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友達になりました!

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 「や、やめて下さい! 自分で脱げますからあ!」

 と、悲鳴にも似た声を上げたのはもちろんファロナだった。

 食事を終えた後、クラティアに連れられ向かったのは城内の大浴場だった。

 その手前の広い脱衣所に入ったところ、王家専属の女性従者がクラティアの服を脱がせていくので、それを「綺麗だなあ」とポケーっと眺めていると従者の一人がファロナの肩に手を置いた後「お召し物お預かりしますね」とファロナのワンピースの裾に手を掛けたのでファロナは声を上げたのだ。

 一般家庭の風呂とは違い、王家の入浴、洗髪洗体は全て従者任せだ。

 裸に剥かれたファロナはクラティアと共に大浴場へと向かい、されるがままに髪と体を洗われ、大きな風呂に入った時には魂が抜けたのかと思えるほどに放心していた。

「アンタ大丈夫?」

「だ、大丈夫です。ちょっと色々思考が追い付かなくて」

「まあ。確かにこの状況は普通では無いもんね」

 2人で入るにはあまりにも広過ぎる風呂に並んで座り、クラティアは足を伸ばし、ファロナは足を抱えている。

 湯加減はクラティアの好みなのだろうか、ぬるめでいつまでも入っていられそうだ。
 
 風呂の湯は透明だが、浴室には花か何かの甘い香りが漂っていて湯の温度と相まって夢の中にいるような浮遊感をファロナは感じていた。

「ねえファロナ。あなた騎士になる為に王都に来たのよね?」

「いえ、違います。私はクラティアさんの騎士になりたくて王都に来ました」

 夢心地のファロナに向かって、クラティアがファロナと同じように足を抱えながら聞く。
 
「なんで私の騎士なの? 私のお付きなんて、出世出来ないわよ?」

「関係ありませんよ。私はクラティアさんに憧れてここまで来たんですから」

 膝を抱えたまま、ファロナはクラティアの言葉に答えると、顔をクラティアの方に向けてニコッと微笑んだ。
 その笑顔の可憐さに、クラティアは顔を赤くしてプイッとファロナから顔を背ける。

「ガッカリしたんじゃない? 昔の私と今の私、随分印象が違うでしょ? よくみんなに言われるのよ。幼い頃は大人しくて儚げだったって」

「あ~。確かに昔見た時は絵本に出てくるお姫様みたいだなあって思いました」

 ファロナの言葉でクラティアの顔が曇った。
 膝を抱えていたクラティアは「この子もみんなと同じか」と思って下を向いてしまう。

「でも、私は今の元気な姫様も好きです。私みたいな田舎者に優しくしてくれましたし。お綺麗ですし、一緒にいると安心できます。それに魂の本質、クラティアさんの高潔さは昔から変わってませんし、昔のクラティアさんも今のクラティアさんも、全部ひっくるめてクラティアさんですから、私はいつまでもお慕いすると思いますよ?」

 心地の良い湯加減にボーッとしていてか、ファロナが思っていた事は全てが口から止まる事なく吐き出された。
 それを聞いたクラティアというと、後ろ暗い気持ちはどこへやら、耳まで赤くして抱えた膝に顔を埋める勢いだ。

「あ、あんた。言ってて恥ずかしくないの?」

「恥ずかしい? いえ全く。これは私の本心ですから。お父さんから言われてるんです。自分の想い、心は言葉にして伝えないと伝わらない、言える時に言わないと後悔する事になるから、誰かへの想いは伝えられる時に伝えなさいって」

「そ、そうなんだ。情熱的な方なのね」

「情熱的……うーん、どうなんでしょうねえ。お父さんって雲みたいな人なんですよ。そこにあるのに届かなくて、なにを考えているのか正直分からないんですよねえ」

「まあ。家族とはいえ、考えてる事までは分かんないわよ」

 言いながら、クラティアは自分の母親であるグランベルク王国の女王の顔を思い出していた。
 優しい母親ではあるが、それ故にだろうか、外出時には絶対に護衛を付けられ、城内での移動にすら騎士が1人以上は護衛につく。
 気が休まるのは自室とこの入浴時間だけ。
 それでも自室前には衛兵がいるし、この風呂場にすら出入り口に武芸を嗜む女性の従者達がいる。
 正直な話、窮屈で仕方ない。

「私もお母様の考えてる事なんてわからないわ。私には価値なんて無いってのに」

 グランベルク王国の王位継承権は男女に関係無く、秀でている者、強き者が王位を受け継いできた。
 それは長い歴史で覆された事が無い。
 魔物が蔓延るこの世界でこの国が栄えてきた理由の一つであり、この弱肉強食の世界においては真理ですらある。

「それは違いますよクラティアさん。人に価値なんてありません」

「え?」

「ああいや違います! なんて言ったら良いのかぁ。そ、そうです! その人の魅力は価値なんかで決まらないって事が言いたかったんであって私は! そう! 人はみんな無価値!」

 失言に慌てて身振り手振りに尻尾までバタバタ振って、失言の誤解を解こうとするファロナの姿に、最初こそキョトンとしていたクラティアだったが、不意に立ち上がったファロナが足を滑らせて盛大に湯の中に転んだのを見て声を上げて笑い出した。

「あうあう。私、姫様にとんでもない事を~」

「大丈夫。怒ってないわよ。久しぶりに大笑いしちゃったお母様に見られてたらはしたないって怒られちゃってたかも」

「ご、ごめんなさいです」

 尻尾の先を自分の顔の前で両手で掴み、しょんぼりするファロナにクラティアは微笑んで見せ、隣に座るように手招きする。
 手招きに応えてファロナはおずおずとクラティアの横に腰を下ろすが、やはり気まずい。

 しかし、そんなファロナの心とは裏腹にクラティアは抱えていた膝から手を離すと「ねえファロナ」と欲情の白い天井を見上げながら口を開いた。

「なんですか?」

「私と本当に友達になってよ」

「恐れ多いです。って言ったら怒りますか?」

「そうね。それは怒るわ」

「じゃあなります」

「じゃあって何よ!」

「ごめんなさい!」

「はあ全く。でも友達には本当になって欲しいな。私、同じ歳位の友達っていないからさ」

「私も、村では一番若かったので同じ歳くらいの友達はいませんでしたね」

「ところでファロナはいくつなの?」

「15歳です」

「一個下⁉︎  その胸で⁉︎」

「む、胸は関係ないですよね⁉︎」

 自分より遥かに豊満な胸を持つファロナに、クラティアは自分のあまり無い胸に視線を落とし、ついでに肩を落として大きなため息を吐き出した。
 だがそれもちょっとした冗談だ。
 クラティアは初めてする同年代の友達との会話を楽しんでいたのだ。

「さあ、そろそろ上がりましょうか。今日は疲れたでしょ? この後はゆっくり寝ましょ」

「あ、はい。そうですね。私は何処で寝ましょう、宿の場所とか分からないので、最悪馬小屋でも貸して頂ければぁ」

「何言ってんのよ。友達を馬小屋なんかで寝かせられるわけ無いでしょ? ファロナには私と一緒に寝てもらうわ」

「あ~。そうなんですねえ…………ええ⁉︎」

 こうして入浴を終えた二人。
 ファロナはこの日、憧れていたお姫様と一緒に眠る事になるのだった。
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