相対間引力 subliminal gravity

黒遠

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 最初の頃は、ちょっと唇を重ねるだけだった。子どもにするような、挨拶のようなキス。

 それが少しずつ長くなって、ある日くおんの舌が俺の唇をなぞり、またある日だんだん口の内側をなぞり、時には唾液が口から零れ落ちてしまうくらい深くなった。

 そうなると、もう俺はどんな顔をしていいのかわからない。

 くおんはそんなキスをほんとうにふいに始めるので、俺は慌てて目をつぶる。たまに少しだけ目を開けると、必ずくおんの黒々と深い目と目が合い、顔がカッと熱くなってしまう。

 それだけじゃない。くおんの柔らかいけどしっかりとした唇が吸い付くように俺の唇をなぞるたび、舌と舌が絡むたび、俺の薄い唇の端をくおんの歯が優しく噛むたび、俺の体は体の真ん中から泡が湧くような不思議な感覚が込み上げてきて、がまんできなくなってしまう。がまんできなくて身をよじろうとすると、くおんが俺の指に自分の長い指を絡めて逃してくれない。
 俺は腰のあたりが熱くなって変に力が入って、そのくせ思うようには力が入らなくて、あんまり俺がそのまま座り込んでしまうから、最近ではくおんは必ずソファかベッドの上でキスするようになった。

 こんなキスを、週に一度してくるのだから、俺にはくおんのことが余計にわからない。

 嫌じゃないのかな?

 くおんにしか反応しない俺を面白がっているのかな?でもそんなことで男にこんなにキスするんだろうか。俺には友達があまりいないから誰かに聞くこともできない。


 俺がくおんの部屋に行く水曜日。

 大学の空きコマが多くて暇だから。そしてバイト先が水曜定休だからだ。
 だから最近では俺は水曜日が来るとなんとなく「今日はキスの日だな」と思ってしまう。もちろん、品行方正に普通の友達みたいに映画やサッカーや野球の試合を見て終わる日もあるんだけど。

 放課後になってスマホを見たら、くおんから「家に来いよ」とだけメッセージが入っていた。いつもはメッセージすらない。たぶん今日は一緒に見たいものがあるんだろう。一旦家に帰って私服に着替え、少し駆けるようにしてたった五分先のくおんのアパートの部屋に着く。いつも鍵は開いている。

「おう。ほれ、これ。やっと一週間レンタルになったからさあ」
「別に一泊二日の時に借りたって店長何も言わないじゃん」
「まあーな、でもなんか悪いじゃん。タダで借りるんだし…稼ぎどきのはなあ」

 ソファの前に座り込んで二人で映画を観る。特に何を喋るでもなく。たまに「この俳優、前もこんな役だった」とかそういうしょうもないことを話す。かなりの映画を二人で見ているから、通じないということがない。

「あ、思ってたより面白かったかも。あと主役が良かったな」
「年取ってからかっこよくなったよな~」

 エンドロールを見ながらとりとめなく話す。この時間がすごく好きで和む。よい映画だった時は特に……そして、このときばかりはわかる。たいていエンドロールが終わってタイトルに戻る頃、くおんはそれがエンドロールの続きみたいに俺にキスする。

「……」

 最初は軽いキス。ちゅ、と小さな音がする。二、三回それが繰り返されると、今度はくおんの舌が俺の舌を探しに来る。俺が舌を差し出す。くおんの舌がそれを拾う。軽く吸われ、俺の体がぴくりと震える。くおんが唇を離して俺の顔を覗き込む。

 たぶん俺の顔は真っ赤だ。くおんの黒い瞳から目を逸らす。

 くおんの大きな手が俺の後頭部に伸びて、髪ごと頭を掴まれる。すこしいつもより……いつもと違う感じがする。

 体の芯があったまってくる。

「おまえ……」

 大きな手でがっちりとくおんの方に顔を向けさせられる。俺はどこを見たらいいのかわからなくなる。

「前髪切れよ。わかんねーから」

 くおんは空いた手で俺の鼻先まで届く髪を後ろに流した。目元があらわになる。慌てて目をつぶる。また口付け。

 座らず背もたれにしていたソファが、くおんと俺の重さに耐えきれず後ろにずれていく。くおんが邪魔そうにソファをそのまま押して、空いたスペースにキスしたままふたり転がる。すこしいつもと違う……くおんが覆いかぶさるように、食いつくように俺にがつがつとキスする。
 その体勢になってやっと、自分の太もものあたり、足の付け根のあたりに、何か固くて熱いものが当たっていることに気がついた。そして、自分もそうなっていることに。

「⁉︎」

 反射的に手がそれに触れた。くおんの厚手のチノパンの向こうに、なめらかではちきれそうなものが入っている。

「気づいた?あ、のさ……次いっていい?」
「……!」

 次というのがどこなのかわからなかった。ただ、くおんが自分とキスして勃起しているということに、ますます体が熱くなる。くおんは返事を待たずぎこちなくエンマのスキニージーンズのボタンを外し、ジッパーを下げた。肋骨の内側で心臓がはねる。ごくんと喉が鳴る。

 くおんの手は服の隙間からエンマのものを優しく握った。いつの間にかくおんの方もジッパーを下げ、エンマの手を自分のものにそっと持っていった。自分のよりすこし大きな、すべすべしたくおんのものは、完全に屹立していた。

「……触って」

 くおんに促されるまま、エンマはそろりそろりとくおんのものを握り、一人でする時のように手を上下に動かした。くおんもエンマのものを優しく刺激する。

「……はっ」

 くおんの額から、あごを伝った汗がエンマのほおに落ちる。二人とも息が上がっている。エンマは逆手になっているので、あまりうまくできない。くおんはもどかしげに身を起こすと、エンマのジーンズを下着ごと引き下ろした。

「!」
「ちょっと腰、上げろ」
「……」

 下半身があらわになる。エンマはあまりの恥ずかしさに腕で顔を隠したが、その手首を開かれてしまう。前髪をかき分けてまたキス。今度はエンマがくおんの目を覗き込んだ。暗い目。自分も彼も、汗でしっとりと濡れている。

 くおんが自分とエンマのものを一つに握り込んでエンマに手を添えさせる。熱い。透明な粘液がまとわりついて手のひらを濡らす。動かすたび、くちゅくちゅと音がする。自分たちの、言葉を交わすでもない、ただ荒い息遣いが聞こえる。

「あ、ぁっ」

 とぷりと白い液が噴きこぼれる。追うようにくおんの方からも。二人の指をどちらのものともわからない液体が流れていく。

「うあ……」

 肩で息をしながら、エンマが身を起こすと、くおんはティッシュを箱ごと二人の間に置いた。

「ん」
「はあ……」
 
 それからは、拍子抜けするほどいつもどおりだった。エンマは服を整え、お笑い番組を見出したくおんにバイトのシフトの変更を伝え、帰路についた。

「おう。きぃつけてな」

 この日はもう一言あった。

「ホントに前髪切れよ」



 くおんの目は、とても深い色をしている。

 びっくりするほど黒い。虹彩と瞳孔の境目がわからないくらいに。よく晴れた日、太陽の光がすっと差し込んだ時だけ、その目は赤みがかった濃い焦げ茶色なんだとわかる。

 あんまりその目が強くて、俺はいつも目をそらしてしまう。自分の左右ですこし色の違う変な瞳を隠すための前髪に、視線の先も隠す。だから、髪を切れと言われるととても困る。前髪を切ってしまったら、それから一体何で隠せばいいんだろう?

「髪切れって」

 この間から、くおんは会うたびに言う。キスする時もわざと俺の髪をかき上げて、顔を出させる。恥ずかしいから本当にやめて欲しい。

「イヤだよ。なんでだよ」
「邪魔だろ」
「邪魔じゃないよ。慣れてんだよ」

 くおんにはわからないんだ。そんな強い目をして、大きな体をして、小麦色の肌をして。短い髪。堂々としている。俺とは違う。俺みたいに、チビで、ガリガリで、髪も肌も色が薄くて、歩いてるだけで舐められるようなやつのことはわからないんだ。
 バイトの時もつい目が行ってしまう、その大きな背と服の下でなめらかに動く体。くおんはとても目立つ。俺みたいに人から避けられるんじゃなくて、注目させ人を引きつける。

「イヤなんだよ。顔を見られるの…」
「なんで?」
「だって…目の色違うし、ジロジロ見られるしさ」
「よくね?そんくらい」

 よくない。

 くおんが俺の前髪にゆびを入れ、ぐっと持ち上げて後ろに流す。俺は慌てて目を逸らす。くおんは少し背中を丸めるようにして、目線を俺に合わせてくる。

「おい、こっち見ろよ」
「……」

 くおんの吸い込まれそうな黒い瞳を見る。

「目の色違うっておまえ、確かに違うけどさ。別に目が夜光るってわけじゃねえんだから気にすんなよ」
「俺、色素薄いっていうか…生っ白いから…目立ってイヤなんだよ……」
「あとは?それだけか?」
「……」

 視線の先がバレるのが嫌だ。 

 前髪が顔を覆っているとそれだけで少し安心する。前髪ごしの世界の方が優しい。素のままの顔をむき出しにして歩けるほど強くない。嫌な理由は沢山ある。

「とにかく、嫌だ……」

 いやだ、と言った瞬間、くおんが噛み付くようにキスしてきた。

「俺はさ、おまえの顔見たいよ。」
 
 こんなのはずるい。




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