校内怪奇談(11/10更新)

狂言巡

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廊下

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 人混みに慣れてくると、騒音というものは少しずつ気にならなくなってくる。うちの学校はこれでも郊外にあるらしいけれど、悦子の実家に比べたら最寄りの駅だってずっと人が多いわけで。三年近く通っていれば、その騒がしさが普通になってくるというもの。けれど、大勢の人間が出す多様な音に混じって、一際耳障りな音が聞こえてくる事がある。それは決して大きな音ではなく、別段変わった音でもない。それでも、耳につくわけで。実のところ、これまで生きてきた中で幾度かそういう事はあった。
 しかし大抵は忘れた頃に聞こえるくらいの頻度で、ここ最近のように毎日聞こえてくる事なんてなかったのだ。……そう、かれこれ二週間になるだろうか。【あの音】が毎日自分について回っている。一定の間隔を保って、硬質な足音が聞こえてくるのだ。

「……ねえ、それって、」
「成る程、悦子、それはストーカーというやつだぞ!」
「なぁにが成る程よ! 私は認めないわよそんな物好きの存在は!」
「いやそれはストーカーだ! 十中八九ストーカーだ! 経験者の俺が言うんだから間違いない!」
「……したわけ?」
「された方だよ」
「……とりあえず赤松あかまつ君はちょっと黙ってなさい。それにね、どこの世界に授業中まで背後に忍んでくるストーカーがいるのよ?」
「授業中……」
「相当重度の粘着質のストーカーだなそれは! 確かにある程度しつこくないとストーカーなどと呼ばれないが……」
「人の話を聞きなさいよ!」
「授業中にも聞こえてくるの?」
「夜空、アンタ本当に悟りきっているわね……」

 おバカに定評がある同級生の頭をホールドしていた手を放して、どうやったらそんなに落ち着いていられるのか解らない夜空の前に腰を下ろす。

「ええ、授業中にも聞こえてくるわ」
「廊下を誰かが歩いているわけではないのか?」
「違うわ。壁越しの音じゃないのよ」

 あの足音。かなり場所を選ばずに聞こえてくる。授業中はおろか、学内にいる時にならば本当に色んな場所で聞こえてくる。もちろん足音の主の姿は見えない。……居眠り中の幻聴でもないし、夢でもない。

「こんなに長く付き纏われたのは初めてよ……気になっておちおち一人で歩けやしないわ」
「一人にならないという判断は妥当だろうね……それで、学外では一切聞こえてこないの?」
「ええ。帰り道でも、家でも聞いたことがないわ」

 というか、聞きたくないけどね。

「……なるほどね」

 霊感という程大袈裟なものを自覚した事はないけれど、悦子は比較的そういうものを寄せるタチらしい。と言ってもその手のものがあます事無く見えるわけではなく、精々今回のように、聞こえるだとか気配を感じる程度のものだ。ただし、悦子の向かいでトランプを並べている癖毛の友人は、いわゆる【見える】人種らしい。……悪い言い方をすれば、彼女のせいでそういう性質だと思い知る羽目になったのだけれど。

「他に何か変わったことはないの」
「ないわね」
「音だけでは何者か推し量るのは難しいなあ」
「同感だわ」
「今日は部活動はあるの?」
「いいえ、直帰の予定よ」
「なら、少し検証してみようか」

 夜空はそういってトランプを片付け始めた。検証というのはつまり、悦子の後ろに一体何者がツイテクルのか、見てみるという事だ。いつ足音が聞こえてくるかわからないから、上手くいくとは限らないけれど。
 ……そういえば、彼女と一緒にいる時には一度も聞こえた事がなかったようにも思える。見えるタイプがいると向こうは把握しているのか。それとも、ただの偶然か。今は何を考えても憶測にしかならない。昼休みが終わって、待ち合わせの約束をしてから夜空(ついでに赤松)と別れて授業(教職必修)に向かう。
 ……授業が終わっても、大学の中というのは大体どこにでも人がいる。完全に一人になる空間と言えばトイレくらいだろう、でもこういう状況のため出来るだけ人の多そうな時に行っている。馬鹿馬鹿しいと思いつつも、悦子だって流石に命は惜しい。前に後輩達を巻き込んでしまってから、こういう事に対しては殊更に敏感になった。彼らには何とか誤魔化して話したけれど、一度巻き込むと縁がついてしまう。用心するに越したことはない。教室から出ていく人の波に乗り廊下に出て、階段を下りながら携帯を取り出す。夜空との待ち合わせ場所を確認して(人気の多い掲示板の前)、携帯をまたポケットに突っ込んだ。
 そのまま歩いて、校舎の外の掲示板前に向かう……そこで、ふとよろけた。足元を見ると、自分の靴紐を踏んでいた。何もない所で転ぶなんて、地味に恥ずかしい。邪魔にならないよう道の端に寄って、靴紐を結び直す。ほんの十数秒。人の騒めきが悦子を通り過ぎていく。靴紐を結び終え、立ちあがろうとして……気付いた。
 あの足音が聞こえてきた。しゃがみこんでいる悦子の真後ろだ。いつも通りに一定の間隔で歩いてくる音。来たかと思ったが、同時に悦子は恐ろしい事実に気がついた。『足音しか』聞こえてこないのだ。前へ後ろへ、悦子を通り過ぎていく生徒やら先生がいる。もちろん、見える。周りの風景も、いつも通りだ。……でも、それらの息づく音が一つも『聞こえてこない』。
 しゃがみこんだままの体勢で、悦子は全く動けなくなっていた。足音は……今までただ聞こえてくるだけだった足音は、だんだんとその距離を縮めてきているようだった。固い音が、少しずつ大きくなっていく。逃げなければいけない。あれに追いつかれてはいけない。本能的にわかる。でも動けない。動けないのだ。
 立ち上がるどころか指一本動かせない……瞬きすら、出来ない。やめてよ、しゃがんだまま路上で金縛りとかただの公開セクハラじゃないか。夜空のいる掲示板付近から、ここはギリギリ見えるはず。来ていれば、気付いてくれるかもしれない。気付け、頼むから気付いて……やばいやばいやばいすっごく近くまで来ているんだけどやばいってなにこれめっちゃ音でかくなって、

「悦子?」

 足音が止まったと同時に、全身の力が抜けた。

「赤松君……」
「どうした、腹が痛いのか?」

 なんでどうしてアンタの声は聞こえるのよと問い質したくなる気持ちを抑え、立ち上がり彼の腕を掴んで走り出す……やっぱり足音が追いかけてきやがった!

「え、何だ!? どうした悦子痛い痛い痛い! 腕がちぎれる!」
「いいから黙って話は後でしてあげるから!」

 走っているのは自分達二人のはずだけど、明らかにもう一人走っている音が背後から聞こえてくる。赤松を引き摺るようにして掲示板に向かうと、こちら気づいた夜空の顔色が変わった。追いかけてくるものの姿が見えたのだろう、無言で走り出した。……そういえば彼女が走るところは初めて見た気がする。
 どういうわけか普段より人気のない気がする敷地内を、図書館に向かって走る……図書館、あそこは『安全』なのだ。足音はまだ追ってきている。入口は自動ドア。先に立った夜空が図書館の扉を開け、赤松を引き摺った悦子が飛び込み、夜空が中に入り……偶然か勢いか、ドアはすぐに閉まった。

「…………」
「…………」
「……げっほ……げほっ……うええ……」
「やはりここには入ってこられないようだね」
「ギリギリだったわ」
「ごほっ……げほ、げぇっほ!」
「赤松君、大丈夫?」
「き、急に走ったものだから……」
「あああごめんなさい、そんな死にそうな声を出さないの!」

 図書館内なので一応小声になりながら、咽ている赤松の背中をさすってやっていると、夜空が受付カウンターへ向かった。そして誰かと連れ立って帰ってくると、ドアの方へ向かう。連れてきたのは、小柄な中年女性だった。若い頃の原節子にちょっと似ている気がする。
 二人してドアから出ていき、何か立ち話でもするようにした後、何食わぬ顔で帰ってきた。『解決した』のだろう。その女性に会釈すると、独特の会釈を返して去っていった。一見普通の先生みたいな感じだが、実際只者ではない。つまり……専門家プロだ。

「……あれに帰ってもらえるよう、沙穂さんに頼んだ」
「サホさんって云うのね……で、帰ってくれたわけ?」
「ええ」
「あれっでなんなんだえづご……」
「もう大学生なんだから洟かんでから喋りなさい……」

 夜空によると、【あれ】は相当昔からここにいるらしい。この敷地が軍用施設だった時代に巡視をしていたのではないかという。

「……不審と思ったものを追いかけ回す執念だけが残ったのかもしれないね」
「私は不審者だと思われていたわけ?」
「少なくとも、通常の体質の人間ではないと見なされたんじゃないかな。向こうからこちらがどう見えてるのか、解らないけれど」
「やめてよ……」
「しかし、もう追いかけられることはないよ、それに関してはもう心配いらない」
「づまり、えづごばオバケにおいがけられでいだと……」
「ええ……まあ……そういうことに……あ、もう泣かないのハイハイもう大丈夫だから」
「悪意のあるものではないから、接触しても悪くて風邪をひく程度だそうだよ」
「わけわかんないわよ……」

 その後、足音は全く聞こえなくなった。
 というと嘘になる。たまに、聞こえてくる。でもその足音をきちんと聞いてみれば、確かに警備員っぽいわ。というか、まだ自分は疑われているのだろうか。
 ……それでも、あの路上金縛り(という名の公開セクハラ)はあれ以来一度も起きていないから、よしとしておこうと悦子は前向きに考える事にした。
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