原作から剥離してるんですが!(8/19更新)

狂言巡

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愛の彷徨【ヤンデレ編】

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 何の躊躇もなく、彼はあっという間も無く葬ってしまった。迷わないようにと城内を案内し、時には他愛のない話題をふってくれた優しい、左の足が義足の獣人は、内紛で爆撃を受けたのだという。魔窟には似つかわしくない暖かさで、たまにくれるショートブレッドが美味しくて、どこの店かと聞いた自分に手作りだからどこにも無いよと笑っていた。

「またあげるから、いつでもおいで」

 一人で城を回る時は、いつの間にか真っ先に彼を探すになっていた。
 それなのに。それを、緋色の男は切り捨てた。自分との間に彼が立っていた、ただそれだけの理由で。

「星の子、出かけるぞ」

 赤い爪がある大きな手はたった今、一つの命を屠ったばかりだというのに返り血の一滴も浴びず、真っ白な手袋が嵌っていた。

「肉が食いたい」

 無邪気にそう笑うアーロイスの視界に、既にあの人は映っていなかった。まだ、息が。確かめようと床に崩れた血塗れの体躯に泣きそうになりながら手を伸ばす。ここは魔王の本城。奇矯な言動が多いが腕のいい医者のあの人も確かここに拠点をおいていたはず。それに、息があれば或いは魔法で何とか。けれど、触れる寸前で、手首をガツリと掴まれた。彼は足で床に縫い付けられた。

「足をどけて、アーロイス様」
「何故だ」

 真上から、低い声が降ってくる。

「どけて!」
「手が汚れる。お前はこれから俺と出かけるんだぞ。それにお前が汚れると煩いのが増える」
「いいから、どけてっ」

 早くしないと、手遅れに。焦るばかりに声が大きくなった。彼に掴まれている方とは逆の手をかけて、爪をたてる。皮ごしでは彼はきっと何の痛みも感じない。ガリガリと懸命に皮に爪をたてるこちらを暫らく見下ろしている気配がして、その間怖いくらい無言だった。

「アーロイス様、お願いします、死んじゃう」

 そこで初めて彼の動く気配がした。ゆっくり首を巡らせて、自分が切り捨てた存在を見やる。一瞬の間。

「既に骸だ」

 赤の魔族は、やはり僅かでも希望等というささやかな光すら告げる事は無い。常に絶望しか運んではこないのだ。

「……っ」

 ひどい。ひどい。その瞬間、頭が真っ白になり、訳もわからず傍にあった鞄に手を突っ込み、ナイフを取り出すなり遺体を踏む高価な靴へと刃を振り下ろした。

「何なのださっきから」

 ヒュッと足が動いて、易々と爪先でナイフは弾き飛ばされた。彼に敵うなんて思ってはいない。けれど。カランカランと転がったナイフに、自由になった手を握り締めた。

「大嫌い」

 それだけ言い放って、その場から駆け出した。





「おい、ここに流星が飛び込んで来なかったか?」

 ノックも無しにバタンと煩く開いた扉に、うんざりと視線を向ける。こんな無作法な行動に出るのは、魔王城でもこの緋色の竜族くらいだろう。
 遠くから一つ一つ扉の開く音がしていたので順番に行けばすぐ此処に辿り着くのだろうと想像していたが、将軍という地位にいながら相も変わらず国に忠誠は誓わず、王命に従いはするが服従はしない。肉体ばかりが立派に成長し、そのアンバランスさは時にどこまでこの男が正気で正常でまともなのか、或いは既に手遅れで男はとっくに精神が破綻し崩壊してしまっているのではないかと思う。今も笑みを崩さず、今更ながら開いた扉をわざとらしく叩いている。

「おい、無視するな」

 感情の起伏が激しく、思った事は呼吸と同じく口に出す。それでも時折、男の思考は読めない。読む必要もない。興味もないから。

「……喧しい」
「いないのか?」

 そのまま部屋の中に踏み入って、キョロキョロと首を巡らせる仕草をデスクに肘をついたまま眺める。

「見た通りだ」
「……ふん」

 唇を尖らせて、つまらなそうに溜め息をつく。

「見かけたら捕まえてくれ」
「は?」
「遊んでやりたい」

 ニィと子供の笑み。獲物を手で弄り回しながら、獰猛な舌舐めずり。溜め息混じりに舌打ちをした。

「やめろ、王命だ」
「何故だ、軽率に怪我など負わせる程、俺が腑抜けに見えるか」
「手を出すな、私のモノだ」
「ケチくせえ事言うなよ」

 歩み寄ってくるなり、ガツリとデスクに深く刺されたナイフの尖端はきっと下に突き抜けた。この悪魔に魅入られた刃は鉄塊さえもたやすく切り刻む。デスクの下……僅かなスペースでクッと息を飲む気配。察するに、ナイフは耳の真横に突き抜けたらしい。黙っていろという意味合いをかねて、今にも悲鳴をあげそうなぽってりとした唇を影で塞いだ。

「――いいだろ?」

 至近距離で覗き込んでくる。いっそ、これから口付けでも交わしそうなその物騒な距離。

「俺と渡り合う気か」

 脅しもかけて、右腕代わりの魔手を纏わせてやる。けれど。

「悪くないな」

 獰猛な笑みは、ゆるがない。

「は、」

 ニィと上がったままの口角に、ルートヴィッヒも唇をあげて、それからふいに足首をぎゅっと握られた。脆弱なのに、確固たる意思を秘めた挙動に気が削がれる。ああ、そうだった。

「……退出しろ。殺さないなら、見かけたら知らせてやってもいい」

 引いた主人に若干驚いたように小首を傾げた後、アーロイスは不服そうに肩を反らせたが妥協ギリギリのラインだ、お互いに。溜め息の後、アーロイスは了承として踵を返した。

「ちなみにこれは終わったぞ」

 こちらに一枚の紙を投げてきた。宙でそれを掴むと、ああ、この件かとルートヴィッヒはチラリと書面を眺めた。

「後始末は」
「知らん。些事など俺の部下にでもやらせておけ」

 扉に手をかけて、抜け出る寸前、首だけを振り返らせる。狂気の瞳が僅かに垣間見えた。コイツ、なんて眼をするのだろう。

「若造、女の趣味変わったようだな?」

 歪んだ口角。猫のようにわずかに視線を残し、アーロイスは扉を閉じた。





 コツコツコツと指で机を叩いて、よこされた書類を眺める。写真つきのその報告書。城に忍び込んでいたスパイ、見る限りは温厚そうな獣人だが中身はクズだ。この男の始末はアーロイスに任せたはずだったのだが、それが先程終わったらしい。今回は妙に早かった。義足のその男の履歴を一瞥する。あちこちの権力者に取り入っては情報を対立する有力者に横流しては、また別の土地に逃れ転々としているような、嘘と偽りに固められた何とも下らないペテン師だ。
 本物の足は昔裏切りの代償としてやられたものらしいが、その時に綺麗さっぱり始末しなかったのが理解しかねる。一時の情けか恥を晒させる為か。どちらにしろ余計な手間がかかった。他にこのような案件がないか後でヴィルヘルミナに調べさせよう。おかげで余計な手間がかかった。役に立たないクズは所詮いつまでたってもクズのまま。あの諸侯も態々こんな男を寄越すとは。向こうも内心処分してしまいたかったのではないかと思う。デスクに突き立てられたナイフの滑らかな柄に指を這わせる。計算された効果的なその位置と深さ。相手を怯えさせるには十分だ。

「とっくにお前の居場所は割れている」
「……そうですね」

 足元から、小さな小さな声。

「それでも。今は、あの方の顔、見たくないんです」

 デスク下の僅かなスペースに身を縮める少女は小さなその世界で顔をうずめて蹲っていた。魔王の伯母も知り得ない世界から、この世界を作りだした、世間知らずの創始者。其処から出て顔をあげ、魔王の手元の書類を覗き込めば、知る事のできた真実。ルートヴィッヒは報告書をグシャリと丸めた。ついでに焼き捨てる。

「出てこい」

 椅子を引き、下を覗き込んで手を差し出した。おずおずと星屑を散らした瞳が見上げてくる。ずいぶん簡単だった。全ては巧妙なタイミング、計算されつくした。

「何も心配いらない」

 細い手が戸惑うように伸ばされて、それからこわごわと魔王の手を掴んでくる。あまりの簡単さに声をあげて笑い出したいのを堪えて、小さな躰を引き上げ膝にのせた。何も心配はいらないのだと背を撫でてやると、ビクリとそれが跳ねやがてぐったりと脱力してこちらの胸に寄りかかってきた。細い体を撫でる魔王の手は益々熱心さを帯びていく。
 少女は傷ついている。予定通りだった、全て。何の問題もない。

「シュテルン、俺はお前の全てを肯定する」

 後は、彼女の望むもの全てを与えてやればすむ話だ。彼女から得たたものを与え返したら、上手くいく。
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