囚われ王子は焔の王に寵愛される

ノガケ雛

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第一章

第18話

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 呼吸が整うと、カイゼルは腕を離し、ノアリスの頭をそっと撫でた。


「落ち着いたか?」
「……はい。すみません」
「いいんだ」


 顔を上げたノアリスは、零れた唾液を袖で拭う。
 そして、カイゼルを見つめた。


「ご迷惑を、おかけしました……」
「迷惑だなんて思っていない。……この部屋は落ち着かないか?」
「ぁ、いえ、そうでは、なくて」
「無理をしなくていい。初めて来た国で、心細いのもあるのだろう。離れて悪かった」


 カイゼルは何一つ悪くないのに、反対に謝られてしまい、胸がキュッとする。


「……ノアリス、犬は好きか?」
「い、犬、ですか?」


 しかし、それも突然問いかけられたことで無くなり、今度は驚くことになった。
 どうして、犬なのだろうか。


「城で飼っている犬がいる。穏やかな子だ。噛むこともない。よければ、俺が一緒にいられない時は、その子を連れてきても良いか?」
「……私は、犬の扱いは、よく、わかりません……」


 見たことはある。
 しかし、触れたことはない。
 ましてや世話だって。
 ──でも。


「嫌なら、やめておこう」
「ぁ……」
「ん?」
「……」


 ノアリスは少し悩んでから、俯いて両手を揉んだ。


「い、嫌では、なくて、」
「ああ」
「……触れ合い方を、教えて、くださいますか……?」


 ふわふわな生き物に触れてみたい。
 それに、きっと、動物は純粋で、悪意は無い。
 カイゼルにお願いするのは緊張して、未だに目も合わせられない。


「もちろん。そなたの望むものは、全て与えよう」
「っ……」


 柔らかい声。つられるように顔を上げれば、彼は口角を上げて、細めた目でこちらを見つめていた。


 カイゼルは外にいた従者に声を掛けに行き、それから少しすると大きな犬がやって来た。
 犬は、ノアリスの前で尻尾をブンブン振りながら、大人しく床に座っている。


「名前はロルフ。雄だ」
「ろるふ」
「そっと撫でてやってくれるか?」


 ノアリスはひとつ頷くと、おずおずと手を伸ばし、ロルフに触れる。
 クリーム色の長い毛は、とても柔らかくて気持ちいい。
 ヨシヨシと撫でていると、突然ロルフが立ち上がり「わふ!」と言ってノアリス飛びついた。


「わっ! っふ、はは……」
「!」


 太陽の下にいたのか、いい香りがする。
 ロルフはペロペロとノアリスの頬を舐め、その擽ったさについ笑みが零れていた。
 
 

 どうやら、ノアリスはロルフを気に入ったらしい。
 不意に漏らした笑みに、カイゼルは安心した。

 動物ほど癒しを与える生き物はいない。
 純粋な彼らは、愛してくれるものに同じだけの──いや、それ以上の愛を返してくれる。
 きちんと躾をしていれば、傷つけることも無い。
 
 従者を怖がったノアリスに、カイゼルが次に考えたのは誰を傍につけておくか、だった。
 自分が共に居られる時は必ずそうするが、どうしても離れければならない時がある。
 先程席を外した時にイリエントと少し話をして、『人が嫌なら、動物は?』という考えに至り、城で飼っていたラオンを連れてきたのだが──。


「……正解だったな」


 ロルフの体に顔を埋めて、そっと丁寧に毛並みをなぞるノアリス。
 ロルフも、その優しい手つきに虜になっているのか、尻尾を穏やかに揺らしている。


「体の違和感が取れたら、ロルフを連れて庭の散歩に行ってみるか?」
「!」


 顔を上げたノアリスの目に、少しだけ光が戻っている。
 カイゼルは言葉にこそ出さないが、それだけでうれしかった。


「回復したらだぞ? ちゃんと治るまでは、ここで過ごしてほしい」
「ん……はい」


 カイゼルはノアリスの隣に腰を下ろすと、再びちいさな頭を撫でた。


「何も、不安に思うことは無い。安心して暮らしなさい」
「……」
「俺はここにいる。ロルフも、イリエントも傍にいるから、何があってもすぐに助けよう」
「ぁ……カイゼル、さま」
「少しずつ、取り戻していくぞ」
「……っ、はい」


 ノアリスは、緊張から微かに震える手で、カイゼルの手を取った。
 カイゼルは驚いたが、大きく反応することはなく、彼の好きなようにさせる。


「ありがとう、ございます」
「……ああ」


 ノアリスの瞳に涙が浮かんでいる。
 カイゼルは、抱きしめてやりたいのを堪え、静かに返事をすると、触れ合う手を柔く握ったのだった。
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