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Vol.2.王子様が舞い降りた
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「大樹の肉じゃが、美味しかったなあ……ふふっ」
ひとり、ベッドのなかで、スマホをいじり、彼の作った手料理を愛でて悦に浸る。……大樹。泊っていったら? って言ったのに、彼。
――駄目だよ。お互い明日がある。ただでさえ美紗のこと好きでたまんねえのに、これ以上一緒にいたらまじでわけわかんなくなっちまう。
ぶつぶつ言いながら帰っていった。電車で一時間の距離で、お互い会社から近距離を選んでいるからちょっと不便なんだよね。……まあ、あたしは。
「大樹と一緒なら、電車で一時間通勤も、大歓迎なんだけどね……」
大樹の笑顔を思い返し、にやにやしてしまう。いかん。笑いが止まらない。
そういえば、とあたしは思い返す。
――大樹と出会ったのは、電車がきっかけだった。
* * *
あの日、本社での会議に出席するため、普段はゆるカジな格好に身を包むあたしだが、びしっとスーツなんか着ていた。
普段は自転車ばかりなので。都心行きの混雑する通勤電車なんか乗るのは、就活の頃以来で。……立ち位置が、まったく分からなかった。恥ずかしながら、いい年して、新人みたく、電車の中で、揺れるたび足元がふらついて。電車が止まりドアが開くたび、濁流のように襲う降車客に押し流される……我ながら、下り滝に落っことされる鮭、みたいだった。
でもなんとか踏ん張って。目的地まであと一駅……って到着したときに、それは起きた。
すごい勢いでおじさんに押し出されて。くき、と足首がねじ曲がったと思ったら、靴が脱げて、しかも、電車の下に滑り落ちてしまったのだ。
勿論それを拾う余裕はなく、客に押し流されて。ひとまずホームに降り立ち、で靴がないことには出社出来ないので、半べそで。片足を、ストッキングの足で立ったまま、呆然と、去っていく電車を見送っていた。
ぞろ、ぞろ、と歩いていく集団は勿論あたしに無関心で。……どうしよう。靴。ホームに落ちたっぽい。拾わなきゃ……でもどうやって? 途方に暮れていたところを、
「――大丈夫ですか」
脱げた足を気にして、上体をやや右に曲げる、変な体勢だったので。――真っ先に目に入ったのは、彼の、綺麗な白い、喉仏だった。
見れば、……こざっぱりとした、顔の綺麗な男性が、気づかわしげに、あたしのことを見ていた。
あたしの目線の先と、足元を見て彼は理解したらしい。「ああ……。じゃあ、おれ、駅員さんに頼んできますね。……足、痛みますか?」
あまりに親切にされ、戸惑いつつもあたしは答えた。「いえ。幸いにして。捻挫とかではなさそうです」
「でも」と男性は細い顎を摘まむ。細いのに、骨ばった関節が強調され、やけに、どぎまぎした。「……あなたのことを、そのままにしておくわけにはいきませんし。……ごめんなさい。失礼しますね」
「……ひゃっ……」
視界が急展開。いきなり、からだが浮き上がり、しっかりとした男性に支えられている感覚。――姫抱きにされている、と思った瞬間、猛烈に、かーっと頬が、熱く……なった。
「ごめんなさい」と男性は再度詫びた。「そこのベンチに運ぶまでの我慢ですので。……ご辛抱頂けますか」
辛抱頂くっていうかあの……。
あなたの美しすぎる喉仏が目の前で。整った顔立ちが、油断すればキス出来るほどに近くて。あたし、どうしたら……っ!
真っ赤な顔をしてこくこくと頷くあたしをちらと見てあなたは、真剣な顔をして、前を向き、そして、ベンチが埋まっているが。男子高校生ふたりがイヤホンで音楽を聴いている。彼らに向けてにっこりと笑い、
「ごめんねきみたち。こちらのシンデレラのために席をお譲り頂きたいのだけれど……ご協力出来るかな?」
「――は。はいッ!」敬礼すらしそうな勢いで、顔を真っ赤にした男の子たちはずさーっと。煙が散るみたいに、去っていった。
「……じゃあ、失礼するね」笑顔で彼は、ゆっくりとあたしのことを座らせてくれた。触れる肌のひとつひとつが、熱かった。どうしようもないほどに、ときめいた。
のちに、彼に聞いたところ。ホームに落ちた物を拾うのはなかなか厄介で。電車が来ないタイミングを見計らい、駅員に長い掴み棒で取って貰うのだそうだ。
しばらくしてあたしの靴を手に戻ってきた彼は笑顔で、「ごめんなさい。お待たせしました。……あ」
革のパンプスが汚れているのを丁寧に、取り出したハンカチで拭き、
「急ごしらえでこれしか出来ないけどごめんね。……はい。どうぞ。お姫様……」
すると彼は、あたしの目の前で跪き、あたしに……靴を履かせてくれた。
彼が、顔を起こす。……きゅん、と、胸がときめいた。
彼は、――あたしに、微笑みかけていたのだった。
*
ひとり、ベッドのなかで、スマホをいじり、彼の作った手料理を愛でて悦に浸る。……大樹。泊っていったら? って言ったのに、彼。
――駄目だよ。お互い明日がある。ただでさえ美紗のこと好きでたまんねえのに、これ以上一緒にいたらまじでわけわかんなくなっちまう。
ぶつぶつ言いながら帰っていった。電車で一時間の距離で、お互い会社から近距離を選んでいるからちょっと不便なんだよね。……まあ、あたしは。
「大樹と一緒なら、電車で一時間通勤も、大歓迎なんだけどね……」
大樹の笑顔を思い返し、にやにやしてしまう。いかん。笑いが止まらない。
そういえば、とあたしは思い返す。
――大樹と出会ったのは、電車がきっかけだった。
* * *
あの日、本社での会議に出席するため、普段はゆるカジな格好に身を包むあたしだが、びしっとスーツなんか着ていた。
普段は自転車ばかりなので。都心行きの混雑する通勤電車なんか乗るのは、就活の頃以来で。……立ち位置が、まったく分からなかった。恥ずかしながら、いい年して、新人みたく、電車の中で、揺れるたび足元がふらついて。電車が止まりドアが開くたび、濁流のように襲う降車客に押し流される……我ながら、下り滝に落っことされる鮭、みたいだった。
でもなんとか踏ん張って。目的地まであと一駅……って到着したときに、それは起きた。
すごい勢いでおじさんに押し出されて。くき、と足首がねじ曲がったと思ったら、靴が脱げて、しかも、電車の下に滑り落ちてしまったのだ。
勿論それを拾う余裕はなく、客に押し流されて。ひとまずホームに降り立ち、で靴がないことには出社出来ないので、半べそで。片足を、ストッキングの足で立ったまま、呆然と、去っていく電車を見送っていた。
ぞろ、ぞろ、と歩いていく集団は勿論あたしに無関心で。……どうしよう。靴。ホームに落ちたっぽい。拾わなきゃ……でもどうやって? 途方に暮れていたところを、
「――大丈夫ですか」
脱げた足を気にして、上体をやや右に曲げる、変な体勢だったので。――真っ先に目に入ったのは、彼の、綺麗な白い、喉仏だった。
見れば、……こざっぱりとした、顔の綺麗な男性が、気づかわしげに、あたしのことを見ていた。
あたしの目線の先と、足元を見て彼は理解したらしい。「ああ……。じゃあ、おれ、駅員さんに頼んできますね。……足、痛みますか?」
あまりに親切にされ、戸惑いつつもあたしは答えた。「いえ。幸いにして。捻挫とかではなさそうです」
「でも」と男性は細い顎を摘まむ。細いのに、骨ばった関節が強調され、やけに、どぎまぎした。「……あなたのことを、そのままにしておくわけにはいきませんし。……ごめんなさい。失礼しますね」
「……ひゃっ……」
視界が急展開。いきなり、からだが浮き上がり、しっかりとした男性に支えられている感覚。――姫抱きにされている、と思った瞬間、猛烈に、かーっと頬が、熱く……なった。
「ごめんなさい」と男性は再度詫びた。「そこのベンチに運ぶまでの我慢ですので。……ご辛抱頂けますか」
辛抱頂くっていうかあの……。
あなたの美しすぎる喉仏が目の前で。整った顔立ちが、油断すればキス出来るほどに近くて。あたし、どうしたら……っ!
真っ赤な顔をしてこくこくと頷くあたしをちらと見てあなたは、真剣な顔をして、前を向き、そして、ベンチが埋まっているが。男子高校生ふたりがイヤホンで音楽を聴いている。彼らに向けてにっこりと笑い、
「ごめんねきみたち。こちらのシンデレラのために席をお譲り頂きたいのだけれど……ご協力出来るかな?」
「――は。はいッ!」敬礼すらしそうな勢いで、顔を真っ赤にした男の子たちはずさーっと。煙が散るみたいに、去っていった。
「……じゃあ、失礼するね」笑顔で彼は、ゆっくりとあたしのことを座らせてくれた。触れる肌のひとつひとつが、熱かった。どうしようもないほどに、ときめいた。
のちに、彼に聞いたところ。ホームに落ちた物を拾うのはなかなか厄介で。電車が来ないタイミングを見計らい、駅員に長い掴み棒で取って貰うのだそうだ。
しばらくしてあたしの靴を手に戻ってきた彼は笑顔で、「ごめんなさい。お待たせしました。……あ」
革のパンプスが汚れているのを丁寧に、取り出したハンカチで拭き、
「急ごしらえでこれしか出来ないけどごめんね。……はい。どうぞ。お姫様……」
すると彼は、あたしの目の前で跪き、あたしに……靴を履かせてくれた。
彼が、顔を起こす。……きゅん、と、胸がときめいた。
彼は、――あたしに、微笑みかけていたのだった。
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