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漫画研究会の部室
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鷲尾鷹次は、恋人の藤野葵を探していた。どの部活動も終わっているのに、食堂や談話室、私室にもいない。ちょうど近くにいた藤野紫に問えば「漫研の部室に籠っていたわ」とのこと。もしかしたら執筆に疲れて眠ってしまっているかもしれない、迎えに行った方が良いだろうと鷹次は動き出した。その大きな背に向い、紫は笑みを含んだ声をかけてきた。
「あの辺りは電灯が淡いから気を付けて」
夜の闇はスクリーンにも似ている気がする。
「葵ちゃーん」
呼ぶ声にも反応はなく、歩むたびに躰に黒が重くまとわりついてくる気がした。目的の部室に着き、最低限の灯りを点そうとするが、反応が無い。あぁ此処まで影響が出ているのか。
「葵ちゃーん」
まず呼んでみる。腹から出したつもりの声は、思ったよりも細く響いた。夜の重さに声が負けている。しかし恐れる必要は無い。恋人が関わるものを恐怖する必要があるものか。闇の中、ちらりと白いものが動いた。鷹次がそれを見るために目をこらせば、雀くらいの大きさの鳥だと分かった。色は白で、それが闇のスクリーンを泳いでいる。小鳥は鷹次に気付くとすっと飛んで来た。目礼で迎えると、小鳥は口付けるような仕草の後、くるりと身を翻した。『ついてこい』とでも言っているような仕草に思わず頬が緩む。
小鳥以外にも夜の闇には様々なものが映り込んだ。植物(今日は薔薇だった)星と月、人、犬や猫……大きい影や小さい影が行き来する。小鳥に導かれるまま歩く距離は、妙に長い。スクリーンに映るものは、文字とも絵とも付かぬもの。けれども、もうすぐ終わると鷹次は悟る。小鳥はくるっと一回転した。
「ありがとね」
指先を小鳥に触れさせるように動かす。
「今度、お礼するわ」
『――約束だよ?』
幼い子供の声の幻想を最後に、スクリーンは霧散する。後は薄ぼんやりとした闇の中、机にうつぶせになって眠りこけている恋人の姿が見えた。
「葵ちゃんてば」
その横に駆け寄ると、鷹次は机に手をつき、葵の顔を覗き込んだ。
「大丈夫?」
瞬き一つの後、葵は鷹次を見る。あれと、口の中での曖昧な呟き。
「鷹次くん?」
「食堂や部屋にいなかったから、心配しちゃった」
「大丈夫だよ……大体書き終わったし……ありがとう……」
立ち上がろうとしてふらついた葵を抱きとめる。ありがとうとふにゃりと笑って恋人は礼を言う。
「もしかして、小鳥の夢とか見てた?」
葵は恥ずかしげに首を傾げた。
「いいえ、」
続けてこっそり囁かれる。
「また、出ちゃってました?」
「ええ」
この学園が何か特殊な土地柄なのか。それとも恋人が何か不思議な力を持っているのか。鷹次にはよく分からないが、たまに恋人の身の回りでは不思議な現象を起きる。
「悪いものでは無いよ」
教師達も先輩達もみんな楽し気に答えるものだから、鷹次も葵も気を揉む事はやめた。意識が安定した葵が髪を手櫛で整えるのを待ち、鷹次は歩き出した。ふと――思いだす。あの、道案内をしてくれた小鳥。
「ねぇ、葵ちゃん」
「何ですか?」
「……あ、いいえ、何でも」
何となく言い出し難く、鷹次は笑って誤魔化した。葵は少しだけ言葉を待って、やがて歩き出す。そして他愛もない会話を交わしながら考える。
――小鳥の喜ぶ御礼って何かしらねぇ。
「あの辺りは電灯が淡いから気を付けて」
夜の闇はスクリーンにも似ている気がする。
「葵ちゃーん」
呼ぶ声にも反応はなく、歩むたびに躰に黒が重くまとわりついてくる気がした。目的の部室に着き、最低限の灯りを点そうとするが、反応が無い。あぁ此処まで影響が出ているのか。
「葵ちゃーん」
まず呼んでみる。腹から出したつもりの声は、思ったよりも細く響いた。夜の重さに声が負けている。しかし恐れる必要は無い。恋人が関わるものを恐怖する必要があるものか。闇の中、ちらりと白いものが動いた。鷹次がそれを見るために目をこらせば、雀くらいの大きさの鳥だと分かった。色は白で、それが闇のスクリーンを泳いでいる。小鳥は鷹次に気付くとすっと飛んで来た。目礼で迎えると、小鳥は口付けるような仕草の後、くるりと身を翻した。『ついてこい』とでも言っているような仕草に思わず頬が緩む。
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「ありがとね」
指先を小鳥に触れさせるように動かす。
「今度、お礼するわ」
『――約束だよ?』
幼い子供の声の幻想を最後に、スクリーンは霧散する。後は薄ぼんやりとした闇の中、机にうつぶせになって眠りこけている恋人の姿が見えた。
「葵ちゃんてば」
その横に駆け寄ると、鷹次は机に手をつき、葵の顔を覗き込んだ。
「大丈夫?」
瞬き一つの後、葵は鷹次を見る。あれと、口の中での曖昧な呟き。
「鷹次くん?」
「食堂や部屋にいなかったから、心配しちゃった」
「大丈夫だよ……大体書き終わったし……ありがとう……」
立ち上がろうとしてふらついた葵を抱きとめる。ありがとうとふにゃりと笑って恋人は礼を言う。
「もしかして、小鳥の夢とか見てた?」
葵は恥ずかしげに首を傾げた。
「いいえ、」
続けてこっそり囁かれる。
「また、出ちゃってました?」
「ええ」
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「悪いものでは無いよ」
教師達も先輩達もみんな楽し気に答えるものだから、鷹次も葵も気を揉む事はやめた。意識が安定した葵が髪を手櫛で整えるのを待ち、鷹次は歩き出した。ふと――思いだす。あの、道案内をしてくれた小鳥。
「ねぇ、葵ちゃん」
「何ですか?」
「……あ、いいえ、何でも」
何となく言い出し難く、鷹次は笑って誤魔化した。葵は少しだけ言葉を待って、やがて歩き出す。そして他愛もない会話を交わしながら考える。
――小鳥の喜ぶ御礼って何かしらねぇ。
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