愛着スタンピード(1/13更新)

狂言巡

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【藤と葵】一線を超える

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 自分をソファに沈めてくる故意の体重を、ようやく認識した。

(苦しい)

 押し付けてくる向こうの肩に手を掛けた。遅ればせ、今更それが何と表現するべき行為か気付く。

(……ああ)

 自分は今、キスをしている。ひょんな事から知り合ったボーイフレンドの一人と。何という事でしょう。顔の上の蛍光灯は平凡な先刻までと、同じ色で灯っている。暑くなって脱ぎ捨てた上着の皺くちゃになっていて、ワントーン暗い色味が沈む。
 ヒカルと葵は五年が離れている。見せつけている気はないのだろうが、たびたび絶対的な隔たりを感じさせる葵に、対抗意識を煽られつつも憧れていたのは事実としても。うっかり間抜けて開いてしまった口には、当然といわんばかりに葵の舌が押しかけてくる。喫煙者故か自分のよりも多少ひやこくて、心なしか厚みのある物体の感触が呼吸経路を塞いでしまい、若干、ヒカルの思考回路は態勢を崩してしまう。何故、どうして。葵はお構いなしだ。
 中学時代からの友人から恋愛観が全くインプットされていないと言われたヒカルに、キスの作法など心許ない。熱っぽい子供染みた口内を、おそらく、経験差という最強の武器を振り翳して蹂躙する。上顎を舌先で擽られ、むずがゆいような、何だか直接爪を立ててガリガリと掻き毟りたいような感覚がヒカルに生まれた。
 そうかと思うと、舌を包みこむように吸い込まれて、時おりキツく根元を締め上げられるので身動きならないのである。
 ヒカルに出来たのは苦しくなる呼吸を、機転を利かせて鼻の方に逃がしてやるという事ばかりだった。ぼうとする頭に、洋画でよくあるヒーローとヒロインの熱烈なキスシーンが浮かぶ。疑問がある。ドラマティックなBGMを無くしたら、傍から眺めるあれは滑稽じゃなかろうか、如何か。確かに男は美人の枠に入るが、自分は中庸の中庸の女だ。無個性が強めのプレイヤーヒロインみたい。
 瞑っていた目をうっすら開くと思った以上の近くに葵の顔があった。距離が近すぎて刺青は見えない。豊かな数の淡い色の睫毛が扇形に伏せて濃い陰を落としている。もともと彼は美男だけれども。ああでも。こちらはどんな間抜け面を……。視線に気付いたらしい葵が睫毛を震わせ、直感的にヒカルはぎゅっと瞼を閉じ直した。そして肩の手を、艶は良いが柔らかさのない引き締まった頬へと移して覆う。引き寄せて共有する温度がまた上がった。
 目なんぞ開いている暇はないとしよう。蜂蜜色の瞳がこちらを見つめれば、その表面に先程の答えが窺えるのだろうが、葵にもしや間抜け面を見られるのは願い下げだ。それだけは嫌だ。一緒くたになってつつき合えば、舌の微かなざらつきが背筋を総毛立たせる。ヒカルの溜め息はいつになく熟んでいき、葵はそれでは終わらぬらしい。
 想定外の動きで乱れたカーディガンとシャツの裾に無防備な素肌が寒さを察し、滑る指の感触をも敏感に受け取る。注がれて飲み干した唾液の端に独特な苦味が香る。

(……ああ、成る程)

 腕置きにちょうどいいと、頭を落とされた拍子、押し倒すボーイフレンドと天井とが微妙にブレたような気がした。軽い音を立てて空き缶が床に落下する。あんまりピッタリなその文句が愚かしくてひどく可笑しくなった。酒の勢いなのに。
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