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画面は青森に出張した悠希に戻る。今は金曜日の夜七時、彼は本社のビルから出てきた。
(やっと……やっと終わった。なんで偉い人の会議はいつも同じことばかり繰り返すんだ。途中は意味もわからない昔話を一時間も続けるし……一時間で終わるはずの会議が三時間もかかった。)
金曜の夜、本社の会議はようやく終わった。怒られることもなく終わった。今晩はささっと業務整理を済ませて、明日新幹線で帰ったらすぐにセレアグへログインしよう。
木の小屋の利用期限は土曜の夕方。それまでに地脈の根でチャージしないと拠点は消える。一応セリーナに地脈の根を渡してあるが、俺がいない間に彼女がチャージできるかはわからない。
「はぁ……リアルも転移できたらいいのにな。……夕飯、何を食べようか。」
スマホで店を探しながら歩いていると、胸ポケットから熱を感じた。
「な、何だ?!」
取り出したのは――あの日、不思議な神社で受け取ったお守り。セリーナのお守り、セレアグのアイテムだ。
なぜこれを持って出張に来たのか?
実はセリーナの借金問題を解決した日から、俺はずっと同じ夢を見続けていた。毎日繰り返す夢は異常だと思った。もしかして、あの神社の巫女さんが何かを伝えようとしているのかもしれない。だから水曜の出張に出る時、このお守りを持っていくことにした。
その晩、艦長を助けるために艦内を彷徨う夢は途切れ、もう見れなかった。あの夢は「お守りを持っていけ」という暗示だったのだろうか?
そして今、お守りは熱を帯びている。
(待て……セリーナに何か起きた?!救難信号か?!そうだ!ネットカフェ!!)
俺は慌ててネットで検索し、フルダイブデバイスを置いてある店を探した。
「遠い!」
ネカフェの機器がセレアグに接続できるかはわからない。それでも行くしかない。
だが――足を踏み出した瞬間、奇妙な感覚に襲われた。
俺は歩いているはずなのに、景色が勝手に流れていく。体は自分の意思を離れ、勝手に動いている。
断ることもできず、気づけばとある公園に立っていた。
気づけば、公園だけではなく、夜の七時だというのに周りには誰もいなかった。街灯の下は薄暗く、風も止んでいる。……いや、音そのものが消えていた。車の音も、人の声も、虫の鳴き声すらない。世界が切り取られたような、異様な静寂が広がっていた。
その時――彼女は現れた。
キツネの仮面をつけた謎の巫女さんが、音もなく目の前に立ち、静かに会釈をする。
体の拘束が解け、俺も思わず会釈を返した。だが周囲を見渡しても、人影は一つもない。ここはまるで別の世界に変わったようだ。
「こ、こんばんは……巫女さん。」
返事はない。彼女はただ右方向を指差す。
その先には、場違いなほど明るいコンビニがぽつんと光っていた。
「そこに……行け、ということですか?」
巫女さんは、ゆっくりと頷いた。
その前に、俺は確認したいことがある。
「ごめんなさい、このお守りが急に熱を感じるんですが……もしかして、セリーナに何かあったんですか?」
すると奇妙な現象が起きた。巫女さんはキツネの仮面を付けているのに、なぜか俺には彼女が微笑んでいるように見えた。
微笑んでいるってことは、セリーナは大丈夫だと思っていいんだよな。
「わかりました。では俺は、そのコンビニに行けばいいんですね。」
巫女さんは再び頷くと、その体は足元から葉っぱに変わり、風に乗って消えた。彼女が消えた後も、周囲には相変わらず人影も音もなく、不気味な静寂が続いていた。
害を及ぼす存在ではないと直感する。なぜか恐怖はなく、心は冷静だった。お守りの熱も消え、俺はそれを胸ポケットに戻した。
腕時計を確認すると、秒針は止まったまま。もう驚きはしない。
「はぁ……とりあえず、あのコンビニに行こう。」
公園の薄暗い道を歩き、コンビニの前に到着する。営業中らしく、明かりはついていた。俺は普通に中へ入った。
――ポロロン♪ポロロン♪ポロロン♪。
中を見渡すが、誰もいない。
コツ、コツ。
自分の足音だけがやけに大きく響く。音のない世界に、俺だけが切り取られているようだ。
――ピロン。
メッセージアプリの通知音。スマホを確認すると――
—豆腐!助けて!時間が停まった!周りの音が消えた!急に誰もいなくなった!誰かが入ってきた!
午後のタピオカくんからのメッセージだ。俺はすぐ返す。
—落ち着け。俺も同じ状況だ。今どこにいる?
送信すると、コンビニの奥から「ピロン」と音が響いた。え……まさか。念のためもう一通送る。
—お前、コンビニにいるのか?
再び「ピロン」。既読はなし。返事もない。俺は音のした奥へ歩いた。
コツ、コツ。
棚を越えた瞬間――
「いや!来ないで!!!」
カバンが俺の顔面に直撃した。
「来ないで!来ないで!来ないで!!!」
謎の人物からの連続攻撃。痛い!
「ま、待って!お前……タピオカくんか?」
「来ない……え?」
「豆腐!飛べる豆腐!」
攻撃が止まった。どうやら本当にタピオカくん――いや、“さん”らしい。
目の前にいたのは、髪をざっくりとまとめた仕事帰りのOL風の女性。世間で美人と呼ばれるタイプだ。
タピオカくんって……声の低いダンディなおっさんじゃなかったのか?!
「えっと……タピオカさん、ですよね。」
「豆腐くん?!よかった、人だ!」
彼女は腰を抜かすように座り込み、涙目で俺の足を掴んだ。
「怖かったよ!!」
俺は膝を曲げ、肩に手を置いて落ち着かせる。ネット上の知り合いとはいえ、初対面の女性の肩に触れるのは――謝る覚悟だけはしていた。
「こんな変なことに巻き込んで申し訳ない。多分すぐ戻れる、大丈夫だ。」
「う、うん……しく……」
彼女を立たせ、支えてコンビニを出た瞬間――
車の音、人の声、自然の音が一斉に戻った。
隣の公園に戻り、彼女をベンチに座らせた。隣の自動販売機で温かい飲み物を買う。コーヒーボダンを押すと、ふと考える――彼女はコーヒーを飲まないかもしれない。普通のお茶にしておこう。コーヒーは俺が飲めばいい。
九月とはいえ、青森の夜は少し肌寒い。ベンチに座った彼女は、恐怖のせいか寒さのせいか、まだ小さく震えていた。俺は背広を脱ぎ、そっと彼女の肩にかける。そして温かいお茶を手渡した。
「……これを飲んで温まってください。九月はまだ夏ですが、ここの夜は冷えますから。まあ、あなたならもう知っているでしょうけど。」
彼女は驚いたようにこちらを見上げたが、すぐに小さく「ありがとう」と呟き、お茶を受け取って一口飲んだ。
周囲が急に静まり返り、人も車も音も消える――そんな状況で怖がらない方がおかしい。俺も最初にあの神社の異変に気づいた時は恐怖でいっぱいだった。操られて恐怖心を消されたから落ち着けただけだ。彼女は俺がコンビニに入るまでの十分間、世界に自分一人しかいないと思ったのだろう。
……とはいえ、あのカバンのコンボは結構痛かった。中に何を入れていたんだ?まあ、あんな状況、俺を化け物だと思ったのかもしれない。だから人影が近づけば、反射的に攻撃してしまうのも無理はない。
彼女をじっと見つめるのも良くない。俺は視線を逸らし、少し距離を置いて同じベンチに腰を下ろし、買ったコーヒーを口にした。
しばらく沈黙が続いた後、彼女が先に口を開いた。
「……助けてくれてありがとう。豆腐くん、だよね?」
「えっと、俺は“飛べる豆腐”で間違いありません。あなたは午後のタピオカくん……でしょうか?」
「先ほどは怖くて、あなたを化け物だと思って叩いてしまいました。ごめんなさい。私はその……午後のタピオカ。メッセージを送れるのは豆腐くんだけだったから、まさか本当に来てくれるなんて思わなかったよ。はじめまして、かな?」
ですよね……先ほどメッセージを送った時、彼女のスマホがすぐに鳴った。やっぱり本人だ。堅苦しい空気を壊すために、いつものノリで話す。
「いいえいいえ、あの場面では誰でも怖いから気にしなくていい。でもボイスチャット時のタピオカくんは、渋いダンディなおじさんの声でしたけど……もしかしてお兄さんの声だったりしますか?」
「違う違う、それ私だよ。ボイスチェンジャー使ってただけ。」
「え?なんでそんなことを?」
「だってさ、豆腐くん。私が女だって知られたら、絶対面倒になるじゃん。サークルクラッシャー扱いされたくないの。」
「あ~~なるほど。確かに、もしギルドのみんなが知ったら豹変するかもな。」
「でしょ?あの人たち、平気で下ネタ連発するし。私が女だってわかったら、どうなるか目に見えてる。だから絶対言わないでね。もし言ったら……絶交だから!」
「言わないよ。でも、なんで女性だけのギルドに入らなかったんです?」
「女性ギルド?あれはあれで怖いのよ。グループ分けが激しいし、長く遊べる人も少ない。イベントも数人しか来ないし、レイドなんてできないくらい参加者が少ないの。オーク相手に『怖い~!』って泣き出す子もいるし……そんなの楽しいと思う?」
「それはひどいな!ははっ!」
「でしょ?だから私はあのギルドで十分だった。気が合うな豆腐くんがいたしね。」
初めて会ったはずなのに、気づけばいつものタピオカくんと同じように、普段通りの会話をしていた。やっぱり、彼女は俺が知っていたタピオカくんだ。
彼女はもう恐怖を感じていないようで、安心した様子だった。そこで、俺は改めて先ほどのことを説明することにした。
「タピオカくん、さっきの謎の現象について説明したいんだけど、時間は大丈夫?」
「ええ、明日は土曜だし。夕飯でも行こうか。もちろん豆腐くんの奢りでね。」
「なんでだよ。」
「この前電話で“ご飯でも奢らせてくれ”って言ったのは誰?」
「あ……そういえば俺、言ってたな。どこで食べる?手持ちはそんなに多くないけど。」
「ラーメン食べたいなぁ~!」
「ラーメンでいいのか?」
「いいの、今はそんな気分。」
「わかった、案内頼む。」
彼女に案内され、ファミレスのような店に入った。四人掛けのテーブルに並んで腰を下ろし、メニューをじっと見つめる。
「ここの限定ラーメン、ずっと食べたかったんだ。」
「そっか、じゃあ俺もそれにしよう。」
しばらくしてラーメンが届いた。説明したいことは山ほどあるが、さすがにラーメンを食べながら真面目な話をするのは場違いだ。だからしばらくはゲームの話をして、普通にラーメンを楽しんだ。
食べ終わり、コーヒーを啜りながら、俺は本題に切り込む。
「じゃあ、真面目な話に戻るけど……いいか?」
「はい、どうぞ。」
「ふぅ……先日メッセージアプリで伝えた通り、今週俺は急な出張でここに来た。会社のビルを出たあと、急に音も人も車も消えた。君も同じ状況だった?」
「ええ。私はコンビニで買い物してた時、隣の店員も客も、音も全部消えたの。誰に連絡しても繋がらないし、メッセージも豆腐くんにしか送れなかったわ。」
「そうか……実はその時、俺は操られて、公園に移動させられた。そこで、前に話したキツネ仮面の巫女さんに会ったんだ。」
「ってことは、この変な現象はセリーナ絡み?」
「そうだと思う。その巫女さんは君がいるコンビニを指差して、すぐに消えた。」
「え?!」
「だから、この現象は俺を君に会わせるためのものだったのかもしれない。」
「なんで?……あなたが私にセリーナのことを話してたせい?」
「わからない。正直、この前どうして君に通話したのかも説明できない。普通こんな話、誰に言っても頭がおかしいと思われるだろ?だから話す気はなかったんだ。」
「……もしかして。」
「ええ、多分あの時も操られて、君に通話したんだ。」
俺は胸ポケットからお守りを取り出し、彼女に見せた。
「これ、見える?」
「ええ、見えるわ。」
「まとめると……会社のビルを出たあと、このお守りが熱を帯びた。セリーナが危ないのかと思ってネットカフェに向かったが、体は操られて公園へ。巫女さんに会って、コンビニへ行けと言われた。そこで君のメッセージが届いた。通知音のおかげで、俺は君と出会えたんだ。」
「本当に私に会わせるために?」
「そうだと思う。実はセリーナの借金を返済したその日から、俺は毎晩同じ夢を見ていたんだ。」
俺は、出張前に見続けていたループする夢、"艦長を助けるために彷徨う夢”を彼女に話した。
「待って!私も同じ夢を見たわ!」
「ダニィ?!」
「『宇宙の天使』、私も遊んでたの。私の夢では私が艦長で、誰かを探して助けようとし続けてた。あとね、誰かにラーメンを奢らせた。日曜から水曜の朝まで、毎晩同じ夢。」
「はぁ……やっぱりか。俺は水曜にこのお守りを持って出張してから、その夢は見なくなった。君も?」
「ええ……まあ、そう。」
「どうやら、俺がセリーナの話をしたせいで、君も巻き込まれたのかも。すまない。」
彼女に向かって頭を下げる。
「いいよ。あなた自身も“なぜ私に通話したのかわからない”って言ってたじゃない。あの時、巫女さんに操られてたんでしょ?」
「どうだろうね。」
「とにかく、巫女さんは私に、あなたをサポートさせたくて、この出会いを用意した……そう考えるのが自然かな。」
「たぶん、俺もそう思う。」
腕時計を見ると、もうすぐ九時。
「遅くなったし、家まで送るよ。何かあったら、またメッセージで。」
「うん、ありがとう。」
店を出て、タピオカくんの家へ向かう。駅を出たところで、彼女が急に真面目な声になる。
「ねぇ、豆腐くん。もし今、私がセレアグにログインしたら……あなたみたいに“セレアグの世界に入る”ってこと、あり得るのかな?私、一人暮らしだから、もしログインしたら……」
「そうだな。できれば、今はログインしないほうがいい。誰になるかはわからないし、たとえログアウトできたとしても、あの世界の周りの環境が安全とは限らない。憑依した相手も、セリーナみたいに穏やかな人とは限らないんだ。」
「……うん。」
お互い黙って歩き、彼女が足を止める。
「ここ、うち。」
よく見ると、彼女は無理に笑っているようにも見えた。気の利いたことは言えないが、思ったことは正直に伝えよう。
「タピオカくん。俺は明日大阪に戻る。でも、今夜もし何かあったら、すぐ連絡してくれ。すぐ駆けつける。巫女さんは俺たちに害を及ぼす存在には思えない。だから過度に心配しなくていい。俺たちは“依頼”を受けただけで、呪われたわけじゃない。背負うのは俺でいい。君は大丈夫だ。」
「……うん、ありがとう。」
「じゃあ、俺はホテルに戻る——」
駅へ向かおうとした瞬間、彼女が俺の袖を引いた。
「……待って。なにこれ!」
驚いた声に振り向くと、彼女は目を見開き、目の前にの“何か”を見つめている。
「どうした?」
「今、目の前にセレアグゲーム内のメニュー画面が出てる。『飛べる豆腐くんにフレンド申請を送りますか』って、選択肢が表示されてる!」
「え?!」
俺には何も見えない。けれど、多分——怖がる彼女に、巫女さんが“選択肢”を与えたのだ。
「タピオカくん、落ち着いて。これは巫女さんからの“選べる”サインだと思う。怖かったら、断ることもできる。」
「……だよね。すーっ、はーっ。豆腐くん、家に来て!」
「へ?!ちょ、ま——」
袖を引かれたまま、彼女は俺をビルの中へ連れていった。
(やっと……やっと終わった。なんで偉い人の会議はいつも同じことばかり繰り返すんだ。途中は意味もわからない昔話を一時間も続けるし……一時間で終わるはずの会議が三時間もかかった。)
金曜の夜、本社の会議はようやく終わった。怒られることもなく終わった。今晩はささっと業務整理を済ませて、明日新幹線で帰ったらすぐにセレアグへログインしよう。
木の小屋の利用期限は土曜の夕方。それまでに地脈の根でチャージしないと拠点は消える。一応セリーナに地脈の根を渡してあるが、俺がいない間に彼女がチャージできるかはわからない。
「はぁ……リアルも転移できたらいいのにな。……夕飯、何を食べようか。」
スマホで店を探しながら歩いていると、胸ポケットから熱を感じた。
「な、何だ?!」
取り出したのは――あの日、不思議な神社で受け取ったお守り。セリーナのお守り、セレアグのアイテムだ。
なぜこれを持って出張に来たのか?
実はセリーナの借金問題を解決した日から、俺はずっと同じ夢を見続けていた。毎日繰り返す夢は異常だと思った。もしかして、あの神社の巫女さんが何かを伝えようとしているのかもしれない。だから水曜の出張に出る時、このお守りを持っていくことにした。
その晩、艦長を助けるために艦内を彷徨う夢は途切れ、もう見れなかった。あの夢は「お守りを持っていけ」という暗示だったのだろうか?
そして今、お守りは熱を帯びている。
(待て……セリーナに何か起きた?!救難信号か?!そうだ!ネットカフェ!!)
俺は慌ててネットで検索し、フルダイブデバイスを置いてある店を探した。
「遠い!」
ネカフェの機器がセレアグに接続できるかはわからない。それでも行くしかない。
だが――足を踏み出した瞬間、奇妙な感覚に襲われた。
俺は歩いているはずなのに、景色が勝手に流れていく。体は自分の意思を離れ、勝手に動いている。
断ることもできず、気づけばとある公園に立っていた。
気づけば、公園だけではなく、夜の七時だというのに周りには誰もいなかった。街灯の下は薄暗く、風も止んでいる。……いや、音そのものが消えていた。車の音も、人の声も、虫の鳴き声すらない。世界が切り取られたような、異様な静寂が広がっていた。
その時――彼女は現れた。
キツネの仮面をつけた謎の巫女さんが、音もなく目の前に立ち、静かに会釈をする。
体の拘束が解け、俺も思わず会釈を返した。だが周囲を見渡しても、人影は一つもない。ここはまるで別の世界に変わったようだ。
「こ、こんばんは……巫女さん。」
返事はない。彼女はただ右方向を指差す。
その先には、場違いなほど明るいコンビニがぽつんと光っていた。
「そこに……行け、ということですか?」
巫女さんは、ゆっくりと頷いた。
その前に、俺は確認したいことがある。
「ごめんなさい、このお守りが急に熱を感じるんですが……もしかして、セリーナに何かあったんですか?」
すると奇妙な現象が起きた。巫女さんはキツネの仮面を付けているのに、なぜか俺には彼女が微笑んでいるように見えた。
微笑んでいるってことは、セリーナは大丈夫だと思っていいんだよな。
「わかりました。では俺は、そのコンビニに行けばいいんですね。」
巫女さんは再び頷くと、その体は足元から葉っぱに変わり、風に乗って消えた。彼女が消えた後も、周囲には相変わらず人影も音もなく、不気味な静寂が続いていた。
害を及ぼす存在ではないと直感する。なぜか恐怖はなく、心は冷静だった。お守りの熱も消え、俺はそれを胸ポケットに戻した。
腕時計を確認すると、秒針は止まったまま。もう驚きはしない。
「はぁ……とりあえず、あのコンビニに行こう。」
公園の薄暗い道を歩き、コンビニの前に到着する。営業中らしく、明かりはついていた。俺は普通に中へ入った。
――ポロロン♪ポロロン♪ポロロン♪。
中を見渡すが、誰もいない。
コツ、コツ。
自分の足音だけがやけに大きく響く。音のない世界に、俺だけが切り取られているようだ。
――ピロン。
メッセージアプリの通知音。スマホを確認すると――
—豆腐!助けて!時間が停まった!周りの音が消えた!急に誰もいなくなった!誰かが入ってきた!
午後のタピオカくんからのメッセージだ。俺はすぐ返す。
—落ち着け。俺も同じ状況だ。今どこにいる?
送信すると、コンビニの奥から「ピロン」と音が響いた。え……まさか。念のためもう一通送る。
—お前、コンビニにいるのか?
再び「ピロン」。既読はなし。返事もない。俺は音のした奥へ歩いた。
コツ、コツ。
棚を越えた瞬間――
「いや!来ないで!!!」
カバンが俺の顔面に直撃した。
「来ないで!来ないで!来ないで!!!」
謎の人物からの連続攻撃。痛い!
「ま、待って!お前……タピオカくんか?」
「来ない……え?」
「豆腐!飛べる豆腐!」
攻撃が止まった。どうやら本当にタピオカくん――いや、“さん”らしい。
目の前にいたのは、髪をざっくりとまとめた仕事帰りのOL風の女性。世間で美人と呼ばれるタイプだ。
タピオカくんって……声の低いダンディなおっさんじゃなかったのか?!
「えっと……タピオカさん、ですよね。」
「豆腐くん?!よかった、人だ!」
彼女は腰を抜かすように座り込み、涙目で俺の足を掴んだ。
「怖かったよ!!」
俺は膝を曲げ、肩に手を置いて落ち着かせる。ネット上の知り合いとはいえ、初対面の女性の肩に触れるのは――謝る覚悟だけはしていた。
「こんな変なことに巻き込んで申し訳ない。多分すぐ戻れる、大丈夫だ。」
「う、うん……しく……」
彼女を立たせ、支えてコンビニを出た瞬間――
車の音、人の声、自然の音が一斉に戻った。
隣の公園に戻り、彼女をベンチに座らせた。隣の自動販売機で温かい飲み物を買う。コーヒーボダンを押すと、ふと考える――彼女はコーヒーを飲まないかもしれない。普通のお茶にしておこう。コーヒーは俺が飲めばいい。
九月とはいえ、青森の夜は少し肌寒い。ベンチに座った彼女は、恐怖のせいか寒さのせいか、まだ小さく震えていた。俺は背広を脱ぎ、そっと彼女の肩にかける。そして温かいお茶を手渡した。
「……これを飲んで温まってください。九月はまだ夏ですが、ここの夜は冷えますから。まあ、あなたならもう知っているでしょうけど。」
彼女は驚いたようにこちらを見上げたが、すぐに小さく「ありがとう」と呟き、お茶を受け取って一口飲んだ。
周囲が急に静まり返り、人も車も音も消える――そんな状況で怖がらない方がおかしい。俺も最初にあの神社の異変に気づいた時は恐怖でいっぱいだった。操られて恐怖心を消されたから落ち着けただけだ。彼女は俺がコンビニに入るまでの十分間、世界に自分一人しかいないと思ったのだろう。
……とはいえ、あのカバンのコンボは結構痛かった。中に何を入れていたんだ?まあ、あんな状況、俺を化け物だと思ったのかもしれない。だから人影が近づけば、反射的に攻撃してしまうのも無理はない。
彼女をじっと見つめるのも良くない。俺は視線を逸らし、少し距離を置いて同じベンチに腰を下ろし、買ったコーヒーを口にした。
しばらく沈黙が続いた後、彼女が先に口を開いた。
「……助けてくれてありがとう。豆腐くん、だよね?」
「えっと、俺は“飛べる豆腐”で間違いありません。あなたは午後のタピオカくん……でしょうか?」
「先ほどは怖くて、あなたを化け物だと思って叩いてしまいました。ごめんなさい。私はその……午後のタピオカ。メッセージを送れるのは豆腐くんだけだったから、まさか本当に来てくれるなんて思わなかったよ。はじめまして、かな?」
ですよね……先ほどメッセージを送った時、彼女のスマホがすぐに鳴った。やっぱり本人だ。堅苦しい空気を壊すために、いつものノリで話す。
「いいえいいえ、あの場面では誰でも怖いから気にしなくていい。でもボイスチャット時のタピオカくんは、渋いダンディなおじさんの声でしたけど……もしかしてお兄さんの声だったりしますか?」
「違う違う、それ私だよ。ボイスチェンジャー使ってただけ。」
「え?なんでそんなことを?」
「だってさ、豆腐くん。私が女だって知られたら、絶対面倒になるじゃん。サークルクラッシャー扱いされたくないの。」
「あ~~なるほど。確かに、もしギルドのみんなが知ったら豹変するかもな。」
「でしょ?あの人たち、平気で下ネタ連発するし。私が女だってわかったら、どうなるか目に見えてる。だから絶対言わないでね。もし言ったら……絶交だから!」
「言わないよ。でも、なんで女性だけのギルドに入らなかったんです?」
「女性ギルド?あれはあれで怖いのよ。グループ分けが激しいし、長く遊べる人も少ない。イベントも数人しか来ないし、レイドなんてできないくらい参加者が少ないの。オーク相手に『怖い~!』って泣き出す子もいるし……そんなの楽しいと思う?」
「それはひどいな!ははっ!」
「でしょ?だから私はあのギルドで十分だった。気が合うな豆腐くんがいたしね。」
初めて会ったはずなのに、気づけばいつものタピオカくんと同じように、普段通りの会話をしていた。やっぱり、彼女は俺が知っていたタピオカくんだ。
彼女はもう恐怖を感じていないようで、安心した様子だった。そこで、俺は改めて先ほどのことを説明することにした。
「タピオカくん、さっきの謎の現象について説明したいんだけど、時間は大丈夫?」
「ええ、明日は土曜だし。夕飯でも行こうか。もちろん豆腐くんの奢りでね。」
「なんでだよ。」
「この前電話で“ご飯でも奢らせてくれ”って言ったのは誰?」
「あ……そういえば俺、言ってたな。どこで食べる?手持ちはそんなに多くないけど。」
「ラーメン食べたいなぁ~!」
「ラーメンでいいのか?」
「いいの、今はそんな気分。」
「わかった、案内頼む。」
彼女に案内され、ファミレスのような店に入った。四人掛けのテーブルに並んで腰を下ろし、メニューをじっと見つめる。
「ここの限定ラーメン、ずっと食べたかったんだ。」
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しばらくしてラーメンが届いた。説明したいことは山ほどあるが、さすがにラーメンを食べながら真面目な話をするのは場違いだ。だからしばらくはゲームの話をして、普通にラーメンを楽しんだ。
食べ終わり、コーヒーを啜りながら、俺は本題に切り込む。
「じゃあ、真面目な話に戻るけど……いいか?」
「はい、どうぞ。」
「ふぅ……先日メッセージアプリで伝えた通り、今週俺は急な出張でここに来た。会社のビルを出たあと、急に音も人も車も消えた。君も同じ状況だった?」
「ええ。私はコンビニで買い物してた時、隣の店員も客も、音も全部消えたの。誰に連絡しても繋がらないし、メッセージも豆腐くんにしか送れなかったわ。」
「そうか……実はその時、俺は操られて、公園に移動させられた。そこで、前に話したキツネ仮面の巫女さんに会ったんだ。」
「ってことは、この変な現象はセリーナ絡み?」
「そうだと思う。その巫女さんは君がいるコンビニを指差して、すぐに消えた。」
「え?!」
「だから、この現象は俺を君に会わせるためのものだったのかもしれない。」
「なんで?……あなたが私にセリーナのことを話してたせい?」
「わからない。正直、この前どうして君に通話したのかも説明できない。普通こんな話、誰に言っても頭がおかしいと思われるだろ?だから話す気はなかったんだ。」
「……もしかして。」
「ええ、多分あの時も操られて、君に通話したんだ。」
俺は胸ポケットからお守りを取り出し、彼女に見せた。
「これ、見える?」
「ええ、見えるわ。」
「まとめると……会社のビルを出たあと、このお守りが熱を帯びた。セリーナが危ないのかと思ってネットカフェに向かったが、体は操られて公園へ。巫女さんに会って、コンビニへ行けと言われた。そこで君のメッセージが届いた。通知音のおかげで、俺は君と出会えたんだ。」
「本当に私に会わせるために?」
「そうだと思う。実はセリーナの借金を返済したその日から、俺は毎晩同じ夢を見ていたんだ。」
俺は、出張前に見続けていたループする夢、"艦長を助けるために彷徨う夢”を彼女に話した。
「待って!私も同じ夢を見たわ!」
「ダニィ?!」
「『宇宙の天使』、私も遊んでたの。私の夢では私が艦長で、誰かを探して助けようとし続けてた。あとね、誰かにラーメンを奢らせた。日曜から水曜の朝まで、毎晩同じ夢。」
「はぁ……やっぱりか。俺は水曜にこのお守りを持って出張してから、その夢は見なくなった。君も?」
「ええ……まあ、そう。」
「どうやら、俺がセリーナの話をしたせいで、君も巻き込まれたのかも。すまない。」
彼女に向かって頭を下げる。
「いいよ。あなた自身も“なぜ私に通話したのかわからない”って言ってたじゃない。あの時、巫女さんに操られてたんでしょ?」
「どうだろうね。」
「とにかく、巫女さんは私に、あなたをサポートさせたくて、この出会いを用意した……そう考えるのが自然かな。」
「たぶん、俺もそう思う。」
腕時計を見ると、もうすぐ九時。
「遅くなったし、家まで送るよ。何かあったら、またメッセージで。」
「うん、ありがとう。」
店を出て、タピオカくんの家へ向かう。駅を出たところで、彼女が急に真面目な声になる。
「ねぇ、豆腐くん。もし今、私がセレアグにログインしたら……あなたみたいに“セレアグの世界に入る”ってこと、あり得るのかな?私、一人暮らしだから、もしログインしたら……」
「そうだな。できれば、今はログインしないほうがいい。誰になるかはわからないし、たとえログアウトできたとしても、あの世界の周りの環境が安全とは限らない。憑依した相手も、セリーナみたいに穏やかな人とは限らないんだ。」
「……うん。」
お互い黙って歩き、彼女が足を止める。
「ここ、うち。」
よく見ると、彼女は無理に笑っているようにも見えた。気の利いたことは言えないが、思ったことは正直に伝えよう。
「タピオカくん。俺は明日大阪に戻る。でも、今夜もし何かあったら、すぐ連絡してくれ。すぐ駆けつける。巫女さんは俺たちに害を及ぼす存在には思えない。だから過度に心配しなくていい。俺たちは“依頼”を受けただけで、呪われたわけじゃない。背負うのは俺でいい。君は大丈夫だ。」
「……うん、ありがとう。」
「じゃあ、俺はホテルに戻る——」
駅へ向かおうとした瞬間、彼女が俺の袖を引いた。
「……待って。なにこれ!」
驚いた声に振り向くと、彼女は目を見開き、目の前にの“何か”を見つめている。
「どうした?」
「今、目の前にセレアグゲーム内のメニュー画面が出てる。『飛べる豆腐くんにフレンド申請を送りますか』って、選択肢が表示されてる!」
「え?!」
俺には何も見えない。けれど、多分——怖がる彼女に、巫女さんが“選択肢”を与えたのだ。
「タピオカくん、落ち着いて。これは巫女さんからの“選べる”サインだと思う。怖かったら、断ることもできる。」
「……だよね。すーっ、はーっ。豆腐くん、家に来て!」
「へ?!ちょ、ま——」
袖を引かれたまま、彼女は俺をビルの中へ連れていった。
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でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。
でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。
その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。
そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
勇者パーティーを追放されたので、張り切ってスローライフをしたら魔王に世界が滅ぼされてました
まりあんぬさま
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かつて、世界を救う希望と称えられた“勇者パーティー”。
その中で地味に、黙々と補助・回復・結界を張り続けていたおっさん――バニッシュ=クラウゼン(38歳)は、ある日、突然追放を言い渡された。
理由は「お荷物」「地味すぎる」「若返くないから」。
……笑えない。
人付き合いに疲れ果てたバニッシュは、「もう人とは関わらん」と北西の“魔の森”に引きこもり、誰も入って来られない結界を張って一人スローライフを開始……したはずだった。
だがその結界、なぜか“迷える者”だけは入れてしまう仕様だった!?
気づけば――
記憶喪失の魔王の娘
迫害された獣人一家
古代魔法を使うエルフの美少女
天然ドジな女神
理想を追いすぎて仲間を失った情熱ドワーフ
などなど、“迷える者たち”がどんどん集まってくる異種族スローライフ村が爆誕!
ところが世界では、バニッシュの支援を失った勇者たちがボロボロに……
魔王軍の侵攻は止まらず、世界滅亡のカウントダウンが始まっていた。
「もう面倒ごとはごめんだ。でも、目の前の誰かを見捨てるのも――もっとごめんだ」
これは、追放された“地味なおっさん”が、
異種族たちとスローライフしながら、
世界を救ってしまう(予定)のお話である。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
MP
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高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
ダンジョンで有名モデルを助けたら公式配信に映っていたようでバズってしまいました。
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高校を卒業したばかりの少年――夜見ユウは今まで鍛えてきた自分がダンジョンでも通用するのかを知るために、はじめてのダンジョンへと向かう。もし、上手くいけば冒険者にもなれるかもしれないと考えたからだ。
ダンジョンに足を踏み入れたユウはとある女性が魔物に襲われそうになっているところに遭遇し、魔法などを使って女性を助けたのだが、偶然にもその瞬間がダンジョンの公式配信に映ってしまっており、ユウはバズってしまうことになる。
バズってしまったならしょうがないと思い、ユウは配信活動をはじめることにするのだが、何故か助けた女性と共に配信を始めることになるのだった。
召喚失敗から始まる異世界生活
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庭付き一戸建て住宅ごと召喚されたせいで、召喚に失敗。いったん、天界に転送されたジュンは、これからどうしたいかと神に問われた。
「なろう」さまにも、以前、投稿させていただいたお話です。
ペンネームもタイトルも違うし、かなり書き直したので、別のお話のようなものですけれど。
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