りかかる。
父親の様な目の前の人は、魔王になった今でも目標であり続ける。
それがなんだかとても嬉しい。
「だから、全力が出せる。間違って殺しちゃったらごめんね師匠」
自分でもめちゃくちゃなことを言っているし、めちゃくちゃなことを思っていることは分かっている。
それでも、エリーは一度楽しみ始めてしまったその殺し合いを、止めること等出来はしなかった。
笑顔で殺し合う二人を訝しむ周囲の兵士達の心が遠くに感じる。
そして二本目、【戦棍ボブ】が砕かれた所で、それまで気配を消していたライラが転がっていたナディアを抱える。
砕かれた時の衝撃で一瞬隙が出来てしまった瞬間を利用して、それに反応したレインはライラの方に走って行き、中腰のライラに蹴りを入れようとした所、イリスがそれを盾で受け止める。目標地点よりも手前で抑えられた蹴りは威力を潰されるが、軸足をそのままに盾を蹴り、一回転するとそのままイリスの盾を蹴り飛ばした。
吹き飛ぶイリスは空中で体を捻ると鉈を地面に叩きつけ、同時に呪文で土をクッションに変えて受身を取る。予め想定していた事態にそれほどの怪我は無いものの、森の付近まで吹き飛んでしまう。
「くぅ……相変わらずなんて攻撃……あんな蹴りでライラさん並み……」
そう呟きながら戻っていくイリスを見て、周囲の兵士達は青ざめる。
魔王の攻撃は、殆ど見えなかった。それに対してあんな受身を取ることそのものが驚異的。
更に、ライラの打撃は有名だ。一撃でタイタンの巨体を吹き飛ばす反射の力は元より、怪力でも知られている。アルカナウィンド腕相撲大会に、エキシビジョンで参加したライラは、チャンピオンを相手に小指だけで簡単に勝利を収めてしまう程。そんな怪物に匹敵する打撃を受けて吹き飛んで、戦意を失わずに立ち向かっていけるイリスもまた化け物なのだと、兵士達はここに来てようやく理解した。
しかし実は、レインの力は実際にはライラ程はない。肉体を極限まで研ぎ澄ませてあるに過ぎない。その瞬間的なパワーだけならばライラ並み、と言うのが正しい表現。
それを聞いて、有名な最強騎士ディエゴが負けたことも、また必然の様に感じてくる。同時に、一撃一撃がライラ並みの、誰よりも速い打撃を相手にし続けて六日間も生き延びたディエゴもまた異常なのだと、この時になってようやく理解した。
「は、はは。足が竦んで動けない。英雄候補って人達はみんな、俺達とは次元が違うんだな……。と言うか、エリーって子を不謹慎だと思ってたのに笑っちまうよ」
エリーとは別の意味で兵士達が笑い始めた頃、空がカッと光り輝いた。
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