正しい職場恋愛の進め方

美凪ましろ

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#02.黒神

#02-04.愛の炎 *

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 それからも、少々周りがおれたちの関係性を騒ぎ立てる程度で、以前とはさほど変わらぬ日常を過ごした。第一、彼女は試験が完全に収束するまでは忙しかったし、他のなにをも受け入れる余地がないことは明白。黙って見守ろうと思っていた。
 きみの元で一晩を過ごしてから、おれのなかに変化が訪れた。――きみの姿を見るたびに、ぎゅうっと胸が締め付けられる。切なくなる。
 三十五歳にして、本格的な恋に落ちるとは。
 職場では鉄面皮、完全無慈悲な上司の面を被っているくせに、その内側はナイーブで。改めて自分の弱さを知らされる結果となった。――例えば。
 きみの唇を塞いだ真鍋を、殴り倒したいほどの嫉妬の炎に駆られる、など。
 UATの打ち上げの場にて、とうとう真鍋は自分の想いを表出させた。おれに言えるべきことはなにもなかった。もし、きみが本当に真鍋を愛しているのだとしたら、邪魔者はおれだ。真鍋がああしてストレートに想いを打ち明けた以上、きみには、熟考する権利があると思った。
 けども。
 打ち上げの翌日、おれは気がつけば電車に乗っており、気がつけばきみの住むアパートの最寄り駅にいた。――なにが、『分かった』――だ。ちっとも分かっちゃいない。あのとき、真鍋に口づけられた直後のきみは、これからのことをひとりで考えたい、と打ち明けた。
 おれが、本気できみを愛しているのなら、きみに自由を与えるべきなのは分かっていた。
 なのに、それを、許せない。どうしようもないほどに、きみを欲する自分自身を発見してしまい、それが出来なかった。
 駅前でめぼしいケーキ屋を見つけ、ケーキを二個買い、衝動のままにきみのアパートへと向かった。
 ドアを開いたきみの目は真っ赤だった。
 ひとりで悩ませていることを、たまらなく悲しいと思った。
 出来ることなら、なんだってしてやりたい。何故なら、おれは――
 本格的に、きみを愛しているのだから。
 愛している。

『じゃあ、黒神さんは、『安心』を貰っていってください』
 おれが、この部屋に踏み込むことは、性的交渉を持つことを意味すると示唆したというのに、きみは受け入れた。
 もう、我慢の限界だった。
 迸るこの想いを、伝えたい。
 きみの服を脱がせ、その肌に舌を滑らせる。しっとりとうるおった肌を、舐めあげるだけで官能が走る。……たまらない。
「く、ろかみさんも……脱いで、ください」
 白昼堂々とセックスをすることに恥ずかしさを感じたのか。きみの頬は赤かった。
「なら、脱がせて。さお」
「……分かりました」
 こういうときに、ある程度鍛えておいてよかったとおれは思う。
 学生時代に鍛えぬいた財産が、いまだ残っている。勿論、社会人になってからも、ランニングや筋トレは欠かせない。気分転換にもなるからだ。
「……黒神さんの、からだ、きれい……」おれの浅く割れた腹筋に手を添えてきみは、「それに比べるとなんだか、わたし、恥ずかしいな」
「偏見かもだけど、女の子はやわかくて丸っこいくらいがちょうどいいと思うぞ。さお」
 一糸まとわぬきみのからだを抱き締める。初めてまともに触れるきみの肌は、熱くて、吸い付きがよく。おれのありったけの衝動を受け止めてくれる。……愛おしい。
 たっぷりとおれはきみを愛しぬき、きみの弱くて感じやすいところを探った。一時間ほどをかけただろうか。時間の感覚が分からない。きみのことを舐めすぎて顎とえらが痛くなるほどであった。
 何度も、何度も、官能の波におぼれ。エクスタシーにふるえるきみが、大切で、愛おしい。
 こんな感情をおれは知らなかった。ひとはこの感情に愛という呼び名をつける。
 ひとつになったとき。きみは、いままでにないほどにふるえた。涙を流し、おれという生命を受け入れてくれた。やわらかくうるおったそこをかき回すほどに、きみのなかでおれが膨れ上がっていく。その事実を認識出来て、おれは、嬉しかった。――もう、孤独はおれの持ち物ではない。
 きみのなかを突くほどに、眼前で閃光が弾ける。見たことのない景色を見た。あらゆる事実が収束し、変転し、あるべき方向へと恋人たちを導いていく。
 きみのなかに射精した瞬間、きみは、到達した。激しいエクスタシーの余波を、一体となって味わい、おれは初めて触れる愛の威力に、慄いた。

「……ああん、やぁ、ん……っ、黒神さんっ……激しっ……」
 きみと結ばれたその日のうちに、場所をおれの防音パーペキなマンションに移し、おれは、執拗にきみを、追い求める。
 きみにちゃんと告白しようと思ったのに、急な仕事のトラブルに遮られ。まったく、タイミングが悪いというか。どうして、こういうときに限ってやらかすやつがいるんだろう。はた迷惑な。
 けれど、おれのマンションでおれのことを待つ、エプロン姿のきみのことが愛おしくてたまらなく。おれは、情熱をぶつけるマグマと化す。
 エプロン越しにきみの豊満な乳房を揉みしだきながら、背後から挿入する構図がたまらない。大好きなきみの顔が見えないのがまた、煽る。
 きみの、からだとこころの変化は、如実に、おれに伝わっている。抽挿を繰り広げるだけでなく、おれは合間でストップし、きみの膣や子宮がどんな動きをしているのかを、読み取っている。
 四つん這いの体勢で、懸命におれの愛を受け入れていたきみだが、とうとう崩れ、ベッドと一体となりながら、熱い、重い、愛の欲を受け入れる。
 しっかりと手を重ね、涙を流すきみのアクメ顔を目で堪能しながら、その弱い小さな耳に息を吹きかける。
「……大好きだよ。さお……」
 涙の粒を吸い上げ、耳たぶを唇で弄ぶ。――きみの、Fカップの乳房を包み込むこの布越しの感触がもどかしい。もっと、きみに、触れたい。こんな布越しなんかじゃなく、直接。もっと。
 苦しめたいと思うのは強欲だろうか。その華奢なからだに伸し掛かり、バックで愛しこむおれは気が狂っているのだろうか。狂っているのだろう。たぶん。何故ならおれは――
 それから一晩中かけてきみのことを愛しぬいた。コンドームの箱を全部使い切った。それでも――足らず。
 きみの乳房に射精した。それから、きみの顔にも。
 男からすると憧れの設定なのだが、きみ的にはどうなのだろう。おれの欲に汚されたきみがまた愛おしくてたまらなく、おれがきみを愛することに飽きることなどなかった。朝が来ても。

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