校内怪奇談(11/10更新)

狂言巡

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校庭

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「小学生の時の話だ。といっても、実際に体験したのは俺の友達だけどな。仮に田中君としておくか」

 ハインツ・B・山田の友人の田中はある時、夜の学校へと忍び込んだ。別に、何の理由もなしに忍び込んだわけではない。悪戯目的ではなく、きちんとした目的があっての行動だ。
 その時六等生(初等部四年生)だったのだが、田中のクラスの担任は、とんでもなく怖い女帝教師なことで有名でな? 特に宿題を忘れた生徒には、男女関係なく容赦なかったそうだ。
 まさに鬼女の如く叱る教師を見てきた彼は、常に先生を恐れていた。元来真面目だったので今まで宿題を忘れたことはなかったのが、クラスメイトが怒られているのを見たことはあり、自分は絶対に怒られたくないと思っていた。
 しかしそんなある日、その日は特に宿題が多く出たらしいんだが、彼はあろう事か、その宿題を学校の机の中に置き忘れてしまった。時間はもう、八時を過ぎている。もちろん外は真っ暗だ。
 田中は迷った。
 明日の朝早く行って宿題を終わらせるのはどうか。……いや、無理だ。それには量が多すぎる。
 悩んだ挙句、田中は決意した。
 やはり、宿題をとりに行こう。
 もう少し遅くだったら諦められていたかもしれないが、八時だ。真夜中や丑三つ時にはまだずいぶん余裕がある。寮監の人達や見回りの先生に見つからないように、こっそり出て行ってこっそり戻ってくればいい。
 田中はそう思い、懐中電灯を片手に夜の学校へと繰り出した。
 当前だが、学校の門はとっくに閉まっている。乗り越えるには、彼の身長ではかなり難しい。
 仕方なく裏へと周り、裏門から侵入した。裏門から入ると、暗い校庭が彼を待っていた。昼間はただ楽しい場所である校庭が、妙に恐ろしく場所に思えたそうだ。
 それでも田中は勇気を振り絞り、急ぎ足で校庭を突っ切ろうとした。恐怖を抑え込んで、中に踏み入る。
 すると、どこからともなく、声が聞こえてきたらしい。
 男か女か、大人か子供か、それは分からない。とにかく、ぞっとするような声だったそうだ。田中はぴたりと足を止めた。
 当直の先生かと思った。しかし、それならば見えるはずの懐中電灯の光はない。その上その声は、よく考えると彼の耳元で、いやにはっきり聞こえたような気がした。
 田中は尚更気味悪く思った。まさか、声などするはずは無い。気のせいだと自分に言い聞かせて、また一歩進む。
 すると今度は、その声が更に大きく聞こえきた。
 声は言った。

『色オニ、シヨウ』

 ――『色おに』という遊びを知っているか? 鬼ごっこの一種なんだが。
 ……あれ、意外と知られてないんだな。一応軽く説明しておこう。
 鬼となった者が、何らかの色を言う。赤とか青とか。
 そうしたら、参加者は鬼の言った『色』を触らなければならない。緑ならば植物、茶色ならば地面、黒ならば自分の頭など。
 運悪くその色が近くになかったりしたらピンチだ。色おにの鬼が捕まえられるのは、その色に触れていない者なのだ。
 ……それでは話を続けるぞ。田中は色オニが何かを知っていた。友人と遊んだ事もある。まさに、この校庭で。
 だが、こんな時間に、一体誰がそんな遊びをするというのだろうか。
 ――お化けだ。
 田中は急いで逃げようとした。もう宿題どころの話ではない。一刻も早く、逃げなければ。そうして踵を返そうとしたところ、声は楽しそうに言った。

<サイショノ色ハ……緑>

 田中は思わず懐中電灯を抱きしめた。その懐中電灯は、取っ手の部分が緑色だったから。
 周りで楽しそうな笑い声が聞こえてきた。しかし、笑い声を発している者の姿は見えない、ただ暗い校庭があるだけ。
 足が竦んで動けない彼を嘲笑うように、声は再び言った。

<ツギハ……赤>

 田中の着ていた服は白と青だった。それに彼の持っている他の何にも、赤い色は使われていない。
 何が何だか全くわからなかったが、ああ、もう駄目だ! そう思ったそうだ。
 その瞬間、暗闇の中からぼうっと、何か白っぽいものが浮かび上がった。彼と同じくらいの年齢の男の子が立っている。

<……赤、ダヨ>

 その子は言った。

<ほら、ハヤク、赤ダッテ。ツカマッチャウヨ>

 もしかしたら、自分を助けにきてくれたのかもしれない。そう思い、彼は思わずその子の傍に駆け寄ろうとした。
 するとその時、右側からも声が聞こえてきた。

<赤イモノ、ナイノ? ネエ、ツカマッチャウヨ?>

 女の子の声だった。右を向くと、髪の長い女の子がいた。やはり同い年に見えるが、見覚えはない。
 少女の顔を良く見ようとする前に、左からも、斜めからも、至る場所から声が聞こえてきた。

<……ハヤク>
<……赤、赤色ダヨ>
<……ツカマッチャウヨ>
<……オニニ、ツカマッチャウヨ>
<オニニ……>

 田中はようやく囲まれていると悟った。彼らはぐるりと自分を取り囲み、口口に囁いてくる。追い詰められた田中は大きな声で叫んだ。

「赤なんて、持ってないよ!」

 すると、田中を取り囲んでいた子供達の表情が一変した。彼らは口端を裂くようににたりと笑うと、一歩ずつ、じりじりと彼に近付いてきた。四方八方から詰め寄られ、彼の逃げ場が埋められていく。
 彼らは田中の腕を、肩を、服を掴んだ。そして、全員で声を合わせて言った。

<赤ナラ、アルヨ>

 田中は叫びだすことさえ出来ないほどの耐えがたい痛みを感じた。
 見ると、先ほどの髪の長い女の子が、異様に長く鋭い爪を、自分右腕に食い込ませていたのだ。
 手から懐中電灯が落ち、足元に転がった。
 不思議なことに、明かりが無くても子供達の姿ははっきりと見えたらしい。まるで彼ら自身が光っているようだったそうだ。
 彼女は食い込ませた爪を思い切り横に滑らせた。およそ、子供の力ではなかった。皮膚が裂け、肉が切れ、血が溢れ出た。

<ホウラ、赤ダヨ>

 少女はそう言って、くすくすと笑った。
 それにつられたように、最初の男の子も笑い出す。
 高いような低いような笑いは伝染していき、とうとう取り囲んだ子供全員が楽しそうに笑っていた。
 そして彼らはおのおのの掴んだ箇所に、思い切り爪を立てた。人間のものとは思えない、恐ろしく鋭い爪は、田中の服と躰を切り裂いた。白いシャツが血で真っ赤に染まる。

<ホウラ、赤ダヨ>
<ホラ、ホラ>
<赤色ダ>
<赤、アッタネ>

 周りの子供達は笑いながら、刃のような爪を食い込ませ続ける。彼はやっと大きな声を出せた。

「助けて、助けて……!」

 恐ろしい笑い声の渦を裂くように、力強い声が聞こえてきた。

「どうした、誰か居るのか――!」

 同時に懐中電灯の光がさっと向けられた。今夜当直の先生の見回りだ。悲鳴を聞きつけて、走ってきたようだった。
 それを見て……緊張の糸が切れたのだろう、田中はそのまま崩れ込んだ。





 ――田中は、気づいた時には病院にいたそうだ。彼の躰のほとんどは包帯に包まれていた。何か鋭利な刃物で切りつけられたような傷が、あちこちに出来ていたらしい。
 結局、彼は退院してからもその学校に通うことが出来ず、すぐ転校してしまった。田中は入院中に見舞いに訪れた俺達に、ひどく真面目な顔でこの話をしてくれた。

「あの学校の、夜の校庭には、絶対に近づくな……」

 



「さて――これで俺の話はしまいだ。その友人? それが最近音信不通でね。まさか、また付き合わされているんじゃないかと心配だよ……」
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