憑依された少女の旅~ログイン先は君の世界だった~

火あぶりメロン

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画面は青森に出張した悠希に戻る。今は金曜日の夜七時、彼は本社のビルから出てきた。


(やっと……やっと終わった。なんで偉い人の会議はいつも同じことばかり繰り返すんだ。途中は意味もわからない昔話を一時間も続けるし……一時間で終わるはずの会議が三時間もかかった。)

金曜の夜、本社の会議はようやく終わった。怒られることもなく終わった。今晩はささっと業務整理を済ませて、明日新幹線で帰ったらすぐにセレアグへログインしよう。

木の小屋の利用期限は土曜の夕方。それまでに地脈の根でチャージしないと拠点は消える。一応セリーナに地脈の根を渡してあるが、俺がいない間に彼女がチャージできるかはわからない。

「はぁ……リアルも転移できたらいいのにな。……夕飯、何を食べようか。」

スマホで店を探しながら歩いていると、胸ポケットから熱を感じた。

「な、何だ?!」

取り出したのは――あの日、不思議な神社で受け取ったお守り。セリーナのお守り、セレアグのアイテムだ。

なぜこれを持って出張に来たのか?

実はセリーナの借金問題を解決した日から、俺はずっと同じ夢を見続けていた。毎日繰り返す夢は異常だと思った。もしかして、あの神社の巫女さんが何かを伝えようとしているのかもしれない。だから水曜の出張に出る時、このお守りを持っていくことにした。

その晩、艦長を助けるために艦内を彷徨う夢は途切れ、もう見れなかった。あの夢は「お守りを持っていけ」という暗示だったのだろうか?

そして今、お守りは熱を帯びている。

(待て……セリーナに何か起きた?!救難信号か?!そうだ!ネットカフェ!!)

俺は慌ててネットで検索し、フルダイブデバイスを置いてある店を探した。

「遠い!」

ネカフェの機器がセレアグに接続できるかはわからない。それでも行くしかない。


だが――足を踏み出した瞬間、奇妙な感覚に襲われた。


俺は歩いているはずなのに、景色が勝手に流れていく。体は自分の意思を離れ、勝手に動いている。

断ることもできず、気づけばとある公園に立っていた。

気づけば、公園だけではなく、夜の七時だというのに周りには誰もいなかった。街灯の下は薄暗く、風も止んでいる。……いや、音そのものが消えていた。車の音も、人の声も、虫の鳴き声すらない。世界が切り取られたような、異様な静寂が広がっていた。


その時――彼女は現れた。


キツネの仮面をつけた謎の巫女さんが、音もなく目の前に立ち、静かに会釈をする。

体の拘束が解け、俺も思わず会釈を返した。だが周囲を見渡しても、人影は一つもない。ここはまるで別の世界に変わったようだ。

「こ、こんばんは……巫女さん。」

返事はない。彼女はただ右方向を指差す。

その先には、場違いなほど明るいコンビニがぽつんと光っていた。

「そこに……行け、ということですか?」

巫女さんは、ゆっくりと頷いた。

その前に、俺は確認したいことがある。

「ごめんなさい、このお守りが急に熱を感じるんですが……もしかして、セリーナに何かあったんですか?」

すると奇妙な現象が起きた。巫女さんはキツネの仮面を付けているのに、なぜか俺には彼女が微笑んでいるように見えた。

微笑んでいるってことは、セリーナは大丈夫だと思っていいんだよな。

「わかりました。では俺は、そのコンビニに行けばいいんですね。」

巫女さんは再び頷くと、その体は足元から葉っぱに変わり、風に乗って消えた。彼女が消えた後も、周囲には相変わらず人影も音もなく、不気味な静寂が続いていた。

害を及ぼす存在ではないと直感する。なぜか恐怖はなく、心は冷静だった。お守りの熱も消え、俺はそれを胸ポケットに戻した。

腕時計を確認すると、秒針は止まったまま。もう驚きはしない。

「はぁ……とりあえず、あのコンビニに行こう。」

公園の薄暗い道を歩き、コンビニの前に到着する。営業中らしく、明かりはついていた。俺は普通に中へ入った。


――ポロロン♪ポロロン♪ポロロン♪。


中を見渡すが、誰もいない。


コツ、コツ。


自分の足音だけがやけに大きく響く。音のない世界に、俺だけが切り取られているようだ。

――ピロン。

メッセージアプリの通知音。スマホを確認すると――

—豆腐!助けて!時間が停まった!周りの音が消えた!急に誰もいなくなった!誰かが入ってきた!

午後のタピオカくんからのメッセージだ。俺はすぐ返す。

—落ち着け。俺も同じ状況だ。今どこにいる?

送信すると、コンビニの奥から「ピロン」と音が響いた。え……まさか。念のためもう一通送る。

—お前、コンビニにいるのか?

再び「ピロン」。既読はなし。返事もない。俺は音のした奥へ歩いた。


コツ、コツ。


棚を越えた瞬間――

「いや!来ないで!!!」

カバンが俺の顔面に直撃した。

「来ないで!来ないで!来ないで!!!」

謎の人物からの連続攻撃。痛い!

「ま、待って!お前……タピオカくんか?」
「来ない……え?」
「豆腐!飛べる豆腐!」

攻撃が止まった。どうやら本当にタピオカくん――いや、“さん”らしい。

目の前にいたのは、髪をざっくりとまとめた仕事帰りのOL風の女性。世間で美人と呼ばれるタイプだ。


タピオカくんって……声の低いダンディなおっさんじゃなかったのか?!


「えっと……タピオカさん、ですよね。」
「豆腐くん?!よかった、人だ!」

彼女は腰を抜かすように座り込み、涙目で俺の足を掴んだ。

「怖かったよ!!」

俺は膝を曲げ、肩に手を置いて落ち着かせる。ネット上の知り合いとはいえ、初対面の女性の肩に触れるのは――謝る覚悟だけはしていた。

「こんな変なことに巻き込んで申し訳ない。多分すぐ戻れる、大丈夫だ。」
「う、うん……しく……」

彼女を立たせ、支えてコンビニを出た瞬間――

車の音、人の声、自然の音が一斉に戻った。



隣の公園に戻り、彼女をベンチに座らせた。隣の自動販売機で温かい飲み物を買う。コーヒーボダンを押すと、ふと考える――彼女はコーヒーを飲まないかもしれない。普通のお茶にしておこう。コーヒーは俺が飲めばいい。

九月とはいえ、青森の夜は少し肌寒い。ベンチに座った彼女は、恐怖のせいか寒さのせいか、まだ小さく震えていた。俺は背広を脱ぎ、そっと彼女の肩にかける。そして温かいお茶を手渡した。

「……これを飲んで温まってください。九月はまだ夏ですが、ここの夜は冷えますから。まあ、あなたならもう知っているでしょうけど。」

彼女は驚いたようにこちらを見上げたが、すぐに小さく「ありがとう」と呟き、お茶を受け取って一口飲んだ。

周囲が急に静まり返り、人も車も音も消える――そんな状況で怖がらない方がおかしい。俺も最初にあの神社の異変に気づいた時は恐怖でいっぱいだった。操られて恐怖心を消されたから落ち着けただけだ。彼女は俺がコンビニに入るまでの十分間、世界に自分一人しかいないと思ったのだろう。

……とはいえ、あのカバンのコンボは結構痛かった。中に何を入れていたんだ?まあ、あんな状況、俺を化け物だと思ったのかもしれない。だから人影が近づけば、反射的に攻撃してしまうのも無理はない。

彼女をじっと見つめるのも良くない。俺は視線を逸らし、少し距離を置いて同じベンチに腰を下ろし、買ったコーヒーを口にした。

しばらく沈黙が続いた後、彼女が先に口を開いた。

「……助けてくれてありがとう。豆腐くん、だよね?」
「えっと、俺は“飛べる豆腐”で間違いありません。あなたは午後のタピオカくん……でしょうか?」
「先ほどは怖くて、あなたを化け物だと思って叩いてしまいました。ごめんなさい。私はその……午後のタピオカ。メッセージを送れるのは豆腐くんだけだったから、まさか本当に来てくれるなんて思わなかったよ。はじめまして、かな?」

ですよね……先ほどメッセージを送った時、彼女のスマホがすぐに鳴った。やっぱり本人だ。堅苦しい空気を壊すために、いつものノリで話す。

「いいえいいえ、あの場面では誰でも怖いから気にしなくていい。でもボイスチャット時のタピオカくんは、渋いダンディなおじさんの声でしたけど……もしかしてお兄さんの声だったりしますか?」
「違う違う、それ私だよ。ボイスチェンジャー使ってただけ。」
「え?なんでそんなことを?」
「だってさ、豆腐くん。私が女だって知られたら、絶対面倒になるじゃん。サークルクラッシャー扱いされたくないの。」
「あ~~なるほど。確かに、もしギルドのみんなが知ったら豹変するかもな。」
「でしょ?あの人たち、平気で下ネタ連発するし。私が女だってわかったら、どうなるか目に見えてる。だから絶対言わないでね。もし言ったら……絶交だから!」
「言わないよ。でも、なんで女性だけのギルドに入らなかったんです?」
「女性ギルド?あれはあれで怖いのよ。グループ分けが激しいし、長く遊べる人も少ない。イベントも数人しか来ないし、レイドなんてできないくらい参加者が少ないの。オーク相手に『怖い~!』って泣き出す子もいるし……そんなの楽しいと思う?」
「それはひどいな!ははっ!」
「でしょ?だから私はあのギルドで十分だった。気が合うな豆腐くんがいたしね。」

初めて会ったはずなのに、気づけばいつものタピオカくんと同じように、普段通りの会話をしていた。やっぱり、彼女は俺が知っていたタピオカくんだ。


彼女はもう恐怖を感じていないようで、安心した様子だった。そこで、俺は改めて先ほどのことを説明することにした。

「タピオカくん、さっきの謎の現象について説明したいんだけど、時間は大丈夫?」
「ええ、明日は土曜だし。夕飯でも行こうか。もちろん豆腐くんの奢りでね。」
「なんでだよ。」
「この前電話で“ご飯でも奢らせてくれ”って言ったのは誰?」
「あ……そういえば俺、言ってたな。どこで食べる?手持ちはそんなに多くないけど。」
「ラーメン食べたいなぁ~!」
「ラーメンでいいのか?」
「いいの、今はそんな気分。」
「わかった、案内頼む。」

彼女に案内され、ファミレスのような店に入った。四人掛けのテーブルに並んで腰を下ろし、メニューをじっと見つめる。

「ここの限定ラーメン、ずっと食べたかったんだ。」
「そっか、じゃあ俺もそれにしよう。」

しばらくしてラーメンが届いた。説明したいことは山ほどあるが、さすがにラーメンを食べながら真面目な話をするのは場違いだ。だからしばらくはゲームの話をして、普通にラーメンを楽しんだ。

食べ終わり、コーヒーを啜りながら、俺は本題に切り込む。

「じゃあ、真面目な話に戻るけど……いいか?」
「はい、どうぞ。」
「ふぅ……先日メッセージアプリで伝えた通り、今週俺は急な出張でここに来た。会社のビルを出たあと、急に音も人も車も消えた。君も同じ状況だった?」
「ええ。私はコンビニで買い物してた時、隣の店員も客も、音も全部消えたの。誰に連絡しても繋がらないし、メッセージも豆腐くんにしか送れなかったわ。」
「そうか……実はその時、俺は操られて、公園に移動させられた。そこで、前に話したキツネ仮面の巫女さんに会ったんだ。」
「ってことは、この変な現象はセリーナ絡み?」
「そうだと思う。その巫女さんは君がいるコンビニを指差して、すぐに消えた。」
「え?!」
「だから、この現象は俺を君に会わせるためのものだったのかもしれない。」
「なんで?……あなたが私にセリーナのことを話してたせい?」
「わからない。正直、この前どうして君に通話したのかも説明できない。普通こんな話、誰に言っても頭がおかしいと思われるだろ?だから話す気はなかったんだ。」
「……もしかして。」
「ええ、多分あの時も操られて、君に通話したんだ。」

俺は胸ポケットからお守りを取り出し、彼女に見せた。

「これ、見える?」
「ええ、見えるわ。」
「まとめると……会社のビルを出たあと、このお守りが熱を帯びた。セリーナが危ないのかと思ってネットカフェに向かったが、体は操られて公園へ。巫女さんに会って、コンビニへ行けと言われた。そこで君のメッセージが届いた。通知音のおかげで、俺は君と出会えたんだ。」
「本当に私に会わせるために?」
「そうだと思う。実はセリーナの借金を返済したその日から、俺は毎晩同じ夢を見ていたんだ。」

俺は、出張前に見続けていたループする夢、"艦長を助けるために彷徨う夢”を彼女に話した。

「待って!私も同じ夢を見たわ!」
「ダニィ?!」
「『宇宙の天使』、私も遊んでたの。私の夢では私が艦長で、誰かを探して助けようとし続けてた。あとね、誰かにラーメンを奢らせた。日曜から水曜の朝まで、毎晩同じ夢。」
「はぁ……やっぱりか。俺は水曜にこのお守りを持って出張してから、その夢は見なくなった。君も?」
「ええ……まあ、そう。」
「どうやら、俺がセリーナの話をしたせいで、君も巻き込まれたのかも。すまない。」

彼女に向かって頭を下げる。

「いいよ。あなた自身も“なぜ私に通話したのかわからない”って言ってたじゃない。あの時、巫女さんに操られてたんでしょ?」
「どうだろうね。」
「とにかく、巫女さんは私に、あなたをサポートさせたくて、この出会いを用意した……そう考えるのが自然かな。」
「たぶん、俺もそう思う。」

腕時計を見ると、もうすぐ九時。

「遅くなったし、家まで送るよ。何かあったら、またメッセージで。」
「うん、ありがとう。」

店を出て、タピオカくんの家へ向かう。駅を出たところで、彼女が急に真面目な声になる。

「ねぇ、豆腐くん。もし今、私がセレアグにログインしたら……あなたみたいに“セレアグの世界に入る”ってこと、あり得るのかな?私、一人暮らしだから、もしログインしたら……」
「そうだな。できれば、今はログインしないほうがいい。誰になるかはわからないし、たとえログアウトできたとしても、あの世界の周りの環境が安全とは限らない。憑依した相手も、セリーナみたいに穏やかな人とは限らないんだ。」
「……うん。」

お互い黙って歩き、彼女が足を止める。

「ここ、うち。」

よく見ると、彼女は無理に笑っているようにも見えた。気の利いたことは言えないが、思ったことは正直に伝えよう。

「タピオカくん。俺は明日大阪に戻る。でも、今夜もし何かあったら、すぐ連絡してくれ。すぐ駆けつける。巫女さんは俺たちに害を及ぼす存在には思えない。だから過度に心配しなくていい。俺たちは“依頼”を受けただけで、呪われたわけじゃない。背負うのは俺でいい。君は大丈夫だ。」
「……うん、ありがとう。」
「じゃあ、俺はホテルに戻る——」

駅へ向かおうとした瞬間、彼女が俺の袖を引いた。

「……待って。なにこれ!」

驚いた声に振り向くと、彼女は目を見開き、目の前にの“何か”を見つめている。

「どうした?」
「今、目の前にセレアグゲーム内のメニュー画面が出てる。『飛べる豆腐くんにフレンド申請を送りますか』って、選択肢が表示されてる!」
「え?!」

俺には何も見えない。けれど、多分——怖がる彼女に、巫女さんが“選択肢”を与えたのだ。

「タピオカくん、落ち着いて。これは巫女さんからの“選べる”サインだと思う。怖かったら、断ることもできる。」
「……だよね。すーっ、はーっ。豆腐くん、家に来て!」
「へ?!ちょ、ま——」

袖を引かれたまま、彼女は俺をビルの中へ連れていった。
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