覚悟

コイキング

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覚悟

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 今日で1週間。彼が出会った時に言った期限の日が訪れたわけであるが、今日、この日は期限ではなく、始まりの日に変わる。そんなことを考えていると彼が来た。
「時間だ。何かやり残したことはないか?」
僕はすぐに答えた。
「大丈夫だ。だってこれからなんだから!」
「そうか、なら行くぞ。」
そう言って僕と彼はあちらへと向かった。

  ——1日目——
 僕は大学を卒業した後に地方の中学で英語の教師をやっていた。生徒数はさほど多くなく、問題児もいるわけでもないので、それなりに楽しく教鞭をとっていた。その生活に充実さを感じながら日々を送っていたある日、それまでの生活、いや人生がガラッと変わる彼との出会いが訪れた。
 それは、顧問をやっていた部活の大会の帰り道のこと。生徒の何人かが、
「今、そこのビルから先生と似た人が出てきた!」
「ドッペルゲンガー?」
などと言い始めた。『ドッペルゲンガー』という言葉にふと、あることを思い出した僕は、生徒に先に帰ってるように伝え、すぐに生徒の言っていた人を追いかけ、声をかけた。振り返った顔を見て驚いた。自分と瓜二つの顔、そして普段聞き慣れている声で
「見つかってしまったか、、」
と言った。一瞬、幻覚が見えてて、自分が言ったのかと思い思考停止してしまった。だが、すぐに気を取り直して言い返した。
「お前は誰だ?」
「俺は、、、死神だ。」
「死神?」
「本人には見つからないようにしなければならないんだけどな、、、とりあえず街頭では人目につくから移動しよう。」
そう彼に言われて、彼とカフェに入っていった。
「ふと思ったけれど、お前と俺は瓜二つなのに周囲は対して気にしないんだな。」
「その心配がいらないように、今は周りから見える姿を変えてる。」
「そんなことができるのか、、、まぁそれはいいとして、死神って死を象徴するあの認識であってるのか?それとも、、、」
そう言いながら、僕は昔のことを思い出していた。

—20年前—
当時8歳だった僕は、両親が仕事で忙しかったために、山間部に住む祖父母に面倒を見てもらうことが多かったのだが、よく、ドッペルゲンガーの話を話をしてくれた。
「雅人は自分と瓜二つの人間を見たらどうするかい?」
「それってドッペルゲンガーってこと?」
「そうじゃなぁ、、、ドッペルゲンガーと言う人が多いが、わしらは『カゲ』と呼んでおる。『カゲ』は本人が見ることはないが、周りの人が『カゲ』を見かけて少し経つと、その『カゲ』が見つかった人が亡くなる、と言われておるのじゃ。」
「それって、、、死神っていうことじゃないの?」
「分からぬ、誰かが『カゲ』と話したことがある訳でもないし、聞くこともできないしのぉ。ただ、わしらは自然とそれを『カゲ』と呼ぶようになっておった。」
「でも、なんで本人が見ることが少ないんだろうね、、、」
「それは$~+|€\-」
—1日目—
1番大事な部分が思い出せない。だが、思い出したこともあったので彼に言ってみた。
「お前、『カゲ』なのか?」
「そう呼ぶやつらも昔はいたな。まぁ、とりあえず言えるのは、お前の寿命は残念ながら後7日だ。」
人間、急に寿命などと言われてまともに思考できるだろうか。混乱したまま、しかし、思い出した昔の話からも何となく考えてはいた事だった。
「やっぱり『カゲ』が出ると死ぬっていうのは本当だったのか、、」
「意外と冷静だな。」
そう言って彼は少し驚いていた。
「祖母に聞いた話が頭に残っていたから、何となくはそんな感じがしていたんだ。」
「それにしてもって言うところはあるが、死ぬまでにやり残しの無いようにしておけよ。」
「急に言われても、、、」
僕は今の自分の状況を冷静に見つめ直していた。そうしていると彼が言った。
「本当は本人に見つかったら、すぐに死んで貰わなければないのだが、何故かお前は期限まで様子をみたいと思った。その理由を確かめるために監視させてもらうぞ。」
「期限って、、」
そう僕が聞こうとすると彼は消えてしまった。「期限って死ぬまでの事だよな。もう突然すぎて頭が追いつかない。」
そう呟きながら、カフェを出て家への道についた。
  家に帰ってからも彼の言っていた「あと7日だからやり残しのないようにしておけ」と言う言葉を反芻し、考えていたが明日の授業の準備もしなければ行けなく、その日はそれ以上考えることは無かった。

—2日目—
昨日のことは夢だったのでは無いか。朝起きてそう考えようとしたが、それを許さないかのごとく彼が部屋にいた。
「どうやって入ってきたんだ?」
「俺は死神だ。そのくらいできて当然だ。」
答えになってないが、ゆっくり彼と話している時間はないので学校に出勤する準備をしていると、彼がおもむろに立ち上がり、
「さぁ、行くか。」
と言った。
「行くって、どこに?」
「学校だよ。お前を監視するって言っただろ?」
「監視って、そもそもなんで僕のところに死神がらくるんだよ。」
そう言いっても、彼からの返事はないので有耶無耶のまま家を出た。
  いつも通りに授業をし、放課後になった。1度も彼を見かけることはなかったので、実際は監視なんてしていないのではないかと考えながら廊下を歩いていると、図書室から出てくる彼と会った。
「監視してるんじゃなかったのかよ。」
「俺は本が好きなんだ。それよりもそのままでいいのか?あと6日後には死ぬのだから思い残しの無いようにしておけよ。」
「そう言われてもなぁ、」
そう返しながら僕は祖母の法事があり、休みを取っていた明後日、祖父に『カゲ』について聞いてみようと考えた。

—4日目—
昨日は彼に会わなかった。「思い残し」という彼の言葉について考えているが、答えは出ない。残り3日の命と言われているが、正直実感は湧かない。もしかしたら彼のいう「思い残し」とは、覚悟を決めておけ、ということなのかもしれない、などと考えながら祖父母の家にやってきた。
「おぉ、雅人、久しぶりじゃな。元気にしてたか?」
祖父はそう声をかけてきた。
「楽しく教師もやってるし、元気だよ。それよりおじいちゃんこそ元気そうで良かった。」
久しぶりに会ったが変わっていない祖父の姿に安心した。
「ところでさ、おじいちゃん。『カゲ』について知ってる事ってある?」
「っ!雅人、『カゲ』についてはおばあちゃんから聞いたのかい?」
「そうだけど、、」
「ゆっくり話したいから夜にしようかの。」
『カゲ』という単語を聞いた時からおじいちゃんの表情、話す様子が変わり僕は背筋が凍った。普段温厚な祖父がここまで雰囲気を張り詰めさせたからだろうか。ここに来て初めて彼の言っていた死までの期限を実感したからだろうか。祖父の様子、そして彼の言う「思い残し」。それを考えているうちに祖母の一回忌が始まり慌ただしくなった。
  そして夜。祖父の部屋に呼ばれ『カゲ』についての話が始まった。
「まず、おばあちゃんからはどこまで聞いたのかい?」
「『カゲ』は本人が見ることはなくて、ただ、周りの人が『カゲ』を見かけて少し経つとその人が亡くなるって話は聞いたよ。」
「ほとんど聞いたのじゃな。ただ、本人が見るがないのは、本人が『カゲ』を見てしまうと命を刈り取られてしまうのではないか、とわしは考えたのじゃ。そして、雅人には言ってなかったのじゃが、、、」
おじいちゃんは続ける。
「わしはおばあちゃんが亡くなる前におばあちゃんの『カゲ』を見たのじゃ。つまりおばあちゃんが亡くなったのは、『カゲ』が関係してるのでは無いかと考えているのじゃ」
「そうなのか、、おじいちゃん、実は僕、、、」
僕が自分の『カゲ』を見て、話したことを言おうとしたら、彼が目の前に現れた。
「俺の姿はお前の祖父には見えていないから黙って聞け。俺と会ったこと、話していることは他人には言うな。これはこちら側には過度に干渉してはいけないというあちらのルールだ。そして、お前の祖父にも死神が来ている。」
彼はそう言うとどこかへ消えてしまった。しかし、これは彼がルールを破ってるだけで僕は言ってもいいのでは、と考えたが何故か言えなかった。
「どうしたんじゃ、雅人?」
「いや、今日は話してくれてありがとう。」
「しかし、どうしてまた『カゲ』の話なぞ?」
「生徒がドッペルゲンガーを見たとかって言ってて、おばあちゃんの法事も近かったからか分からないけど、『カゲ』を思い出したんだ。じゃあ、おやすみ。おじいちゃん。」
そう言って僕は寝室へ行った。
  寝室に着くと、彼がベッドの上に座って待っていた。
「思い残し、が何か分かったか?」
「思い残しというか、僕がやるべきことが分かったよ。おじいちゃんの『カゲ』が何かしようとしてるんだろ?」
「分かったならそれでいい。その死神はお前の祖父を期限の前に連れて行こうとしている。俺らの一部にそういう輩がいて、俺はそいつらが気に食わない。だから、お前に協力してもらおうと思った。ただ、協力者として使えるか少しのヒントを出して試していたんだ。」
「分かったんだが、どうやっておじいちゃんが連れていかれるのを妨げればいいんだ、、、姿を変えられて、消すことの出来る死神からどうやっておじいちゃんを守れば、」
「俺ら死神は仕事に関しては適当なところがあるが、他のことに関しては好奇心旺盛だ。俺がお前に興味を持つように焚きつけるから、あとはお前が死神が興味の惹くような説得をすればいい。」
彼はそう言いながら立ち上がり、僕に手を出てきた。
「お前の命はあと3日というのは変わりない。ただ、祖父に関してはまだまだ先がある。3日だけだが協力していこう。」
おじいちゃんを助ける、その決意を固めた僕は彼と握手をした。

—5日目—
僕はあと数日実家に滞在することに決めたのをおじいちゃんに伝えた。
「そりゃあ嬉しい。ゆっくり地元で休んでいくとよい。」
おじいちゃんも喜んでくれたので、昔話に花を咲かせながら、僕は頭の中でどのように死神の興味を惹くような説得をするかを考えていた。
結局その日は昔話で終わるかと思っていた夜、ふとおばあちゃんの言葉を思い出した。
「これだ、!」
思わず僕は口にしていた。
  これであれば死神を納得させることができるのではないか。おばあちゃんの死に『カゲ』、つまり死神が関係してるとしたら尚更、、、しかしこれだけで足りるのか、とにかく今はもっと考えよう。そう思い僕は遅くまで考え抜いた。
この日、彼は現れなかった。

—6日目—
朝に彼が来た。
「今回、お前の祖父に来てている死神を特定し、焚きつけておいた。今日の夕方、裏の山で人間が死の理不尽さを死神に訴えるらしいとそいつに近い死神に流しておいた。お前はそこでまず、やつが姿を現したくなるような話をし、納得させてみろ。」
「わかった。準備はできている!」
「これが終わったら、つまり明日な訳だが、お前は期限だ。そちらの覚悟もついているのだな。」
ここで僕は少し考えた。心残り、それはない。しかし、なぜか最後の最後で覚悟が決められない自分がいる。
「、、、」
「まだ決まっていないのか?いずれにしろお前は連れて行く。」
「わかっている。とりあえず今は、今日のことだけをかんがえさせてくれ。」
「お前がどのような結論を出して、死神を納得させるような言葉を言うのか、、、楽しみにしてる。」
そう言って彼は姿を消した。
それから時間まで、僕はほとんど何も考えられずにいた。時間が近付いてきた。
「おじいちゃん、ちょっと出かけてくるね。」
そう言って僕は家を出て、裏の山へ行った。
 
頃合かな。そう思った僕は語り始めた。
「おい、人間の死に関係してるやつらよ。僕らは『カゲ』や死神と呼んでいるが、お前らは人間の死がどういうものかわかっているか?」
そこまで言ったところで誰かが近寄ってきた。
「ほゥ。刈り取られるだけのお前ら人間が俺ら死神に死を語るカ。身の程知らずなやつダナ。」
ここでビビっている場合ではない!!そう自分を奮起して言った。
「多くの人、そしてお前ら死神は、人間の死をただの終わりだと考えている。だが、僕はおばあちゃんに教えて貰った。『死というのは人生の集大成。だからこそ、それがいつ来てもいいように、一日一日をやりきれ』と。僕はこの言葉はすっかり忘れていた。でも、思い出して、お前らの期限が来ていないのに連れて行く理不尽さに怒りを覚えた。だからその理不尽さを言葉で訴えている。『死』は人間にとってとても怖いものだが、誰にでもいずれは来るものである。だから、いつかは覚悟を決めなければならない。そのためには少しでもポジティブに『死』を考えた方がいいのだ。僕はおばあちゃんのあの言葉をそう捉えたんだ!」
「面白い人間もいるものダナ。だが、それは誰にでも思いつくダロウ。お前の言葉で語レ。人間ヨ。」
ここまで語るにも相当考え抜いた。そしてこれからの発言には、臨機応変に対応することを求められているような、アドリブで自分の意見を述べよ、と言われてるような圧力に見舞われる。しかし、ここで諦めたらそれこそ心残りになる。それは違う!そう言いたい僕を前面に出して行かなければ、、、
「命を刈り取る側の死神、刈られる側の人間、そんなのどうだっていい。僕らはこの世界で生きている。いいことがあれば、悪いことだってある。その山と谷を乗り越えてこそ得られるもの、成長を感じる。死神は不死かもしれないが、人間の命には限りがある。その中でどう生きようとお前らには関係ないし、ましてやお前らが勝手に死期、つまり期限を早めて良い訳が無い!」
「そんなこと言っても、人間は自殺や自傷をするダロウ。だったら、死期を早くしてもどうってことないダロ。」
 これだ。僕が言われたらどうしようと悩み、そして自分なりの答えを出せたこと。この答えなら、死神を納得させられるだろう。いや、これで納得させる。
「死ぬことは終わりじゃ無く始まりだ。死後は未知の領域だからそこへの挑戦なんだ!だから、現世で覚悟を決めて、つまり寿命がきてから行くべきなんだ!」
言い切った。これが僕の答えだ、と死神に叩きつけた。
「実に面白いナ。そんなの捉え方によるものダロ。だがしかし興味が出たナ。」
ここまでは愉快そうに語った。だが、次の言葉で背筋が凍った。
「別に連れて行こうと思っていた人間が居たがやっぱりいいワ。お前、連れて行くワ。」
ゾワッとする冷たい言い方。僕は思わず何も言えずに固まってしまう。しかし、そこで彼が出てきた。
「ダメだな。そいつは明日期限で俺が連れて行くんだ。お前は期限が来てない人間を連れて行くのをやめて、あちらへ帰れ」
「なんだ期限付きかヨ。しかも死神と組んでいるとはナ、、まあ、そーゆー事ならあっちで会えるダロ。」
そう言い、死神はいなくなった。
 何とかやるべき事はやれた僕は、ホッと一息ついて、しかし釈然としないまま、
「これでおじいちゃんは守れたのか、、、」
と言った。彼は返す。
「そうだ。お前はやり切れない思いがあるかもしれんがよくやった。後は期限の明日までやりたいことをやっておけ。」
夕方にここに来たが気づいたら夜になっていた。ただ、彼の言葉を聞いて、おじいちゃんを守れた事には満足を感じながら、しかし、やはりスッキリとはしないが今日が最後、夜はおじいちゃんと話そう、そう決めて家に帰った。

その日の夜は特に特別ではない普通の話をおじいちゃんとした。
「明日、帰るね。」
「そうか雅人。しかし、今日帰って来てからの雅人はなんだか、、こう、、、顔付きが変わった気がするの。」
「そうかな、、、3日間ありがとうね。」
そう言って僕は寝床に入った。
  顔付きが変わったというおじいちゃんの言葉で、僕は自分のした事に達成感を得ることができた。そして、自分が死神に言った『死は未知への挑戦』という言葉を反芻し、

僕は覚悟を決めた。
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