異世界働き方改革~エナドリ自販機で社畜を卒業します~

ゼニ平

文字の大きさ
36 / 58
第2部 港町の黒焔鬼編

【第4話】「セファの課題」

しおりを挟む
 朝のギルド支部。

 セファは机にかじりつき、書類の山と格闘していた。
 報告書、依頼書、契約書。積み上がっては倒れ、どれがどこまで進んでいるのかさえ、もはや曖昧だ。

「この予算配分、先月とズレてる……でも、どこを直せば……」

 小さな声でつぶやきながらも、思考は空回りするばかり。
 指先が震え、ペンは進まない。

──コン、コン。

 控えめなノック。扉が少しだけ開いて、知久が顔をのぞかせた。

「おはよう、セファ。昨日は部屋ありがとう。おかげでよく眠れたよ」

「あっ、はい! どういたしまして、です! ……ぎゃうん!!」

 立ち上がろうとした拍子に、机の角に思いきり足をぶつけてしまい、バランスを崩して床に転がる。
 ゴンッ、という鈍い音が響いた。

「だ、大丈夫?」

 知久があわてて駆け寄ろうとするが、セファは鼻を押さえながら、必死に笑顔を作った。

「も、もちろん大丈夫です! これくらい、支部長なので! です!」

「いや、それ支部長関係ないよね……」

 知久は苦笑しながら近づき、机の書類に目を通した。
 そして一瞬で状況を読み取る。

「うん、これ完全に分類が混在してるな。予算書と依頼書と、人事系の報告が全部一緒になってる。まずはジャンルごとに分けようか。そこの棚、使っていい?」

「え? は、はいっ!」

「ありがとう。それから日付順に並べると進捗が見やすい。緊急なのは赤印がある依頼書だな。これを優先して確認しよう」

 知久はそう言いながら、スッと赤印の書類を抜き出し、空いたスペースに一列に並べていく。
 その動作は迷いがなく、視線は常に全体を見ていた。

「……先生、すごい。全部、すぐ分かるんですね……」

「まぁ、こういうのは経験だから。前の支部でも、最初はぐちゃぐちゃだったよ」

 知久はにこりと笑い、書類を手に取ったまま椅子に腰掛ける。

「じゃあ、まずはこの人員表の確認から手伝うよ。俺がやってる間に、セファは昨日の報告書だけチェックしてくれる? 優先順位を付けたいから」

「わ、わかりました! です!!」

 慌てて立ち上がったセファだったが、今度は転ばなかった。
 緊張はしている。けれど、どこか少しだけ、安心している自分にも気づく。

(あ……やっぱりこの人、すごい。ちゃんと見てくれてる……)

 机の上の混乱が、着実に整理されていく。
 積み上がっていた不安が、少しずつ形を持ち始める。

「この書類は、昨日の報告書にありました!」

「ありがとう。じゃあ、それはこっちのフォルダにまとめておこう。あとで確認するから」

「はいっ! 先生!」

 段取りが明確になれば、作業は進む。
 それを知久は、初対面でちゃんと引き出してくれた。

「先生ってガラじゃないんだけどな……」

「でも、頼りになるので! です!」

 セファは元気よく返事をして、初めて笑顔になった。
 その様子を見て、知久もまた少しだけ柔らかい表情を浮かべるのだった。

☆ ☆ ☆

 昼前。
 ギルドの小会議室では、冒険者たちとの連絡調整会議が行われていた。

「……以上が、今月の依頼数と予算見直しの……その、案です」

 セファが読み上げた案内は、声こそ出ていたが要点を捉えきれておらず、室内にはざわつきが広がっていた。

「で、報酬は上がるのか下がるのか?」

「いつも通り“検討中”ってやつだろ」

「ありがたく拝聴しましたよ、支部長殿」

 ベルノーの皮肉に、セファは言葉を失い、俯いてしまう。

 そんな中、知久が静かに立ち上がった。

「少し、補足させてもらっていいかな」

 場の視線が彼に集まる。

「この案は簡単に言えば、優先度が高い、総督府からの依頼に人を回すため、報酬の配分を調整したいってこと。セファはその判断を、ちゃんと数字を見て出してる」

 数人がざわっとした。

「内容自体はよく考えられてるよ。俺も資料を見たけど、現状を理解して、改善しようとしてるのがよく分かったよ」

 知久は一拍置いて、全員を見渡す。

「だから今日の会議は、文句を言い合う場じゃなくて、どうすればもっと良くなるかを話す場にしよう。な?」

 数秒の沈黙のあと、何人かがうなずき始める。

「……俺の担当のとこ、報酬下げても構わないよ。倉庫整理だし」

「港の依頼なら俺ら回れるぜ。ちょうど手が空いてるし」

 少しずつ前向きな声が広がっていく。

 セファは驚いたように知久を見つめた。
 その目は少し潤んでいたが、口元には、安心したような笑みが浮かんでいた。

☆ ☆ ☆

 会議後、セファはギルド屋上の風が吹き抜ける場所にぽつんと立っていた。
 眼下に広がる港町の風景。小さな舟が行き交い、倉庫街の向こうでは潮風に旗がはためいている。

 セファはその景色を見下ろしながら、制服の裾を握りしめていた。指先には力がこもっていて、わずかに震えている。

 そこへ知久が現れ、彼女の隣に静かに立った。両手にコップを一つずつ。

「コーヒーでいい?」

 肩の力を抜くような、柔らかい声だった。

「……あ、ありがとう、です」

 セファは少し驚いたように知久の顔を見てから、コップを両手で受け取った。
 一口だけ、恐る恐る口に含む。

「……に、苦い……」

 眉をしかめ、舌を引っ込めるような仕草で顔を背けた。

「あっ、ごめん! しまった! まだセファには早かったよな!」

 知久は焦ってポケットから砂糖とミルクのスティックを取り出し、差し出す。

「い、いえ。支部長なので。これぐらい、大丈夫、です!!」

 セファは無理に笑ってみせるが、次の瞬間、またコップを持つ手がぶるっと震えた。

「うっ、うう……やっぱり苦い……」

「無理すんなって……ほら、ミルク」

 知久が自分の分を分けながら苦笑する。
 不器用ながらも、その所作には優しさが見え隠れする。

「会議では、いつもあんな感じだったのか?」

「……はい。みんなの前に立つと、うまく喋れなくて……言いたいこと、全然伝えられなくて……」

「……ああいうのは慣れだから。場数をこなしていけばセファもすぐできるようになるさ」

 彼の言葉に、セファの笑顔が少しだけ素直なものになる。
 だがすぐに、声は曇った。

「私、やっぱり支部長なんて向いてないんですかね……?」

 視線はコップの中。落ちかけた表情に影が差していた。

「え、いや、えっと……」

「あ、あはは。やっぱり、先生もそう思ってるんですよね……」

「あ、いや、違う。そうじゃなくて……」

「いいんです! 自分でも、私みたいな子供が支部長だなんて、おかしいと思ってますから!」

「セファ。その……」

 彼は少し言い淀んでから、正面から問いかけた。

「君は、どうして支部長になったんだ?」

 セファは驚いたように顔を上げ、それから唇を結んだ。

「私、小さい時からこのギルドに住んでいるんです」

「え? ご両親は?」

 問いを発した瞬間、知久はしまったと思った。表情がこわばった。

 セファの声は震えていた。

「……私が小さい時に、殺されました」

「……ご、ごめん!! 無遠慮だった!!」

 知久は両手を上げて謝罪のポーズを取る。
 またやらかしてしまった。子供の扱いにはやはり慣れない。

 けれど、セファはゆっくりと口を開いた。

「今でも、思い出せます。私の家が……真っ黒な炎に包まれて、お母さんとお父さんの声の悲鳴が聞こえて……」

 その目は揺れていたが、それでも前を向いていた。

「お母さんとお父さんは昔、このギルドですごい活躍をしたらしいんです。だから、二人がいなくなった後も、このギルドに住まわせてもらえました。だから、他に支部長になれる人がいなくなった時、立候補したんです。このギルドを守りたくて……だから、私が頑張らないと……」

「そうか……」

 知久は空を仰いだ。港の風がふたりの間を吹き抜ける。
 セファにとって、ギルドは家族そのもの。彼女はそれを守りたかったのだ。

(……まだ小さいのに、立派な子だ)

 彼は少し笑って、苦い記憶を吐き出すように言った。

「俺が前に支部長代理だった時、なんでもかんでも自分でやろうとして、全部背負い込んで……潰れかけたよ」

 セファは驚いたように目を見開いた。

「支部を立て直さないといけなくなって、無理して、気張って、全部一人で抱えようとした。でも……それが一番の失敗だったんだ」

「失敗……だった?」

「ああ。俺の肩に全部積もって、動けなくなった」

 風が吹いた。知久の髪が揺れる。

「……でもな、あるとき仲間に怒られたんだ。“頼りなさいよ”って。それでようやく気づいた」

 彼は手すりに肘を置きながら、ぽつりと呟くように続ける。

「支部長ってのは、全部抱える役じゃない。支部の仲間たちに頼って、一緒にやっていくべきなんだって」

 セファの視線が、少しだけ揺れた。

「……でも、私が未熟だから……他の人に迷惑かけてしまうんです。だから、私が頑張らないといけなくて……」

「人に頼るのって、怖いよな」

 知久はカップを少し傾ける。

「大丈夫。とりあえず俺には、いくら迷惑かけてくれてもいい。俺はセファを助けて、一人前の支部長にすることが仕事だ」

「……先生……」

「いずれは俺もここを去るけど……その時には、セファも自分の仕事をできるようになって、他の人に頼ることもできるようになっていると思う。だから、全部を抱えなくていい。ひとりで苦しまなくていい。ギルドってのはそういうもんだからさ」

 セファは目を伏せ、胸の奥で小さく息をついた。
 それは、言い訳をしない真面目さと、それゆえの苦しさがほどける音だった。

「……はい。先生。私、頑張ります! 頑張って、一人前の支部長になります!」

「ああ。一緒に頑張ろう」

 ほんの少しだけ、セファとの距離が近づいた気がした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 ファミ通文庫大賞 一次選考通過

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

処理中です...