囚われ王子は焔の王に寵愛される

ノガケ雛

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第一章

第10話

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 フェルカリアは絶対に卵も王子も差し出さないと、ルイゼンとイリエントは思っていた。

 だからこそ、どのタイミングでこの会談は無かったことにしようかと、考えていたのだが、フェルカリアに来ておよそ二十日目。ここで思いもよらない皇太子からの返事に、僅かに目を見張った。


「──王子を、お渡ししましょう」
「……なんだ、気が変わったのか?」


 あまりの唐突さに、カイゼルもイリエントも顔には出さず頭の中で様々な憶測を立てていく。


「いえ。やはり療養中の王子を差し出すのは心苦しい。しかし、同盟を結ぶのであれば、貴国に我が国の医者をお送りすることもできるはず。そうすれば……王子の治療も、引き続き行えると考えました」
「……なぜ、万能薬にしなかった?」


 ルーヴェンの肩がぴくりと跳ねる。
 しかし、何事も無かったかのようにその顔には笑みを繕った。


「万能薬は、大量に作れるようなものではございません。力と命を賭してくださる貴国に、少量のものしか差し出せず、命の選択を迫るくらいであるのなら、王子を差し出すのが良いと考えたまで」
「……本心か?」
「ええ。同盟国の民や兵士の命を、天秤に乗せるなんてこと、してはならない」


 最もらしいことを言っている。
 おそらく、腹に抱えているものはそんなにも清くない。
 カイゼルもイリエントも、頭に浮かんでいるのは、王子を差し出すことでこの場を凌ぎ、そのうち王子を拐うつもりだろうという考えだ。


 ──だがしかし。

 それでも、王子をこちらに渡すという提案は、カイゼルにとって“進展”であることに違いなかった。


「……よかろう。では、受け渡しの日時と方法を決めようか」


 カイゼルが静かにそう告げたとき、ルーヴェンの眉が僅かに揺れた。
 その瞬間を、イリエントは逃さない。
 王子の受け渡し。それが本心ではないのだとしたら、必ず何か仕掛けてくるはずだ。


「受け渡しは、王子の準備も必要ですので、十日後、そして、この会談の場で、いかがだろうか」


 ルーヴェンの提案に、カイゼルはイリエントを一瞥する。
 イリエントは静かに頷いた。


「構いません。ですが、我々も安全を期すため、受け渡しまでの間、王子に接触できる者を制限していただきたい」
「……どういう意味です?」
「簡単なことです。王子を引き渡すと決めたのに、その直前で“気が変わった”などとなられては困る。我々の信用のためにも、王子にこれ以上誰かが接触し、動揺を与えるようなことは避けていただきたい、ということです」


 イリエントの柔らかな物腰に、ルーヴェンの瞳が細くなる。


「加えて、王子も何も知らない人間の元に連れていかれるのは不安でしょう。十日間の間、数日でも構いませんので、面会を」
「……わかりました」

 口では了承しながらも、その目の奥には、明らかな警戒が灯っていた。




 受け渡しは十日後に決定し、面会のタイミングについては王子の体調の良い時にということで、会談を終えた。
 しかし、客間に戻るカイゼルとイリエントは、決して晴れやかな顔をしていなかった。
 

「──どう思う」

 
 部屋につき、ソファーにドサッと座ったカイゼルは、イリエントに問う。


「ええ。ひとまず、この交渉が上手くいくようにということなのでしょうね」
「だろうな。……しかし、ここまで渋ったのにも関わらず、呆気なさすぎる。……もしや、偽物を渡すつもりでは無いのか?」
「可能性はありますね。なぜなら、彼らは陛下がノアリス王子のお顔を見たことがあると知らないはず。例え四年前にお顔を見ていたとしても、病によって憔悴し、表情が乏しくなったとでも言えば、こちらは何も言えないと思っているでしょう」


 明らかに『違う』と分かっていても、公の場で否定する事は、フェルカリアの王族を否定することと同意と見なされてしまいかねない。


「……顔だけでなく、話し方や、癖で気づけることもある」
「それでも、口に出せないかもしれません。ですが、こちらに引き渡された後であれば、誰に咎められることもない」


 イリエントは紅茶をひと口飲み、言葉をつなぐ。


「どちらにせよ、我々には”受け渡しの瞬間”より、その“後”が肝心です」
「……用心に越したことはない。どんな形であれ、ノアリス王子を保護する。それが第一だ」

 
 二人は言葉少なに頷き合い、静かに作戦を練り始める。
 

 ──その頃、誰とも会うことのない王子の部屋では、別の緊張が漂い始めていた。
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